ジョンの願い
「は?呑まれた?」
うん。と、ジョンは隣で泥を捏ねながら頷いた。
「村全部!?」
「そう。草がばーってきて、ぐるぐるってなって、そっから覚えてない。お母さんが家に連れてきて、なんか叫んだら真っ暗になって、外が森になってた」
「…マジかよ」
ジョンの言っていることはこうだ。
ここはかつて50人ほどの村だったらしい。それが突然草の津波みたいなのが襲ってきて、あっという間に村が壊滅させられた。村人は草の波に呑み込まれて、ジョンは運良く母親に助けてもらったらしい。
(てか、あの家残して全滅とはな…)
しばらく考えた。
「もしかしてこの魔導書、家にあったのか?」
「すごい。良くわかったね!」
「勘だよ」
「てか勇者さまその魔導書好きだね!楽しい?」
「 めっちゃ楽しい 」
ジョンの言ってた召喚のページはまだ見付かってないが、なんだかんだと読み進めて回復魔法を完読してしまった。
お陰で魔法の知識が増え、しかも《回復魔法》を繰り返し使っているといつの間にかレベルが3になっており、魔力が何でかレベル4になっていた。
そして《鑑識(魔力)》が増えていて見える世界が変わった。
目の前を流れる水の流れのようなものと、キラキラ。
これはもしや魔力だろうかと気付いたのが昨日。なんか視界に変なものが映るなと思ってたんだ。で、もしかしてと思ってウィンドウ開いたら新しいスキルを会得していた。原因は知らん。
気持ち悪くなるまで繰り返し魔法で遊んでいたからだろうか。
そうそう。魔力関係で気になることがある。
この森、というか植物がやたらに輝いていた。
そしてジョンの家の周りにもドーム状の変な膜があった。触れても何にも感じないが。…いや、何となく温度が違ったか?良くわからんが何でだろうなと思ってた。
そんで行けども行けども森の中で、ぼこぼこと地面が歪んでいるのも気になって、ジョンになんでこんなところに住んでいるんだと訊ねたら、元々は村だったと言われたのだ。
もしやこれも説明にあった魔物大量発生の影響か?
だとするなら、こいつの母親は凄い魔法使いなのだろう。
それならこの魔導書をジョンが手に入れたのも納得できるし、ジョンに魔法の才能があるのも納得した。
もっとも召喚以外で魔法使ってるの見たことないけど。
「? ジョン。そんなものあったか?」
「なーに?」
泥で汚れたジョンの右手首に変な模様が浮かんでいた。
3つの形がひとつの模様になっていて、手首に巻き付いている風になっている。
刺青か?
いや、出会ったときにあったか?
記憶が怪しい。
「これ?んー、気付いたらあった。勇者さまとおそろい」
「お揃い??そんなのあったか?」
胸元に女神に殺された印、雷落ちた跡と菱形がくっついた様なものは知ってるが。
「首にあるよー」
ここ、と指差された。
触っても何も感じない。
鏡が無かったから気が付かなかった。
「いつからだ?」
「最初から」
「へー…」
女神の嫌がらせだろう。
なんか、色々体弄られたし。
正直自分の顔もどうなっているのか分からない。辛うじて分かるのか髪の色を変えられたくらいだ。
「勇者さま、それね、えっと、ふぁ…ふぁむるす?の証なんだって。お母さん言ってた。これが出たらゆいいつのばでぃだから、おたがいに間違いがないように大切にしなさいって」
「バディねぇ…」
いよいよあの母親怪しくなってきたな。
その聖杯争奪戦について色々知っている感じだし、くそ女神の資料なんかよりもよっぽど情報を教えてくれそうだ。
「あ!そうだ!!ねえ!勇者さま!!」
「なんだ?」
「お母さんがね、勇者さまは3つお願いをきかないといけないんだって!」
「はぁ?なんだそれ」
そんなの資料に載ってたか?もしや見逃したか?
