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「……」

「……」

 馬車の中は気まずい沈黙で満ちていた。

 お互いに一言も口を聞かず、目も合わさない……のは良いとして。


「殿下……」

「何かな?」

 普段通りの彼の声だが、やはりどこかおかしい。

「ええと、私……」

「駄目」

 ──何でしょう。この状況は……。


 先程、停めていた馬車に乗り、今は静かに揺られているところだ。

 特に危険なことに巻き込まれた訳ではなかったのだが、アーネストはアリスを許していない。


 アリスが身を捩ろうとすれば、片手で腰に手を添えられて腕の中に閉じ込められるという状況──つまり、アリスはアーネストの膝の上に乗せられている状態だった。

「あの……そろそろ」

「……え?」

 逃がすと思っているのかと言わんばかりの爽やかな笑みだけれど、アーネストはまだアリスを許してはいない。


 アリスを見つけて抱擁してきたと思ったら、彼はあれから一時も離さない。

 今は、逃げ出してしまった動物を捕まえるみたいに後ろから抱き締められているし、おまけに膝の上。

 時折髪を梳かれている感触と、アリスをじっくりと眺めているのが分かるから居た堪れない。

  一言だけ言わせて欲しいことがある。

「殿下」

「何?」

 返された響きは素っ気なく、だからアリスは彼に対して遠慮はしなかった。

「先程から気持ち悪いです」

「……アリスがいきなり消えるのが悪い。それを言われたところで僕は傷付かない」

「いつ、私は触れて良いと言いましたか?」


 我ながら酷い言い草だとも思うが、最近のアリスはアーネストに対して容赦がない。

 普段の彼に対するフラストレーションが溜まっているのか、やはり彼に対してイラついているのか辛辣な物言いを選んでしまった。

「先程の君は魔法みたいに消えてしまった。不安で堪らない僕はどうすれば良い?」

「私にそれを聞くのですか。女々しいわね」

 ボソリと毒づいたら、彼は開き直っていた。

「頭が変になりそうだ。君がいきなり消えるなんて」

 アーネストはほんの少し目を離した隙に、あんなところまで移動したアリスを信じられない思いで見詰めると同時に、酷くショックを受けているようだ。

「護衛もアリスが移動したところを見ていないと言っているし、本当に一瞬で。本当に魔法としか思えない」

 その通りなのだが、時間が止まっていたなんて信じるかどうか。

「何もなかったのですから良いではないですか」

「何かあったとかないとか、それが問題じゃないんだ。一時でも君を把握出来なかったことが問題だ。護衛ですらも。……有り得ない。それはつまり君が一瞬の後に攫われることも有り得る訳で」

 ブツブツと呟き続ける男に、だんだんと苛立ちが募ってきた。

 なんて面倒な男なのだ。

「いい加減にしてくださいませ。しつこくてねちっこいなんて、そっちの方が有り得ませんわ。本当に気持ち悪いですし、うんざりしているのが分かりませんの?」

「酷い言い草だ……」

 ぽつりと漏らしつつも、アリスの身体を抱く腕は弛めない。

「そもそも、嫌がる私を無理に膝の上に乗せること自体、紳士としても有り得ないですわ」

 決して目を合わせることもなく、言い放つ。抱き締める腕はより強くなって、僅かに押しのけようとするが無理だった。

「今更何を言われても良いけど。とにかく城に戻るまでは絶対に離さない」

 酷いトラウマになったのか、精神的に参っているようにしか見えないアーネスト。

 ──そこまで心配するもの?

