18
マーガレットをルチアから引き離すという単純明快な方法を取り始める。口では簡単だが、婚約者のユリウスがルチアの元へ連れて行ってしまっては元も子もない。
そのため、隠れ蓑として用意されたのがアリスのお茶会。
体の弱いマーガレットは社交界に出られない分、次期王妃になるであろうアリスのお茶会で様々な情報を得るのだ。
アーネスト殿下の婚約者アリスの友人として。
──表向きの私にとっても損はない。何しろ伯爵家に恩を売ることが出来るのだから。
打算的だがお互いに損はないということで、傍目からは怪しく見られることもない。
本日も女子三人が集まり、紅茶を頂くという一見和やかな会。
早速、ジュリアが興奮したように話し出した。
「アーネスト殿下とルチア様が引き離されたらしいですわよ! 何でも、なるべく接触させないように監視されているとか!」
話している内容は和やかではないが。
「あらあら。何があってそんなことに?」
マーガレットは刺繍の手を止めて訊ねる。
「前の夜会か何かでアーネスト殿下に怪我をさせた犯人がルチア様だって噂なのですわ!」
「噂といえど、無視する訳にはいかないですものね」
噂が立つことに驚愕したが、有り得ない話ではない。直接ルチアと会っていない者は彼女の虜にならないのだから。
噂がどうやって立ったかはともかく、アーネストの身の安全は最優先にするべきだと判断した結果らしい。
──重鎮がそこまで脳内を侵されていなくて良かったと捉えるべきかしらね。
噂が消えるまで二人きりで会うことはなくなった。エリオット辺りが狂喜乱舞しているのが目に浮かぶ。
だが、一つだけ懸念点があった。
「殿下の身の安全を考えると願ったり叶ったりですが……。不思議なことにその噂、出処がハッキリしないらしいですわ。当日のいらした方々は皆さん『ルチア様は悪くない』の一点張りなんですの」
どんなに調べても噂の出処がハッキリせず、アリスとしては少々消化不良だ。
「表向きはそうですが、水面下ではルチア様の足元に血まみれのナイフがあったと専らの噂ですわ。ルチア様の信者の仰ったことですもの。とても申し訳ありませんが、信憑性はその……」
マーガレットは冷静に分析しつつ、その先を申し訳なさそうに口ごもる。
聖女を疑う発言に躊躇しているのだ。
──洗脳は少し、解けているかしら?まだまだ恐れ多いと思っていらっしゃるようだけど、自分の意見を持って発言しているわ。
やはり、ルチアから離して正解だったのだ。あれから一週間と少し経つが効果はてきめんだった。
「ハッキリ言ってしまえばよろしいのですわ! 信者の言うことは信憑性がないって!」
「ジュリア様……」
マーガレットは青ざめつつ苦笑していた。
──良い兆候だわ。だけど……。
問題は山積みだ。
そしてアリスが気になるのは、ルチアがボランティアをするという一件。
──水面下で噂が広まっているのに、大々的に聖女をアピールして良いのかしら?
ルチアの身の安全という意味で誰かしら却下するはずなのに、彼女のボランティア活動が何故強行されることになったのか。
「……もしかして、今回もルチア様がやりたいと仰ったから?」
考えられるとしたら、それしかなかった。
「ルチア様がやりたいって……もしかして噂のルチア様がボランティアする件ですか?」
「そうです。彼女が表に立つことが得策だと思わないのですが……」
「そうですわね……。今は時期が悪いと思います」
「やはりマーガレット様もそう思われますわよね」
あの聖女は何を考えているのか、何をしようとしているのか。
ただ、それにしても影響力が強すぎて、笑い話にすらなりやしないのだ。
アリスのお茶会が解散した後、いつも通りにアリスの手元に金色の手紙が届けられた。
マティアスの報告を舐めるようにして読み耽っていたが、やがて顔を上げる。
「思った通りね」
マティアスからの報告は思った通りの内容だった。
「民衆たちは、洗脳されていない」
ありがたがったりする者はいるかもしれないが、社交界で見られた洗脳のような症状は出ていないとのこと。
ふとアリスは苦々しげに笑う。
──症状って。まるで病気みたいな物言いだわ。
だが、そのくらい不自然な現象なのだから仕方ない。
「さて、王宮に向かいましょうか」
正妃教育で通い慣れた王宮へと向かうことにする。いつも通り、屋敷の者に馬車を用意してもらっている間に中庭に咲く色とりどりの花を眺めていると。
