当事者意識が低く危機感が薄いのは愚か
推定アベレージ20
巨獣の深森
勇者たちがこの世界に降りてから半年ほどが経過した。
それによって多くの勇者が自分の戦闘スタイルを確立していった。
全員のチートが判明したわけではないが全員が戦う力を得て、その力を培っていった。
ようやく今日は練兵の平原から繰り上がり、ゴブリンなどとは格が違う巨大な魔物の多く住まう『巨獣の森』への突入が許可されていた。
「凄い……」
そう言ったのは誰だったのだろうか。所詮レベル20程度のランクの低い森。
練兵の平原が余りにも平凡すぎたからか、彼らは余りにも深い森に圧倒されていた。
これはまさに異界、そう呼ぶしかない異なる世界だった。
人の手が入っていない原生林は、乱雑に枝を伸ばし日光を遮り、多くの年月を刻んだ巨木は倒れかけた朽ちかけた物を含めて苔に覆われていた。
余りにも圧倒的過ぎる自然によって、彼らは足を止めていたのである。
しかし、それは冒険心をくすぐられていた、武者震いによるものと呼んで違いない。
なにせ今まで、それこそ手に槍を持っていれば一般人でも殺せる程度の、レベルの低い敵としか戦ってこなかったのだ。
それが、一気に強い敵と戦える。新しい戦場で、新しい敵と戦える。
そんな、正に冒険心が輝くとしか言いようのない場所で、勇者たちは興奮するなと言う方が無理だった。
「ようやくゴブリンどもから卒業だぜ」
「ああ、これで手応えのある敵と戦えるな!」
憶えた強力な魔法、使いこなせるようになったチート能力。
それをぶつけることができる相手。槍で刺しても剣で斬っても死ぬ相手ではない、新兵でも倒せる敵でもない。
「正直強くてニューゲームしたんだから、サクサクいかねえと面白くねえしな」
「ああ、全くだ」
言うまでもなく、彼らは既に王国が持つ最高級の装備で武装している。
その彼らが練兵の平原で現れる敵に対して、チートの性質を問うまでもなく負けるわけがない。
それはつまり、岡城に限らず力を持て余していたということだった。
チートを振るうに足る相手を。自分の力を確かめるに足る相手を。
彼らは求めてここにいる。更なる力を得て、次に進むために。
「みんな、気を引き締めて行こう!」
太い木ばかりの茂る森の中へ、誰もが恐怖と期待を抱きながら入っていった。
普通に歩くには、倒木などによって道が険しすぎた。
しかし、既にレベルの向上している彼らは冒険の戦装束のままに、まるでゲームのキャラクターのように飛び上がって乗り越えていく。
その爽快感にも、彼らは自分たちが『強くなっている』ことを実感することができていた。
自然の中の雑音や、濃厚な臭いに面食らいながらも、しかしゲームでは味わえない湿度や不快感に酔いしれていく。
「ちょっと待ってくれ」
レンジャー仕様の装備を着ていた恩業が、全体を止めていた。
敵を探知するスキルを習得していた彼は、自分の近くに敵がいることを感知していた。
このまま全員で前進すれば、敵に先手を取られかねない。それを理解した彼は、全体の動きを止めていたのだ。
「近くに大きな敵がいる。俺が先制攻撃して誘導するから、皆は攻撃の準備をしてくれ」
そう言い残すと、彼はその場から速やかに移動していた。
俊敏性の高くなる装備を身に着けた彼は、まるで忍者のように木から木へと飛び移っていった。
「いたな」
気配を探るスキルがあるということは、それを敵も持っていて当然ということである。
野生に置いて先制攻撃ができるということは、単純に敵に先に攻撃ができるということではない。
その一撃で相手を殺すことができるからだ。
だからこそ、野生の獣は敵の場所を探ることに多くの機能を割いている。
それは魔物も同じだった。位置を調べる魔法があり、敵の接近を知らせるスキルがある。
練兵の平原にいるような下等な魔物ならまだしも、この巨獣の深森には既にそのスキルを持っている魔物が多い。
「デカいな……もしかして、ギガ・ボアか?」
木の枝の上から見下ろして尚巨大さがわかる、地球の常識ではありえないほど巨大な猪。
その足の数は明らかに四本よりも多く、通常の進化では産まれえない魔物だった。
ギガ・ボア、推定レベル25。この森の食物連鎖の頂点に立つ獣の一角だった。
間違いなく、この森に初めて入った者が挑んでいい相手ではない。
当人が戦闘に特化していないスタイルなだけに、その事実を確信して生唾を呑む。
仮に自分が単独で戦えば、そのまま踏みつぶされるだろう。
だが、それは戦い方次第だった。
「まあいい……どうせお前に俺を見つけることはできない」
恩業 角氏
チート能力『隠蔽』〈ファイヤーウォール〉
