69
「っ!?」
「え? ええええええ!?」
アーネストの突撃訪問に、2人の門番は挨拶すら出来ずに狼狽え、最終的にはお互いの顔を殴りあった。
「痛い!」
「普通に痛みを感じる」
「そりゃあ、殴ったら痛いでしょ」
夢でも見ているのではないかと狼狽し、アーネストをガン見しつつ目を見張っている彼ら。
突撃した王太子殿下は愉快そうに目を細めつつ、少し呆れたように返す。
「少し道中色々とありましたが、帰ったよ。ほら、アリスも一緒だよ」
アーネストの背中に隠れていたアリスだったが、そっと前に押されて、対面する羽目になった。
「ご無沙汰しております……」
それだけ言ってさっとアーネストの後ろに隠れて、服の裾を掴む。
──大丈夫って分かっているのに、怖い。
そんなアリスの心配は杞憂だった。
お尋ね者のような扱いだったはずなのに、門番たちは少し驚いただけで特に捕まえようとする気はない。
「とりあえず、中へ! ……聖女に確認とかはしなくて良いよな、別に」
「身分的には王族の方が上なんだから当たり前だろ。というか、なんで城に誰か入れるのに聖女の許可が必要なんだ? 今更だけど」
「確かに。聖女だから偉いだろうけど、王族には叶わないだろうな。聖女に無礼を働いたから指名手配ってのも嘘っぽいし」
途中から小声でヒソヒソと相談していたが丸聞こえだ。
以前は聖女第1主義というような体制だったのに、2人の会話からは聖女への敬いなどは以前より明らかになくなっていた。
聖女より王族を優先する。当たり前のことだったが、その当たり前が少し懐かしい。
王族と、その婚約者ですら追いやっていた以前と比べてしまえば尚更。
「御二方には大変無礼な真似を。我々、少し動揺しておりました。アーネスト殿下とアリス様のご帰還ということで、もう1人が歓待の準備をしに向かいました」
慌てて駆けて行ったもう1人の門番と、改めて2人に頭を垂れる門番。
口調には嫌悪や疑念など一切含まれておらず、どこかおかしい様子もない。
「城は変わりないか?」
明らかに変わりあるくせに、この殿下はわざとそんなことを問いかける。
「変わりは…………ん? ……何故、聖女がそうなったのだろうか……んん?」
聖女が増長して城を支配するに至った経緯が分からず混乱しているのが分かった。
──聖女様なのだから当然!という刷り込みだけでここまで来たのだから当たり前よね……。
洗脳が解けた今、ただ1人の聖女にここまで尽くした意味が恐らく分からないのかもしれない。
少し同情していれば、やがて先程の門番が駆けて来た。
「アーネスト殿下、アリス様。ただいまお食事の準備が出来ました。使用人一同、ご帰還をお待ちしております!」
「随分と早いね」
「それはもう! お2人がご帰還されたのに、お待たせする訳には!」
夜の帳が下りた時間帯、使用人たちの連携は神がかっていた。
まず、出迎えが壮大だった。アリスが若干引き気味になるくらいには。
「お帰りなさいませ!」
ずらっと並び、綺麗な礼をする使用人一同が2人を出迎え、思わずぎょっとした。
ドアを開けてくれた使用人も、すすす……とさり気なく移動し、その列に加わる。
「え、なんか怖い」
「殿下、しっ!」
思わず素直な反応が漏れるのも仕方ないだろう。
少しの期間──恐らく1週間くらいしか城を空けていなかったのに、この出迎えっぷりは、いかにも死地からの帰還と言わんばかりで、少し大袈裟すぎるのではないか。
「さっき、聖女が倒れたらしいって聞いたけど、そっちは良いの?」
しれっと問いかけて見れば、メイドの1人が思い出したように「ああ」と手をぽんと打つ。
「適当に医務室にでも運んでおきますよ」
扱いが以前よりグレードダウンしているのは言うまでもなく、聖女は聖女でも1人の市民でも扱うようで。
恐らく彼らにとっては久しぶりに帰ってきた2人の方が重要だったのだろう。
もともと使用人たちは洗脳にかかりにくい傾向があったけれど、ここまであからさまになのは初めてだ。
近寄ってきた騎士たちや、たまたま来ていた貴族も2人を歓迎しているし、アーネストにこう応えていた。
「聖女? ……ああ、倒れられたらしいですね。まあ、いつか目覚めるでしょう。それよりも殿下! 今までどこに!」
ルチアに認識されやすいため、洗脳されやすかった貴族の発言とは思えない。
ざわざわと集まり始め、エントランスには王宮中の者たちが一斉に集まっているのか、気が付けば広いスペースに所狭しと人が詰め込まれている。
「なんで、我々は聖女様の言葉を鵜呑みにしたのだろう?」
「アリス様を侮辱するのは、アーネスト殿下をも侮辱することと変わらないというのに」
「殿下が認めたお方なのに」
人々はアーネストの人を見る目や観察眼などを信用しているらしい。
これは彼の普段の行い故か。
──殿下は普段から有能でしたもの。
「アーネスト殿下、アリス様。ご帰還を長らくお待ちしておりました」
「エリオット」
先程会ったエリオットが今初めて会ったように、仰々しく礼をしている。
「皆様方。お2人は長い旅路でお疲れのご様子。お食事や歓待よりもお2人を早く個室にご案内してください。執務が溜まった私室ではなく、疲れを癒すための部屋を用意してください」
──殿下のことだから私室に行けば仕事を始めてしまうことを、エリオット様は見越しているのね。
「なんだろう。エリオットにだけは言われたくない気がする」
エリオットが「休め」と言うことに関しては酷い違和感を覚えているようだった。
2人には速やかに個室が用意され、2人の部屋は隣り合わせている上に、周辺には厳重な警備を敷かれた。
──これ、もしかしなくても軟禁のような気が?
いや、別に部屋を出ようとしたところで止めようとする者はいないだろう。ドアを開けてみたらすかさず「何かご入用ですか?」と問われるだけ。何か制限する気はないのだろうけど。
──エリオットから圧を感じるような?
とりあえず王宮の混乱が治まるまでは大人しくしてくれと、彼の目が語っていた。
エリオットからすれば、勝手に出ていったきりだった訳で、ふらっといなくなられる前に確実に状況説明をして欲しかったのだろう。
ということで監視を増やした。
「用意周到すぎるわ」
広い部屋で食事を取るよりも落ち着きたいという2人の気持ちを察してくれたのだろうが、勝手に去られるのは勘弁ということだろうか。
アリスは大人しく個室で身体を休めていたのだが、就寝時に少し落ち着かなくなってしまった。
部屋の明かりを侍女が消してくれて、アリスも大人しくベッドの中へ入って目を閉じていたのだが。
しばらくじっとしていたが、アリスはおもむろにベッドから身を起こし、ベッドが僅かに軋む音が部屋に響く。
「眠れないわ」
今までどうやって眠っていたのか分からないくらい。
──今までは……、ずっと殿下にご一緒してもらっていたわね……。
認めたくないことだったが、アリスが眠れない理由は、つまりはそういうことだった。




