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83.5 sideルチア①

 ──全く、聖女であるこの私を軟禁するなんて、アーネスト様はどういうつもりだったのかしら?


  王宮に軟禁され、アリスの策謀なのか知らないが、精霊たちが出てきてくれなくなった。

  見えない壁で閉じ込められ、プライバシーも何もないそんな屈辱的な状況下に置かれていたのだが、一途に慕ってくる騎士たちや神殿の神官たちが逃がしてくれた。

  名前も覚えていないけど、顔は覚えている。

 ──ふふ。やはり、魔法が効かなくなっても、私の魅力からは逃れられないのね。

  軟禁から逃れ、今は外の空気を思い切り吸える。

「本当、腹立たしいわ」

  騎士たちを置いてきたルチアは裏通りで独り言ちる。聖女らしくはない気もするが、誰も居ないのだから良いだろう。


  ルチアは、この世界の最重要人物で誰からも敬われる高貴で聖なる存在だというのに、アーネストは何を考えているのだろう。

  最終的にはルチアのことを好きになってくれるはずなのに、あの王太子はどこかおかしい。

  この国の姫として君臨するつもりだったというのに、なかなか手強く結局は聖女止まりだ。

 ──私はこんなところで終わる女じゃないのに。

  でも未来は明るい。軟禁されたけれど、どうやら天が味方してくれているようで、こうして上手く逃げ出すことが出来た。

  ルチアがほくそ笑んでいれば。

「あっ……」

  少しばかり離れた距離から女の声。

  こんな場所に突然、気配など全くなかったというのに、現れたその女の姿を見て、ルチアは上擦った大声を上げた。

「はあ!?」

  そして、その女とバッチリと目が合った。

「嘘! 今、どこから!? なんで? ここに居るの!?」

  ここにいるはずもない。もしもこれが幻覚でも何でもないならば、むしろ魔女はこの女ではないだろうか。

  磔刑にする口実になるかもしれない。ルチアにとっては邪魔でしかないからだ。


  アリス。アーネストの婚約者で、いずれ王妃になるらしいこの国の姫君。

  ルチアが必死に手を伸ばしてもがいて届くものを、この女は最初から平然と手に入れている。

  愛されている癖に澄ました顔をしている気に食わない女。

 ──私の方が姫様としては相応しいのに。あんな、お堅い女より、私みたいに華やかで人気者な聖女の方が良いに決まってるのに。


  何やらアリスは不安げにしているが、どちらかと言えば、こちらの方が都合が悪い状況だ。

「私を捕まえに来たんですか?」

 ──嫌! また閉じ込められるなんて! 閉じ込められて、問い詰められるなんて真っ平!

  少し前まではチヤホヤしてくれた貴族たちも、次々にこちらを裏切ってくる。そこら辺にいる有象無象の癖に、聖女であるルチアに発言したり意見するなんて有り得ない。

  逃げた方が良いのかもしれない、と思った瞬間、アリスは完璧な笑みで美しく笑った。

 ──本当、この女気に入らない!

  ただそこにいるだけで神経を逆撫でしてくる。

  聖女であるルチアの自尊心をズタボロにし、劣等感を抱かせてくる。


  余裕そうな態度を崩さずにアリスは艶やかに微笑み、彼女は鈴を転がすような声で宣った。


「私はもう、役目を果たしましたの。だから、貴女を捕まえる気はないのです。少なくとも私はルチア様がどこへ行こうとも構いません」

 ──この女、馬鹿じゃないの?

  ニヤリと口元が緩むのを隠しながら、恐る恐る聞いてみた。

「え? 見逃してくれるんですか?」

  敵を逃がすなんて、やはりアリスは何を考えているのか分からない。

  どうやらまだまだ外の世界とお別れせずに済むらしい!

  アリスは小さく口元を綻ばせた後。

「申し上げました通り、私は後のことに興味はないのです」

 ──つまりは見逃してくれる!?

  本当にこの女の頭の中はゆるゆるな何かで揺れているだけではないのだろうか。

 ──この女、馬鹿なんだわ! 私を逃がそうとするなんて!

「ルチア様。私に仰いたいことはございますか? 私に答えられることなら、何でも答えます。……たとえば、そう。私の正体とか」

 ──魔女なんでしょ?

  悪い魔女とお姫様なんて、舞台が整ってきているではないか。

  アリスには聞きたいことがあった。未だに腑に落ちないこと。


 ──あの女は、どうやって、アーネスト殿下を落としたの?


  絶対に何か卑怯な手を使ったに違いない。ルチアがやっても手強かった彼を何の手立てもなしに……なんて有り得ないのだから。

 ──きっと、すごい魔法があるんだわ。

  だって、そうでなきゃおかしい。あの王太子は、欲望を増幅させても、ルチアに見向きもしなかったし、ボディタッチをしてみても、そういう甘い雰囲気にはならなかったのに。

  それなのに、アリスには夢中になっている意味が分からない。


 ──私は聖女で、そんな私が劣るのは有り得ない!



