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シャリルのいた世界

「そう。沢山、魔法が使えるの。この間光魔法は見せたよね。じゃあ、これは何か分かるかな…」

 シャリルが様々な物を指さし、最後にその手を私に向けると、私を取り巻くように暗黒が立ち込めた。発生源は全て、何かしらの影であった。テーブルとか、棚とか。知らないうちに背後から這い寄った自分の影に、私の身体は巻き付かれていた。その黒いのは四肢を掴み、動きを制限した。やがて首の根元へ到達すると、そのまま私の体を宙に浮かせた。どうやら彼女が操っているらしい。

「くっ…これは…っ。アフィの使ってた魔法パターンと似ている」

「そう、闇魔法。国王の護衛より強いと思うよ。この世界でちゃんと頑張ったからね」

 シャリルが挙げていた手を横へ伸ばすと、闇はもとの場所へ退いていった。当然私は重力に引っ張られ、尻餅をついた。呼吸の危うい状況から解放され、思う存分空気を吸い込んで、思いの外咳き込んだ。

 私が呼吸を落ち着けている間に、一歩。シャリルは階段を下りた。

「ねぇ、知ってる?今日って日食なんだよ。見られると良いね」

 彼女の顔が、さらに不敵な笑みを溢した。この少女の行おうとしていることに、悪寒を覚えた。私は何か危険なことが起こると予想しながら、この世界で魔法を会得する際に読んだ魔導書のことが脳裏を過っていた。

「この世界は火・水・木・金・土で構成されていると考えられています。これを操る人のことを魔法使いと呼びます。『魔法使い』の由来は、古くから悪魔の力を用いて敵を薙ぎ払い、その後、法を制定したことだと云われています。一度、内乱が起こった際に追放された彼女らは好戦的な態度を改め、人々の生活に役立つ魔法の限定を条件に、再び私たちと共に暮らすようになりました。そうして、それらを皆が使えるようになり、今に至るのです。その一方、攻撃的な魔法を扱うことの出来る人は存在すると云われています。それは今でも禁忌とされ、国は万が一に備えています…」

 良く覚えてたね、とシャリル。我ながら恐ろしい記憶力だと思った。しかし、頭の中を見られていたことを悟り、一瞬にして赤面した。

「禁忌って、詳しく知ってる?」

 素直な表情で聞く彼女に、首を横に振って答えた。すると、見せようと言うので、私は何が出来る訳でもないが、身構えた。

 彼女の足元には、手から零れた碧色と菫色が混ざったような色合いの泥が魔方陣を生成し始めた。

「これは魔道の術。魔導とはまた違う代物だよ」

 彼女の手の上で球体が模られていく。その魔力の塊は零れ落ち、陣の中央に鎮座した。すると間もなくバチバチと電撃のような状態の魔力を帯び始めた。彼女がその1メートル程上で手をかざすと、球体はいずれ鎌へと容姿を変え、そのまま吸い込まれるようにして彼女の手元にまで浮いた。彼女がその腕を横に振ったと同時に、私の視界では黒い糸状のものが降っていた。

「お姉ちゃんはそのくらいの長さが合うと思うよ。うん、可愛い」

 それはもう天使のような笑顔で言ったのである。尊さを感じながら、前髪を切られた事実に気づくのに、そう時間は要らなかった。

 私が慌てふためいてる間に、鎌は数本の針へと変形していた。シャリルが手を広げ、針は私を目標に飛び始めた。真っ直ぐというよりは山並みであったり、カーブしてきたりと、目まぐるしいものであった。そうして衣服を貫通しては方向転換し、別の部分を貫いていったが、不思議なことに私は無傷で、着ていた服はお洒落ものへと変わるだけであった。濃い緑や茶色とった、地味の象徴のような色合いで占められていた、地味なTシャツの痕跡はなかった。生地こそ質素なままだが、軽い風にヒラリと揺れるスカートが可愛らしいワンピースを纏っていたことに気づき、またも赤面することとなる。

