75
その場に現れた魔術師の情報を耳にしたアーネストの行動は早かった。
喚くルチアを取り押さえ、特別査問室へと連行するように取り計らったのだ。
神殿の真意が分からない以上、罪人扱いにするのはリスクを伴うため、表向きは事件の関係者であるルチアを問い質すということになってはいるが。
ルチアを丁重に扱ってはいるものの、多くの者は知っている。
特別査問室は部屋こそ立派な作りをしているが、あれは立派な牢獄だと。
丁重に扱うといっても、扱いは罪人なので、やはり罪人で間違いないだろうというのが、多くの者にとっての見解だ。
昔の魔術師の残した遺物であるその部屋は、半分に区切られている。罪人が居る場所とこちら側の人間が接触しないように、見えない壁によって。
罪人に食事を差し入れる穴が別にあることから、罪人であることはいつでも突きつけられる。
この部屋の最大の特徴は、王族の血を継いだ者のみが管理出来るということ。
彼らの意思によって見えない壁が現れたり消えたりするらしく、その仕組みは未だに解明されていないが、恐らく精霊魔法による術式で作られた部屋だろうということだけが代々伝えられている。
精霊魔術師との繋がりが密だった時期があったという名残りだ。
部屋の半分で罪人が生活をして、もう半分は他の人間が出入りする部屋だ。
罪人の生活スペースは区切られてはいるが、透明な壁のため、プライベートは一切なく、牢獄同然だ。憚りも、端に取り付けられているものを利用しなくてはならず、全てが丸見えで、貴族──特に女性にとっては公開処刑も同然だ。
明るく日も差し込む部屋だからこそ、沸き起こる羞恥心は確実に精神を病ませていくだろう。
今夜から、一斉に貴族を集めた盛大なパーティが開かれる。
表向きは魔術師マティアスを歓迎するための。
真の理由としては、貴族からの事情聴取を行う。
ルチアと透明な壁越しに対面させつつ、アーネストや重鎮たちが全てを問い質すのだ。
聖女により貴族間に違和感が生じたことを隠蔽することはもう出来ないが、大事では決してなかったと国中に広めるために、この偽りのパーティは開催されることになった。
事情聴取として貴族を集めることのカモフラージュの意味も兼ねている。
「私はダシに使われた気がします。公の催しものに出るつもりはなかったというのに」
「……まあまあ……。この機会にどうぞパーティを楽しんでください」
煌びやかな王宮のホールの中、解せぬと言いたげなマティアスを宥める。
ローブなのは変わらないとはいえ、今日のマティアスはいつも被っているフードを取っており、顔色を窺いやすい。
「アリス嬢。1つ気になっていたのですが。もはやただの小娘とはいえ……何故、貴族たちを元聖女に引き合わせるのですか?」
「殿下曰く、ルチア様に現状を認めさせるためらしいです」
未だに現状を認められないのか、「私は聖女です」という姿勢を崩さない。
もう魔法は使えないというのに。
「いやいや、むしろあの元聖女の精神をぽっきり折るためなんじゃないかと思うくらいですよ」
「もしそうだとしたら、相当お怒りのようですわね」
「まあ、彼にとっては色々……ね」
何やら含むような彼の台詞。
マティアスは周囲を一瞥する。
「何やら遠巻きにされている気がしますが……、やはり得体の知れない魔術師がいることに違和感を覚えている者が多いのでしょうね」
最近の洗脳騒ぎのせいか、どうも貴族たちは神秘に対して疑り深くなったきらいがある。
まあ、仕方ないかと納得している雰囲気のマティアスは、唐突にアリスに向き直る。
「ありがとうございます、アリス嬢」
「はい?」
「不躾な視線が直接向かって来ないのはアリス嬢が傍に居てくれるおかげです」
「……」
どうやら色々と知られていたらしい。アリスが彼の傍に居る理由なども。
パーティと称しているため、一応アーネストと1度ダンスを踊り、彼が慌ただしく席を外した後、アリスはマティアスに付き添っていた。
「申し訳ありません。本来なら歓迎するべきだというのに」
「いえいえ、これまでの騒動を思えば仕方ありませんよ。元聖女のせいで精霊魔法も風評被害を被ってますがね」
「使い手次第だと思いますわ。私はマティアスが正しい使い手だと知っておりますもの」
親しげに笑うアリスを見ていたマティアスは軽く目を細めると、自らの手を差し出した。
「私と踊って頂けませんか、アリス嬢」
「はい、喜んで」
1度、アーネストとはダンスを踊っているし、礼儀として彼の手を取ることは問題なかった。
アリスが彼の手を取り、新たな曲の始まりと共にステップを踏み始める。
慣れていないらしく少々ぎこちないながらも、マティアスのエスコートは、長年教育を受けて目が肥えていたアリスから見ても完璧なものだった。
周囲も魔術師と呼ばれる彼が普通にダンスに興じていることに少々驚いているのか、目を丸くしていた。
それよりもアリスが気になったのが1つ。
「貴方が少し嬉しそうに見えますわ」
「おや。これは私としたことが……。なるべく感情を抑えるようにしているのですが」
何を考えているのか分からない笑みを彼はたまに浮かべる。
「ええ。普段は何を考えているのか分からないところがあるけれど、今日は私にも分かりましたわ。どうして抑えていらっしゃるの?」
少々踏み込みすぎだとは思ったが、謎めいた彼の秘密を知るチャンスはあまりない。
アリスは元来、好奇心旺盛だった。
「これは参りました。精霊魔法を使う際は、なるべく感情を抑えて心をまっさらにしなければ使えないのですよ」
──そんな事情があるのね。
「精霊魔法って容易に使えないのですね。そう考えると本当に聖女の力って強力に思えますわ」
