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6.5 sideアーネスト

  婚約者の様子がおかしい。

  執務室でアーネストは溜息をついて、書類を一枚裏返した。

「殿下? そろそろ休憩を取られては? 昨日から寝ていないのでは?」

  幼い頃からアーネストを支える宰相候補として教育を受けてきたエリオット=ハミルトンは、生真面目な顔で問うてきた。どうやら心配されているようだ。

 ──だが、こればかりは仕方ない。

「ルチアと令息たちの問題で、けっこう書類が増えていてね。彼女も悪気はないのだろうけれども」

「ああ……。あの女狐。相変わらず男の間を飛び回っているとは、もはや煩い蝿ですね」

  エリオットは分かりやすく眉を顰めて、苦いものでも口にしたかのような顔だ。

  ルチアのことはどうも好かないらしい。ここまで聖女に対して嫌悪を抱く者を他には知らない。

「そんなことを言ってはルチアが可哀想だろう?まだ彼女に会ったこともないのに」

「そうは言いますが、伝聞だけでもロクでもないのが伝わって来るので。そもそも、俺が女性嫌いだとご存知でしょう」

  このようにルチアに対して嫌悪感丸出しの者が近くにいることで、公平性を欠くことがないのは逆にありがたいが。

 ──彼女に対してはどうも、おかしくなる。

  ルチアはたくさんの男を結果的には誑かした形になり、彼らのほとんどは婚約を破棄される事態になっている。

  悪女ではあると頭では理解しているというのに、彼女に悪性は感じられない自分もいて。

  そもそも自分が何を根拠にそう思うかも不透明だから、王太子としてアーネストは彼女に深入りしてはいけないのだ。少なくとも答えが出ていない今は。

  あくまでも公平に。私情を挟まないように。

  これが私情なのかどうかも分からないが。

  どんなパターンか想定して、どんな結果になっても動けるように対策を。

「そうか。女性嫌い、か」

  脳裏に過ぎるのは、アリスとエリオットが二人で共に居る姿だ。

  アーネストと幼なじみということは必然的にアリスとも幼なじみという関係性である。

  婚約者であるアーネスト相手にするよりもいくらか気安く見えるアリスの態度に、自分が何も思わなかったはずがない。

 ──エリオットの方も彼女とはよく話すようだ。どんな話をしているかなんて、二人に聞けやしないけど。

「それよりも殿下、何やらお悩みの様子ですが、他にも何か?」

「僕の婚約者のこと。ここ数日、音沙汰ないんだ。謹慎中だと聞いていたけれど、手紙も何もかも返事が来ないのはおかしいだろう?」

  上手くいっていたはずだ。あの時、ルチアがもし来なかったとしたら全てを手に入れていたはずなのだから。

「何か怒らせたのではないですか? アリス様を怒らせるっていうのも、なかなか難易度高いですけど」

「……」

  精神を抉る一言に思わず黙り込む。

  そうだ。こういう奴だった。少々毒舌でものをハッキリという良くも悪くも素直で実直な男。

  だからこそ、アリスとの間に疚しいことがないと確信出来るのは幸いだった。

  嫌いなら嫌いと言える人間だ。表には出さない……いや出してるか?

「落ち込む前に……最後に会った時の様子はどうでしたか?」

「……」

  際どいところをぼやかして、一部始終を語れば、エリオットは何やら呆れた視線を称えて「っは……」と声に出して──いや、鼻で笑った。

「お前、今鼻で笑わなかったか?」

  こちらは一応、王太子だというのに、あからさますぎて、いっそ清々しい。

「申し訳ございません。間違えました」

「……それで何か思うところでもあったのか?」

  アーネストが気付かず、エリオットが気付いたという事実に打ちのめされつつも、プライドなんかもはやどうでも良かった。


「恐れながら申し上げます。良い雰囲気になっている相手を放置して、別の女性のところへサッサっと行けば、そりゃあ確執が残るのは当たり前なのでは?」

「別の女性……って、彼女は聖女で……」

  アリスもきっと理解してくれているはずだと考えていたアーネストは、予想外の答えに唖然としていた。

  エリオットは大きな溜息を一つしながら、こちらに向き直り、真剣な目で諭す。

「殿下はあの女を神や精霊なんかと勘違いしてやいませんか?彼女は人間です。人間であるならば、悪意も持つんです。そして彼女は女性。殿下も他の者たちと同じなのですか? ……あの女と会った者は皆──優秀な者たちも、まるであの女を神や精霊そのものであるかのように振る舞い始めるのです。会う直前までは少なくとも人間扱いしていたというのに」

  頭をガツンと殴られた錯覚があった。

  彼女は人間。そんな当たり前の事実が頭からスポーンと抜け落ちる程、自分は冷静でなかったのか、惑わされていたのか。

  無意識下の崇拝。おかしいとも怪しいとも思わなかったことに恐怖した。

  言われるまで気付かなかったことに戦慄する。

  人間であるなんて、当たり前に知っていたはずだったというのに、本当の意味では理解していなかったのか?

  心の奥まで侵食されているような心地悪さ。

「この言葉でそんな顔をされているということは、まだ殿下は腑抜けた訳ではないのですね。他の者はこういっても何も変わりませんでしたから 」

「エリオット。僕はどんな顔をしている?」

  思わず問いかけたアーネストに、彼からの言葉は飾り気もない率直なものだった。


「絶望した顔をされています」

 


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