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  ルチアが重大発表を行う──ただそれだけのことだというのに、世の中──主に貴族たちだが──は彼女を放っておくことを許してくれない。

  就寝前にアーネストが教えてくれた。

「重大発表……ってだけなのに、ルチアの神託お披露目パーティみたいな大層なイベントと化してる」

「趣旨が分かりませんわ」

「そうだね。だから一般的にはルチアが開いた交流パーティという名目らしいけど、スケジュールも突然変更したから、王宮中がてんてこ舞いでね」

  緊急性があるから仕方ないとはいえ、明日っていうのは早すぎるとアリスも思っていた。

  ベッドに腰掛けたアーネストは疲れの滲んだ様子だったので、アリスはただの善意で彼に提案した。

「お疲れのご様子なので、私で良ければ何でもしますわよ。肩もみとか……」

  少し身体を解す手伝いをしようと申し出たのだが、アーネストは予想外な提案をして来た。

「じゃあ、少し抱き締めても良い?」

  彼の隣に腰掛けた途端に言われた台詞に目が点になった。

「え? それは果たして癒しになるのですか?」

「うん。アリスが思っているより、ずっとね」

  彼はアリスの背中に手を回すと、優しく抱き締めた。まるで硝子細工でも扱うような繊細さで、指を髪へ絡めながら。

  やがて、肩口に顔を埋めながら、「しばらくこうさせて」と甘く掠れた声。

「殿下!?」

  思わず引き剥がそうとしたのだが、彼は優しく抱き締めている中、耳元で寂しそうに吐息だけで問うた。

「それとも逃げる?」

「……」

  それはここで負けと認めるのと癪に障るので、「どうぞ……」と不本意そうに答えれば、アーネストは笑いながら身体を離した。

「さすがにアリスの嫌がることはしないよ。少し悪戯したくなっただけ」

「……」

「それで、今回のパーティの件で実は問題があって」

  じっとりと睨みつけていれば、彼は切り替えるように話を元に戻した。

 ──私としたことが……。殿下に振り回されているような気がするわ……。

  それでストレス解消されていたら少し面白くない。

「真面目な式典並の扱いになっているから、僕たちの参加は確定してるんだ。ルチアと接触する機会は確実にある」

「殿下が彼女と接触するのは危険な気がします」

「ああ。僕は1度洗脳されているしルチアが本気を出したら危険な気がするんだ。……しばらく距離を置いていたし、前と違って彼女に対して嫌悪感もあるし、かかりにくいとは思うけど」

「ルチア様は殿下にご執心ですから、本気でされましたら、どうなるか分かりませんわ。」

  単純な解決法しかアリスには思いつかない。

「明日、殿下の傍にずっとおりますわ。もし、殿下が危なかったら引っぱたいて差し上げます」

「はは、それは頼もしい」

  引っぱたくと言っているだけなのに、何故アーネストは嬉しそうなのか。なにより……。

 ──どうして、そこまで甘い瞳を向けてくるの?

  そんな目をされたら、ボロが出てしまって、アリスの隠している気持ちが伝わってしまうかもしれない。

  アリスは彼と真の意味で幸せになるつもりなどない。

  それを夢見るには、暗い感情を知りすぎたのかもしれない。魔法を通して知った自分の気持ちは生々しすぎた。

「アリス」

  優しく声をかけられたけれど、アリスはあえて目を逸らして明るい声を出した。


「さて、今日は寝ましょう! 明日は私も何か協力出来るように最善を尽くしますわ!」


  ベッドに横になり、わざとらしい程距離を取っていれば、アーネストはそれ以上追求をしなかった。

  背中を向けているアリスを不審に思ったはずだろうに。

「ごめんね。迷惑をかける」

  ぎしっとベッドの軋む音と衣擦れの音にドキリとした。

  ぎゅっと目を閉じていたが、特にアーネストはこちらに近付くこともしなかった。

  縮まらない距離に、ちらりと振り返って覗いて見れば、視界に入ってきたのは彼の背中で。

「……」

  何だろう?もやもやとした気持ちが胸の内を燻っている。

  いつもならばアーネストはこちらを向いてくれるだろうに……などと思っている自分に気付きぞっとした。

  これでは完全に面倒な女である。

「……」

  拗らせている自覚はなかったが、気付いてしまえば納得である。

 ──自己嫌悪だわ……!



  そんな気付きたくもない事実に気付きつつも、次の日のパーティはやってくる。

  王宮に滞在しているアリスの着付けを手伝ってくれるのは、もちろん王宮の侍女たちなのだが……。

「最高傑作ですわ、アリス様」

「貴女それ何回目? アリス様がどんなドレスを着てもいってるじゃない。私としてはさっきのドレスが……」

「細身で胸もおありなので、何を着せても罪深いですわ!」

「やはり先程の方が胸の豊満さを強調するのには……」

  完全にきせかえ人形状態と化している。

  アリスは遠い目をしながらもその恥ずかしい語り合いを耳に入れないように意識を逸らす。


 ──今までのドレス、全部胸元が心もとない気がするのは気の所為よね?


  これから出されるドレスも胸元の布地が、普段アリスが着ている物よりも少ないだろうことは想像できた。

  張り切っている侍女たちに水を差すのは申し訳なかったが、相手に嫌な思いをさせないよう遠回しに断るべきだ。

「あの……、ここまで胸元が開いているのは、お下品なのではないかしら?」

  言えた。この雰囲気の中で言いづらかったけれど、ここで一言言えずにどうする。


  侍女たちは一瞬きょとんとしたかと思えば、目がキラリと光ったのだ。それも一斉に。


「何を仰っているのです、アリス様! 足を出すのは下品かもしれませんが、胸元を出すのは下品だと思われにくいのが貴族のファッションじゃないですか」

「ここで胸元を出さずにどうします!? 私たちもせっかくの素材──こほん、せっかくアリス様がお美しいのに、最高の仕上がりに出来ないなど、侍女の名が廃りますわ!」

 ──今、素材と言いましたわね……。

「それにアリス様なら足を見せてもきっとお上品ですわ」

  うっとりと舐めるようにアリスの全身を見つめている侍女の目は、どういう表現が相応しいのか分からないが、少々危ない目をしていた。


「決めました。1番過激なのにしましょう!」

「そうですわね。これは真に上品でお美しい淑女にしか似合わないという特別な1品……。この日のために取り寄せましたのに。勿体ないですものね」

「あの……?」

  アリスが口に出したことにより、当初よりも状況が悪化しているような気がしているのは気の所為か。


  それだけは断固拒否しなければと、アリスと侍女の攻防の末、そこそこ胸元は開いているが薄い青の色をした控えめな形のドレスに落ち着いた。


  コンコン、というノックの音に皆の視線がドアに向く。

  満足気な侍女たちと少々疲れ気味のアリスの居る部屋に誰か客人が訪問したらしい。


  そういえば、先程、アーネストが頃合になったら迎えに行くと言っていなかっただろうか?

  頃合どころか今の今まで、きせかえ人形と化していたとは彼も思っていないだろう。


 ──待って。心の準備が。

  いや、全くの別人の可能性もある。


  とアリスが現実逃避をしている内に無残にも真実は追いかけてくる。


「かなり時間が経ったようだけど、支度は終わったの?」

  それは紛れもなく己の婚約者の声だった。


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