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15

「アリス? どうしたの。真っ青になってる」

「で、殿下こそ、何か吹っ切れたようにも見えますが」

 はっとしたアリスは咄嗟に話を逸らせば、アーネストは苦笑いをした。

「よく言うでしょ。これ以上ないって程、下がり切ったら後は上がるしかないって」

「なんのことを仰っているのか分かりませんわ」

「簡単に言ってしまえば、印象の話かな。もう印象が最悪すぎたら、これ以上は下がることを心配しなくて良いというか、まあ将来は決まっているし、どうあがいても君の運命は変わらないというか」

「……印象? 私の……何ですの?」

 後半がよく聞き取れずに聞き返せば、アーネストは今日も変わらず笑って誤魔化した。

「本当に、笑って誤魔化すところが気に食わないですわ」

 アリスの目は据わっている。

「そんな目をしないで。とりあえず、立ち話もなんだし、ここに座って」

 さっと椅子を引き、アリスを座らせたのに、アーネストはまだ立ったままだ。

「君はここに何をしに来たの? 君も何か探しているとか?」

「アーネスト殿下、何か調べ物がおありなのですか?」

「この国のことを調べていたんだけど、建国神話辺りに割と興味深いことが載っていたからつい読み耽ってしまったよ」

「つい」

 ──嫌味? 古語の難しい書物を、つい読み耽る?

「眉間に皺が寄ってる」

「触らないでくださいまし!」

 眉間をつんとつつかれて、思わず振り払った。

「まあ、良いけど……」

 寂しそうに眉を下げた後、アーネストはふいに黙り込む。彼はじっと窓の外を見ていた。

「どうされたんですか?」

「ごめん、アリス。何があっても『知らない』で通してくれる?」

 つかつかと本棚の方へ行き、おもむろに本を一冊取り出したかと思えば、本棚の奥の方へ手を突っ込んでいる。

  かちゃん、と音がして、きいっとドアが開く音。

「え?!」

「頼んだよ」

 本棚がドアみたいに開いて……どうやら隠し扉のようで、何事もなかったかのように通常の本棚に戻る。彼を奥に連れ込んだ後に。

 ──王族のみぞ知る通路みたいなものかしら。

 とりあえず、アーネストの奇行を相手にしていてはキリがないし、疲れてしまう。

 溜息を一つ吐きながら、目の前の古い本のページを捲る。

「あら? 何か紙が……」

 何かのメモだろうか、と目を通してみれば、それは古語で書かれている。

「アーネスト殿下の字だわ」

 わざわざ古語で書かれている意味が分からないが、一般の人には読まれたくなかったのだろうか。


『精霊王と喪失竜の契約についての考察』


 精霊王。これはまた大きな名前が出てきたものだ。この世にいる全ての精霊たちを統べる存在で、最高位の存在と言われている。五つの顔を持つ精霊で、その姿は男性と言われている。

 

 創世竜と喪失竜が最高位の存在と言われているのに、最高位の精霊多すぎないかと思われがちだが、過去の多くの文献を当たってみると、創世竜と精霊王は同一視されている存在だということが分かる。

 過去の文献では、精霊王と『闇の半神竜』の契約の項が数百ページにも渡って書かれているのも意味深であり、『闇の半神竜』が喪失竜を表していることが分かりやすく示されている。

  彼らのやり取り、『半神』という文字が見受けられること、その他諸々から 精霊王は創世竜であり、闇の半神竜は喪失竜だという説が有力だ。

 

 建国神話によると、創世竜と喪失竜が混沌としたこの土地に手を加え、アルカディクト王国を作ったと伝えられている。

  全てを喪失させ、混沌をなきものにした竜と、新たに命を芽吹かせた竜の物語。


 アリスも教育の一環として、マイナーなものを除いては頭の中には大体入っていた。


 ──でも、何故精霊王と喪失竜の契約について調べているの?しかも呼称が混ぜこぜね。慌てていたのかしら。


 メモを読み進めていくと、聖女という単語で目に止まる。


『堕ちた聖女に喪失の王が鉄槌を下す』


 ぞくりと背筋に悪寒が走る。

 堕ちた聖女? こんな単語を見るのは初めてだった。聖女伝説はいくつかあるし、そのどれにも目に通してきたが、そんな文献に当たったことがない。


 ふと走り書きが端に書かれているのを発見して戦慄した。


『禁書指定書庫4-8 葬られし魔女』

『焚書され原本なし 呪殺』


 ──アーネスト殿下は何を調べようとしているの?


 一般には公開されていない禁書目録を王族の権限で引っ張り出して、何かを調べている……。

 この古い本も何か重要なことが書かれているに違いない。

 さらにアーネストの書いた文字を追って行くと、また新しい情報が目に入る。



『精霊の声が聞こえるため、精霊魔術の行使は

 いとも簡単に行われる』

 これは多くの者が知る事実だが……。

『精霊魔術に溺れた歴代のある聖女は断罪された』


「聖女を断罪しようなんて考える人が居るの?」

 彼女らを好きになってしまえば、そのような考え方をするはずもないのに。

 ──聖女の力って何?

 根本的なところが分からなくなってきた。

 聖女は精霊の声を聴くことが出来る。そのおかげで精霊魔術の行使はいとも簡単に行える。

 この文献に載っていたらしい彼女らの能力は概ねこういったものだ。

 そして、アリスは恐ろしいものを見た。


『断罪された聖女の使用魔術 絶対命令魔術』

『かの聖女は強制力のある言霊を使用し、服従させた』


「こんなの……もう誰も抗えないではないですか……」


 聖女は、崇め奉られる者と同時に恐ろしい存在でもあるということが、書物には延々と綴られていた。

 精霊の声が聞こえるというだけで国すら滅ぼしてしまう力を手に入れることすら出来たという事実。

 ──これは世には出てはいけないわ。人がこんな力を持つなんて知られたらパニックになってしまう。

 その事実はこんな古びた書物にしか載っていないということは。


「誰かがなかったことにしている?」


 ──真実を歪曲し、恐ろしきこの記録を抹消している誰かが居る?

 つまりは抑止力がいるということ?


 それは王国に居るという数少ない魔術師のことなのか、それとも?

 ──マティアス!

 頭に浮かんで来た彼の目的は、ルチアをどうにかすることだった。

 もしかして、彼は……。

「あっ!」

 ここまで考えたところで、慌てて奥の間に去っていったアーネストを思い出した。

 ──こんな危険な内容を放置していくなんて!! 確かに、古語を読める者なんて限られているけれど! 誰もアーネスト殿下のように速読出来る訳がないけれども!

 古語を読める者は王族と、一部の学者だけである。一部の学者は普段王宮を出入りしたりしない。


 戻ったら彼に物申してやらなければと、ぎゅっと手を握り締めていたら、図書館に誰かがパタパタと入ってきた音がして。


「あの……! アーネスト殿下はいますかっ!」


 上擦った細い声で当代の聖女が問いかけていた。


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