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出会いと別れと、もう一つの出会い

「ん…」


 ぼんやりとした視界を灰色がいっぱいにする。


「ん〜」


 目はろくに開かないが、思考だけは少しずつ回転を速めていく。


「……」


 あの事故を断片的に思い出した私は、すぐさま体を起こした。視界を無理矢理安定させると、色々な情報が目によって吸収された。

 先程視えていた灰色は、空間を形作る鉄の板で、少なからず圧迫感を感じさせた。他にも、いくつかの家具はあったものの、それらに美しさを見いだすことは私には出来なかった。


「起きましたか。では、移動する準備をしてください」


 何も理解しないまま、とりあえず頭を上下させたが、何をしたらいいのか分からないため、情報収集に努めることにした。

 改めて周りを見渡すと、部屋は独房のような雰囲気を醸し出している。あまりに堅苦しすぎて、退屈し始めた私は部屋を出ることにした。

 ドアを開けて左右を見ると、同じ様式の部屋があるらしいことが確認できた。また、各部屋のドア付近には、先程の女性と同じ格好をした人が待機していた。この部屋も例外ではない。


「準備はもういいのですか。では、移動するので私に付いて来てください」


 言葉に従って向かった場所は、大広間というには小さすぎるくらいのスケールを有していた。

 中央よりは少し奥の方に、こちらをやや見下ろすくらいの高さの椅子があった。そこには代表に相応しいオーラを纏った、小さな女の子が座っていた。


「君の名前は、篠山鈴華、で合ってるかな?」

「はい、そうです。合ってます」

「じゃ、生前の記録見させてもらいますねー」

「えっと…生前?そもそもここがどこだとか、分かっていないのですが…もしよろしければ、教えていただけますか?」

「えっ、何、どゆこと、スタッフさーん」

「はい。では貴方にいくつか質問をさせていただきます。まず名前と死因を述べてください」

「名前は、篠山鈴華です。死因…えっと、本屋で高い所にあった本を取ろうととして、その際に落ちて来た本の角に頭をぶつけて、死んだ…んですか⁉︎」

「じゃあ何。ここがどこか本当に分かってなかったの。迷子かなぁ」

「そのようですね。どうしますか、審査の方は中断しますか」

「う〜ん。そうだね、保留にしとこうか」

「承知致しました。では篠山様、こちらへ」

「は、はぁ」


 言われるがまま付いて行ったが、目的地はやはり元の部屋であった。スタッフさんはすぐさま、申し訳なさそうに「僭越ながら、説明させていただきます」とだけ言って、一部始終を私に語り出した。

 スタッフさんが部屋を去った後、出来事を自分なりにまとめてみることにした。

 私は本の角に頭をぶつけて、気絶したらしい。そう、死んでいないのである。これだけは、流石に叫ばずにはいられなかった。そして、ここは死後の世界らしい。(正確には、死後の行き先を決めるための審査の段階だったそうだが。) 偶然、私の魂がこちらに吸い寄せられやすい性質を持っていたために、こういった現象が起きたとのこと。スタッフさんによると、この現象はありえないことでもないらしい。私の処置は直に行われるようなので、それまでは暇を満喫することにした。


 あれから3日が過ぎ、ここに顕現してから10日目の朝ご飯の支給がやってきたとき、スタッフさんが尋ねてきた。私には話の内容など、見当もつかなかった。


「言い忘れていたことがあったことを、忘れていました」

「スタッフさんから話しかけるなんて珍しいですね。どのようなご用件でしょう」

「この施設で、他の方にお会いになりましたでしょうか。」

「いいえ、貴女とあの女の子だけですが」

「そうですか。実は、この施設は実験場としても使われているのですが、昨夜に実験がひと段落着いて、いわゆる実験体の方々が自由に出歩いているのです。すれ違った人が危険な思想を有している可能性があるので、その忠告をと思い、今日参った次第です」

