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33.5 sideアーネスト

 

「私たちの関係性がどうなろうとも、彼についていく所存ですわ。ええ……私が見限られるまでは」


  その微笑みは悠然としていたのに背中に隠した手は僅かに震えていることが分かって、とても愛おしくなった。


  幼い頃から正妃教育に耐え、年上の公爵令嬢に「何故、貴女がアーネスト様の婚約者なの? 私の方が歳も近いのに! アーネスト様は、貴女みたいな子どもなんかお呼びじゃないわ!」とやっかみを受けていた彼女がその時発したこの言葉。


  『政略結婚なのだからその資格がある限り私は婚約者です。お互いに愛がなくても正しければついていきます。彼から見限られでもしない限り、破棄は不可能ですから、どうか諦めてください』


  正しく説明すればこのような内容の言葉だ。

  相手を刺激しないように短めの言の葉で、彼女はそこにたくさんの意味を込めていた。

  あからさまな言葉は、相手を激昂させてしまうし、アリス自身も報復を受ける可能性があったからだ。

  何を返せば良いのか分からない言葉なのは、わざとなのだろう。

 

  アーネストが助ける必要もなく、彼女は綺麗に微笑んで、相手のやっかみに応えた。それも自分よりも何歳も年上の相手に。

  その高貴な雰囲気に相手の公爵令嬢は何も言えない。

  まだ幼いはずの少女なのに、アーネストが知る中で、最も淑女らしい淑女に見えて。

  同時にまだ幼い少女特有の頼りなさも垣間見えて、そのアンバランスさにクラクラした。

 

  それは覚悟を決めた者の表情だった。若干8歳であったアリスに、当時14歳であったアーネストが恋に落ちた瞬間の一幕。


  昔から多忙だったアーネストは、アリスと接する機会はあまりなかったが、幼い頃はもっと普通に接することが出来ていた……はずだ。

  たまに会う親戚のお兄さんくらいの立ち位置ではあったと思う。

  たまに話をして、笑いあってといったような。

 

  今回幼いアリスに恋をしてしまったと自覚してからは、今までどうやって接していたのか全てが吹き飛んでしまったが。

  彼女の凛とした姿を見て以来、冷静になれない。

  彼女から目が離せなくて、いずれあの子と結婚するのだと思えば、胸が甘くときめいた。

  正妃教育に必死に食らいつく彼女を見ていれば、ますます目が離せなくなり、彼女に夢中になっていくのが分かる。


  淑女らしい大人びた部分と、年頃の少女らしさが同居して、ここに人ならざる妖精のような存在が生み出されているとすら思った程に。

  知れば知る程、落ちていく。


  ある日、アリスと会った時のアーネストは情けなさの塊だった。

  普段通りアーネストに声をかける時のアリスは、あの時とは違い、普通に礼儀正しい少女だったが、この時のアーネストはアリスの何を見ても駄目だった。

  1つ1つの仕草が全て可愛らしくて、可憐で。

「ごきげんよう! アーネスト様!」

「あ、ああ、うん。……元気そうだね?」

  声が若干上ずって、目も逸らしてしまうアーネストにアリスは鈴を転がすように小さく笑う。

「ふふ……どうされたのですか?」

  笑い方1つとっても上品なのは、教育の賜物か。

  子どもらしさとは無縁に見えるが、そのキョトンとした目にはあどけなさと無垢さも同居していて、純粋な子どもだということが分かる。

  年上であるアーネストに対する根拠のない信頼が伝わってくる。


  その度にアーネストは罪悪感を抱いているのだが、それに彼女は気付いていない。

「ごめんね、忙しいから……」

  ふいっと目を逸らして、素っ気なく踵を返す己のなんて、情けないことか。

「は、はい……また」

  こちらのあからさまな冷たい対応に、アリスは寂しそうに微笑んだ。

  王宮の廊下をコツコツと歩きながらも罪悪感で死にそうになった。

 ──こんなに小さい女の子に僕は。


「あんな小さい子に貴方はなんて対応をしているんですか。可哀想じゃないですか、アリスが。鬼ですか」


  無遠慮に肩をポンと叩かれて、振り返ると幼なじみであるエリオットが立っていた。

  どうやら先程のやり取りをしっかり目撃したらしかった。

「エリオット……」

「情けない顔ですね」

  とりあえずどうしたら良いのか分からなくてエリオットに相談することにした。

  話だけでも聞いて欲しい。

 