  それを確信していたというのに、結局アリスには心無い言葉を言われ、ルチアは慟哭した。

「私は! 私は誰がなんと言おうと聖女なのに!!」

  名前は忘れたが数人の騎士に腕を掴まれ、あの場から離され、引っ張られながら涙してしまった。

  こんなに惨めなことなんてない。聖女が輝く機会を奪われ、預言だって意味のないものにされた。

 ──せっかく、救ってあげようと思ったのに。


  疲弊し、戦争が起こった国を颯爽と助ける聖女。その光景はどれだけ映えるだろう。


「それなのに!! あの女のせいでええええええ!!」

  叫んでいると、横の騎士たちが何故か迷惑そうにして、こちらの口を手で塞いできた。

「んむっ……んむうう!!」

「ルチア様。静かにしてください」

  名前の分からない騎士は不遜にも冷たくぴしゃりと言い放つと、すぐに目を逸らした。

 ──どうして私の周りにはこんなクズたちしかいないの?

  アリスは物語の主人公のように見えた。常に婚約者に大事にされているし。

  それは私の立場なのに。

  ぐるぐると頭の中を不平不満が廻り、手にギリギリと力が入っていく。爪が手のひらに食い込む痛み。

  しかもこんなに嘆き悲しんでいても、周りにいる男たちは慰めてくれないのだ。こういう時は、姫を立てて動いてくれるのが従者や周りの男たちの役目なのではないだろうか?

「んむむうう! んああああ!がああああああ!!」

「うっ……ルチア様」

  無理やり振り解き、腕を振り回せば、騎士の1人の鳩尾に当たったようだった。

  それでもすぐに腕を拘束され、また自由を奪われてしまう。

「この私が有り得ない!! どうして、こんな惨めな!! 酷い! 酷いわ!」

  わっと泣き出してみたけれど、騎士たちや神官たちは静かに控えているだけだ。


「酷いのは、どちらだ」


  ぽそりと何か聞こえたが、そんなことはどうでも良い。

「私は聖女なんだからあああ!まだお役目はあるの!!」

  今回は、アリスに全てを邪魔されたからこうなっているだけで、近い未来には人を救ってなお聖女らしくなって、最終的にはお姫様になるのだから。


「ルチア様。早く神殿に行きましょう……。王宮のことは忘れて……」

「嫌! あそこは私がいる場所だったのに!」

  先程のアリスの冷たい表情が頭から離れない。

  何故、聖女でもないただの女に、哀れみのような目で見られなければならないのか。

「私は聖女なのよ? 聖女だったら、もっと皆に注目されるべきなのに、こんなのおかしい! こんな……隠れて潜むみたいな真似して逃げて……なんて」

  この時のルチアは逃げられただけでも幸運だと思えなかったのが彼女の業だったのかもしれない。


「ルチア様は最後まで名を覚えなかったようですが……私はユリウスと申します。最後に名乗っておかなければ」

「最後?」

  ユリウスと名乗った騎士。そういえばそんな名前だったかもしれない。

「貴女には最高の舞台を用意しています。きっと、貴女の名は歴史に残りますよ。大人しく言うことを聞いてくれれば、ね」

「貴方、ユリウスとか言っていたわね! それは本当なの?私を表舞台へと連れて行ってくれるの?」

  こんな薄暗い影ではなく、多くの者の脚光を浴びる日向へと飛び出して行けるというのか。

「ええ。皆、ルチア様の名前を聞けばハッと息を呑むでしょうね。聖女の中で最も有名な女性になりますよ……。……ある意味……ね」

  最後の方は聞けなかったが、ルチアがアリスに勝つことが出来るならばそれで良い。

「ねえ、アリスも処分してくれる? あの人、すごく邪魔なの。あの女が居るだけで、私は惨めで哀しい気持ちになるの」

「処分……」

  何やら微妙な目のユリウスを思わず怒鳴りつける。

「人1人消すことも出来ないの? 無能ね!」

  本当使えない。

「……無能なのはこちらではなく……いや、もう良いです。……早くお連れしよう」

  ユリウスは傍らの仲間に声をかけ、ルチアの手首をぐっと引っ張りあげる。


 ──ああ、これで。私は歴史の表舞台に立つ特別な女の子でいられる!


  神殿に行く馬車に乗る際、ユリウスと名乗った騎士に問われた。

「貴女のために死んで行った人たちの名前、覚えていますか?」

「え? そんなの覚えていないわ」

  聖女であって姫である立場の私が有象無象をいちいち記憶していたらキリがないというのに、この男は何を言っているのだろうとルチアは鼻で笑う。

「皆、貴女を思って罪を犯したのです」

「私は頼んでいないもん」

  勝手にやってくれただけ。


  ユリウスは唇を噛み締めていたが、誰にも聞こえないくらいささやかな声で呟いた。

「……煽ったのは誰だと……」

  もちろんルチアに聞こえるはずもない。

 ──何やら面倒そうな男ね。

  それだけ思っただけで、後はどうでも良くなるくらい瑣末なことだ。

  ユリウスは黙り込み、直後に輝かんばかりの笑顔を向けた。心の底から楽しくて仕方ないと言わんばかりの晴れやかな表情。

「貴女に相応しい最高の舞台を用意しましょう」

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