「…へ?」

「こちらでもトラブルが起きないように細心の注意を払っておりますが、もし何かあれば、先日の大広間へお越しください」

「いやいやいや、そうじゃなくて」

「実験場は別の棟なので、貴女に直接危害が加えられることはないかと思われます。安心してください」

「だから、そうじゃなくて、どんな内容の実験をしてるのかって聞きたいの!」


 実験に興味があるとかではなく、ただ単に、暇すぎて精神的に追い詰められつつあったこの拷問のような日々を打破したかっただけなのである。スタッフさんには危険な人に見えたかもしれない。いや、そう見られたに違いない。

 スタッフさんはずり落ちたメガネを直しながら、もう一度丁寧な言葉遣いで話を繋げた。


「…え、はぁ、そうでしたか。では、これから話す内容は、くれぐれも内密にお願いしますね」

「了解であります!」

「ゴホン……異世界転生はご存知でしょうか?簡単に言えば、それをする実験です」


 恥ずかしそうに言っていたスタッフさんは、かなり可愛かった。何故恥ずかしがっているのかは分からず、スタッフさんのことをもっと知りたいという気持ちだけが心の内に密かに在った。


「現世で一時期流行っていた本のジャンルに、それをモチーフにしたものがあって、私も試しに少し読んだことがあったので、多少は知っていますが」

「ここだけの話、その研究の過程で、『失敗作』と呼ばれる人が生み出されてしまうのです。貴女には、この方々に気をつけていただきたいのです。まあ、見分ける方法なんて、注射の跡くらいしかないから分からないのですが」

「失敗作、ですか。成功例は…無いんですね、その表情からするに。失敗作さんはどうなるんですか」

「病気や怪我の程度にもよりますが、再度挑戦される方もいますし、別の実験に回される方もいます。そもそもの対象が、表社会での極悪人などなので、同情はなさらぬように」

「そんなことがあったんですね…」

「長居してしまいましたし、そろそろお暇させていただきます」


 後味の良くない気分のなか、午前中を過ごすことにした。聞くんじゃなかったという後悔だけが残っていた。

 それでも、異世界転生に興味が湧いてしまった私は、昼食を済ませた後、実験棟と呼ばれる建物へ向かった。

 ドアを開けた瞬間、ぞっとするような気味の悪さに襲われた。触れた空間は清潔感に支配されており、自分という異物を圧迫するかのように感じられた。


「君は…例の迷子か。興味深い。少し見物がてら実験されるといい」

「へっ、はひぃぃ?」


 出会ったソレは、倫理というものを排除した、狂気の塊にしか見えなかった。見た目は研究者らしかったのだが、その目つきは、マッドサイエンティストそのものであった。


「君もこの施設に興味が湧いたんだろう。何、悪いことは何もしないさ。幸い、今日は使われてなくてね、存分に見学するといいさ」

「は、はぁ」


 スタッフさんに知られるとどう思われるのだろうか、それだけが頭を埋め尽くしていた。

 グロテスクなものを想像していたが、実際は割と穏やかだった。この科学者が私に配慮していることは一目瞭然であった。大方見終わったようなので、一番気になっていたアレだけ見て帰ろうかと思った。


