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「皆さん、これから炊き出しを行います!」

 ルチアの声は明るかった。自ら行うその行動が尊いと言わんばかりに誇りに満ちた声で。


 ルチアを見てしまったことで、何かしら惑わされているのではないかと、アーネストを窺えば、彼は警戒したように彼女を見つめていた。


「大丈夫そうですわね」

「アリス、こっちへおいで」

 手を差し出されたので、習慣からつい手を重ねる。

 ──別に手を取ってもらう必要はなかったわよね。

 またちらりと彼を窺えば、甘く微笑まれたので、訝しげに見つめる。

 ──私相手にこんな顔を向けるようになったのはいつからかしら。

 昔とはまた違った意味を含む笑みなのかもしれない。アリスには彼の気持ちが分からない。

 ──誰にでもこうなのかしら?

 最近はアリスに対して妙に愛想が良いから、よく分からない。

 彼が向かった先は一軒の家屋で、どうするつもりかと思えば、いきなりドアをガチャリと開けた。

「勝手に入ってよろしいのですか?」

「大丈夫。空き家だよ」

 アーネストの言う通り、その小さな家屋は空き家のようで、部屋の中の家具は全て取っ払われていた。

「ここに住んでいた家族が引っ越して、この家は売りに出されるようなのだけれど、場所的に都合が良いから一時的に貸してもらうことにしたんだよ」

「場所って……ああ。この窓からちょうどルチア様の居る所が監視出来ますわね。少し近いような気もしますが」

 なんたって声もある程度は聞こえる距離だ。

「カーテンの隙間から見れば良い。アリスは帽子を深く被って」

 明らかに怪しすぎないだろうかと思ったけれども、庶民が聖女に興味を持って部屋から見ているという状況はとりたてておかしいことでもない。

 開け放していた窓を覆うために、カーテンを閉めて少しだけ間を開けておく。

「殿下、用意周到ですのね」

「彼女には色々と迷惑をかけられているから、何でも良いから弱みを握りたいんだよ」

「淑女相手に容赦ないですわね」

「当たり前だ。あれはただの淑女じゃない」

 苦々しげな顔。本当に何があったのだろうと思う程、ルチアに対して警戒心が強い。

「殿下が彼女の洗脳に気付いたのは、どんな切っ掛けがあったのですか?」

「え」

 何気なく問いかけた質問に彼は固まった後、恐る恐る答えてくれた。どこか気まずそうにも見える。

「一番大切なものよりも彼女を優先した時、かな。それは絶対に有り得ないことだから」

「……そうでしたの」

「……うん。時々思う。もしずっと前に気付いていたら何か変わっていたことがあったのかなって」

 アリスを真剣な眼差しで見つめながら噛み締めるように答える彼は、何かを後悔しているようにも見える。

「後悔はまだ早いですわよ。まだ殿下は失っていませんもの」

 完全におかしくなった訳でもない。地位も名誉も信用も何もかもまだ彼は持っているのだから。

 アーネストは苦笑すると、アリスの頬を指先で撫でる。

「……そうだったら良いな」

 アーネストが切なげにしている理由は分からないが、自分の知らないうちに自分の精神が汚染された上に、取り返しのつかないことになってしまうという状況は理不尽すぎる気がした。

 

 二人はなんとなく無言になり、ルチアの様子を眺めていた。


「はい! 順番に並んでくださーい!」

 ルチアのお付きの者だろうか?ルチアの指示に従って、彼は人々を並ばせる。並んだ列にはたくさんの子どもたちが居て、皆期待に満ちた目だ。

「はい。どうぞ。熱いから気をつけてね?」

 ニコリと微笑むルチアを見ていると、彼女が何かを企んでいるようには見えない。

 次々と人々が並んでは、ルチアに盛ってもらったスープに口を付けている。

 ──皆。笑顔だわ。

 子どもたちの笑顔を眺めて、ルチアの様子もちらりと一瞥する。

 普段はともかくとして、今回に限っては純粋に子どもたちを思っているのではないだろうか?

