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凶悪志願  作者: クスクリ
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3話 楽天地

 その後一行は宮崎駅から貸し切り列車で別府に移動し、ひなごホテルに宿を取った。康太は部屋の隅で一人、壁と向かい合って後悔の念に頭を抱える。食事を終え退屈に身を焼く連中は康太の噂話で時間を潰す。部屋の中の声だから当然、康太の耳にも入って来る。そのたびに康太は耳を塞ぐ。

「湯村、停学になるんやないか?」

「馬鹿か、中学に停学退学はないんちゃ」

「学校帰ったら警察が来るんやなかか?」

「そいより坪が黙っとかんぜぇ」

「学校帰ったら絶対一波乱あるぜぇ」

「湯村もかわいそうやな。ほいでも自業自得ちゃ」

 康太を気にして声を掛けてくれるクラスメートなんか誰も居ない。元来気が弱い康太のこと、時間の経過で冷静になれば、平常心でいられる筈がない。物凄い被害妄想に苛まれる。居た堪れなくなった康太は部屋の隅からよろよろと立ち上がる。康太のことなど誰も気に掛けない。みんな、女子と話し込んだり思い思いの余暇に興じる。


 俺は誰にも相手にされてないんやな、と疎外感を感じながら康太は部屋を出る。落ち込んでひたすら俯いて歩く康太の背後からかわいい女の子の声がした。

「こ〜おたくん!」

 誰や?と振り返った康太の目にジャージ姿の三浦美代子が。肩に掛かった長めの髪、ちっちゃい顔に笑窪が印象的でかわいい。康太に向かってにこにこと微笑み掛けている。虚を突かれてぎこちない対応になったのを康太自身知覚した。辺りに二人以外、人影は無い。

「な、何や?」

 康太が口を突き出す。

「私、今日のこと全部見とったよ。あれが康太君って信じられんやった」

 美代子は後手に小首を傾げて話し掛ける。

「俺に何か用でんあるとや?」

 康太の素っ気ない態度に、「別に何もないけど話したかったけん。部屋を出たら康太君が見えたけん追ってきたん」

 美代子は快活に喋ったつもりが、康太は言葉に詰まり、眼の置き場に困っている。そんな康太に釣られたのか、美代子も後の言葉が続かず参ったようで、暫くもじもじしていたが、「じゃ私戻る」と言い残すとさっと身を翻した。

 ――な、何や!三浦が俺に話し掛けてきた。俺と話したかったって…


 部屋に戻った康太の頭の中は三浦美代子で占められる。昼間の凶行の事は暫く頭の隅に追い遣られる。康太は別に女子に敬遠されるような容姿ではない。結構端整な顔立ちをしている。髪質が硬めのため毛量が多く見える。身長も中学三年になって170を越えた。まだ背は伸びそうだ。

 断端が出血して痛くて堪らないときは酷いびっこを引くこともあるが、意識して見ないと足が悪いとは分からない。一年間上半身を鍛えた成果か、胸筋が発達し上腕二頭筋が盛り上がっている。裸になってポーズを取ればその逞しさは一目瞭然だ。

 たとえクラス中に無視されても、一人の女の子のことだけ考えることができれば幸せな気分に浸れることが分かった。康太にとっては初めての心ときめく経験だ。義足を付けたままの痛みも薄れる気がする。康太は知らず知らずのうちにゆっくりと眠りに落ちていった。


 翌日、修学旅行もいよいよ最終日、地獄巡り・高崎山・楽天地と時間は過ぎて行く。一晩寝たら精神状態もだいぶ落ち着いた。

 ――やっちまったもんは仕方ねぇ。後はなったようにしかなるめぇや。

 昨夜は三浦のことで浮かれていた康太も、一夜明けるとまた冷めた気分に戻っていた。噂に聞いた血の池地獄とは、てっきり水全体が血のように真っ赤な色をしているものと信じていたのだが、実物を見てがっかりだ。赤いのは池の底に溜まった沈殿物だけで水は澄んでいる。

 バスに戻るとパイナップル売りのおばさん達が執拗に寄って来る。

「パイナップルは如何かい。よく冷えたパイナップルは如何かい」

 実際、そのよく冷えたという形容が耳を擽るほどの陽気だ。みんな一様に窓から顔を出してパイナップルを買い求める。康太も釣られて手を出した。ビニール袋に詰められたパイナップルは食べ易い大きさに切ってある。頬張るとパイナップルの甘酸っぱいジュースが喉を心地良く潤す。強い陽射しがビニール袋に突き刺さってきらきら光る。


