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「あと、あの聖女、アーネスト殿下に刃物を向けたって有名らしいぞ。お偉いさんたちは揉み消そうとしているけど、表向きだけ揉み消したとしてもなあ」

「致命的よね」

  思っていたよりも事態が動いていることに驚いていたアリスは思わず、近くに居たアーネストの服のマントを掴む。

  彼の顔を見上げてみれば。

「これは思っていたよりも反応は上々……」

「悪い顔になってますわよ」

  アーネストは何やら心当たりがあるのか、思惑通りと言いたげに黒い笑みを浮かべている。

「影を使って風評被害をばらまいたあの頃が懐かしい。腹に据えかねて命じたことだったけど、以前よりも悪化しているようで何より」

  目も笑っていない。どうやら本気で怒ると彼は笑顔になるらしい。

  それにしてもこの悪評には彼も1枚噛んでいたのか。

  口元を押さえ肩を震わせている彼を放置しつつ、アリスは2人の話に再び耳を澄ませる。

  手元の靴を眺めつつ、商品を吟味しているフリは抜かりなく。

「それに最近の酷い話といえば、アリス様のことだよ」

  思わず体を震わせたアリスの背中をアーネストが落ち着かせるように軽く撫でた。

  自らの名前が出るのは少し緊張する。

「アリス様が災いの元だとかなんとか断言したらしいけど、それも言いがかりに決まってる。貴族の連中くらいしか信じてねえだろ、その話」

  どうやら、貴族と平民の聖女に対する感情や感覚には大きな隔たりがあるらしい。

「日頃の行いからか、全部嘘っぽく感じるのよね。むしろ災いの元は聖女でしょうに。あの女が居なくなったら元通りでしょ」

  アリスからしてみれば驚くような発言の数々に目を丸くしていれば、さらに驚愕の発言が投下された。

  少なくともアリスにとっては。


「アリス様非公式親衛隊の奴らはカンカンだよ。こっちの支部でも荒れに荒れてる」


  思わずアリスは噎せた。

「っ……!? けほっ……」

「大丈夫?」

  背中を摩ってくれるアーネストを気にする間もなく、アリスの頭の中には疑問が渦巻いている。

 ──私の非公式親衛隊って何!? 支部って、複数あるってことなのかしら?


  混乱の境地に陥ったアリスの耳元でアーネストは注釈を入れてくれる。

「アリス様非公式親衛隊。そういった親衛隊などをあまりお好きではないアリス様には内緒で結成されたため、未来永劫非公式。陰ながらお慕い申し上げる人々たちの会……ということになってる。歴史はけっこう長い。現在もメンバー募集中」

「何故そんなに詳しいのですか?」

  アーネストが1字1句つっかえなかった理由は聞いても良いんだろうか。いや、止めて置こう……。

「君は知らないだろうけど、男女関わらず拗らせた人たちがけっこう集まっててね……。実は昔からあったんだよね……」

 ──どういうことなの。

  初めて知る事実にふらりとよろけそうになったのを、アーネストが支えてくれる。

「とりあえず続きを聞いておこう。君は恥ずかしいと思うけど」

  2人の話はまだ続いている。

「まあ、その話がなくても、こっちの人にとっては、聖女の印象は最悪だよ。なんせ、幼い子を突き飛ばしたんだもの」

  その一言で脳裏に過ぎった光景。思わずアーネストを見やると彼も頷いてヒソヒソ声で話してくれる。


「どこかで見覚えあると思っていたけど。ここは、前にルチアが炊き出しで来た場所に1番近い地域だね」

「あのことを知っている者が他にも居たのですね」

  あのこと。ルチアが小さな男の子を突き飛ばした出来事。

  あれを見ている人たちが噂を広めたのだろうか?

 ──何故? それをする理由は? その噂を信じてしまう程、ルチア様への印象は最悪だったの?

  だけど……。

「こうして噂が広まっていても、貴族の方々はきっと信じてくださらないわ」

 ──どうしてなの?

  この世は理不尽だと思う瞬間だ。どれだけ正しいことを言っていたとしても、貴族の発言のような影響力はないのだ。

  発言力がある代わりに、貴族には貴族の負う責があるのだが、それはとりあえず横に置いておく。

「せめて、洗脳されることさえなければ、それさえなければ誰か諌めてくれる人もいるはずなのに。どっちにしろ今の状況では何をしたら良いのか分からないわ」

  珍しく弱音を吐く自分が嫌だった。こんな弱気な姿を彼に見られたくはなかったから尚更だ。

  アーネストが頭を優しく撫でてくれた。

「アリス……」

「ごめんなさい。弱音を吐いてしまって……。私らしくもないですわね。情けないですね。諦めるなんて私らしくもないのに」

「アリスは情けなくないよ。悩んでいるということは、諦めていないっていうことなんだから。君が弱音を吐いてはいけないなんて誰が決めたの?むしろそれを咎める者が居るなら僕が許さない」

  思わず目頭がじんわりと熱くなった。

  情けない姿を見せてしまったというのに、彼から伝わってくるのは労りと心配だけだった。

「とりあえず、町の様子を観察して、この後どうすれば良いのか考えよう。協力してもらうことも出来るかもしれないし」

「そうですわね」

  協力なんて考えもしなかった。どうやってここからあの場所に戻れば良いのか分からなくて、心細かった。

  こっそりと身を潜めつつ、マントを深く被り直し、その場を後にする。

  町の中を見物するフリをしながら通り抜ける際、アーネストが聞いてきた。

「僕は、聖女に立場を与えるということの危険性を実感したんだ。とりあえず、聖女の発言力をなくす方向で動こうかと思っている。僕の父とも相談しながらね」

  過去、何回か聖女を断罪した記録。それは全て聖女に発言力があったからだとアーネストは語っている。

「可能か不可能とか関係なく、アリスはどうしたい?」

「私は……」

  どうしたいのだろう?

  この状況を打開したいのは間違いない。そのために何をするつもりなのか。

  頭に過ぎるのは黒猫の姿。

  アリスは答えていた。

「私は聖女の力なんてなくしたい……。だから調停者の奇跡に賭けてみたいのです。マティアスは私に言っていました。その方向性で良いと。……だからまずは話を聞いてみて、必要だったら断罪者を探してみたいのです」

  口にしてモヤモヤとしていた気持ちがすっかりなくなっていることに気付く。

「言葉に出してみると考えに整理がつくよね。君は最初から何をしたいか決めていたんだよ」

  アリスが戸惑い消沈している姿を見て、あえて問いかけてくれたのだろう。

  少しだけ取り戻した気力と共にマティアスの自宅兼工房へと帰ることにする。

「ありがとうございます、殿下」

「何が?……後、外でそれは止めて、名前で呼んでくれたら嬉しいなぁ」

「調子に乗っておいでですね?」

「……良かった。元気出た?」

  全てを見透かされているような気がして少しだけ赤面する。

「最初から私は元気ですので、何を仰っているのか……?」

「良かった」

  年上の包容力と言うのだろうか? アリスを大切にしてくれていることが分かってしまって、少しこそばゆくて……少しだけ甘えたくなった。


  情報過多の中、どうにかして気持ちを切り替える頃には、マティアスの家に到着していた。

  アリスはやるべきことがハッキリしたおかげで視界が開けた気分で居たのだが、またもや衝撃の事実を知らされることになる。

  帰って早々、マティアスに何をどうしたいか、自分がやるべきことを伝えた時に、その爆弾発言は投下されたのだ。



「言ってませんでしたっけ?今代の断罪者は、貴女ですよ、アリス嬢」



  ちなみに、アリスは聞いた覚えがなかった。


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