 落ち着こうと深呼吸をしている内に、シャリルはまた一歩、階段を下りた。目線はやや向こうの方が高いくらいか、それでも歳のせいか、やや小さく見える。西欧を思わせる美しい容姿をその身体に飾りながら、和の雰囲気を醸し出すその立居振舞。鈴華は、本当の妹なのか不思議に感じていた。

「そうだ、聞くべきことがある。正直に答えて。シャリルの目的は何?」

 五種類の魔力を周囲に漂わせ、鮮やかにライトアップされている彼女は、その微笑みを崩さぬまま、こちらをじっと見つめていた。

「特に、何もないよ。こうして実の姉と会う、っていうのが当面の目標だったからね…」

 腑抜けた声で呟いた後、視線をどこか遠くへそらしていた。その目は虚ろで、漂う哀愁に、緊張感は抜けていく一方であった。不意にしおらしくなった彼女に、不覚にも私は好意を覚えていた。

「……」

 不意に、シャリルはこちらを見ることなく階段を下り始めた。先程までの余裕は感じられず、彼女が下りきるまで、一切会話は生み出されなかった。視線は何かを射貫くかの如き鋭さで、私も桜色に染まりつつあった顔が雰囲気に応じて険しくなっていくのを感じていた。

 二人の距離は1メートル程だろうか。私なら抱きつけるな、と思うには十分な間合いであった。

「んー、えっと…」

 生き別れの姉妹の会話がこれだけでは空しいので、話題を振り始めようとした…のだが、それにも関わらず、愛らしい妹は私の横を通り過ぎるのだった。気づけば禍々しい気配を纏う彼女を、無視する訳にもいかなかった。

「えっ、何処に行くの…っ!」

 振り返りながら発せられたその声は、轟音にかき消され、意識もボンヤリとした後に失われていった。



 4人の女性はある建物の周辺を彷徨いていた。主犯格と思しき1人があるドアへ近寄り、盗聴を始めた。しばらくして、彼女がスッと手を挙げるや否や、他の3人も集まった。彼女らは結界を張り、この家を「いつもの姿」ということで世界に固定した。術者の魔力供給が切れない限りは、この概念はそうであり続ける。

 魔力の扱いに慣れた主犯格は、座禅のような構えをとり、精神統一を始めた。それを見届けると、先程の3人は魔力によって隠された武器の具現化を開始した。細い魔力が家中を駆け巡る頃、彼女らは、それぞれ小型の銃や多量の弾を放つ火器を持っていた。1人は遅れて、大砲を思わせる程の大型の筒を両手で持ち上げていた。見た目だけで判断するならば、扱いが難しいような物ばかりだが、これらは賢者による発案で、ある程度魔力を使いこなせる者であれば運用出来る代物である。彼女らは各々の得物に魔力を込め始めた。主犯格の女性が高度な魔力を纏って立った頃、それぞれに準備は整っていた。

「さあ、終戦といこうか」



 埃が舞い、視界は灰色で塗りつぶされていた。そんな中、姉と妹を囲うようにして防壁が張られていた。家財道具は守られていないように見えたが、よくよく見れば、なけなしの魔力が覆っていた。魔力の塊、いわゆる魔弾は、私がこれまで観測した物の中でも群を抜いて性能が高かった。何と言っても純度が高く、いくらシャリルとはいえ、この防壁は粉砕されてしまうのではないかと思ってしまった。が、しかし。それをも上回る硬度を有していた壁は、魔弾を四方八方に弾き返していた。当の本人は、冠を曲げつつも、憐れみを含んだ笑みを装っていた。

「…あれ? 何でお姉ちゃん起きてるの?」

 心の底から驚いたようで、そう発していたことに本人も気づいていなかった。恐らく、彼女はこの襲撃を予知した上で、私を巻き込みたくなかったのだろう…ということにしておこう。