「にゃあ」
「あら、黒猫さん」
久しぶりに庭園に顔を出した猫は、アリスの足元へと頭を擦り付けては、ごろごろと喉を鳴らしている。
「どうしたの?」
猫の柔らかな毛並みを堪能しながら頭をそっと撫でれば、手のひらに更に頭を擦り付ける。
「相変わらず甘えん坊ね」
ただし気まぐれだが。
「これから出かけるから相手出来ないのよ」
「みゃー……」
ごろんとお腹を見せた黒猫だったが、言葉が通じたのか、心なしか尻尾をだらんと垂らしながら去って行った。
「意外と言葉が通じたりするのかしら?」
そんな訳はないと思いつつも、つい夢物語のようなことを考えてしまう。
「お嬢様。馬車のご用意が出来ました」
「ありがとう! 今行くわ」
とりあえず正妃教育をこなしつつ、誰かに報告をしなければ。
──誰かに報告……。
アリスの頭の中に過ぎった人物は一人だった。
馬車に揺られること十数分。見慣れた王宮の門や兵を馬車の中から覗く。
「いるかしら、エリオット様」
この話をするのに適任なのはエリオットだろう。
ルチアに認識されていない人間且つ各方面に影響力を持つ人物。
そしてアリスが話を持ち出しやすい相手でもあった。
王宮の奥まったところに執務室はあり、使用人たちに恭しく挨拶をされながら向かっていく。
執務室の前に立ったアリスは控えめにノックをして、中から何かを落とす音が聞こえ──。
──エリオット様はこういう時返事をしないのよね。
またいつものように無心で書類を捌いているのだろうと、ドアの隙間からそっと入室しながらアリスは声をかける。
中に居るのはエリオットと疑いもせずに。
「エリオット様!少々お話が──」
と笑顔で言いかけたアリスは、思わず開いたドアを閉めた。
それはもう反射的に。
「いやいや、なかったことにしないでくれ!」
閉めたはずのドアが再び開いて、部屋の主はアリスの肩を掴んで引きずり込んだ。
「随分なご挨拶ですこと。殿下」
「それはこっちの台詞だよ。僕が居たからってドアを閉めるのは、けっこう傷付くのだけど? アリス」
肩を掴まれたまま、なんとなく顔を合わせたくなかった青年と向き合っている。
「何故ここにいらっしゃるの?」
「何って、仕事だよ。いつも僕はいるだろう」
「私、用事を思い出したので、帰りますわ」
「随分と急に思い出すんだね? エリオットなら、今は席を外してるけど。その話は僕には出来ない話なの?」
「出来ない話というか……」
しても良いかもしれないけれど、あまり当てにしていないといったところだろうか。
「エリオット様の方が確実なので」
何しろ、アーネストは聖女の洗脳を受けてしまっているのだ。
そう口にすれば、アーネストは不機嫌そうに押し黙る。
「何かご不満でもおありに見えますわ」
「別に不満なんてない。……でも、少しは頼ってくれても良いんじゃないかな」
「後半何を仰っているのか分かりませんわ。もっとハッキリと仰ってくださいます?」
彼の煮え切らない態度にどうもイライラしてしまうし、彼の方も何かをお気に召さないようだ。
──あまり私たちは顔を合わさない方がお互いのためじゃないかしら?
それこそ、エリオットに取り次ぎをしてもらうとか名案ではないだろうか。
──良いかもしれない。
本気で考え始めた瞬間。
「何か今、アリスがとんでもないこと考えた気がするんだけど」
「気のせいですわ」
つんとそっぽを向いたアリスに、アーネストは手を伸ばす。
気を抜いていたアリスはその手を避けられなかった。
「きゃっ! 何するの!」
アーネストの指が目の下を辿っていた。
柔く撫でるような指先の感触に背筋がゾクリとした。
「もしかして、寝不足? ここ、うっすらクマが出来てるよ。上手く隠しているみたいだけど、近くで見ると分かる」
間近にあるアーネストの整った顔に、アリスは反射的に後ろに下がって、僅かに体勢を崩した。
「っ……!」
「アリス!」
ぐいっと腕を引っ張られて、気付けば大嫌いな男の腕の中で身を縮こませていた。
「アリス? 大丈夫?」
「で、殿下がいきなり触れるから……!」
「うん、ごめん。僕が悪かったから」
「……」
──何故、言い返して来ないのかしら。
素直に謝罪されてしまっては、どうしたら良いか分からなくなる。
こちらが彼のことをどう思おうが、いつでもアリスは振り回される側だ。
──それが酷く腹立たしいの。
前も、今も。




