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回想2

「アーネスト殿下?」

 アリスが九歳、アーネストはこの時十五歳で、年上の兄と接している感覚が1番近い。

「アリス……。君が抜け出すなんて珍しいね?」

 座り込んでいると手を差し出され、立ち上がらせてくれた。

「何故、ここに?」

「深い意味はないんだ。なんとなくここに足が向いただけで、アリスがいなくなったと思ってはいたけど、特にそれと僕がここに来たことはあまり関係がなくて。そういえば君はここが好きだったなあとか思い出しはしたけれども、ここにいる確証もなかったし、そういう目的っていう訳でも」

 相変わらず目線は合わないまま、彼は何やら要領を掴めない内容を延々と口にしている。

「ええっと? つまり飽きたからここに来たということで……?」

「ええと。飽きたことには変わりないけれど、それだけが理由という訳でもなくて、色々な要因と僕の気まぐれが重なった上で、この事象を引き起こしたというか」

「よく分かりませんわ?」

 よく分からないまま理解することを諦めれば、あからさまに肩を落としたアーネストの姿。アリスよりも幾分も身長が高くて大人のようなのに、しどろもどろな姿が少しおかしくて、アリスはふふっと小さく笑う。

 それを見たアーネストは頬を赤くして、今度はアリスの手を離し、距離を取った。

「……その、いくら婚約者といえど、いつまでも触れているのは悪いからね。……それより! お茶会を抜け出したの?」

 不自然に話を転換させられた気がしないでもないけれど、アリスはそのことを気に留めることはなかった。

 あまり仲が良い訳でもない王太子殿下。婚約者だけによそよそしい態度を示すという彼と並んだら、より一層距離感があることを嫌でも自覚してしまう。

 ──せめてアーネスト殿下と婚約者じゃなければ、独りぼっちになることもなかったのでは?

 誰かのせいにしたくなる自分があまりにも悪い子だと意識してしまい、惨めさばかりが荒目立ちする。

 好きな人と結婚出来るなんて夢物語と理解し始めていたが、せめて政略結婚だとしても、仲の良い婚約者同士なら良かった。

 ──私たちはこんなにも遠い。

 アーネストに対して何かを思っている訳ではない。好きでも嫌いでもなかったが、自分だけが避けられていることに関しては少し悲しかった。

「ええ。少し、疲れてしまって……」

 まともな言葉も返せず、俯くアリスに何かがおかしいと気付いたのか、アーネストは戸惑ったように話しかける。

「えーっと、今から一緒に戻る? それとも」

 ──戻る? あの場所に?

 自分に対する悪意が渦巻いたあの場所に?

 思わず首を振って、アリスはもう少ししてから戻るとアーネストに伝えた。

  アーネストはすぐに戻るだろうと思っていたアリスはなんとなく地面にしゃがみ込み、座り込んだ。アーネストはおもむろにハンカチを取り出すと地面に敷いて、アリスをそこに促した。

「綺麗なドレスが汚れちゃうよ」

「ありがとうございます……」

「……」

 アーネストはその場を去らなかった。気持ちを整理しようとして項垂れてしまっているアリスの背中を恐る恐る撫でたのだ。

 驚いたように顔を上げれば、彼は酷く焦ったように手を振っていた。

「ごめん。その……変なことをするつもりはなくて、その、なんとなくだから」

 焦っていたその表情を見ていたらなんだか面白くて、少し嬉しくて、それなのに何故か目蓋が熱くなってきて、瞬きした途端に頬を涙が伝った。

「アリス?!」

 案の定、驚愕に目を見開いたアーネストは、その手を迷うように彷徨わせたかと思えば、恐る恐るアリスの背中に手を回して、そっと引き寄せた。

「……え?」

「……」

  戸惑った息遣いを間近で感じて、それと同時に心配そうな視線とぶつかった途端、決壊した。

「……っう。……あ、ぅう」

 大きな声で号泣することは出来なかったけれど、アリスは数年ぶりに人の側で泣くことが出来た。

 アーネストが何があったのか聞きたがっているのを必死に押し殺しているのが少しだけ面白くて、同時に嬉しくて。

 自分は貴族の中で冷たい目に晒される度に傷付いていたのかもしれないと初めて自覚した。

 アーネストは慰めることは一切せずに、ただただ無言で抱き締めてくれて、宥めるように背中を摩ってくれた。

 ──あまり殿下は私のこと得意ではないようだけど、でも……こうして優しくしてくれる人が婚約者で良かったのかもしれない。

 世に言うおしどり夫婦にはなれないかもしれないけれど、違う形で絆を深めることは出来るかもしれないと少し希望が持てたのだ。


 アーネストは探しに来た令嬢たちに見つからないようにと隠れやすいところに案内してくれた。

「最近、父上の執務を手伝い始めてるんだけど、どうしても嫌になった時はここに隠れてる」

 生け垣が死角になって、外からは見えないそこは秘密基地のようだった。

 アーネストの腕にしがみつきながら、そっと頭を押し付ける。

 どういう心境か知らないけれど、今日だけは甘えても良いのだろうか?

 明日からはきちんとするから、今だけは。

 何も聞いてこないアーネストは長い時間、ただ傍に居てくれた。

 無言の時間だったけれど、その気まずさが少しだけ心地良くて、アーネストを困らせていることが分かっているのに止められなかった。

 ──年下の私にどうしたら良いか、殿下も分からないのかもしれないわ。

「ご迷惑をおかけして申し訳、ありません」

「君とは長い付き合いになると思う。共に国を守ることが出来たら、いいと……。だから、そんな風に気を使わなくて良いんだよ」

 慰めるのが下手な人だと思った。ただ、心が暖かくなった。

「殿下。私もさっき殿下が仰ったように、国を守れたらと思います」

「じゃあ、約束だ」

「え?」

「僕と君はこの国を守るために頑張る、っていう普通の約束だけど」

「いえ、普通ではありません。それは」


 とても素敵なことだと思った。


 アリスが、アーネストを一個人として観察するようになったのは、この頃からだ。


 次の日になってからはアリスの方も気恥しさがあったりして上手く接することが出来ず、二人の距離感はあまり縮まることはなかったけれど、この時の約束はアリスの中で特別なものになって。

 正妃教育に耐えられるようになったのも、この頃からだ。


 アリスがアーネストのことを好きになるのもそう時間がかからなかった。

 完璧に見えても実は予習復習を欠かさない真面目な性格をしているとか、拗ねると面倒な部分があるとか、知っていることが少しだけ増えた。


 アーネストも忙しいのか最低限の接触しかしてなかったし、婚約者として愛されている訳ではないと知ってはいたけれど。

 アーネストから向けられるのは、確かに感じる信頼。

 ──私と殿下が二人、この国のために何か出来るとしたら、それは大きな絆だわ。


 だからアリスはそれで満足していたのだ。


 ルチアが現れるまでは。

 

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