33.8 sideアーネスト
アーネスト17歳、思春期真っ只中、アリスとは挨拶する機会がある時しか交流しなくなった。
アリスから届いた手紙には、たまに返事を返す。
こんな婚約者駄目すぎる。殴ってやりたいと思いつつ、それは自分なのであった。
幼なじみであるエリオットとも距離を置いていたが、寂しそうな素振りどころか、仕事をたくさん押し付けてきた。
良い度胸である。
エリオットにも上手く説明出来ずに距離を置いた。全てを守るなんてことが出来ないアーネストは周りと距離を置くことで守ることにしたのだ。
政務や視察、そういった予定をたくさん詰め込むことによって、周囲を遠ざけた結果。
「アーネスト様って取っ付き難いわよね」
「孤高っていうのかな? 僕たちなんて視界に入ってないんだろうさ」
「明らかに孤立している王なんて、ね」
「有能だけど、それならルーカス様の方が良くないか?」
紳士淑女の皆様方の評価はこの通り、急降下していく訳である。遠ざけただけで、ここまで下がるのかと疑問視するくらいに。
何者かがアーネストの王としての資質を疑うように仕向けている。こちらが手を出せない状況であることも知った上で。誰が敵か味方か判別出来ず、ろくに動くことが出来ず後手に回ってしまうことにフラストレーションが溜まっていく。
さらに、アーネストが孤立していくと同時に、他の王子たちの評価が上がっていく。それも不自然な程に。
──いくらなんでもこのタイミングは。
怪しいと思い始めた頃、図ったようにルーカスが問題を起こした。
突如、引き籠もりへと変化したのである。もちろん勉学はしっかりやって、研究論文なんかも発表していることからも、ただの穀潰しに成り下がった訳では決してないけれど、社交を一切拒否し始めた。
たまたま王宮でアリスと顔を合わせた際に、彼女は心配そうな顔をして、ルーカスのことについて尋ねてきた。
「ルーカス様のご様子はいかがですか? 最近良くない噂も流れてくるので心配なのです」
「大丈夫だよ。君が心配することはないよ」
「そうですか……。そのアーネスト様もここ数年……」
「君に話すことはないよ」
近くにいる衛兵がこちらをじっと観察していることに気付いたアーネストが、慌てて会話を断ち切ろうとすれば、アリスはこちらを悲しそうに見つめていて。
──本当に酷い婚約者だ。
「またね」
「あ、あの!」
控えめに裾を掴む可憐な少女に、胸の奥が甘く傷んで、じわじわと切ない感情が広がっていく。
「何かな」
それなのに自分の声は酷く素っ気なくて。
それに怯みそうになりながらも、アリスはアーネストを見上げて健気にも微笑んだ。
「お話を聞くことくらいは出来ますから、お辛くなりましたらいつでも、いらしてくださいね?」
「……っ」
思わず抱き締めてしまいたくなったことに、アリスは気付いているはずがない。
その華奢な肩を抱き寄せて、腕の中に閉じ込めてしまいたいという衝動を抑え込む。
「アーネスト様?」
白い肌に薔薇色の頬。桃色の唇。
きっと怖がられるに違いないけれど、彼女の唇をここで奪ってしまいたいと思ってしまった。
年上の婚約者からの突然のキスに彼女はどう反応するのだろうか?
抱き締めてキスをして「好きだよ」と伝えたら、何を彼女は言ってくれるのだろう?
