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 酷く酔い潰れたアリスが目を覚ました時は翌日の朝を迎えていた。

 具体的に何が起こったのか、屋敷の者に事情を聞いてアリスは頭を抱える。

 酔ったアリスを介抱し、連れてきてくれたのはアーネストだった。

 ──よりによって、殿下にご迷惑をおかけするとは。

 何かボロを出さなかっただろうか。

 実は大いにボロを出しているが、それを知らないアリスは不安を募らせるばかりだ。

「さて、今日の予定は王宮に行って……一通りスケジュールをこなした後に」

 ユリウス=ランドルフに接触しようと決めていた。用があるのは彼自身ではなく、彼の婚約者である。

 侍女のソフィーに髪を梳かしてもらっていれば、彼女にお小言をもらった。

「今回お嬢様はお酒を飲まれたとか。あのような場でそういった危険なことはお止め下さいね!」

「心配かけてごめんなさい……。大丈夫よ! 二度とあんなことにはならないわ」

 今回のことでアリスは飲酒には懲りていた。記憶が曖昧なのも相まって、危機感を強く感じていたのだ。

「課題もきちんとこなすわ」

「お嬢様の正妃教育は一通り終わっていると聞きました。まだお若いのに過酷な内容を全てこなして終了させていると」

「確かに一通り終わっているけれど、何もやらない訳にはいかないの。復習がてら時折、課題が出されるのよ」

 その課題の提出と数時間の正妃教育。それが本日のアリスの予定だが、重要なのは王宮に訪ねる理由があるという事実。

「……良かった。最近、様子がいつもと違っているようだったので心配していました」

「ありがとう。ソフィー」


 思い返せば、最近は自分のことで精一杯だったのかもしれなかった。それが周囲にも伝わってしまう程だったとしたら、悲惨だ。

「アリス様。今日の課題も完璧でしたよ。正直、この講義の時間が必要なのかと思うくらい」

 少し寂しそうに微笑むのは本日のアリスの教師。初老に差し掛かる彼の見慣れた笑い皺。

「復習は大切ですわ。慢心してしまったら、足を掬われてしまいますし、反復するくらいがちょうど良いのです」

「アリス様の様子を見れば殿下も心強いですね」

「殿下……」

 あれからアーネストとは顔を合わせておらず、現在の懸念事項としてアリスの頭の中を占めている存在だ。

「アリス様のこと、気になさっているご様子でしたよ」

「そうですわね……。最近の夜会で、私……殿下にご迷惑をおかけしてしまったのです」

「お酒を召したとは耳にしていますが」

「お恥ずかしい限りです」

 アリスの一挙手一投足は注目されていて、だからこそ記憶がないのが恐ろしい。

 ──王家から何もないのが逆に恐ろしいわ。

 アーネストに会ったらそれとなく探りを入れてみようと思う。

「私、図書室に行って本を借りてから今日はお暇しようと思います」

「使用人を一人人お付けしましょうか」

「私だけでも大丈夫ですわ」

 むしろ、話を近くで聞かれるのはまずいし、すぐ近くに誰も居ない方が助かると言っても良い。

 ──ユリウス様は、いらっしゃるかしら。騎士団の皆様方の集会があると聞いたのだけれど。

 さすがに重要な日には顔を見せるくらいはするはずだ。

 今日の目的はユリウスに接触し、彼の婚約者との交流を持つ切っ掛けを作ること。

 彼の婚約者がどこまで洗脳されているか見極める必要がある。

 そして提言する。


 マティアスには手紙で報告した。いくつか渡されていた金の封筒に便箋を入れて封をして、夜遅くに窓辺までやってくる彼の小鳥に託す。

 そんなファンタジーのような連絡手段で、ルチアの持つ危険性について報告していた。

 ユリウス=ランドルフはもう駄目そうだということ、たまたま出会った令嬢が正気を保っていたこと、ルチアの虜になるには条件があること。

 そういったことを綴り、こちらからも調査を依頼した。この王都周辺の人々だけではなく、王都から離れた地域で、聖女についての印象──つまりは魅了されていないかを探るのだ。