 気づけば轟音は立ち去り、忽焉とその場に静寂が訪れていた。魔力の奔流は収まりつつあるものの、濃い霧としてこの部屋に漂っていた。

「ふ、ふははははっ! やはり生きていたか。それでこそ潰し甲斐のあるというものだ」

 ドアのあった筈の場所からは聞き覚えのある声が響いていた。狡猾さが全面的に溢れ出ているその声の主は、明快な足音を伴って近づいてくる。

 シャリルは見向きもせずに何かを呟いている。よく聞き取れた訳でもないが、よく知る言語でもなかった。

 それに呼応してか、周りの防壁がより一層強化された。撃退する意思が現れ、ややピンクがかった壁には藍色が混じり始めた。硬い、というよりは様々な物を反射しそうな外見に変わっていった防壁は、次第に突起物で覆われ始めた。厳つく、誰が見ても迎撃態勢のそれは、照準を定めたまま微動だにしなかった。

「変わらないですね、賢者様」

「そっちこそ。魔術なんて使って、容赦ないねぇ」

 両者が愛想笑いを浮かべると、再び轟音が部屋中を鳴り響いていた。何がなんだかサッパリ分からない私は、ただそれを眺めているだけであった。シャリルがまた何かをしようとしているのを横目に見ながら、自分に出来ることを考えていた。

「っ! 頑丈だねぇ、そいつ。ならばっ!」

 賢者は一瞬で間合いを詰め、拳に込めた魔力を至近距離で開き、解放した。これまでは棒立ちで、正面に魔弾を生成し、撃っていた彼女からは予想もつかない動作であった。シャリルは、さも知っていたかの様にそれを対処した。

「終わらせましょ。私、野蛮なことは嫌いなの」

 そう告げると、防壁から離れ、身に纏っていた魔力ではない何かを全方位に解き放った。

「なっ…くっ!」

 4人は躱すことも叶わず、その場に倒れていた。術者も少なからず疲弊している中、唯一、防壁内の私のみが平気な顔をしていた。

「ぐっ、ぐああああああっ!」

 彼女らは悶え、身をよじっていた。言葉にもならない掠れた悲鳴が聞こえ、私は気づけば耳を塞いでいた。シャリルが開いていた手を閉じるとともに、その症状は悪化した。目は閉じることを知らず、脚は本来の役目を果たさなかったが、それでも尚出血は見当たらなかった。

「…くっ。これが瘴気、か…」

「そう。魔法による防衛なんて効かない。対処する手段は、術者の死、のみ」

「頼む、助けてくれっ! お願いだ! 何でもするからっ…」

 そう告げると、賢者はぐったりし、動かなくなった。シャリルによると、ただ意識を失っただけだという。後ろの3人も気づけば同様の症状であった。

「…お姉ちゃん。1つだけお願い、聞いてくれる?」

「えっ…いいよ。いや、内容によるよ」

 結局、それを承諾してこうして陣の前に立っているのだけれども。こうしてみると、どうも共犯になっている感じがして、何故か背徳感が生まれていた。

「…さっき言った通りに、お願い」

「うん。人を救うんだから、大丈夫…」

 妹の描いた陣の半分に魔力を流し込み、そこに在った筈の空間を歪め、掠め取った。突如現れた異界からの威圧に、恐怖でさえ敵わない感情を抱きながら、また半分にも魔力を注ぎ込んだ。そこには異界はなく、元の日常の中に1つの門のみが在った。

「…はぁぁ、疲れたぁ」

 思っていたよりもドスの効いた声が出ていた。

 在るべきところに何も無いのであれば、貪欲な世界の主が侵略を狙うのは当然のこと。そうシャリルに聞いていたものの、やはり記憶から離れない程、鈴華を戦慄させていた。

「もうひと息だよ、お姉ちゃん!」

「うん…やるよ」

 鈴華が両手を門の前にかざすと、空中に魔法陣が浮かび上がり、轟々と、重々しく、門は開いた。

「じゃあね、賢者様。長い間お世話になりました。向こうでも元気でねー」

 シャリルが賢者一派を遠隔操作で持ち上げ、門の中へ放り込んだ。2人で手を合わすと、鈴華の動作に応じて、襲撃は幕を閉じた。


「入ってもいい? …うん。入るね」

 一旦自室で療養しようということになり、ベッドに寝転がっていたが、早めの訪問に驚いて起き上がった。話がある、と言うのでベッドに2人で座ることにした。

「旅…って、急にどうしたの」

「今決めたとかっていうような、そんな突発的なものじゃないんだ。この眼を使いこなせるようになった頃、だから、えっと、二年前くらい?に世界を覗けるようになったんだけど___」

