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話が一気に火薬臭い方向へと流れていく、この機甲化歩兵が見つかってからこの半日でいろんな事が起こった、しかも事態はひとつも解決していない。
この機甲化歩兵がどこの所属なのか、一緒に調査すると言ってきたミスチィア鉄鋼都市群の真意、もっと根本的な所でここで何があったのか、なぜ対人兵器が作動したのか、何一つ解決していない。
マルルクの話を一通り聞き終え、より深刻化する現状にどうしてこうなった?という一抹の後悔の中、中指でこめかみ辺りをトントンと指さすとさっきまでと違う種類の痛みを頭に感じた。
「それで、俺達はいつまで警戒待機していれば良いんだ?」
モーリスは実際には痛くない頭を抱えながら自分たちの本来の巡察任務がどうなったのかマルルクに質問する。
傍で調査班の指揮を執っていたマルルクは肝心な事を伝え忘れたと言って、出発準備が整ったら行政区に行って医務室で受診しろとの指示だと言って来た、それと一緒に受診に必要な書類を袈裟懸けにして背中で固定していた、長年愛用して来たであろう使い込まれて年季の入った革製の鞄を前にスライドさせて、やや小傷は目立つがしっかりと手入れの行き届いた鞄の蓋を捲り上げ中から取り出して、それをモーリスに手渡す。
書類の入った薄い樹脂で出来た簡素なケースを開けて、書類一式が人数分収められている事を確認してから、書類を取り出す前の状態に戻しそれを車内のリゲルにそのまま渡す。
「俺達の次の行動は把握したが今日の昼巡察はどうなる?」
と、この先の巡察がまだ終わっていない事をマルルクに告げる。
この間にも対人兵器のダメージからやっと抜けだしたミーシャとエルリックが食後の運動、とでも言わんばかりに調査班の人達と、調査に使う機材やセンサーやらの設置を嬉々として手伝いながらあれ何?これ何?と技術部の人に纏わりついて質問していた、あれでは手伝っているのか邪魔しているのか・・・。
それがあまりにも凄いものだから退屈そうに無線番をしていたリゲルが釘を差そうかどうか思案を巡らせている。
モーリスに聞かれてマルルクは身体の向きをモーリスに向けて答えた。
「俺がお前たちの状況を知ったのは採水区を出発してからでな、その時は緊急事態につき現状確認が最優先の調査機材も必要最低限、って事で急いで飛び出して来たんだ」
そしてマルルクはリゲルに視線を送り話を続けた。
「道すがら入った無線の内容だと、正体不明の人影は所属不明の機甲化歩兵でそいつは戦闘により大破、巡察班は大破した機甲化歩兵の対人兵器による意図不明の対人攻撃を受け行動不能」
マルルクの視線を感じたリゲルはやや緊張した様子でその内容で間違いないと言って首を縦に振って頷く。
「んで、いざ現場に到着してみたら呑気にピクニックしていたと」
と言って語気が強まる。嫌な空気を感じたモーリスが弁解を試みようと割って入ろうとするが、それよりも先に鋭い視線を突き付けられているリゲルが声を張上げた。
「本当に俺たちは死にかけたんですよ!!指定された時刻に報告出来なかったのは皆やられていたからで!!それにモーリスが目覚めたのは増援の来る少し前だ!!」
リゲルは思いっきり声を上げたせいで吐き気が込み上げてくるのを両手を口に当てて抑え込む。
その怒りの声を真正面から受けたマルルクは怯むことなく、更に迫力を込めてリゲルに応える。
「お前たちの置かれている状況は理解しているつもりだ、だからと言って・・・」
そこまで言って急に語気が柔らかくなり、張詰めた空気が弛緩する。
「気を緩めていいわけじゃない、少しはモーリスから気概を学べ」
そう言ってリゲルに優しくデコピンした。
緊張して身を固くしているモーリスとリゲルの二人に今度は「お疲れさん」と労いの言葉をかけて二人の肩を同時にポンポンと叩くと二人は脱力して、呆然と金魚の様に口をパクパクする。
叱責を受けると思った、この事態を招いた指揮能力を疑われた、と思った二人は見当違いの労いの言葉に思考を停止して目を丸くしていた。
「なに呆けてるんだ、仲間の言葉を疑うわけないだろ、お前達の調子が良くないのは話して早々に気が付いていたし、超音波系の兵器が使用された兆候があるのは周りを見てわかったよ」と呆れた様子で口では言うが、無事で何よりと両手を腰に当て笑顔で言うその姿は語っていた。
リゲルは緊張が解けて吐き気が倍増したのか、そのまま座っていた車のシートに深く沈み込み塊のような深い溜息を吐き出す。
