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お待たせしました続編です、どうぞお楽しみください。
僕は車内からミーシャの様子を一部始終見ていた、別に車から出るなと言われてないし、警戒する必要も無くなったのだからやりたいことをやっていいと僕は思う。
そんな事を思いつつ、助走をしっかりとって一番よく飛ぶ角度で石を投げたミーシャを見ていて、少し八つ当たりも入ってる気がしたのは勘違いじゃないと思う。
半ば八つ当たり気味に投げられた石は、綺麗な半円を描いて空に吸い込まれるように上昇していって、これ以上上昇できなくなると、空中で一瞬止まったように見えてから、今度は今まで見た光景を逆再生で見ているかのように綺麗な半円を描いて落下を始めた。
もはや置物と化している機甲化歩兵に石が当たったらなんて声を掛けようか?なんて考えていたら、それまで順調に飛んでいた石が何の前触れもなく空中で粉砕してㇵッ‼とする、僕はそれを見た次の瞬間に強烈な眩暈と吐き気に襲われてそれどころでは無くなってしまった、全然予想もしていなかった出来事に何が起こったのかサッパリ分からなかった。
自分が立っているのか座っているのかさえ分からなくなる程の強烈な眩暈と、体の内側から何かがあふれ出てくるのを喉の奥ギリギリでせき止めている様な猛烈な吐き気だった。
(・・なにこれ・・?急になんで?・・)
何が起こったのか全く状況の分からない僕は、この苦しみから逃れるためモーリスに助けを求めようと、うまく動かない体に全身の力を込めて、直前まで二人のいた方に手を伸ばし、二人を確認しようと首を動かすがその手は何かを掴むことなく何度も何度も空を切る、眩暈で焦点の合わない僕の目には、僕と同じようにもがき苦しむリゲルの姿がぼんやりと霞んで映った。
(・・・やばい、このまま僕死ぬのかな?・・・)
体中の力が抜けて、指を動かすことも出来なくなった頃「死」という言葉がエルリックの意識に滑り込んで来た。
不意に町で暮らしている妹の顔が脳裏に浮かんで消えた、今度は別の表情をしたアニの顔が浮かんで消えるを繰り返す。
苦しくて体がピクリとも動かせないのに、大粒の涙だけはどこを見ているか見当もつかないその目からボロボロとこぼれ落ちてくる。
「ボン‼」
何かが破裂するような籠った低い炸裂音が聞こえた気がした。
苦しみが幻聴を引き起こしたのではなく、その炸裂音は確かに響いていた。
その直後、死ぬほどの苦痛が嘘みたいにピタリと収まった。
苦しみから解放されたと言っても死を覚悟させるほどの苦痛が易々と消える事は無く、身体を動かせるまで回復するのに時間が必要だった。
やっと一人、動き出した人影が僕の目に映る、それはまるで動く死体と言われればきっとそう見える程に生気の無い緩慢な動きだった。
その人影、モーリスは全身の激痛に耐えながら、身体を車に擦り付ける様に無理矢理立ち上がって車内を覗き込むと、ハンドルに寄り掛かるようにして口から泡を吹いて気を失っているリゲルを見つけ、ドアを開けてそのまま引きずり出す。
ただでさえ体中の関節に激痛が走ってまともに立つ事が出来ないから、リゲルを車から降ろすのに自分がクッション代わりになり、自分の上に落とす格好になる。
リゲルが生きている事を首筋に指をあて、口元に耳を寄せて確認する。
(生命に異常は無さそうで良かった、喉に異物の詰まった音もしない)
その事を確認して一安心すると、弾が装填されていない事を確認した自分の銃を、枕代わりにリゲルの頭の下に入れ頭を高くしておく。
もう限界と言いたげに、自分もそのまま車のタイヤに寄り掛かり力なく座り込む。
「エルリック、ミーシャ、生きてるか?何でもいい生きていたら応えてくれ!!」
と、力ない声で最大の声量を出して安否を確かめようとするが返事が返ってこない。
モーリスの顔が悲痛に歪み、懇願するように二人を呼ぶ。
「頼む、ふざけてないで返事をしてくれ!!」