 少女は、その世界とそれに対する思いの丈を事細かに話し始めた。

 その様子は年相応で、決して饒舌とは言えなかった。あどけない口調さながら、覘いている時に覚えたのだろう、見た目からは想像のつきにくい難解な単語の羅列が見受けられた。あまりの熱弁に圧倒されたが、それは次第に可愛らしいものへと変わっていった。

「…という訳で、私が見たあの世界へ行きましょう!」

 語彙力に問題があるのか、彼女の話だけではどんな世界なのか、想像もつかない。この世界に留まる理由もないので、行動を共に…いや、違う。私の能力がなければ、この旅行計画は成功しないのだ。姉として、手伝わなければならないだろう。なにより、興味は湧いている。

「私は荷物少ないけど、シャリルはこの世界に思い出とか色々あるんじゃないの?」

「大丈夫。必要最低限のものしか揃えてないし、元よりそのつもりだったからね!」

 とはいえ、荷物の整理には時間がかかるとのことで、改めて集合することにした。

 ガチャ

「これで良し、と。忘れ物ない?」

「うん。大丈夫」

 ほんのり火照る空を眺めながら、2人は街並みを歩いていた。夕陽に染められて艶やかな化粧を施された妹の顔は、姉には刺激が強く、そっぽを向いたものの、やはり頰を染めるのであった。

「遺跡…?」

「そうだよ。あの丘の上にある音叉みたいな形の石像がゲートだよ」

「へー…って、どうやって別の世界に行くの?」

「まあまあ。もう少し歩いたら教えるよ!」

 姉妹は数分の道のりを噛み締めながら進んだ。簡単な世間話をしていたが、不意に鈴華が切り出した。

「何で今日なの? 別に明日でもいいじゃん。そんなに急がなくても…」

「チッチッチッ…甘いね。甘いよ、お姉ちゃん! 今日は日食だよ! 儀式にはこういうムードが向いてるんだよね〜」

 話の中で時たま見られる、この恍惚とした表情。清々しい程の語り口調に、姉はえも言われぬ快感を覚えていた。

 冷たい夜風が頰を撫でる。煌めく星々の放つ光は白い肌に突き刺さり、濃淡を創り出している。一面が緋色で大雑把に塗られていた空は、誰かが墨を溢したのだろうか、と考えてしまうくらいやや濁った藍色をしていた。空に埋められた光源は2人にスポットライトを当て、空気の流れは閑寂を生み出し始めた。舞台の終演である。主役の片割れは、石像の左側面に、時間操作の能力を込めた拳をコツンと当てた。では、もう1つの要素はどう舞台を彩るのか。彼女は石像の右側を、空間操作の能力を込めた手の甲で静かに当てた。

 「『陽が完全に沈み、月夜が空を支配する頃。不意に一刻の間、鏤められた星々が時空を超えて瞬き始める。超克の運命を宿す者よ、閃光の導きに従い、稀世之雄となれ』ってね」

 この世界に来て読んだ書物にあった内容なので知ってはいた。割とポピュラーとのことで読んだ気がするが、うろ覚えであるのは言うまでもない。

「確か向こうで言う聖書のようなだったけ。最後って、『無念無想へ征け』じゃなかったっけ」

「色々な説があってね。生物を悪と考えた昔の哲学者は『征となれ』なんて言ってるし」

 なんてことない、他愛の無い会話をした後、同時に両側を叩き、2人の身体は細やかな光彩によって分解され始めた。気が合って互いを見遣ると、キョトンとした顔を浮かべ、にこやかな表情のまま、旅立っていった。

 ___日食は彼女らを見送ると、そのまま去っていった。


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