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「今代の断罪者は貴女ですよ、アリス嬢」


 ──え?


  目を瞬かせて固まったアリスの視界でマティアスは手を振っていたが反応がないと分かると、アリスの頬をつんつんとつつき始めた。

「勝手に触らないでくれないか?」

  刺々しく制したアーネストのひと睨みに、マティアスは慌てて手を引っ込めた。

「ああ。怖い怖い。王子様がお怒りのようだ」

  全く悪びれずに両手を上げている彼をジト目で睨みつけながら、アーネストはアリスの肩を抱いた。

「……!」

  肩に触れたその手の温度に身を縮めたアリスは恥ずかしさに身を捩り、振り払った。

「貴方も気安く触れないでください!」

「ああ、ごめん」

「……?」

  すげなくしても、アーネストは特に堪えた様子もなく、さっと手を離している。

  別に彼に傷付いて欲しい訳ではないけれども、今までとの違いに違和感を覚える。

 ──今までの反応とは違うわ。

「アリス嬢可愛いですねー。これ素直になれないだけですよ、たぶん」

「君に言われることじゃないし、アリスが可愛いことなんて昔から知ってる」

  愉快そうにアーネストに耳打ちするマティアスだが、言っている内容が丸聞こえで耳打ちになっていなかった。

 ──何を言っているの。可愛いなんて、そんな。

  自分が素直になれず、アーネストに対しては冷たい言葉や余計な一言、可愛くない態度のオンパレードなことは知っている。

  それを可愛いと評するなんて2人の感覚はどこかズレているのではないだろうか。

「可愛いはずはありません!」

  ムキになればなるほどアリスの頬は紅潮し、目が潤んでいる。彼女の初々しく純粋無垢な姿に2人は目を細めているが、それに本人は気付いていなかった。

「殿下は大変ですね。色々と。可愛らしいからといって、おいたをして彼女を泣かせたりするのは止めてくださいね?」

「君に言われなくても承知しているよ」

  アーネストの声は絶対零度のようで、そろそろ収拾がつかない雰囲気を感じ取ったアリスは軌道修正をした。

  これではなかなか話が進まない。


「あの気まぐれな黒猫が調停者だということはお2人とも理解されていると存じておりますが……。そもそもの話としては、現れた調停者がボコボコにされるところまで遡ります」

  調停者がボコボコにされるとは穏やかではない。

「竜の化身である調停者にそのようなことが出来る者なんて……あっ!」

  何かに気付いたアリスに、マティアスはゆっくりと頷く。

「そんなことが出来るのは聖女だけですよ。まあ、精霊魔法は精霊の力を使うため、調停者に攻撃するために力を貸す精霊なんていないですが。彼ら精霊の中では、精霊が精霊を傷付けることは禁忌の1つですから」

  そこでアーネストは口を挟む。

「魔法のことは分からないけど、1つ言えることはある。直接手を出すことは出来なくとも、他の者にさせれば可能だよね?精霊魔法を使う時、精霊が精霊を傷付けないように上手く調整すればね」

「具体的には、何かしらの攻撃手段を強化して、その攻撃をどなたかに代行させれば可能ですわね」

  思いつくことはそれぐらいだ。

  例えば対精霊……威力の高い鋼の武器で魔力破壊の魔法効果を付与したりなんかしたら……。

  精霊には神秘と正反対の属性である鋼に弱いという伝承が伝わっていると聞いたことがある。

「ご明察! お2人とも勘が良いですね? 精霊の力を弱める武器で、操った者に攻撃してもらう……。そうやって聖女はまず調停者を無効化させたのですよ。一時的に精霊を可視化させる魔法もありますからね」

「基本頭弱そうな癖に、そういうところに悪知恵が働くとはね」

  アーネストが珍しく辛辣だった。

 ──エリオット様が移ったようだわ。

「ルチア様は調停者の存在を知って先に始末してしまおうと考えたのね……」

  それは神をも恐れぬ所業だ。精霊王の半神ということは、すなわち精霊王そのものと言っても過言ではないというのに。

  たとえ魂は別だとしても。

  直接手を下したのがルチアでなければ、精霊たちも気付く訳がなかった。

「ボロボロになった調停者……黒猫の姿をしていたと思いますが……。アリス様は治癒魔法を施しましたね」

「あ……あの時……」

  拙いながらも黒猫の怪我を治したあの時の記憶が蘇ってきた。

  今にも倒れてしまいそうなくらいに満身創痍の猫の姿。

  あれの原因がルチアだとすれば、それはなんて非道な行いなのだろうと、彼女に対して不快感が湧き出てくる。

 ──精霊とはいえ、あの可愛らしい猫に危害を加えようとするなんて、どういう神経の持ち主なのかしら。

「アリス、落ち着いて」

  顔に怒りが滲み出ていたアリスをアーネストが宥めるように肩を叩き、ハッと我に返る。

  自らの不甲斐なさに溜息が出そうだった。

 ──顔に出すなんて私としたことが。

  将来王の妻となる女が、はしたなくも怒りを顔に出し、あまつさえ悟られてしまうとは、あってはならないことだ。

  危機感を抱いたアリスは申し訳なくなって肩を竦めた。

「ごめんなさい。私としたことが……だけど……」

  自分のことしか考えず、可愛らしい生き物に対しても容赦なく暴力を振るえるルチアが何を考えているのか、アリスには分からなかった。

  ちりん……と鈴の音が辺りに響くと、アリスの目の前にトンっと軽い足音を立てて、小さな黒猫が何もない空間から突然現れたように飛び降りてきた。

「あっ……」


  黒猫が蒼い光を纏ってアリスに向かって可愛らしい声で鳴いたと思えば、直後に不思議な響きの声が響く。


『調停者たる我と、断罪者たる者の意思が重なった今、時は満ちた。我をお前の手で今代の聖女の元に連れて行くことが出来たなら──』


  少年のような少女のような可憐だが、意志の強さも窺える声に心が震えた。

  耳から入ってくるその神秘的な響きの声に体の底から温もりで満たされていく心地良さに、アリスは思わず目を閉じる。


『全ては報われることになるだろう』



  この声に抗う術はないと思わせる程に絶対的な気配は、もはやただの黒猫のものではなかった。

「はい。分かりましたわ」


  今、自分がこの状況を打開するためにやるべきことが、目の前の黒猫のおかげで完全に定まった。

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