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  この場面をどう切り抜けるべきなのか、顔を見られてしまった瞬間、全てが水の泡。

  内心焦りつつ、被っていたフードをぎゅっと掴んでいたら、焦れたように伸ばされる神官の手。

  思わず1歩後ずさった瞬間のことだった。

「お兄さん、何やってるのー!?」

「すごーい。神殿の人だー!」

  無邪気な幼い子どもたちの声と共に、神官の着ていた装束に小さな身体がぶら下がっていた。

「こら、何をする! やめなさい!」

「ルチア様ってなあにー?」

「いじめっ子の名前ー!?」

「不敬な!」

  子どもたちに飛びかかられ、それを振り払うのを躊躇した神官は手を上げたり下げたりとおかしな動きをしている。

  何が起こったのか分からなかったアリスだったが、後ろからくいっとマントを引かれ、「お2人さん、こっちだよ」という知らない中年くらいの女性の声。

「アリス、今は頼ろう」

「は、はい!」

  アーネストは声をかけて来た人を見極め、問題なさそうだと瞬時に判断したのだろう。アリスの手を引くと、女性の後に続いた。

  鬱蒼と茂っていた庭の窓から入るように言われ、アーネストはアリスを横抱きにすると、ある1室の木の床にトンっと軽い音を立てながら着地した。

 ──心臓に悪い! 突然抱き上げて運ぶなんて何を考えているの!

  文句が口から飛び出しそうになったが、他の者が居る前で騒ぐ訳にはいかず、そっと口を押さえた。

  床に自分の足が着いた時にやっと全身の力を抜くことが出来た。

「ありがとうございます」

  自らの身に起こった状況が理解出来ずに居たが、目の前の女性に助けて貰ったことだけは分かっていたので、アリスは礼儀正しい作法で挨拶をし、アーネストもそれに倣う。

  アリスやアーネストの立ち居振る舞いにただならぬものを感じたのだろうか、部屋に案内してくれたかの女性は感心したようにほうっと息をついていた。

「貴女は良いところのお嬢様だろう? 隣の彼もお貴族様かい?」

  旅人のマントに身を包んだアリスとアーネストは傍目から見たら高貴の者には見えないはずだが、これはどうしたことなのか。

  謎が謎を呼ぶ。

「ええっと……」

  言いあぐねていれば、彼女はぐっと指を立てて、

「まあ、予言の姫様なら何でも良いや。神官から逃げているんだろう?」

「予言の姫?」

  新たな用語が出てきて、何が何やら分からなかったが、女性は「光栄だよ」と笑いながら、アリスの着ているマントを指差した。


「だいぶ前にそのマントと似たようなものを被った浮世離れした男がこの辺りに現れてね。あれは人ならざる者だとしか思えない。何しろ、マントは薄く光っているし、地面から足が離れていたんだもの」

「……!?」

「黒猫を連れた姫が、堕ちた聖女に鉄槌を与えるだろう……。導け助力せよ。さすれば聖女の化けの皮は剥がれるだろう……とそういう言葉を残していったんだ」

「……」

  浮世離れした男。今のアリスたちと似たようなマントの男。明らかに魔法としか思えない出来事。


 ──マティアスかしら?

  そうに違いないだろう。


「目撃者も多数だったけど、私たちの町の賢者さんのお墨付きだったからね。すぐに信じたよ。聖女が子どもを突き飛ばした話も本当のことだろうね。賢者さんが目撃したというのだから」

「賢者さん?」

  首を傾げたらアーネストが耳打ちしてくれた。

「この町の情報屋なんだけど、住民たちにはそう呼ばれて親しまれている雑貨屋店主という体で通っているらしい。ちなみに情報屋と知っているのは極一部の者だけだ」

  この町の有力者すら一目置いている情報屋。何故なのか住民たちは知らないけれど、それでも彼の言葉にあるのは確かな重みなのだ。

 ──もしかして、マティアスはその情報屋と繋がっている?