「次は楽天地に向かって出発いたしま〜す」

 バスガイドのお姉さんの案内とともにバスは動き出す。

「皆さん、地獄巡りは如何でしたかぁ?」

「全然おもろう(面白く)なかったぜぇ」

 権藤が一番後ろの席から身を乗り出して突飛に叫ぶ。

「何所が面白くなかったのかなぁ?」

 バスガイドのお姉さんは宥めすかすように声を掛ける。

「何処がってワニ地獄やぁ。ありゃ〜何やぁ。ワニの居るだけやっかぁ。ワニなら動物園にも居るぜぇ」

 場がどっと盛り上がり権藤に便乗しだす。

「確かにそうぜぇ。動物園にも居るぜぇ」

「おかしかぜぇ」

「そうぜそうぜ」

「ガイドさんワニの居ったら地獄って言うとやぁ?」

 康太はこの盛り上がった場に於いても身じろぎもせず前を向いている。バスガイドのお姉さんはこの素朴な質問にマイク片手にちょっと目を伏せたが、荒立てないように柔らかく答える。

「皆さんワニ怖いでしょ?そのワニが沢山居たら地獄に見えるでしょう?」

 連中はガイドの窮した様子を敏感に感じ取って図に乗り出した。

「俺ぁワニ好いとるぜぇ」

「俺らはガキやないぜぇ、そげな説明に騙されんぞぉ」


 こうなったら言いたい放題だ。ガイドに口を挟む隙も与えず叫び捲る。バスガイドのお姉さんは堪らず最前列に構えるミス原に助け舟を求めるように視線を送る。ミス原はすっくと立ち上がると後ろに向き直った。

「権藤!」

「はい」

「ワニ好いとるってねぇ。よかこと(いいこと)聞いたばい。そんなら運転手さんにちょっと戻って貰ってワニ地獄の中に降りて貰おうかね。勿論ワニがかわいいならできるやろね?」

 権藤はミス原のきつい視線を逃れるように前席の背凭れの陰に顔を隠す。ミス原はすかさず強い口調になった。

「権藤どげんね?」

「できるとね?できんとね?はっきりせんと」

 権藤はバツが悪そうに顔を出すと、しぶしぶ答える。

「できません」

「できんとなら屁理屈言うてガイドさん困らせんと。よかね」

「は〜い」

「みんなもよかね」

 一段落したのを見計ってガイドはすかさずバスが今走っている地点の説明に入った。バスは鶴見岳を右前方に見て高台を走る。見渡す限りの斜面に湯煙が立ち昇っている。何とも幻想的な光景だ。

 

 楽天地の遊戯施設の立ち並ぶ中を一人当てもなく歩く。アヒルのレースをやっていた。見るだけならタダだ。10メートル程のコースを赤・青・黄・緑・白のゼッケンを胴に巻いたアヒルがよたよたと走っている。中には走るのを止めて調教師の手を焼かせるアヒルもいる。動物の檻があった。動物の動きに眼を遣りながらゆっくりと歩を進める。孔雀の檻の前で長い羽を拾った。

 ――別府土産に姉ちゃんに持って帰ってやるか。タダやし。


 適当なベンチに腰掛けて、配給された弁当を一人淋しく食べていた康太の目に飛び込んできたのは、坪口だ。奴は取り巻きを引き連れて、康太の50メートル程先をこちらに向かって悠々と歩いてくる。康太は、すぐに施設の陰に置かれたベンチに移って、坪口の視界から姿を眩ます。

 ――坪口――

 とても自分と同じ中学生とは思えない逞しい体格。堂々とした風格。醜悪な痘痕面。奴に睨まれたら普通の中学生は皆、竦んでしまうだろう。

 ――大塚――

 坪口に較べればその顔立ちはまだ同い年らしい幼さも感じられるが、毛嫌いすべきヤンキーの生臭さを持っている。

 康太は全校生徒100人の猪町中学校から、1200人の鳥巣中学校に二年のとき転校してきて五組になった。当時の鳥巣中学校は北側に校舎を新築中で、二棟残った旧校舎のうち、北側の校舎に二組から四組まで、南側の校舎に五組から八組までが割り当てられ、溢れた一組だけが二棟の旧校舎に挟まれた中庭にプレハブが建てられ入れられた。

 康太は下校するのに裏門を使う。転校して間もない頃、帰ろうと中庭に出ると、窓から顔を出していた一組の数人と視線が合った。康太は直ぐ視線を外したのだが、一人だけ妙に気に障る顔があった。それが大塚だった。奴は康太を見て明らかに笑っていた。康太を嘲笑の対象にしたのだ。にやにやしながら周りの仲間に話し掛けていた奴の顔が忘れられない。