アリスの頬に触れようとした手をもう片方の手で抑え込む。
「アリスはルーカスのこと気にしなくても良いよ。たぶん夢中になることが出来ただけだろうからね」
それだけ言い放ってすぐに背を向けた。
この世界にアリスと2人だけなら、周りを気にすることもなく愛を囁けたかもしれないのに。
ルーカスも引き籠もりなんてしなかっただろう。
真相は簡単だ。
深夜、極秘の部屋にて、アーネストはルーカスに確認した。
「君は自分の評価が上がらないように、こんな真似をしたんだろうね」
「さすが兄さん、全部お見通しだね。だってそれで次期国王とか言われてもね」
さすが、とは言ってはいるが、アーネストが知っていることに驚きもしない。
「買い被りすぎだよ。僕だっていつもお見通しな訳じゃないよ」
「そんなこと言って大体はこちらのこともお見通しの癖に」
ルーカスは愉快そうに笑った後、すぐに不機嫌そうな顔へと変化する。
「愚かだよね。今、兄さんが孤立して大きく動くことも出来ない状況下を利用して、あることないこと騒ぎ立てて。あまつさえ、その隙に他の兄弟たちの評価を上げようとしているなんてさ。そんなの一時的だろうに」
「一時的でも構わないんだよ、ルーカス。結局、見てもらわなきゃ何も始まらないんだから。一時的でも話題になれば、後からついてくる結果もあるだろう。出来る限り、票を稼ぐ。それも、僕が孤立しているうちが1番の好機だよ」
「まさか兄さんの陣営以外が組んでいるなんてね」
「ほら、敵の敵は味方って言うだろう」
アーネスト以外の兄弟、ルーカス。3つ年下のマシュー、5つ年下のオズワルド、それぞれの兄弟の陣営が結託しているらしい。
王子たち本人の意思は関係なく。
「兄さんが毒殺されかかっているこの時期に便乗するなんて」
「いや、そうじゃない」
アーネストは確信していることがあった。
「そもそも、この状況を生み出すために僕は毒を盛られている」
「は?」
そんなおかしなことがあるものかと言わんばかりのルーカスの表情は珍しく間が抜けていた。
鳩が豆鉄砲を食らったよう……といった彼の呆けた顔は珍しい。
「僕の性格を熟知しているんだよ。周りを遠ざけた僕がこうやって孤立することを見越したつもりなんだろうけど、肝心のルーカスが点数稼ぎどころか引き籠もりになるとは思ってなかったんだろうね。本当、愉快」
思わずハハハと声に出して笑っていれば、ルーカスは1寸遅れて大声を出した。
「笑いごとじゃないでしょ、兄さん! ……でも僕ナイス!」
「しー。声が大きい! 確かにルーカスの行動に右往左往する彼らは見ものだったよ」
ここ最近で1番の娯楽だったかもしれない。
「まあ、ルーカスが掻き回してくれたお陰で、それぞれの陣営で先走った過激派を把握出来たからね。人員総入れ替えするのに数年かかると思うけど、数年以内にはどうにかするよ」
「僕は何をすれば良い?」
「そのまま、彼らの意に沿わないことでもして遊んでやってくれる」
「了解。しばらく奴らと遊んでる」
ルーカスが周りを欺き、撹乱している間に、アーネストが一掃する。
今回の計画は、兄弟のこの一言二言で片付けられることになった。
有言実行した結果、過激派連中を掃討したのは、およそ5年かかり……アリスが16歳になった頃、毒を混ぜられることもなくなったのである。
「良かったね、兄さん。アリスと話せるようになるじゃない」
「それは嬉しいんだけど……」
全て片付いた後にアーネストには、最大の問題が立ちはだかっていた。
「え、どうしたの?もっと喜ぶと思っていたのに」
ここでアーネストは困惑し、懊悩していた。
「アリスとどう接して良いのか分からない!」
「成人した良い大人が今更、思春期ってどうなの、それは」
弟の呆れた表情に既視感を覚えると思っていたら。
「ルーカスの今の顔、今朝のエリオットと同じなんだけれど」
「うん。そりゃあエリオットもそうなると思うんだ。兄さん、ちょっとアレだから……」
「アレって何」
「ヘタレ」
弟にはっきりと言われてしまっては、苦笑いするしかなかった。
そして、アリスと実際に接してみて、アーネストは先が真っ暗になるような事実を知ることになる。




