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我ながら何ということを言ってしまったのかと後悔しつつも、今更怖気付いたなど思われたくなくて、先にアーネストのベッドの中へ入ったアリスは、そのベッドの本来の持ち主であるアーネストに手招きをした。
「アリス。何を言ってるの。一緒に寝るって」
「ソファで貴方を寝かせる訳にはいかないですし、お互い譲る気はなさそうなので、間を取ってみました」
本当は顔が熱くて仕方なかったけれど、何でもないことのように言い募る。
──いつかは私だって、殿下とベッドを共にすることもあるかもしれないのだから、予行練習だと思えば問題ないはず。
アリスの思考はこの時ばかりはぶっ飛んでいたが、そのことに本人は気付かない。
冷静なのは、困ったようにしつつも頬を染めているアーネストくらいだった。
「今は共に夜を過ごすことになっておりますし、避けようのない出来事だと思っておりますわ。別に貴方のことをどう思っているとかそういう話ではありませんから、誤解しないでくださいね?」
目を若干逸らしながら、アリスは強がって見せた。
何事もなかったかのように、何も起こらないとでも言いたげに振る舞うアリスを見たアーネストは、僅かに顔を強ばらせた。
アリスの居るベッドへと近付いて、真剣な瞳で問いかける。
「本当に意味分かってる?」
ふいに無表情になったアーネストの雰囲気は先程とは違い、ピリピリしたものになっていた。
「何がですか?」
こちらが意識していることを悟られたくなかったアリスは殊更冷たく問い返す。
アーネストは大きな溜息を吐きながら、アリスの待つ寝台へとまた1歩近付いた。
怖いくらい真剣な瞳に射抜かれる。
「僕は君のことを好きだと言ったんだ。君はそんな僕をベッドに誘ったんだよ」
「……」
「好きな子と同じベッドで、僕が何も感じないとか思ってる?」
怒っていた。激昂とは違うそれは、冷静に激怒しているというのに近い。
アーネストが手を伸ばして、アリスの手首をぐっと掴んだ。
その男性らしい力強さに、どきりとした。
──近い。
間近で目線が合い、アーネストは挑戦的な瞳で微笑んだ。
「これくらいで怯むアリスには無理だよ」
「……」
こちらのことを気遣ってくれているのは分かっている。
ただ、こちらから折れる形になるのが許せなかっただけ。
「望むところですわ!」
「君って本当に意地っ張りだよね。そんなところも可愛いけど」
ギシッと音を立ててベッドに乗り上がってくるアーネストを見て思わず身を竦める。
「……ほら。何でそんな無理するの?」
「無理はしていません」
「引っ込みが付かなくなったんだろうなって知ってる。目を瞑るから、今回は……っうわ!」
子どもに言い聞かせるような調子だったのが無性に癇に障ったアリスは、アーネストの腕を引っ張った。
いきなり引っ張ったせいでアーネストは体勢を崩してしまい、アリスを押し倒すような形になってしまう。
「あ……」
目を白黒とさせているアーネストと間近で目が合ってしまったせいで、何だか顔が熱い。
「……ごめん!」
アーネストは、さっとアリスの上から退いた。
謝る必要はなかったというのに、アーネストは妙に慌てていて、それに溜飲を下げたアリスは逆に微笑んだ。少し悪戯めいた表情にアーネストは魅入った。
「一緒のベッドと言いましたけれど、ただ場所を半分に分けるだけです。別に抱き合って眠る訳ではありませんのに……。何を期待しましたの?」
「……アリスの馬鹿」
先程まで優勢だったアーネストはそっぽを向いて呟いた。
どうやら珍しく拗ねているようで……。
「では、ここから先は私の陣地ということで……。殿下はここから先は入らないでくださいね」
王太子殿下のベッドは1人で寝るには広すぎるくらいだったので、2人で寝る場所を分け合うなんて簡単だったのだ。
アリスはアーネストを意識していることを悟られたくなかったので、殊更無感情に告げたのだが、どうやら彼の方は何だか納得のいっていない微妙な表情を浮かべていた。
──やっぱり、この人拗ねてる。
その様子が珍しくて忍び笑いをしていたら、どうやら若干機嫌を損ねたアーネストが、アリスに背を向けて寝転がる。
──少し可愛いなんて言ったら怒りそう
「殿下」
「……」
「アーネスト殿下」
「……何」
久しぶりに名前を混じえて呼んだら、素直に応じてくれた。
「そんなに機嫌を悪くしないでください。冗談ではありませんか」
「君は戯れで僕の心を弄ぶんだね? こっちは気を使っただけだったというのに」
「それは理解しておりますわ。ただ面白くなかったので、つい……」
アーネストがふっと笑う気配。
「アリスも変なところで負けず嫌いだね」
「違いありませんわ」
なんとなく和やかな空気になったところで、背を向けていたアーネストがこちらへ向き直り、手を伸ばした。
「殿下! 約束が違いますわよ!」
ここから先には出るなと言ったはずなのに、彼はその決まり──と言ってもアリスが一方的に決めたのだが──を破って、アリスを正面から抱き締めたのだ。
「寝ている間のことは分からないから、もしかしたら知らないうちにこんなことにもなるかもしれないよ?」
「今は起きているじゃないですか!」
「アリスが意地悪して来たから、僕もお返ししただけ。これ以上のことはしないよ」
「当たり前です!」
アーネストの胸元に顔を埋める形になり、少なくとも赤く染まったこの顔は見られていないということに内心安堵する。
抱き締めながら、アリスの髪を優しく梳いている彼は、やがてアリスの耳元で小さく笑う。
「ちょっと楽しい」
「はい?」
「いや、幼い頃、もしアリスとじゃれ合う関係だったら、こんな感じなのかなって思っただけだよ」
「……」
嘘だ。幼い子どもは、こうやって優しく愛おしむように髪を撫でたりしないし、心臓がここまで高鳴ったりしないだろう。
アーネストの胸元──ちょうど心臓の当たりから、伝わってくる鼓動は、早鐘を打つように高鳴っていて、アーネストのこの余裕は見かけだけだということが分かってしまう。
──私を怖がらせないようにわざとやっている?
子どもだったらなんて言い始めて、アーネスト自身はそれどころではないだろうに。
──本当、この方は。……もう。
そんな気遣いはアリスを余計に悔しくさせるだけだ。
──でも。
結局、この人はどこまでも優しいのね。
その不器用な優しさは昔からきっと変わっていない。
泣いていたアリスの傍に居てくれたあの時から。