 左手にズタ袋がないと妙に違和感があって落ち着かない。弁当を食べ終わった康太はベンチにごろんと横になって学帽を顔に乗せた。黒い学帽が日光を遮ってくれる。

 うとうとしだしたとき、誰かが顔の学帽をさっと取り払った。眩しい光に康太はうっと腕で眼を覆って上半身を起こす。そこには目映い笑顔の美代子が立っていた。瞬間、康太は胸の高鳴りを抑えるのに苦労する。

「康太君ここに居ったん。ずっと探したんよ」

 美代子は本当に嬉しそうに喋り掛けてきた。昨夜は垂らしていた長めの髪を今日は左右ゴム紐で留めて、ツインテールに纏めている。かわいい!


「私も座っていい?」

「あぁええで」

「康太君もう回らんと?」

「もう回った。クソ面白ねぇけ寝とった方がましじゃ」

「康太君いつも一人やね?」

「あぁ俺には友達居らんし…俺と一緒に居ったら三浦も武田たちに変に思われるで」

「いいもん」

「私は康太君と話したいもん」

「俺と話しても面白ねぇち思うけどよ…」

 康太は口を尖らせる。

「そんなこと…。でも昨日はご免なさい。私もっと話したかったんやけどすぐ帰ってしまって」

「全然気にしてねぇ」

 康太は美代子の眼を見ず淡々と話す。

「ねぇ康太君お土産買うたぁ?」

「あぁ姉ちゃんにシャモジ買うたわ」

「康太君お姉さん居るん?」

「あぁ俺の三つ上で鳥巣高」

「お姉さん美人?」

「あぁ三浦と同じくらい…」

「嬉しい!」

 美代子は途端、立ち上がって中腰で康太に向き合う。

「康太君私をそんなふうに思ってくれてたん?」

「い…や…」

 性格として口にしない筈のお世辞をつい言ってしまって康太は頭を掻く。

「私、康太君と話すと楽しい」

 美代子の声のトーンがぐ〜っと上がった。

「ねぇ康太君、学校に帰ってからも私と話してくれるぅ?」

「あぁええでぇ」

「指切り」

「はい康太君指出して」

「指切りげんまん嘘吐いたら針千本飲ます。指切った」

 康太はバツが悪そうに学帽をぐっと下げ、顔を半分隠して美代子の指切りに付き合った。

「じゃぁ私、武田たちが探し出すといけんけん行くね」

 美代子はそう言うとスキップ気味に去って行った。


 貸切列車は久大線を鳥巣を目指してひた走る。例の如く、四人掛けの座席に康太一人。クラスメートは気の合う仲間のところに散って行って戻って来ない。まぁいい。一人物想いに耽るには好都合だ。 

 康太は列車に乗るときは進行方法に顔を向け、義足の左足が車窓の下の暖房とシートの段差に乗るように坐る。必然的に左足のつま先は対面のシートに着く。これで義足の不自然さはカモフラージュできる。

 康太は頭を抱える。普段は寡黙で温和な父親の達己だが、今回ばかりは切れた達己を見ることになるかもしれない。他人に大怪我させて学校に多大な迷惑を掛けた康太をタダで済ます筈がない。父親の沽券に関わるだろうから。

 あの屈強な体格で表す怒りは康太の想像を絶するに違いない。それはジキルとハイドばりか。考えただけで恐ろしい。康太はぶるっと身を震わす。真知子に切れた達己のことを聞いたことがある。あの忌まわしい交通事故のときだ。

 ジープを飛ばして職場から帰って来た達己の形相はまるで仁王の様で、運転手の厚手のグレーの作業着の胸倉を掴む渾身の力を込めた両腕は、罪悪感に青褪めたその身体を地面から吊り上げた。その光景に仰天した真知子は、達己がこのまま運転手を殺してしまうんじゃないかと怖くて竦んでしまったと言っていた。


 夕方、鳥巣駅に到着した三年生は一度学校の体育館に集合して解散となる。康太はミス原に呼ばれた。

 神妙な顔の康太に、「湯村君、今回のことはお父さんに詳しく話しとるけん帰って報告することはなかよ。それで大塚君の両親共々、月曜日に学校に来て貰うごとなっとるけんね」

「先生、俺警察に引き渡されるんですか?」

 康太はおずおずと訊いた。

 ミス原はにこっと笑って、「湯村君、そげな心配しとったとね。あれは事故たい。事故に警察は関係なかと。安心したね」

「はい」と康太はほっと胸を撫で下ろす。 

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