  一通り話し終えたアーネストを見て彼は軽くまとめていく。

「殿下の話が長すぎて要領がつかめないのですが、ようするにアリスのことを好きになったと」

「うん」

「それと同時に幼い子ども相手に欲情する変態がアリスに近付いたらいけないと危惧して、さらに挙動不審になって、より変態性が悪化していることに悩んでいると」

「そこまでは言ってない!」

「幼女に興奮していることに悩んでいると」

「もはや悪意しか感じないんだが」

  エリオット言葉に変換すると、自分がとんでもない性癖に思えてきて絶望する。

「今までこんな感情を誰かに抱いたことはないし……。幼い子ども相手に惚れたとかそういう経験もないし、逆に女性を見て傍に居て欲しいと思ったこともないんだ。アリスにだけだよ……。だから変態とかではないと信じたい」

  あの目に自分だけを映してもらえたら、なんて感じたのも初めてだ。

  もっとお互いのことを知って、もっと仲良くしたいと思うのに、自分が彼女を汚してしまうのではないかと不安で仕方なかった。

「つまり初恋ですか。そして、それは思春期特有の症状ですね、おめでとうございます」

  淡々と祝意を述べるエリオットは平静を保っていて、その半分の冷静さでも良いから欲しいくらいだ。

「どうしたら良い? 彼女は頭が良いから、幼女愛好者のことを知っているかもしれない。もし僕が彼女のことを好きだなんて言ったら、どう思われると思う? そんな風に思われたら立ち直れない」

「確かに、殿下は女性との浮いた噂のない方ですし、傍目からはそういう趣味と思われることもあるかもしれませんね」

「っぐ……。容赦ないなあ。エリオット。アリスにも軽蔑される?」

  アリスに変態と思われることだけは嫌だった。他の者はともかく、彼女にだけは怖がられたくないのだ。

  今好きだと言わずに普通に接すれば良いのだが、アーネストの頭からは抜け落ちていた。

  人間必死な時程、俯瞰することが出来ない。

「大丈夫ですよ、殿下。貴方がどんな趣味でも、貴方程、優秀な人間は見たことないので、結果さえ残せば誰も反対などしませんから。……アリスも王族のことは叩き込まれているでしょうし、過去の()()()()()()も知っているでしょう」

「それってもう既に諦めているようにしか思えないんだけど」

  ようするに変態だと言いたい訳か。

「どうしたいんですか、殿下は」

  面倒そうな顔のエリオットにアーネストは慌てて答える。

「僕が変態だとか、そんな事実があるのかとか、そういうことはどうでも良い! とにかく、アリスに受け入れてもらえるかそれが不安なんだ」

  やはり好きな子にはよく思われたいというのが本音だが、今アピールしてしまってはきっと引かれてしまう。周りにも、アリスにも。

「別にアリスは喜ぶと思いますが。アリスはそういう偏見は持たない子ですよ。まあ、そういう部分が危うい場合もあるのですが」

「……エリオットって、アリスのことよく知ってるよね」

  少し妬いてしまう。アーネストよりもアリスと交流を持っているからか、2人はけっこう仲が良かった。

  アーネストの面倒そうな雰囲気を察してか、エリオットは顔を顰める。

「そういう典型的な嫉妬はいらないです」

「僕よりも仲が良いから時折、不安になるんだよ。僕はもう上手く話せる気がしない。みっともない姿を見せてしまいそうだ。好きだなんて知られたらどう思われるか」

  この想いは決してやましいものではないのに。2人の年の差は、今この瞬間仇になった。

「もう普通にしてれば良いのでは」

「普通に出来ない!」

「殿下、貴方面倒くさいです」


  この時のアーネストは、心の中でアリスと向き合うことを決めていた。

  どんなにみっともなくとも、昼間のように悲しそうな顔をさせてしまう方が余計に罪深いと思ったから。


 ──たぶん、物凄く格好悪い。だけど、そんなこと言っていられない。


  結果的に、アーネストはこの時の決意と逆の方向へと行動していくことになる……いや、そうせざるを得ない状況へと追い込まれる。本人の意思など関係なく。

  格好悪い姿を見せることはなくとも、アリスを悲しませるという最低な結果に。



  全ての始まりはアーネストの部屋から毒物が発見されることから始まった。

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