プロローグ
私は本屋でバイトをしていた。決して大きい店という訳ではなかったものの、それなりに客は入っていて繁盛していた。
ぼちぼち成年になろうかという頃、親しかった店長から正社員の誘いを受けたが、大学を卒業する頃にまた考えると言った。一旦断った形になったが、内心では嬉しく思っていた。それには少し訳があって、私は高校一年と二年の頃、この店でバイトをしていた。三年生になると受験勉強もあって出来なかったが、今再びこうして働いている。始めた頃はミスも多く、自分の実力に自信が持てなかった。今でも少なからず綻びがあり、クレーマーの対応など、店に迷惑をかけている一面もある。そんな私にとって、正社員は身に余る役職なのである。店長はそんな私を後押しするためにこの話を持ちかけてきたのだろう。
悩み続けたまま時は過ぎ、大学内では就職の話が飛び交う時期を迎えていた。私は幾つかのバイトをたらい回しにこなしたが、結局あの本屋に落ち着いてしまう辺り、やはり私にはここが性に合うのだとはっきり分かった。
「今後ともよろしくお願いします」
「まあまあ、そんなに堅苦しくなくていいから。ほら、リラックス〜リラックス〜」
「はぁ、分かりました」
「唐突ですが、残念なお知らせがあります。心して聞くように」
「ん…?」
語彙力の残念な店長の言葉を要約すると、この数週間で三人が寿退社した上、今年の新入社員は私だけだということ。そのため、人手が足りず、困っているらしい。
「え…嘘でしょ…」
「ごめん!でも、入社してくれた以上はたっくさん頑張ってもらうからねー」
「え〜」
覚悟しとけよと言わんばかりの表情に負けて、仕方なく従うことにした。
例年なら、上司に仕事内容とかコツとかを教わるそうなのだが、あいにくこの日は私と店長の二人だったため、この面倒くさそうな顏に手ほどきを受けることとなった。
空模様のあまり良くない日だったためか、客はほとんど来なかった。商店街の一角にあるお洒落な喫茶店にすら客の姿は見えなかった。こうして私の記念すべき1日目は虚しく終わるのであった。
勤めて2年が経った頃の、何気ない日常のうちのある日のことである。梅雨ということもあり、この日も客足は途絶えていた。
「湿気が高くて嫌ですね、店長」
「そうだね〜。こんな日はぐーたらするに限るよ…」
「じゃあ奥の方掃除してくるんで、店番頼みますよ」
「へいへーい」
この本屋の奥の方まで見に来る物好きは少なく、割と埃が溜まってしまうので、定期的にきれいにする必要がある。
「はぁ…まだ届かないか」
はしごを使っても最上段まで届かないため、他の人に任せてしまっているのだが、この日だけは違った。つい挑戦してしまったのである。結果は想像に容易く、数十冊の本が棚から放り出され、それらは私の頭の上に降り注がれた。当たりどころが悪かったのか、私は声を出す時間さえ与えられぬままに、眠りに落ちていった…