 アリスは王都を離れることが出来ない。物理的に離れることは出来たとしても、何かしら理由が必要なのだ。

 ──王都を離れるとしたら今度……。

 近々、国から離れる政務のようなものが控えている。国の重鎮たちや、王太子も近隣国へと赴く予定である。

 その日までに出来ること。まずは一つの仮説を試してみることから始めようと思っていた。

 まだどこまで正しいか分からないけれど、試してみる価値はあった。

 一刻も早く、騎士たちが集まっているという庭園へ直行したかったが、一応、図書室に行ったという目撃証言くらいは作っておかないと、怪しまれる。

 ある意味、通い慣れた図書室の戸を潜り抜け、本棚の奥まで進めば、机の上に本が一冊放置してあった。

 ──何で、ここにこれが放置してあるのかしら。


 王国神話。

 この国の建国神話が古語で書かれた古い書物だ。普段ならばこんなところに放置してあるはずのない保存図書が、何故ここに一冊だけ置いてあるのだろう。

 表紙は金色だったらしいが、年月が経ち色褪せてしまっているし、背表紙は文字が掠れて読めなかった。

 表紙に辛うじて、王国神話と素っ気なく題字が書かれている。

 表紙を捲れば、色褪せているとはいえ、荘厳な扉絵が目に入ってきた。

 ──雄々しい竜の肖像。精霊の最高位とも言われている特殊な双竜。寸分違わぬ姿をした竜が二体描かれている。

 違うのは色。創世竜と喪失竜と言われており、創世竜は緋色をした竜で、喪失竜は漆黒の竜だ。どちらも目がオッドアイ。

 創世竜の瞳は右目が青で、左目が金。

 喪失竜の瞳は右目が金で、左目が青。

 この二体の竜は二体で一対の存在なのだと、その姿が伝えている。

 ──本当にあったことなのかしら。


 次のページを捲ろうと指を伸ばしたところで、聞きなれた声が耳を擽った。


「綺麗だよね、それ」


 ばっと振り返ると、彼は柔らかく微笑む。


「アーネスト殿下、御機嫌よう」

「うん。全く歓迎されていないのは伝わってくるよね」


 本人に言われてしまっているように全く歓迎していなかったのは、嫌悪感だけが理由ではなくて、単に面倒な人に捕まったというのが大きかったからだ。


 ──事情を聞かれたら終わりだわ。


 婚約者が騎士団に何の用があるのかと、怪しまれ追求されるのは煩わしい。


「この本、ここに置いてあったからつい開いてしまいましたの」

「僕が読んでいたんだよ」

「え」

「そんな意外そうな顔をしなくても。僕も割と信心深い方なんだけどな」

 それにしても、とアーネストの様子をそっと窺う。

 古びて今にも壊れそうな本を指先で撫でている彼と目が合う。


 ──何かやらかしていると思っていたけれど、案外殿下も普通……に見えるような?


 実はお酒で失敗した訳でもないのかもしれないと希望を持ちかけた矢先。


「そういえば、アリス。前に会った時はすごく酔ってて、大分しっちゃかめっちゃかだったけど、どのくらい覚えてるの?」

「はい?」

 即座に顔から血液がなくなっていく心地がした。

「アリスってお酒に弱かったんだね。あまり飲まない方が良いよ。僕以外にあんな姿見せたら大変なことになる」


  ──私、何をしたの??


 この場に蹲りたくなるが、それをぐっと堪えつつ恐る恐る問いかける。

「実は記憶があまりなくて……、私相当ご迷惑をおかけしたのでしょうか?」

「そんなに迷惑ではないよ。アリスの世話をするのは嫌じゃないし」


 ──私の世話?!


 王太子殿下相手に一体何をしてしまったのか、青ざめるアリスを面白そうに見つめているアーネストが憎い。


「私、どんな醜態を……」

「そんな大したことじゃないよ」

「気になります! 夜も寝られなくなるので、お答えください!」

 アーネストは言いあぐねていたが、こちらが引かないと見ると教えてくれた。

「本当に何でもないことなんだ。アリスが、珍しく泣いてた。普段から溜め込んでいたんだね。仕方ないよ」

「よく分からないことを申し上げたかもしれません」

 最近の動きを口にしていたら元も子もないような気がする。

 主にルチア関連だと、彼は敵か味方か分からないし、多分あまり信用出来ない。

 ──たぶん、ルチア側の人間だもの。

「余計なことを言っていなければ、それで良いのです」

「アリスは、僕が君に言ったこと覚えてる?」

「どんな会話をしたか覚えていませんわ」

「そう……」

 何やら思案げな彼の様子を見て、そわそわと身を縮めていれば。


「まあ、本当に大した話でもないし、そのことは良いんだ」


 ──逆に気になる!


「時間が空いたから、僕は先程までここで読書をしていたのだけれど、急務で少し席を外していたんだ」

「殿下が神話を読むのが意外でした」

「少し調べたいことがあったからね。保存書庫から掘り出して、古そうな本を一冊ずつ読んでいるんだ」

「古語ですわね。これ、読むの大変ではなくて?」

 アリスも古の文字については学んだが、解読するのに時間を要する。変則的な文法をしているためか、訳すのはコツがいり、本を一冊読むのに普通は一週間かかる。学者ですら3日はかかるので、なかなか読書にしては難易度が高い代物だ。

「昨日から読み始めているんだ」

 よく見ると本に栞が挟まっている。

「もう、終わりの方ではありませんか!? 昨日からと仰っていましたわよね?」

 ──嘘。

 ちょっと読書しようかと思って……の勢いでこんなに早く解読しているなんて。

 アリスはこのくらいの分厚さならば、最短で四日程かかる。

 少しだけむっとした顔をしたところで、アーネストが軽く吹き出した。

 こちらの許可もなく、軽くアリスの頬に触れる。

「相変わらず、負けず嫌いだね。そういうところは昔から変わってない」

「……昔から?」

「本を読む時、どちらが早く読み終わるか競走している訳でもないのに張り合っていたよね。それで早めに読み終わると、『殿下より読み終わるの早かったです!』って得意げにして」

「ああ、そんなこともありましたわね」

「僕は速読が得意だから、僕の方が早かったって知っていつも、むくれてた」

 その子どもでも見るような表情が酷く腹立たしい。

「昔とは違いますから!」

「うーん。反応が昔とそっくりっていうか、既視感しか覚えない」


 ──そんなのおかしい。それだと、今も殿下のことを意識しているっていうことになるじゃないの。


  不意にマティアスの言葉が蘇る。


『深く考えてはいけない』

『そうすると魔法は解けてしまうから』


 これはパンドラの箱だ。決して開けてはならないし、これ以上は考えてはいけないものだ。


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