 アリスにはアーネストの気持ちがよく分からないけれど、今彼女が不愉快に思っている部分はそこではなく。

 ──たぶん無意識ね、これは。

 アーネストの心の奥にある認識では、アリスはアーネストのものなのだ。だから、たまにこちらの意思を確認せずに触れることがあるのではないか? 我が物顔で。

 それも無意識だからタチが悪い。

 こちらを気遣っているように見えて、彼は自己中心的なのだ。

 ──そういうところが、いちいち癇に障る。

 アーネストがアリスに向ける感情の正体は知る気もないが、婚約者面されると眉を顰めてしまう。

 ──面も何も婚約者ではありますけど。

 適度に抵抗しつつ、振り返って彼の様子を窺えば、チラリと目が合ってしまった。

「穴があきますわ。見ないでくださいませ」

 ツンとそっぽを向く。

 可愛らしくない態度を取っている自覚はあるが、なんとなくアーネストには可愛いと思われたくない。

「そう言われると逆に見たくなる」

「王太子殿下におかれましては、いつから変質者へと転向なさったのかしら?」

「今夜は離れたくない」

「使い古されて耳にタコができるレベルの常套句ね。私は帰りますわよ」

「いや、駄目だ。今日は城に泊まってもらう。これは決定事項だから」

 ここまで横暴だったことがあるだろうか。


 夕方になり日が沈み、辺りが橙色に染まってきた時刻に、城に到着したが、その後は酷かった。

 豪奢な部屋に連れて行かれて、ここで待っているように言い聞かされる。

 その部屋はアーネストの婚約者であるアリスのために用意されている、ある意味見慣れた部屋だったのだが、アリスの好きそうな小説がこれ見よがしに積んであるという時点で、帰らせる気はないのだと察するものがある。

 ──それに。殿下といえど、これはないわね。

 部屋の前に見張りを置かれて、これはもはや軟禁状態なのではないかと疑ってしまう


 そこまでアリスがいきなり姿を消したことがマズかったのだろうか? ここまで異常な行動を起こすくらいに。

 ──本人曰く、原因究明するまで安全ではないらしいけど。

 酷く追い詰められた顔をしていたのが印象的だった。

 いっそのこと「魔法です」と打ち明けた方が早いのかもしれない。

 ──別に知られたところで、どうにもならない気もするけれど。変な過保護を見せて、私の行動範囲が狭まるのは悪手だわ。

 意味が分からないからこそ、気味が悪い。

 ──でも何となくだけど、あまりつれない態度をしていると、そろそろ殿下の奇行が始まる気がするわ。

 だが、マティアスの懸念点を早く調査したいのが本音だった。

 手をこまねいているなんて、それは嫌だ。

 とりあえず、ガチャリと部屋のドアを開けてみた。

「……」

 護衛二人と目が合った。

「どちらに行かれるおつもりで?」

「アリス様、どうかここで殿下をお待ちいただけますか」

「……分かっておりますわ」

 期待はしていない。やはり、好きには出歩けないようだった。

 部屋に再び戻り、思わず呟いた。

「これ、私は屋敷に帰してもらえるのかしら」

 城じゃなくても、アリスを守る者はいるのに、あの男は何を考えているのだろうか。

 とりあえず先程から気になっていた本を手にとって読書にいそしむことにした。

 ──私の好きな類の小説だわ。雑談程度で話したことなのに、よく覚えていらしたわね。

 アーネストは記憶力が良く、こういった何気ないことも覚えているようだった。

 ──歴史小説に混じって、恋愛小説も用意されているわね。

 確か話題になっていた作者の新作で、これもアリスが一言だけ面白そうと呟いたものだったような気がする。

 とりあえずその恋愛小説を手にとって、本の世界に浸っていたら、時間を潰せるかもしれない。

 あちらの事情に振り回されるなんて理不尽だ。

 ──そういうところも本当に自己中心的。

 心配をしてくれているのだろうが、他に方法があったのではないだろうか。

 ──この小説に出てくる男性も随分と勝手ね。主人公は絆されているけれど。

 恋愛って怖い。どんな理不尽も、惚れた弱みで受け入れてしまうなんて。

 ──私はしばらく恋なんていらないわ。

 愛し愛されることの喜びを批判するつもりはないが、そういったことに一喜一憂することにアリスは疲れていた。

 想いはなくとも記憶はあるのだ。

 ──まさに正気じゃないっていう感じよね。恋に盲目っていうのは。

 手に汗握る展開に夢中になっているうちに、時間が経っていたのだろう。


 コンコンコンとノックする音が耳に入ってきて、ページを捲る手を止めた。


「アリス、居るよね」

「……」

 部屋に閉じ込めた癖にわざわざ聞くなと怒鳴りたいが、無言を突き通した。

「アリス、寝てる?」

「……」

 子どもじみた抵抗だと分かっていたが、なんとなく思い通りになりたくなかった。

 謎の反発心が湧いてくるのだ。

「……入るよ?」


 果たしてノックの意味はあるのだろうかと本気で思った。

 最終的に彼と結婚し、結ばれることになるなんて御免被りたかった。改めて、そう思う。

 彼はアリスにたくさんの感情を与えていたが、それが良いものとは限らないのだ。

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