単純な話である。気配を探る能力があるのなら、気配を隠す力もある。恩業のチート能力はまさにそれ。
敵に見つからないこと。その一点に特化した彼は、確信をもって先制攻撃をしようとしていた。
「くくく……」
別に、姿を隠す魔法を覚えていないわけではない。
だが、それを使っては楽しめない。少なくとも、この世界では一つの魔法を使っている間、他の魔法は使えない。
それ専用のチート能力を持っていない限り。
「さあいくぞ……」
強力でもなんでもないが、遠くまで飛ぶ一応ダメージを与えることができる魔法を準備する。
この世界の魔法は、呪文の詠唱は必要ではない。一度本を読み習得すれば、呪文を唱える必要は何処にもない。
もちろん、繊細で複雑な魔法を扱う場合はその限りではないが、戦闘中に一々時間のかかることをする意味がない。
何よりも、呪文の詠唱をカッコ悪い、と思う年頃の者も多いのだ。
「いけ!」
恩業もその一人である。
火炎弾〈ファイアーボール〉という単純な、バレーボール大の火の弾を発射する魔法を唱えた彼は、足元で呑気に歩いている巨大な猪に先制の一撃を当てていた。
もちろん、魔物には魔法耐性という物がある。それを抜きにしても、象よりも巨大な猪を相手に火の塊をぶつけたぐらいで致命傷になるわけもない。
だが、その高温は確実に効果を持つ。相手を怒らせるという効果だ。
攻撃された場合、動物にはいくつかの選択肢がある。
逃げる、と言うのは賢い選択肢ではある。だが、その猪はいきなり炎の塊をぶつけられたことで激高していた。
「ブギィイイイイイ!」
「怒った怒った!」
周囲を警戒している猪に、恩業が背を向けて逃げ出す。
彼のチート能力は情報収集系の能力を無効化する能力であり、見えなくなっているわけではない。
よって、彼が逃げ出したことでギガ・ボアは猛烈に怒り、その後を追跡していった。
体の一部が未だに焦げる中、猪は無警戒に前進する。
その行為がどれだけ無謀なのか、考えもせずに。
「来たみたいだな……みんな、準備はいいか?」
鈍い足音と、木々が倒される音。
それによって接近を悟った勇者たちは、遠距離攻撃の準備をしていた。
言うまでもなく、この森で最強の存在を相手に、この森で最低限のレベルしかない面々が遠距離攻撃をしたところで痛手を負わせることができるわけもない。
だがそれは、チート能力を考えなければの話である。
「……よし」
鋼は拳銃の弾丸に炎の力を加える火炎付与〈フレイム・エンチャント〉の魔法を習得していた。
拳銃に魔法の力を加えるのに、呪文は用いていない。それほど高度な呪文ではないからだ。
五発の弾丸が装てんできる、大口径のリボルバー型の拳銃。それを構えて狙いを定める。
基本に忠実な両方の手で銃を支える、確実に命中する構え。それを使って、射程に収まる瞬間を待つ。
そして……。
「オラオラオラオラぁああああ!」
自分の射程よりも遠くの間合いで、向かってくる猪へ大量の火炎弾〈ファイアーボール〉が殺到していく。
それは複数の勇者が発射したものではない。たった一人の勇者がチートを用いて発射したモノだった。
鶯 丈
チート能力『速唱』〈マシンガントーク〉
戦闘補助型に分類されるこの能力は、単純に通常不可能な魔法の連射を可能とする。
ただそれだけと言えばその通りだが、機関銃の例を挙げるまでもなく、弾幕というものはすさまじい制圧力を持つ。
十数発の燃え盛る炎の塊は、向かってくる猪の頭部に命中していく。
気勢のある猪をそのまま焼き尽すか、という猛攻は……。
「も、もう駄目だ」
魔力切れと言う結果に終わる。
魔力消費の少ない呪文を用いるとしても、撃ち尽くすまで撃てば結果は見えている。
彼のチート能力はあくまでも連発が利くというだけで、無尽蔵に打てるというわけではないのだ。
そして、威力そのものにも補正があるわけではない。十数発の初級呪文が頭部に命中した、その程度で倒せるほど、この森で最強とされる魔物は弱くない。
気づけば、目の前には猪は迫っていた。
「っていうか、なんで俺しか魔法使ってないんだよ!」
「いや、なんかお前に呑まれちまったっていうか……」
「うん、凄いびっくりした」
「そうね、正直びっくりして魔法を使うどころじゃないっていうか……」
魔法が使える全員が魔法を使っていれば、或いは猪を追い返すほどに圧倒できた可能性はある。
だが、初めて間近で見た鶯の魔法連射に度肝を抜かれていた。
自分たちが一発一発律儀に撃とうとしている間につるべ打ちをされたのだ、そりゃあ驚く。
「やれやれ、これだから他の奴は使えないんだ」
高嶺 花
チート能力『天恵』〈スタートダッシュ〉
