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 幼なじみのエリオットが現れた瞬間、アリスは心から安心出来た。

「エリオット様!」

 思わず、声に歓喜の色が混じるのを隠せない。

「アリスはエリオットとよっぽど会いたかったようだね?」

 アーネストの嫌味っぽい一言を無視しつつ、彼に駆け寄った。

「報告することがございまして」

「それは良いんですが、後ろの殿下が面倒そうな気配がするんですが」

 正直この場に居たくないと言わんばかりのエリオットを見て内心慌てる。

 ──今、殿下と二人きりにされたら不味い気がするわ。

 本能が叫んでいる。今、二人きりになったらまた思考の渦に閉じ込められて何か変なことを言い出しかねないと。

「まあ、早めに本題に入りましょうか。神殿周りが大分混乱してきたようですし、少しでも時間が惜しいですから」

「そうだね。それにしても、ボランティアのためとはいえ……あの聖女様を貧困地区に連れていくとなると、厄介だな」

 アーネストは苦虫を噛み潰したような表情で溜息を一つ。

 その表情と状況からなんとなくアリスは察した。

「ああ。成程。ルチア様の特殊な力が発揮されると不味いですわね」

 聖女、貧困地区。この二つは関わらせてはいけない。

 貧困地区には反社会的勢力が蔓延っており、それらの者たちが一斉にルチアに心酔したらどうなるか。

 裏社会の人間たちをルチアが洗脳してしまったら?

 それは神殿が武力を持ってしまうということでもある。

 使う使わないの問題ではなく、武力は持っているというだけで意味がある。

 

 どうやらルチアのボランティアは貧困地区での炊き出しと決まったらしく、今朝方に神殿の方から通達があったらしい。


「ちょうど良い情報だとは思いますわ。私の報告は」


 良いお土産になるのではないだろうか?


 民衆たちがルチアを信仰している訳ではないこと、一部では半信半疑であることなど。

 マティアスの報告にあった内容に二人は驚いていた様子だった。

「興味深い話だね。一度、お披露目しているから、ルチアの姿を民衆たちは見ているのだろう?」

「ええ、その件と以前のエリオット様の件で確信いたしましたが、おそらくルチア様が認識しているか否かが問題になってくるのかもしれません」

「確かに、俺はあのクソ聖女を見たところで何も感じませんでした」

「エリオット。言い方」

 アーネストが窘めるのを完全にスルーしつつ、エリオットは顎に手を当てて考えている。

「となると、奉仕活動は控えた方が良いのではないか?中止……には出来ないけれど」

「あの聖女。上手く財務大臣を抱え込んだから手を出せないんですよ、殿下」

 こちらが対策するのも全て後手に回ってしまう。

 アーネストは何かを考えていたようだったが、やがて何かを思いついたようだった。


「影を使って、先に出来ることはやっておこうと思う。民衆の扇動は聖女の専売特許ではないからね」

 影。アーネストの持つ諜報部隊。と言いつつもその仕事は多岐に渡るという。

 どんなに探っても出てこないある意味、アーネストの持つ最終兵器だ。

 ──その働きは未知数。これは殿下にしか扱えない者たち。

「俺はお偉方の中から、今回の財源の元を探りますが、殿下、くれぐれも自重してくださいね?」

「分かっているよ」

「……?」

 この時のアリスは彼が何を言っているのか分からず、問いかけることも出来ずにいたが。


 その謎は図らずも、聖女の炊き出し当日に解けることになった。


 麗らかな天気と澄んだ空気。気持ちの良い気候の中、アリスは被っていた帽子を再び深く被り直した。

 今、アリスが居る場所は、王都を外れたとあるレンガで囲まれた町。

 ──見つからないようにしないと。

 今回の件では、人々の伝聞よりも直接見た方が早かった。民衆たちの様子を自分の目で。

 ──ルチア様の件では、噂も何もかも信用出来ないわ。自分の目が一番信用出来る。

 この日のアリスは、世間一般的にいう、お忍びで知人のお見舞いに出かけている令嬢という設定だった。

 炊き出しの行われている貧困地区に向かうので、もちろん平民の服を着用しているが、見る人が見れば令嬢だと分かってしまうかもしれない。

 ──護衛も付けているし、武器も持っているし。後は私が気を付ければ良いだけ。


 使用人たちも後を付けている。

 ──それにしても、こんな危険なことをよくお父様もお母様も許してくれたわよね。


 ルチア様を見守りたいの!と言えば彼らは感動して泣いていた。

 洗脳済みの両親たちの説得は苦もなく、いとも簡単だった。

 ──お父様もお母様も正気だったら、絶対に許してくれないわね。だから今はこれで良いのだけれど。

 あまりにも大きな違和感に、少々薄ら寒さを感じている。

 むしろ使用人たちの方が、貧困地区に向かうのは危険だとアリスを心配して言い聞かせてくれたくらいで、実は今も渋られているのか、「本当に行くんですか?」と言わんばかりの空気を感じる。


 ──もしもの時はナイフもある。


 ドレスの下に隠した武器。

 正妃教育に至って護身術も習っていたから、アリスも多少の対応は出来る。

 ──まあ、暗殺者が来るということはないと思うけど。


 貧困地区に向かう前に、賑やかな商店街を通りかかる。

 人でごった返し、先程からしきりに聖女の噂が聞こえてくる。


「聖女が奥で炊き出しやるらしいよ」

「ふーん。聖女様もなかなか親切な人なんだねえ」

「まあ、俺らには関係ないけどな! それより、今日仕入れたものなんだが」


 ──まだここは賑やかで明るい雰囲気だわ。


 王都から外れた場所にあるとは思えない程、栄えてはいるが、この町は奥に進めば進む程、貧しくなっていく。

 入口だけ見ていたら分からない。


 角を曲がった瞬間のことだった。

 とんっと誰かにぶつかってしまった。


「申し訳ございません。不注意で……」

「こちらこそ、周りを見ていなかっ──」

 相手の言葉が不自然なところで止まり、ふとどこかで聞いたことのある声だとアリスが思った瞬間、その相手と目があった。


「殿──むぐっ」


 思わず殿下と口に出しそうになったのを、本来ではここにいるべきではないその人に塞がれた。

「何故、君がここにいるの?」

 押し殺したアーネストの声。周りを見渡し、物陰へと連れ込まれた。

 これでは完全に不審者である


 裏道へ入り、行き止まりまで進んだところで、彼は振り返ってもう一度問いかけた。


「アリス。なんて危ないことをしているんだ! 次期王妃である君が何故ここに!?」

「その言葉そっくりそのまま返せますわよ!? 貴方こそ、次期国王になるお方が何故ここに居るんです?」


 ふと、エリオットの台詞を思い出し、詰問した。

「エリオット様もご存知ですわね? よくお許しになられましたわね!」

「僕のは常習犯だから諦められているんだよ」

「常習犯って……」

 アーネスト曰く昔から度々抜け出していたらしい。

「そんなの初耳だわ……」

「言ってなかったからね。真面目な君に知られたら怒られるかと思っていたけれど、まさかその君がここに居るとは思わなかったよ」

 気がつけば壁まで追い込まれていることに気付く。

 ──これは逃げられないわ。


「まさかこのまま僕が見なかったことにして去るとは思ってはいないだろうけど」

 アーネストは迫力のある笑顔でもって追撃する。

「ここから先は僕と一緒に行きましょうか、お嬢様?」

 アリスの手をすくい取り、彼は耳元で囁いた。

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