「あの、異世界転生するための実験場があるらしいって聞いたんですけど、それだけ見させてもらえますかね」

「う〜ん、どうしよっかな。一応内部機密だからなぁ」

「そこをなんとか!」

「私の実験に手を貸してくれるなら許可してあげなくもないですが…」

「分かりました。やりましょう」

「えっ、本当に?じゃあ行こうか」


 異世界にワープ出来そうな装置や、異世界にワープ出来なかった何かの残骸など、色々なものがそこら中に跋扈していた。科学者曰く、これでも綺麗にした方らしい。


「君は異世界転生に興味がある。そして、可能ならばやってみたい、と」


 私はコクンと頷いた。成るように成ると良いといった、雑な考えしか思い浮かばなかった。


「では、この薬を毎食終える度に飲むといい。あと、いくつか本を貸しておこう。読むといい」

「ありがとうございます」

「決して強要はしない。1週間後、その意志があるならば、ここに来なさい。用事が無いなら、来てはならない。立ち入りは禁止されているからね」


 別れの挨拶を済ませた後、実験棟の外の空気を思いっきり吸い込んだ。


「あれ?ここでも十分異世界な気がするなぁ」


 数歩踏み出した時のことである。目線は1人の女性を捉えた。

「篠山さん…どうしたんですか?こんなところで。もう夕食の時間ですよ」

「そちらこそ。この先は実験棟しかないですよ」

「そうですか、手遅れでしたか…」

「…?」


 スタッフさんは泣き崩れることを予期させるような表情で、その場にぼうっと突っ立っていた。


「とりあえず部屋に戻りましょう、ね?」

「ふぁ、ふぁぁぁい」


 私のベッドに、いつもクールを装っていた寝顔がある。違和感と、えも言えないような快感が私を襲った。身がよじれるような思いをしながら、今日の出来事をまとめていた。

 私は1週間後に異世界転生が決まった。どうやら、成功率はかなり高いらしい。失敗すると、肉片と化すだけである。なお、科学者から貰った魔導書は机を占拠している。

 先程のスタッフさんの挙動だが、生まれてこの方二十数年ともなると、流石に察しがつく。要するに、彼女は私に恋をしている、と。そういうことである。私的には大歓迎なのだが、あと1週間の過ごし方を考える必要がありそうだ。彼女も連れて行けたら、などと考えたが、巻き込むのは私の性に合わない。とりあえずは、同じベッドで寝ていいのか、それだけが優先課題であった。チキンな私は悶絶したまま朝日を浴びることとなった。


 ついにその日を迎えた。胸が高鳴るというのを、こうもハッキリと感じるのはとても懐かしい気がした。


「準備が出来次第、行きますので」

「いつでも大丈夫です!」

「お気をつけて…グスン」

「スタッフさん、それ行きにくいやつ…」

「そろそろよろしいですかな?」

「はい!よろしくお願いします!」

「行ってらっしゃいませ!」

「行ってきます!」


 爽やかな光とともに、私の体はこの世界から消え去った。どこへ向かうのかも分からないまま、どこまでも突き進んでいく感触だけがあった。


「鈴華…さん…」

「シャキッとしなさい!せっかく整った顔立ちしてるのに勿体ない。そんなんじゃ、あの子に笑われるわよ」

「…そうね。頑張るわ、私」

「そうそう、貴女には明るい顔が似合うわ。きっと彼女もそれに惹かれて…いや、なにもない」

「…ん?あっ、秦公王様に報告しとかないと!じゃあね!」

「全く騒がしい。あの頃みたいにクールでいられないもんかね」


——————————————————————


 目覚めると、ほんのりと暖かい空間の中に、私の体は在った。辺り一面が木でできているこの部屋には、自分を支えるベッドと、椅子と小さな棚があった。それらも全て木製で、現代の日本にしてはやや珍しく感じられた。左向きになるように体をもぞもぞと動かすと、木製の枠に囲まれた窓を見つけた。透明度は高くなく、辛うじて外の様子が見えるくらいであった。それによると、今自分は二階にいて、レンガや石で構成された街の中に居るということが分かった。あの本屋に二階はないし、鉄で囲まれてもないため、ここが異世界であることは明確であった。純粋にここがどこなのか気になった私は、少し周辺を歩くことにした。が、起き上がろうとしたところで女の子と目が合った。視界に突如現れた女の子は、困惑した状況の中導いてくれる女神の様で、ここを天国と勘違させてしまうくらい本当に可愛い子だった。思わず「好みだ…」と言ってしまったことを、私は後々後悔するのであった。


「ダメだよ、病人なんだから。じっとしてなきゃ。」

「え、可愛い。天使だ!天使が降臨なさった!」

「天使?何を言っているのかしら。やっぱり衝撃が強くて、それで記憶が飛んでしまったのかしら。それでしたらごめんなさい、エイシアさん。あの娘が暴れたからこうなってしまって。あの娘も深く反省してますから」


