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「楽しかったか? エリオット」
「それはもう。殿下のあんなことやこんなことをお聞きできたので。何とは言いませんが」
「鬼か」
2人のやり取りは微笑ましい。お互い分かりあった男同士の友情というものに密かに憧れているアリスはほうっと息を吐いた。
──なるほど。 男同士のぶつかり合いから、このように親密になるのですね。小説や物語ですと殴り合いの喧嘩をするというパターンがいくつかありましたけれど。
少々ズレかけているアリスの思考など、アーネストは想像出来るはずもなく、彼女に近付いて優しく声をかける。
「調子はどう?」
「普通ですわ」
「なら良かった」
普通と答えているが、今のアリスが割と元気であることは見て分かっていたのだろう。
それとアリスのツンとした態度にも慣れたのだろう。
そして、なら良かったと頷いてはいたが、彼はこう切り出した。
「楽しそうなアリスとエリオットに悲しいお知らせがあるんだけど」
「あのクソ聖女……」
「まだ何も言っていないけど、大体合ってる」
エリオットのドスの効いた声。ルチアはとんだ濡れ衣を被せられたものだと思ったが、どうやら、ルチアのせいで残念なお知らせとやらになったらしい。
「軟禁されているはずの彼女が今度は何をやらかしたのですか?ここ最近は平和だったはずですわ」
「軟禁されていても、彼女は犯人扱いされていた訳ではないからね」
彼女の軟禁はいわゆる、過激派の暴走であり、完全なる善意だった。
「……あの女は何をするつもりですか? 何か……大勢の前で何かをする気なのではないですか?」
人の目が届く範囲でなら、ルチアは行動出来る。それも大々的であればある程。
「どうやら重大発表をするらしいよ」
重大発表ということは、預言者として何か言葉を賜ったというのだろうか?
「何かが起こるということですか?」
唐突に不安になった。預言が必要になる程の何か。
何か大きな天災が起こる前触れなのかもしれない。
自分でも知らないうちに手が震えていたらしい。膝の上に置いた手の甲に、アーネストの手が重ねられる。
「……!」
慰めようとしてくれたのだろう。ただ、こちらをガン見しているエリオットの視線が気になって、思わず手を振り払う。
「……っ、どさくさに紛れて、勝手に触れるのはお止め下さい!」
パシーンと良い音がして、少々罪悪感を覚えるがアーネストは、アリスの態度に慣れたように手を引いただけだった。
……なんとなく面白くない気がする。
なんて思っていたら、似たような考え方をした者がもう1人居た。
つまらなさそうな顔を一瞬した後に言い放った言葉がこれだ。
「余裕な殿下なんて面白くないですよね」
「……やっぱり、僕に何か恨みでもあるの?エリオット」
「ないですけど」
アーネストは胡乱な瞳でエリオットを眺めていたが、やがて話を戻した。
「重大発表があるから外に出してくれなんて言われたら、彼らも外に出すしかないよね。過激派は元々ルチア派なんだし。それに本当に預言かもしれないし」
「殿下、見損ないました」
エリオットは冷たい目でアーネストを見つめている。
「……え?」
予想外すぎた返しに虚をつかれたアーネストは、反応が一瞬だけ遅れる。
──エリオット様?
どうなさったのだろうと思っていれば、彼は相当ルチアのことが好きではないらしい。
「あのガニ股女のことを信じるのですか?」
「いや、その可能性もあると言っただけで別に信じるとは言ってない」
「あの女が真実を語る可能性をほんの少しでも考えた時点で、それはアリス様と私への立派な裏切りです」
極論すぎる。今まで散々な目にあったが、仮にも聖女である彼女が、預言についても嘘を口にすることはないのでは?とアリスは考えていた。
──さすがに国に被害が及ぶような事態には、ならないはずだと思うんだけど……。
国が滅んだら、自らにも降り掛かるのだから。
「エリオット様……。それはさすがに考えすぎでは? さすがのルチア様でもそこまで罰当たりなことは……」
「国に被害が及んだら、彼女自身の資質も問われることになるだろうしね。破滅願望さえなければ、そんなことはしないと思う。……後、ガニ股女って何?」
2人の言葉をどう捉えたのか、エリオットは嘆かわしいといったように首を振っている。
「まさか殿下だけでなく、アリス様まで腑抜けたというのですか? 最大の被害者は貴女だろうに……」
「彼女にも、多少の善意はあるかと思いまして」
多少の善意でも良い。神託や預言に関して虚偽を語るなんて不届きな行為を行わないで居てくれるだけの善意でも良いから欲しいというのは、アリスの願いだ。
それにここで虚偽を語ることによって、彼女に何のメリットがあるというのか。
「まあ、そもそも今回の件が預言とは限らないよね。もしかしたら預言とは全く関係のない、個人的な表明とかかもしれないし。貴族社会を混乱に陥れる爆弾発言をする可能性もある訳だし」
「それでこそ殿下です」
アーネストは見事に話をすり替え、エリオットは満足したように頷いている。
アリスも補足するように言っておく。
「何事も警戒しておいて損はないですわね。今までのことを思えば十中八九、余計なことだと思いますし」
辛辣な物言いを含ませておけば、エリオットはますます満足したらしい。
「さすがアリス様。よくご存知ですね。お2人とも腑抜けた訳ではなかったんですね。安心しました」
眼鏡をくいっと上げながら彼は頷いている。
とりあえず彼にルチアの話は地雷なのだということだけは、よく分かった。
彼にルチアの話をする際は気を使って、よくよく注意をしなければ、実に面倒なことになる。
アリスは隣に居るアーネストと目を合わせると、2人して安堵の溜息をついて、笑みを交わして──。
──これでは私、殿下と息が合っているみたいだわ!
我に返ったアリスは、気恥しさにぷいっとそっぽを向いた。
こういう何気ない1つ1つの行動から愛着が生まれていくものであり、こういう何気ない行動から想いは露見してしまうものだ。
「……可愛いなあ」
──殿下の言葉も聞こえないんだから。
アリスが恥ずかしさに顔を俯く刹那。
「あ、ちなみにガニ股女というのは、後ろから見たあのクソ聖女がガニ股だったからです」
この発言に恥ずかしさも、アーネストからの甘い視線も何もかも吹き飛んだ。
「はい?」
──普通だと思いますけれど!?
「アリス様より僅かに何センチかガニ股なので、奴はガニ股聖女です」
「いくらなんでも無理があるような気がしますわ……」
それもアリス基準。
「というかエリオットは、何を変なところを確認しているんだ」
アーネストは呆れていたが、一瞬後に見事に惚気けた。
「……まあ、アリスの後ろ姿が可憐なのは本当だけど」
「止めて下さい。私の知っている殿下は、アリス様の前でそんな発言が出来るはずありません」
「ええ……」
どうやら解釈違いらしかった。