 そう思わせるくらいには、ルチアの様子は聖女そのものだった。

 ──今回は特に何も目的はないのでは? 強いて言うなら聖女らしさのアピールくらいかしら?

 今回の炊き出しはルチアが言い出したことだが、神殿側もかなり乗り気だと聞いた。民衆たちに聖女をアピールすることによって、神殿も恩恵を得られるからだ。

「殿下、この様子だと何かを企んでいるようには見えませんわね?」

「何かを企んではないけど。なんだか釈然としない。今まで好き勝手やってきた癖に、急に人々の見本は自分とでも言いたげな態度」

「確かに、悪気はなさそうですが、彼女の顔に浮かぶあの表情が気になりますわね」

 ルチアは自分の行いに酔っているようにも見えた。

 アーネストは苦々しく眉を寄せた。

「そもそも聖女が炊き出しなんてするべきじゃないんだ」

「そうですね。ルチア様は自分の置かれた立ち位置を把握しておりませんわ。ボランティア活動と言っても、今回の行動はあまり評価されないと思います。……どう考えても悪手だわ」

 ルチアも神殿も、聖女のアピールがしたいのだろうが、やり方がまずかったとアリスは思っている。


 国の重要人物を直接赴かせるなんて前代未聞だ。

 ルチアを守る為に、どれだけの人々の手が必要なのか、予算がどれだけかかったのか。

 民衆から見れば善人だが、重鎮たちから見たら眉を顰める案件だ。

 そういった国の事情を思えば頭はズキズキと痛むばかり。


「ありがとう! 聖女様!」

 お礼を言う人。


「聖女様を応援しています!」

 聖女を応援すると決めた人。


「さすが精霊様の選んだお方……」

 崇拝する人。


 様々な人がいたが、ルチアは決まってこう返した。

「私はただ自分がやりたいと思っただけです」


 その言葉に首を傾げたくなるのは事情を知っている者だけなのだ。

 奉仕活動は素晴らしい行いだが、彼女はおんぶに抱っこ状態で、バックに付いた神殿の行いを自らの功績としているに過ぎない。

 ──せめて謙虚さがあったら良いんだけど、誇らしげな顔をされているのよね……。

 その『やりたいと思ったこと』のために、護衛としてたくさんの騎士たちが赴いていることにルチアは気付いているのだろうか?

 身分が高い貴族は、理由がない限り自分の身を危険には晒さない。上に立つ者の自覚があるからだ。

 ──そうなると、私と殿下の行動も褒められたものではないわね……。理由があるとはいえ、あまりにも……。

 少し反省しつつ、笑顔でスープを配るルチアをみやる。

「皆様の笑顔が私に力をくれるんです」

 大袈裟に腕を伸ばして語る聖女。


「舞台か何かを見ているようだね」

 アリスの思ったことをアーネストが零した。つい言葉に出てしまったというような一言。

 それはとても皮肉げな響きを孕んでいて。

「彼女は見えない善行は、行うのかしら?」

 彼女は何のために奉仕活動を行うのか。それが純粋に世の為人の為ならばと切に願う。

 ──普段の行いかしらね。全く信用出来ないわ。


 ふとルチアの元に歩み寄った幼い子どもが、彼女に抱き着いた。

「おねえちゃん! ありがとう!」

 子どもは薄汚れているが、満面の笑みでルチアに向かう。

「何にしろ、ああやって救われている子が居るのは」

 嬉しいことですね……とアーネストに声をかけようとした時だった。


「いや! 汚い!」



 聖女が、ルチアが子どもの手を思い切り払う。

 すぐにハッとした表情になるのを見て、思わず言葉に出てしまったことが分かる。


 後ろに尻もちをついた子どもは今にも泣きそうになっていて、すぐに立ち上がるとどこかに駆け出した。

 思わず飛び出そうとしたアリスだったが、すぐ側に居た青年が居ないことに気付く。


「殿下?」



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