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マティアスからの返事が来ないなんて、そのような事態は初めてだ。
今までは手紙を出せば、返事は欠かさず来ていたというのに。
──もしや、こちらが真実に気付いたから……とか関係があったりしませんわよね?
情報が圧倒的に足りない現在、彼の協力は必須だというのに。
悶々としていたアリスだったが、この日は令嬢たちによる定期的な報告会の日でもあったため、いつものようにお茶会の準備を済ませていた。
「アリス様。今日は大きな報告があるのです」
そんな状況の中、沈痛な面持ちでジュリアとマーガレットがお茶会に現れた。
やけに真剣な瞳でどことなく興奮したような色が混じっている。
「どうされましたの?」
あくまで優しく問いかけてみれば、ジュリアはドアの向こう側に呼びかける。
「皆様、お入りくださいな!」
──え?
ドアの向こうからしずしずと入ってきた令嬢たち。10人くらいだろうか?
「アリス様、ご無沙汰しております」
正式な礼の形を取って挨拶をする令嬢の1人は顔見知りだった。
「ご機嫌よう、アリス様」
もちろん彼女の後ろに続く令嬢たちも。
「皆さん、ご機嫌よう。何かございましたの?」
事情が分からないが、彼女たちがアリスに対して何らかの敵対心を持っているという訳ではないことは分かった。
その真相はすぐに分かった。
高揚して薔薇色の頬をしたジュリアがアリスの元に駆け寄って来たからだ。
「アリス様! 新たな賛同者ですわ!」
「皆さん洗脳が解けましたの!」
「本当ですか! それもこんなに多くの方々が……」
ルチアに敵対している者は極僅かで、味方は少なすぎた状況から一転、たくさんの味方が出来たのだ。
「私たち、アリス様がお心を砕いてくださったおかげで正気に戻りましたの」
「いいえ、それは私のおかげではなく、ジュリアたちのおかげですわ」
アリスが実際に洗脳を解いた訳ではなく、この件については間接的だったのだ。
「最初はジュリアの言っていることがよく分からなかったのですが……」
「皆さん……」
本当に良かった。最近、聖女の動きが制限され気味だったのも良い結果に繋がったのだろう。
しかも最終的には軟禁まで行ったのだ。
「後はこのままルチア様の元へ行かなければ、問題はありませんよ」
マーガレットも被害者の1人だったため、似たような感覚を味わったのだろう。
「それはないですわ。元々、元婚約者が連れて行ったせいで、だんだんおかしくなっていただけでしたし」
「今回、ルチア様が遠ざけられたのは、アリス様のおかげだとお聞き致しました!」
「私は本当に大したことはしていないのですよ。本当に些細なことで……」
アリスは劇的な何かをした訳ではなかったけれど、些細なことが切っ掛けで運命は大きく変わる。
──ルチア様のように大きな影響力を持つ方は特にそうなのでしょうね。
彼女ももう少し思慮深い行動が出来ていれば、軟禁されたりしなかっただろうに。
「それで……私たちもアリス様のお茶会に入れてくださいませんか?」
お茶会と言っても、アリスの住んでいる屋敷で行われている些細な報告会のようなものだった。
「ええ……。大したことをしている訳ではないのですよ? 対策を話し合ったりなど……」
「いいえ! アリス様のお屋敷で、アリス様と刺繍やお話をしながら、美味しい紅茶を頂くなんて夢のようではないですか!!」
「そうですわ! 皆、貴女様に憧れているのですよ!」
予想外の熱狂ぶりに珍しく取り繕うことを忘れたアリスが目を白黒させていれば、ジュリアはふふ……と笑った。
「見てください、皆様! このようにここでは素のアリス様が見れるのです! なんと、アリス様に恋愛相談をされてしまったりなども」
「ジュリア様!?」