「でね!勇者さまはぼくに一つだけお願いが出来るんだって」
「おいおい、不公平過ぎるだろ」
笑ってしまった。
だが、ジョンの顔はどこか嫌そうだった。そんなに俺からのお願い事は嫌か。そんな変なお願いなんてしないぞ。
「勇者さまが、…ぼくにさよならするときに使えるやつで、ぼくは勇者さまにお礼をしないといけないって」
「限定的過ぎるだろ」
退職届か。
「………」
「ジョン?」
「…勇者さまとさよならしたくない」
ああ、それで嫌そうな顔してたのか。
まぁまだ小さいもんな。
「ジョン。ほれ」
膝を叩く。すると当たり前のように胡座を掻いた足の上にちょこんと腰掛けてきた。
「俺は居なくならないよ。少なくともお前が大きくなるまで」
「大きくなったら?」
「お前がお願いしたら訊いてやろう」
そん時まで必要ならちゃんと補佐してやる。
「えー、じゃあ今つかう」
「勿体無いことするなよ」
「勇者さまたまに約束やぶるもん。この前も落ちたら受け止めてくれるっていったのによそ見してて落ちたし」
「ごめんって」
凄いカラフルな蝶に気を取られていたのそんなに根に持ってたのか。低かったとはいえ、木から落ちてギャン泣きしてたした。相当痛かったらしい。
すまんと思っていても、ジョンの膨れっ面が面白くて笑いそうになる。
仕方ない。ここはジョンの言う通りにしよう。
「わーかった。わかったって。ほら、どうぞお願い事をしてください」
「む!」
ジョンが手首を俺に見せながら息を吸い込んだ。
「われはミタカの爪。光をたずさえるもの…」
ごっこにしては、本格的だな。
そんなことを思いつつ、ジョンの言葉を黙って聞いた。
「夜を貫く蛇の牙をもつものに命じる」
「!」
おや?なんかジョンの手首から魔力の帯がこっちに向かってくるぞ。
「一生ぼくの友だちでいてください!!」
魔力が体に絡み付いた。
痛みも違和感は無かったが、ジョンのやってたのがごっこ遊びじゃない事に焦りが出た。
おいおいおい!!ガチなやつだったのかよ!!
しかもこんなっ!こんなお願い事で三つの願い事の一つを使ったのかよ!!
ジョンの手首の模様の一つが水色から黒に変わる。
慌てジョンを振り向かせた。
「本当にそのお願いで良かったのか!!!??」
「え?」
「もっとなんかあっただろう!!こう、………」
金持ちになりたいとかのありきたりな例を出そうとして、俺が叶えてあげられないと気付いて止めた。
俺へのお願いだもんな。
残念ながら魔法のランプの精霊じゃない俺にはそんなお願い事をされても困る。
「お前が正しい」
むしろ大正解。
「これで一生友だち?」
「ああ。友だちだ。そんなの使わなくても友だちだったが」
「よかったー!前にね、前の勇者さまのおはなし聞いたことあって、ドキドキする物語だったけど、なんか勇者さまどっか行っちゃうのかと思って。ぼくの友だち皆どっか行っちゃったから、勇者さまも行っちゃうのやだなーって」
「そうか…」
ジョンは村人が皆草がやって来たからどっかに行ってしまったのだと思ってたらしい。道理で全然悲しそうじゃなかった筈だ。村人は、ジョンの友だちはみんな何処かで元気にしていると思っている。
ジョンの頭を撫でる。
これは益々ここから離れられないな。
それから3日。
いつも通り森を歩いて実っている果物を収穫し、水を組んでとの雑用をしていた。
根っからのインドア派だったが、こういう仕事も慣れれば楽しいものだ。もし元の世界に戻れたらキャンプをしてみよう。
きっと疲れるという感情よりも楽しさが勝るに違いない。
「今日は水の魔法の練習をしてみようか。近くで畑を作れたら、ジョンの母親ももう少し元気になるだろうし」
畑を作るには土魔法も覚えないとなとルンルンスキップ混じりで帰路に着いた。
── ピリッ
「!」
立ち止まる。
感じたこともない感覚。
「なんだ?」
視線?みたいな突き刺さる感覚が、俺の意識を集中させた。
人の気配?
ジョンじゃない。
誰だ?
「………」
音もないのに、気配だけを感じ取っている。
方向がわかる。
「…俺以外の、勇者?」
確信した瞬間、果実も桶も放り投げて走り出した。
嫌な予感がする。