 全く話は噛み合わず、こんな会話のドッチボールが数分続いたところで、流石に私も落ち着きを取り戻し、改めて切り出すことにした。


「取り乱してすみません。私、篠山鈴華って言います。その、エイシアさんっていう人とは違います。千鶴町というところに住んでいたんですが、ここはどこでしょう?そしてあなたは誰ですか?」

「えっ…あれぇ…?おっかしいなー。記憶喪失とは違うみたいだし、人違い?でも、そこまで鈍臭くはないよ、私。う〜む?」

「お願いします。質問に答えてください」

「あ、はい!すみませんでした!そう、何も知らないの…じゃあ軽く説明するね。ここは都市カローリアの外れにある町の一角にあるお店。パン屋さんをやってるよ。アフィが私と口喧嘩してたら、いきなりあの娘に魔法が発現しちゃってね。意外でしょ。それが君に当たったんだ…といっても君にじゃないんだけどね」


 カローリア。日本にそんな地名はない。どうやら転生に成功したようなのでかなり驚いている。日本や地獄に戻ることは叶わないのだろうか。店長、スタッフさん…


「大丈夫?泣いてるように見えるけど…」


 どうやら泣いていたらしい。ここ一ヶ月程で様々な経験をしたものの、やはり故郷とは懐かしいものである。


「あっ、ごめん。何でもないから、うん。大丈夫。心配してくれてありがと」

「そう?悩みがあれば、賢者様に聞くのが一番!そうだ。今回の事件も相談してみよー!」

「賢者様っていう人はどこに住んでるの?」

「街の中央だよ!」

「えっと、それは近いの?」

「うーんとね、遠いよ!」

「どのくらい?」

「この街は大きくて有名だからね。ざっと1週間っってところかな」

「はぁ…」


 現世の頃のことは忘れることにした。どうやらスマホも繋がらなければ、文字も全然違っており、帰り方も賢者に聞くまで分からなさそうだし。とりあえず基礎情報を得ておきたいため、こちらの事情から話すことにした。


「ほうほう。なるほど、そんなことが…それは残念でしたね〜」

「過去にこんな事例はなかったんですか」

「う〜ん。聞いたことないな。まあいいや、そっちの世界のこともっと聞かせてよ!面白そう!」

「いいよ。こっちのことも沢山聞かせてね」


 話が落ち着いた頃には、もう日は沈み、街は静けさに包まれていた。今日は定休日だったためこんなに話せたが、明日からはそうはいかないらしい。私は次の休みまで街を散策することにした。


 眠気が全くないため、私は寝る前に今日の話を軽くまとめることにした。

 彼女はシャリル。シャリル・ランドホークという名前らしい。元々は王宮の貴族だったそうだが、数代前の当主が「街の外れでひっそりとパン屋をやりたい」と言い出してから、それ以降はこうして穏やかな生活をしているらしい。結局パン屋として成功している上、発言のおよそ数ヶ月後に、政権が崩れる事件があったらしいから、余程の幸運の持ち主だと思われる。パン屋は受け継がれていかれ、今は彼女が店主である。パン作りは祖父に師事したそうだ。彼女の祖父は王宮にパンを届ける程の腕前で、彼女もそれなりに名は知られているらしい。ちなみに、祖父母は引退した後、別荘に引っ越したとのこと。シャリルは笑顔で語ってくれたが、両親のことになるとそうはいかなかった。今日は語ってくれなかったが、まあいつか話してくれるだろう。


 しかし、私が興味を持ったのはそんなところではない。ここは異世界。そう、魔法が使えるのである。彼女が得意とする分野は主に光魔法で、身近な光を用いて攻撃から回復までこなす、万能な魔法である。理屈とかは分からないが、いつか私にも使えるのだろうと思うことにした。


 他にも色々と話したが、流石に眠くなってきた。この日の活動はこれで終わりである。明日からは街の散策をする予定なので、体力を温存することにした。


____視界がぼやける。暗さを伴って狭くなっていく。これだけはどこに行っても変わらない習慣なのだと、私の脳はしっかり記録した。


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