初期ステータスが高い、という単純極まりない能力強化型の高嶺が走り出していた。
盾と剣を持った彼女は、同レベルの勇者たちとは一線を画す攻撃力で猪を弾いていた。
今の彼女は、10レベル上相当の数値を誇る。
その筋力と最高級の武具をもってすれば、この森で一番強い、程度の魔物をひるませる程度訳はない。
そして……。
「よぉし! ここが出番と見たわ!」
佐鳥 忍
チート能力『野生』〈ネイチャースタイル〉
佐鳥は羽織っていたマントを脱ぎ捨て、高校一年生にあるまじき育った姿をさらしながら魔法を使える生徒たちの前に躍り出ていた。
その艶姿に、男子生徒は目が釘付けとなり、女生徒からは嫉妬と羨望の眼差しが送られる。
そう、彼女は極めて裸に近い格好を魔境の獣にさらしていたのだ。
「脱げば脱ぐほど、いい女!」
下着同然の防具だけを身に着けている彼女は、直接素手で殴りかかる。
細く長い素足が、白魚の様な長い手が、そのまま猪をどつき、打ちのめしていく。
『野生』〈ネイチャースタイル〉とは、端的に言って武装が少なければ少ないほど全ての能力値が向上するという能力強化型チートである。
武器に関してはともかく、特殊な攻撃に対する耐性を持つ防具を捨てて、素手で戦う。
そのリスクと引き換えに、彼女もレベル不相応の攻撃力で自分の数十倍か、それ以上の重さがあるだろうギガ・ボアを押し込んでいく。
「ブッ、ブギィイイイ!」
ギガ・ボアは悟っていた。
この二人は自分をこのまま打倒しかねないと。そうと分かれば長々戦う理由などどこにもない。
野生の魔物は、躊躇なく逃走を選んでいた。背を向けて、そのまま逃げていく。
よたつき、血を流しながらも必死で走っていた。
その背面に向けて、糸杉が連発式のボウガンを構える。
「当たれよ……!」
基本的に、弓矢を武器にする勇者は少ない。
何故なら、個人で使う分には弓矢よりも魔法の方が便利だからだ。
弓矢とは基本的に消耗品で、一度消費しきると補充しなければならない。
そしてそれは、持ち運ぶ荷物が増えるということになる。休めば魔力が回復する魔法とはその辺りの利便性が異なるのだ。
だがそれでも、確実に弓矢を武器にする者はいる。
それはなぜか? 魔法と違い、戦闘補助型のチートが機能するからである。
「当たれぇえ!」
高級な連発式のボウガンとはいえ、そこまでの威力は無い。
逃げていく、屈強な魔物の背に当たったところで、それが少しばかり刺さるだけの事。
しかし、毒を塗っているわけではないが、それでもこの場合は当たりさえすればそれでいい。
十数本の矢が放たれ、それの殆どが刺さっていく。
そして、獣の生命力で逃走していたギガ・ボアは、しかし突如として息絶えて崩れ落ちていた。
糸杉 不芳
チート能力『致死』〈クリティカルヒット〉
糸杉のチートは、あらゆる攻撃に即死判定が生じるという物騒なものだ。
この場合の攻撃とは素手か武器によるものに限られるのだ。
彼の場合、武器の攻撃力など微塵も関係ない。重要なのは射程距離と攻撃回数だ。
遠くから連続で攻撃を当て続けていれば、その内即死する。それが彼のチートの運用方法だった。
「やった!」
自分が止めを刺した。その事実に大喜びする糸杉は、傍らの甲賀と手を取っていた。
今までのゴブリンたちのように、普通に攻撃で死んだのか即死が発生したのかわからない敵とは違う。
明確に自分の即死判定の強さを理解して、証明されて、それを隠すことができなかったのだ。
「くそっ……!」
一方で、魔法の付加を解除した鋼は舌打ちをしていた。
せっかく皆の前で披露するはずだった自分の強さ、それが披露する機会を得られなかった。
それどころか、他でもない自分が他の勇者たちの強さに見とれて、狙いを定めることもできなかったのだ。
当たり前と言えば当たり前。未だに拳銃しか出せないので、魔法で強化しても程度が知れているのだ。
拳銃には拳銃の強みがあり、今はそれが活かせる状況にない。
「みんな、はしゃぎすぎだ!」
その一方で若竹はいさめる。確かにこの森で最強の獣を倒すことはできた。
だが、そこに至るまでの戦いが雑過ぎる。
こんないい加減な戦いで、この先やっていけるわけがない。
「鶯だけに魔法を使わせるな! 鶯も魔力が尽きるまで撃ち続けるな!」
尤もなことを言う。
しかし、勇者たちの多くはそれでも嬉しそうだった。
こんな無駄な話をするよりも、早く自分も活躍したい。
自分が覚えた魔法を使いたい、自分のチートで無双したい。
そんな調子で、気もそぞろだった。
「みんな、分かってるのか? これは遊びじゃないんだぞ!」
そして、そんな彼らが『遊びではない』者と戦うのは、そう遠くなかった。