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「おはよう、アリス」

  薄く目を開いた先に己の婚約者の姿。ほとんど寝ていないというのに肌は綺麗だし、表情も元気そうに見える。

「おはようございます……」

  カーテンの隙間から光が入ってきて眩しくて目を細めていれば、アーネストがカーテンを隙間なく閉めた。

  上半身だけ起き上がり、ぼんやりとしていれば「まだ寝てて良いのに」とアーネストの声が間近で聞こえた。

「ん……いつも、この時間に……起きてますので……」

「すごく眠そうだね?」

  髪を撫でる手を無意識に掴んで頬に擦り寄せる。

「ん……」

  こっくり……と頭が揺れる度に、絹糸のような美しい黒髪が揺れる。

「寝ぼけてる?」

「起きてます……。っ……、手が冷たくて気持ち良い……」

「アリスって朝が苦手だったんだね。いつもしっかりしているから知らなかった」

「それは……殿下の婚約者たる者、それくらいはしなければ……」

  寝起きで今にも二度寝しそうな自分に幻滅しただろうか?

「寝てても良いんだよ? アリスが寝ている間は僕もここで仕事するから……」

  どうやら執務室にあった書類の山がいくらかこちらに移動していたようだ。

  少し申し訳ないなと思っていれば、アーネストはこちらを安心させようと微笑んでいる。

「机さえあれば仕事は出来るからね。アリスが気にすることじゃない。日中は良いとして、朝晩は危険だから、なるべく一緒に居たいしね」

「ご迷惑をおかけします」

  少し意識がはっきりした頃に、アーネストは紅茶を淹れてくれた。

「火傷しないようにね」

「……はい、ありがとうございます」

「どうする?もう起きる?起きるなら侍女を呼んでくるから待っていて」

「はい。起きます。そろそろ昨夜のことも分かるでしょうし」

  昨夜……と言って良い時間だったかは分からない。夜も更けていたから深夜だったのだと思うが、正確な時間は分かっていなかった。

「そうだね。実は不審者から話を聞けたから、アリスにも伝えようと思っていて」

  深刻そうな彼の様子からして、ロクな内容ではないのかもしれない。

「執務室で詳しくは報告するから、着替えて朝食をしておいで」

「殿下は?」

  そのまま執務室に行こうとしているということは、食事はまだなのではないだろうか。

「先程、適当に摘んだから大丈夫」

「……そうですか」

  そういえばアーネストは朝食はいつも軽く済ませていた気がする。

「じゃあ、また後でね」

  アーネストが出ていくと同時に見慣れた侍女たちが入ってくる。

「アリス様、ご無事で何よりです」

「ええ。貴女たちも……」

  アリスの姿を見てぱっと顔を明るくする彼女たちは、どうやらルチアの洗脳下には置かれていないらしい。

  彼女たちは一度洗脳されかかっているのではと思っていたが、どうやらもともとそこまでルチアへの第一印象が良くなかったらしく、接触せずに居たら無事に洗脳が解けたらしい。

 ──どんな第一印象だったのかしら?あまり態度が良くなかったのかもしれないわね。

  侍女に対してもっと良い態度を取っていれば、ルチアは洗脳を保つことが出来たのかもしれないが、既に終わった話。

  ルチアの眼中には下々の者は入っていなかったと、そういうことなのかもしれない。

 ──聖女としてはどうなのかしらね?

  ルチアは貴族ばかり相手にしていたから、使用人への些細な態度がどうなるかなんて考えたこともないに違いない。

  ルチアは生まれながらの貴族だった。厳密に言ってしまえば没落しかけていた男爵令嬢だが。

  聖女の力を発現させた結果、男爵家は持ち直し、かの家の発言力は上がっている。

「アリス様、お食事の用意は出来ております」

「ありがとうございます。では」


  アリスが執務室に到着した時は修羅場が起きていた。

  徹夜明けと徹夜明け4日目の2人の男が何やら言い争っている。

「アーネスト殿下。今からでも遅くありません。影に始末させましょう」

「確かに世の中の大半は、元凶を消せばどうにかなるものだけれどね? 君、とりあえず寝ようか」

「殿下も寝てないでしょう?寝てないですよね? ならば聖女殺害の許可を」

「する訳ないだろう?」

  目の下をどす黒くしたエリオットがアーネストの胸倉を掴んでいるという、あまり他の者には見られてはいけない光景が繰り広げられる中、アリスは慌ててドアを後ろ手で閉めた。

 ──ついに限界点を突破したようね……。

  執務室生活の続いたエリオットは正常ならば有り得ない行動を行っているし、アーネストもどこか疲れが溜まっているように見える。

「お2人とも」

  声をかければ、ピクリと反応するエリオットと、「早かったね」と声をかけるアーネスト。

「アリスの声が聞こえる気がするが、俺の気の所為か?」

  彼はアーネストの前ではアリスの名前を気安く呼ばないというのに。

  ついでに一人称が俺になっている。彼は素の部分が出ると一人称が私から俺になるのだ。

  案の定訝しげにしたアーネストに突っ込まれることになる。

「いつもとアリスの呼び方も違うけど、目の前のアリスが見えてないなんてことはないよね?」

「おや? アリス様が居る?」

「駄目だこれは」

  アリスが居ることに今気付いたと言わんばかりのエリオットの様子に、アーネストは呆れを通り越して心配してしまっているようだ。

「アリスも来たことだし、軽く僕たちで状況を整理しようと思う」

  思わず身を引き締めると、アーネストはアリスに柔らかなソファに案内してくれた。

「君はここね」

「さすが殿下。アリス様には特別待遇なんですね」

「当たり前だろう」

  などという会話がなされる中、言われるがままソファに腰掛ける。

「では、今からクソ聖女殺害計画の全容を」

「駄目だ、これ」

「エリオット様、最近ルチア様のことついに名前で呼ばなくなりましたよね」

  アーネストは目元を手で覆いながら、呟いた。

「最近の徹夜気味なエリオットは酷いよ。あの女ならまだ良い方で、()()とか()()()()とか()()だとか、()()だとか()()だとか……()()()()とも言っていたような……?」

「私は殿下の口から、そのような言葉を聞きたくなかったですわ」

「いや、僕が言った訳ではないよ?」

  ごほん、と咳払いを1つしてからアーネストは仕切り直した。

「単刀直入に言わせてもらうけど」

「はい」


  重要な何かを伝えようとしていることだけは分かる。

  アリスはアーネストをしっかりと見つめて。

  彼は悩ましげに言った。



「例の不審者を絞った結果、得られた情報なんだけど、アリスが襲われたのはルチアの差し金だったらしい」

「……」


  ああ、やっぱりとしか思えなかった。

  ルチアと接触した同日に起こった時点で関係性があるに違いないと思っていたから、こうして聞かされたところで妙に納得がいってしまっただけだった。

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