  聖女が子どもを突き飛ばした決定的な瞬間を目撃したとしても、常人ならば笑い飛ばされて終わりだが、言葉に重みを持つその情報屋なら、噂を広めるのも容易なはずだ。

 ──そもそも、マティアスは私の代わりに外の情報を調べていたはず。そういった繋がりがあるのは不思議ではないわね。

  だが、1つ思う。

「そのマントと似たような見た目だし、それに足元には黒猫もいるし。ああ話は本当だったのかと。嘘か本当かはどうかとして、神官たちは気に食わないしね。それなら刃向かってやろうと思ったんだ。ここいらはそんな奴らばかりだよ。子どもですらね」

  先程の子どもたちは無邪気にじゃれついていた訳ではなく、しっかりと邪魔をしてアリスたちを魔の手から逃がしてくれていたらしい。


  マティアスがやっていた種まき活動とは、そういうことなのかもしれない。

  あの人が昔からやっていた情報操作。まず、情報屋と懇意になるところから始まって、最終的にはこんな幻想に過ぎない魔法絡み件にも協力させたその手腕。

  それは以前この辺りで出会った時も

  いや、だいたいは理解出来た。住民たちを手っ取り早く味方に付けるということなのだろう。

  王都よりも住民たちは信仰心が薄いが、権力者や有力者からも一目置かれている情報屋の知名度を利用し、聖女の印象操作により、反発心を煽った。

  実際のところ、聖女の悪い噂はほとんどその通りなのが皮肉なところだ。

  税の行く先が神殿で、その聖女の性格は悪いと来れば当然反発心は湧くだろう。


「洋服屋の主人が足止めしてくれているうちに急ぎな!あんたらが何をするかは分からないが、聖女の敵なら私たちと似たようなものだよ」

 ──つくづく噂って怖いわね。

  裏道から音を立てないように出た先には、中年の男が立っていた。

「ここから神官や騎士に見つからないようにどこへでも連れて行ってやるよ!」

  指差した先は大きな荷台。

「お嬢さんたちには慣れないかもしれないが」

「いいえ! ありがとうございます!」

  この恵みに感謝しかなかった。

「すまない。恩に着る。全てが終わった後は、この町でお世話になった者たちに心からの謝礼を──」

「良いから! お前さんたち急いでいるんだろう」

  背中をばああんと大きな音を立てられて押されたアーネストは、荷台の中に思い切り突っ込んだ。ドンガラガッシャーンという騒がしい音を立てながら。

「兄ちゃん、すまねぇ。勢い余ってしまった」

  あっはっはっ!と笑う男性には悪気はなさそうだった。

「だ、大丈夫。受け身は取ったから」

「あの一瞬でよく受け身が取れましたね……」

  アリスは変なところで感心してしまった。

「それでどこへ行きたい?」

「王宮へ」

  端的に答えたアーネストはアリスに手を差し出した。

  その手を掴み、ぐっと引き上げられ、アリスも荷台へと乗せられた。

 ──荷台に乗るなんて初めてだわ。まるで本の世界の冒険みたい……。

  僅かに頬を紅潮させたアリスを見てアーネストは小さく口癖のように呟く。

「荷台に乗るなんて初めてで、少し興奮してる?可愛いね」

「……可愛くはありませんから」

  つんっと顔を逸らしたアリスを眺めるアーネストの愛おしむ眼差しは、やはり心臓に悪かった。

  掴まれたままの手の温もりすら気になって心が乱れそうになった瞬間。

「お2人さん。悪いけど検問があるだろうから、そこの酒樽の中に身を潜めていてくれ。何、怪しまれなければ一瞬で終わる」

  少し大きめの樽が積まれていて、確かに空ではあったが。


 ──ここに殿下と2人で?


  酒を注ぐには大きすぎるが、人間2人が入るには小さすぎた樽がすぐ目の前にあった。


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