ドアを挟んだすぐ横で、出番を失ったモーリスはベテランの凄みを間近で感じ、自分の未熟さを痛感させられ自らの無力を恥じて無意識に握り締めたこぶしはフルフルと震えていた。
その空気を作ったマルルクは、もうしばらくしたら緊急編成された巡察班が到着して引継ぎが有る事と、後任の巡察班がいつ来るのかわからない事を告げて、後の事は全部俺がやっておくから早く医務室に行って体を診てもらえと話すと、目を輝かせて走り回っているミーシャとエルリックを呼び戻し、二言三言の短い会話を楽しんでから、慌ただしく作業している技術部の元へ足早に去っていった。
モーリスの元へ戻ってきた二人は興奮冷めやらぬ様子でさっきまでの事をあーだこーだと、騒がしく話していた。それを聞いてお気楽な奴らだと思いつつ、出発の準備を始めようと体の向きを運転席の方へ向けて歩き出そうとした矢先に、モーリスの耳に飛び込んで来た言葉に一瞬耳を疑った。
「おい、エルリック今言った事をもう一度詳しく聞かせてくれないか?」
いつの間にかエルリックの定位置になっている座席のドアに手を掛け、ドアを開けようとしていたエルリックの肩を両手で抑える。思わずモーリスはそうやってエルリックの行動を制止して質問した。
「えっ?良いけど、急にどうしたの?」
突然の事に驚いてキョトンとしているエルリックは丸くした目を数回瞬きして、マルルクと話した内容をモーリスに伝えた。
それを聞いたモーリスは先刻マルルクの言った言葉をぶつぶつと反芻して、それを締めくくる様に下を向いていた顔を上げ、エルリックを正視して「現状は優しくない、か」と不慣れな作り笑顔で笑い、呟いた。エルリックは訳が分からず首をかしげる。
先に車内に乗り込んでいたミーシャが座席の窓から顔を覗かせて自分も混ぜろと言わんばかりにキラキラした表情をして聞いてもいないのに話し出した。
「マルルクのおっさん、これから本部に増援要請してここにキャンプサイト設営するんだってよ、今来てる班だけでも凄いのにもっと増えてドデカくなるんだろ」
首をかしげていたエルリックだが、ミーシャの声に反応して彼の方を向く。
「うん、そうだってね今は調査機材だけしかないから夜通しの作業を予想して追加でテントとか炊事車とか来て賑やかになるってね」
まだ興奮の残っている二人は、モーリスの目の前で年相応にはしゃいでいてエルリックは車に乗る気配すら無い。
目の前の楽しそうな二人を見ていて、考えるのが億劫になったモーリスは「とりあえず、俺達のやる事をやるか」と頭を掻きながら小さく微笑むと、車に乗ろうと踵を返す。
車の前を通るとリゲルの疲れた顔が視界の端にチラリと映る、そのまま運転席のドアを開けると奥にいたリゲルと目が合った。
体を運転席に滑り込ませてシートに腰を下ろし体の力を抜き、一呼吸おいてから「とりあえず車を出すか」とリゲルに言う。
「任せていいですか?」
視線を前に戻してボンヤリしているリゲルだが、自分が運転出来る状態では無い事を知っていてそう言ったのだろうが「初めからそのつもりだ、都までそこで休んでろ」とモーリスが言うと「すみません」という項垂れるのだった。
車のキーを回すとキュンキュンキュンとセルモーターの回転音はするがエンジンがかからない、モーリスは不審に思ったがとりあえずもう一度セルを回してみた、今度は長めに回す。回転音が次第にキキキュン、キキキュンに変わりキュキュ、ゲォーー、やっとエンジンが回り始めた。
がその回転音は鈍く、まるで車が動きたくないと言っているようだった。
(こいつもさっきの対人兵器の影響を受けているのかもな)
今まで動いていた時と比べて明らかに調子を崩しているのを感じたモーリスはそんな事を思うのだった。
リゲルは窓から顔を出して後ろでキャイキャイはしゃいでいる二人に車に乗るよう促した。
モーリス達一行は、メネス行政区の自警団詰め所に有る医務室へ向かって車を走らせる。
(やれやれ、やっと都で一休みできそうだな、ごく平凡な巡察任務のはずがとんでもなく長く感じるな)
チラリと車内の時計を見ると正午を少し回った頃だった。
(こんなにいろんな事が有ったのに予定の時間より少し遅いだけとは)
考えることが多く疲れが顔に出ている事にふと気づくと、皆の不安そうな視線を感じる。
不器用な笑顔をしてカラ元気も良い所だが明るい声で「向こうに着いたらメシにしよう!」と皆に話かけた。
車内の空気が楽しい空気に変わる。エルリックとミーシャは何を食べるかで熱くなり、リゲルは照れ臭そうに「お腹が空いた」と言う。
モーリスは一人、皆の表情に笑みが戻るのを感じて安堵した。