「そう。だから、今代の聖女が持つのは不相応でした」
そんな会話を続けながらも、ダンスは止まらず、マティアスのぎこちなさも、いつの間にかなくなっていた。
──確かに、そこまで強力なら監視者が居たとしてもおかしくないわね。
調停者や断罪者という存在が居る理由はそこなのだ。純粋だった者がどう変わるなんて誰にも分からないからだ。
「それにしても、ダンスがとてもお上手ですわね。本当の貴族みたい……」
「そこまで褒められると照れますね。誰かとダンスを踊るのは初めてですが、練習した甲斐があるというものです」
彼の表情は普段と変わらず、照れているとは思いにくい。
「練習、ですか」
こういう場面を想定していたのかもしれないと思っていたら、マティアスの口から飛び出したのは予想外の言葉。
「アリス嬢とダンスを踊ってみたいと思って、実はこっそり練習していました。アーネスト殿下には内緒ですよ」
「ええ、内緒にします」
悪戯めいた彼のお願いに、アリスも乗ることにした。
アーネストの名前が出たからか、ふとマティアスは率直に問い掛ける。
「そういえば、アーネスト殿下にご自分の想いはお伝えしたのですか?」
「っ!?」
突然の話題転換にアリスの足が縺れそうになるが、そこは長年の教育の賜物か、足にぐっと力を入れて、ぐらつきかけた身体を立て直し、傍目から何事もなく見えるように咄嗟に取り繕った。
アーネストの名前が出ると簡単に動揺してしまうけれど、無様に見える真似はしたくなかった。
「突然、何を……」
「きっと想いは同じでしょうに。想いを伝えるのに障害がないなら、早めに伝えるべきかと。貴女は伝えられるのだから」
「……」
──このまま宙ぶらりんのまま、返事をしないままという訳にいかないことは分かっていたわ。
何らかの答えを出して、アーネストに気持ちを伝えなくてはいけない。
「ほら。そろそろ殿下も帰ってくるのでは?」
音楽の終了と共に、彼はアリスからゆっくりと手を離す。
その言葉の通り、人を掻き分けるようにして、こちらに向かってくる己の婚約者の姿を見て、アリスはその場に縫い付けられたように硬直して、顔を僅かに染めた。
「それでは、私は会場内の食事でも堪能するとしますか」
何を考えているのか分からない彼独特の表情を浮かべると、マティアスはアリスをその場に残して退散した。
──ええと。私、この状況でどうすれば良いの……?
想いを伝えるとか伝えないとか、アリスが目を逸らして来たことを突き付けられた気がした。
僅かに動揺したまま、当の本人はこちらに向かって来る。
「アリス」
「……え、あっ……。最初の聴取は終了したのですね」
さっと視線を合わせ、顔は赤いまま、彼に向かって微笑むが、上手く出来ているかは不明だ。
アーネストはアリスの傍まで近付いて、声を潜めた。
「こちらはつつがなく……って言ったら変だけど、とりあえず順調に進んでる。ルチアはまだ自分のことを聖女だって言ってるけど」
力を使うことが出来ないのに、彼女はもはや聖女という地位に縋ることしか出来ないのだ。
何でも思いのままにしてしまう力を得てしまったからこそ、現状を認められないのだろう。
とりあえず情報共有を軽く済ませた後、アーネストはそわそわとした様子でこちらに目を向けてくる。
「何か仰りたいことでも?」
「え、」
「何か落ち着かない様子でしたので」
アーネストはアリスに言うか言わないか迷っているのか、少しの間躊躇った後、恐る恐る尋ねた。
「あの、さ。アリスの顔が赤いのは……」
「……!」
やはり赤かったのかと、思わず頬を両手で押さえる。
──私、殿下のことになると……まだまだね。
内心では猛省していたのだが、アーネストが聞いてきたのは思いもよらないことだった。
「マティアスに何か、言われたの? ……例えば、好きだと言われたとか」
「はい?」
目が点になった。
「僕がいない間は、ずっと一緒だったみたいだし……」
この男は何を不安そうにしているのだろうか。
「そういった事実はありませんわ」
「いや、でもさ……」
やけに食い下がる気がする。
「前に仰っていましたもの。好きな人は今まで居なかったと」
アーネストは何を言うのだろう。少々、アリスのことに神経質になっているのだろうか?
「……過去形じゃないか」
アーネストはアリスから少し体を離して、頭に手を当てながら、ぽつりと呟いた。
「殿下? 今、なんと」
「……何でもないよ。……じゃあ、アリス。君の顔が赤いのは何故?」
「……」
言える訳がない。アーネストに想いを伝えるかどうか話していたなんて。
「殿下、目を閉じてください」
「え。なんで」
「いいですから」
問答無用で彼に目を閉じさせてから、アリスはそろりと足を忍ばせる。
何ということもない。
──ここは逃走するのに限るわ。
つまりはそういうことだ。
いつまでもアリスから何もないと分かったアーネストが目を開いた時には、彼と大幅に距離を取っていた。
アリスが有耶無耶にして逃げ出したことを知った彼の行動は分かっていた。
アリスを追いかけようと足を踏み出すが、そこは王太子であり、今回のパーティの立役者。
大勢の貴族たちに取り囲まれてしまえば、彼は相手をせざるを得ないのだ。
してやったりと、悪戯に成功した子どものように笑うアリスは優雅にドレスを捌きながら歩く。
きっと傍目からは、アリスが逃げ出したようには思えないはず。
「1つ、グラスを頂けないでしょうか」
「はい、アリス様」
──顔が赤いのは、お酒のせいよ。そういうことにしましょう。
「あら、これ。とても甘くて美味しい」
口にした甘い果実酒は思いのほか、アリスの口に合っていた。