モーリスはまだ子供の二人があの苦しみの中で死んでしまったのではないかと思い途方に暮れた、自分の不甲斐なさを悔やみそのまま両膝を抱え込み、自分を呪った。
体だけではなく精神も限界を迎えたモーリスはそのまま意識を失くした…。
・・・・
・・・
・・
意識を取り戻したモーリスが見た光景は夢のようだった。
「ミーシャ、モーリスが目を覚ましたよ」
「これで皆復活したな」
死んだはずのエルリックとミーシャの声がして体を起こそうとするとまたミーシャの声がした。
「動けるのか?まだ辛いなら横になってた方がいい」
それでもまだ確認したい事があるから体を起こす、今度は肩に体温を感じて起こした上半身が軽くなった。
「一番回復が遅かったんだから無理しない方がいいよ」
そう言ったエルリックがモーリスを支える。
「ここは何処だ?俺は死んだんだよな?」
モーリスは今の状況を確認したくてアホな事を質問するのだった。
「モーリス、とうとう頭をやられちまったのか・・」
と呆れた顔をしたミーシャが言う。
「大丈夫だ、俺たちは皆生きてる、ここはあの世じゃない」
それを聞いたモーリスは安心してまた倒れるのをエルリックに支えられる。
「モーリスお疲れ様、とりあえずお茶と軽食を用意したからこれで一息入れて」
そう言ってエルリックが差し出したのは、豆を炒って挽いたお茶と、ドライフルーツとナッツを蜂蜜とミルクで固めた上からチョコでコーティングした行動食として度々支給される見慣れたものだ。
「世話を掛ける、エルありがとう」
と言って軽食の乗せられたトレイを受け取る。
「そう言えばリゲルは何処だ?」
その声は車の屋根の上で双眼鏡で周囲を警戒しているミーシャに掛けられた。
「リゲルなら、車の中で本部と話してる」
そう言われて車の方へ視線を向けるとリゲルが手で挨拶をする。
「ミーシャは携行食だけでいいんだっけ?」
車の後ろで人数分の食事の支度をしているエルリックが声を掛ける。
「今日は俺もお茶くれ、ミルクと砂糖多めで」
「それって、口の中ベタベタしないの?」
「そのお茶ってそのままだと苦いからその位が丁度いいんだよ」
そう言って、角砂糖二つとミルクをお茶に入れてトレイをミーシャに渡すと、ミーシャは双眼鏡を覗いたままマグカップを溢さない様にゆっくり口に運ぶ。
モーリスもそれを真似する、口の中いっぱいにお茶の味が広がり、ほろ苦いあと味が今の瞬間を現実と認識させてくれた。
同時に生きてることを実感して少しだけ嬉しくなった。
(さて、ここがこの世ならやることは山積みだ、まずは状況確認が先か)
そう思い、微妙にギシギシする関節に気合入れて立ち上がると、リゲルの元へと進んで行った。
リゲルの所まで数メートルなのに体が重くて遠く感じる、やっとの思いでリゲルの座っている助手席の所まで来るとリゲルが窓を開けて出迎えてくれた。
「体調はどうだ?」
開いた窓の窓枠に寄り掛かりながらリゲルの調子を聞いた。
「最高とは言えないですね、まだ少しの頭痛が残っています」
「そうか、俺は全身の関節がギシギシするよ」
それを聞いて訝し気な顔をしてリゲルが応える。
「そうですか、俺はあなたの銃のおかげで窒息しなくて済んだんだ、感謝してるよ」
「俺はあの時目に映ったお前しか介抱できなかった、ほかの二人が同じ状態だったら・・・」
と、複雑な表情で感謝の言葉を拒む。
「案外、お子様二人の方が大人より元気そうですがね」
笑いながらリゲルは言う。
「ほんとにな、ミーシャと3つしか違わないのにこの差は何なんだろうな」
モーリスもそれに笑いながら答えた。
そんな様子を車のリアハッチを開けたラゲッジスペースで携帯コンロを使い自分の食事を用意していたエルリックが覗いていた。
「それで、今の状況は?」
雑談をして気が紛れてから、モーリスは本題を切り出した。
「今の所、本部からの指示は警戒待機です」
「本部にはなんて報告したんだ?」
「あった事をそのままです」
「そうか」
モーリスはそれを聞いて軽食を取りながら少し考え込む。
「モーリス、町の方から車列が近づいてくる」
ミーシャに言われて我に返ると、遠くの方で土煙が舞い上がっているのが見えた。