青天の霹靂だったあの時のお茶会の出来事を蒸し返されてしまえば、アリスには為す術もない。
「詳しく聞かせてくださいな! ルチア様の魔の手から逃れ、アーネスト殿下と結ばれたっていう恋物語! 是非、お聞きしたいです!」
「話題になっておりますのよ!」
わっと周りに囲まれて、令嬢たちのキラキラした目に晒されてしまえば、アリスは顔を赤くして俯くしかない。
「そんな……恋物語だなんて……。確かに好きとは言われましたが……でもそれは……」
後半は独り言のつもりで、口の中だけで呟いたものだったが、マーガレットが耳聡かった。
「あら! ついに告白をお受けしたのですか!? いつの間にそんなことになっていたのでしょう……。アリス様ったら早く仰れば良いのに」
夢見る乙女のような表情で、うっとりとしているマーガレットは可愛らしいけれども。
「きゃー! お聞きしたいですわ! アリス様!」
「皆様、アリス様を囲んでティータイムですわ!」
案の定盛り上がりを見せて、アリスを囲んでお茶会という、1種の拷問と化した。
ジュリアにからかわれ、マーガレットに微笑まれ、他の令嬢たちには迫られ、なんというお茶会だったのだろう……。
少し精神的に疲れたところもあったけれど、そのお茶会にあったのは皆の笑顔だった。
その事実に心が暖かくなっていく。
アーネストのベッドに腰掛けながら、少し微笑んでいれば珍しく寛いだ衣服を身に纏ったアーネストに声をかけられた。
「何か良いことあったの?」
かけられた声は優しげで、アリスを労るような口調だった。
普段からアリスが無理をしているように見えるようで、少し笑顔を見せるだけでもアーネストの方が嬉しそうに微笑むのだ。
それが少し気恥ずかしくて、彼の前では素直に笑えないのだが、それは言う必要もないだろう。
「殿下、今日はきちんと休まれるのですね」
夜、彼と部屋を共にするようになったとはいえ、彼が寝ているところをアリスは見たことがなかった。
「ルチアが軟禁されているおかげで、僕たちも束の間の平和が訪れてね」
「ああ……」
エリオットはどうなったのだろう。
「エリオットはね。仕事が落ち着いたのに仕事をくれとせがむものだから、ついにベッドに縛り付けてきたよ」
「……」
それは文字通りの意味なのだろうか? 深く突っ込んではいけない気がして、アリスは何も問えなかった。
「じゃあ、お休み」
「お待ちになって」
毛布を持ってソファに転がろうとするアーネストを見て思わず引き留める。
「今更すぎるかもしれませんが、もしかして殿下は今までソファで寝ていらしたの?」
「いや、いつもは机の上で突っ伏してたけど」
アリスの予想通り、普段はろくに寝ていなかったらしい。
「やっと休めるのですから、こちらのベッドをお使いくださいな。私がソファに行きますわ」
「何言ってるの。そんなところにアリスを寝かせる訳にはいかない」
「つまりは、次期国王たる殿下が、そんなところに寝るつもりだと?そして次期王妃になる予定の私が、未来の夫をそんなところに寝させるとお思いで?……今更ではありますけれど」
「……うっ」
これにはなかなか言い返せないようだったが、彼はすぐに持ち直した。
「これは男としての矜恃だよ。アリスにはゆっくりと休んでもらいたいし」
完璧な笑顔を浮かべている。つまりは戦闘態勢に入ったらしい。これはテコでも動かないと決めた時の彼の姿だ。
「私も殿下にはゆっくり休んで頂きたいですわ」
「大丈夫。ソファだけど、けっこう寝心地良いと思うから」
「なら、私が寝ても構いませんわよね?」
「……」
「……」
お互いに睨み合う。
こんなくだらないことで張り合うのもどうかと思うけれど、お互いに譲れない。
睨み合いが長く続いた末に、アリスの方がポツリと呟いた。
「ならば……一緒に寝るというのはどうですか?」
その時のアーネストの顔はとても見物だった。




