自分が思ってい事と現実のずれを検証しないのは愚か
チート能力は成長することもある。逆説的に言って、最初は弱いチートもある。
少なくとも鋼は現在拳銃やその弾丸程度しか生み出せないのだが、以前の勇者は歩兵が持てる程度なら大抵の重火器も作れたらしい。
生産型チートである『錬成』〈フルメタル〉を得ているものは、必然的に戦闘能力が他のチート持ちに大いに劣っている。
なにせ戦闘補助型のように攻撃面で優れているわけではなく、成長補正型のように急激に強くなれるわけでもなく、能力強化型のように高いステータスを持つわけでもなく、自己保存型のように防御面で秀でているわけでもなく、特殊能力型のように際立ったことができるわけでもない。
加えて、他の生産型と違って他の勇者に恩恵をもたらすことができるようになるわけでもない。
一切消費無く一定の武装を生み出し続けることができる。それを鋼は強いと思っていたが、それは実際には異なっていた。
「くそ……」
今鋼は、魔法を覚えるために書庫へ赴いていた。他の勇者と同様に、魔法を覚えるためである。
生み出した弾丸に、魔法の効果を乗せることができる。それを知らされた彼は、それを思いつかなかった自分を恥じつつその魔法の本を読んでいた。
そして、当然遅かった。魔法の習得に補正がある成長補正型のチート持ちは二人いたが、彼女達二人以外は当然遅かった。
まして、途中から魔法を覚えることにした鋼は、他の勇者がいなくなった書庫で読むことになっていた。
それが焦燥感に変わるのは、仕方のない事である。
「今に見ていろ」
鋼は当初、銃を撃ちまくっていた。鎧人形を穴だらけにしながら、銃の練習をしていたのだ。
元々、この能力を得た彼は銃に対して憧れがあった。彼にとって、銃とは力の象徴だったのだから。
自在に銃を生み出せる力。それは絶対的なアドバンテージだと思っていた。
幸い、生み出した銃は彼の手に良くなじみ、狙った的には簡単に当たるようになっていた。
だが、どれだけ銃を生み出しても、強い銃器はどうしても生み出せなかった。
どうやらチート能力の成長には一定の条件があるらしく、どれだけ数をこなしても容易に強化されるわけではないようだった。
そして、気づいたころには多くのクラスメイトが自分のチート能力を理解し、一定以上の戦闘能力を得て、王国の兵士と共に魔物の討伐に赴くようになっていた。
そして、今の鋼は当然のようにお留守番である。
これはある意味当然だった。鋼自身が認めるところだが、拳銃の弾の射程は物にもよるが十メートルほどしかない。仮にそれより遠くの的に命中したとしても、ただ当たっただけで十分な威力にならないのだ。
そして、未だに鍛錬の足りない鋼が使える拳銃の弾が、射程距離内で魔物に当たったとしても有効である訳がない。
少なくとも今の時点では、彼は完全に戦力外だった。
それでも彼は腐っていなかった。自分の能力は最強である、最強になると信じていたからである。
「最初は不遇なんてよくある話だ、此処から一気に逆転して見せる」
どんな理由であれ、彼は向上心を失っていなかった。
このまま自分を高めれば、必ず自分は他の勇者を遥かに凌駕できるようになる。
そう信じて、腐ることなく魔法の習得に没頭していた。
※
そもそもの話なのだが、なぜ勇者は召喚されたのか。
この世界には勇者のもたらした言葉として『レベル』と『経験値』が存在する。
元々経験則として存在したことを、以前の勇者が徹底的に調べて補足していた。
この世界では、異界から魔王が訪れる以前から『魔物』が生息しており、彼らを倒すことによって人間は劇的な成長を遂げることがあった。
つまり、『レベル』が上がるのである。
一般的に強い魔物ほど経験値が多く、弱い魔物ほど少ないとされている。そして、弱すぎる魔物を倒しても経験値を得ることはできない。
同じ魔物を倒し続けても、必ずいつかは限界にぶつかる。そうなれば、更に強い魔物を求めてさまよわねばならない。
それが何を意味するのかと言うと、この世界に生息する『魔物のレベル』によって『人間のレベル』も決まるということである。
仮にこの世界最強の魔物のレベルを50とすれば、人間の最大レベルも精々60程度なのだ。
言うまでもなく、人間が人間を倒しても『経験値』を得ることはできない。
よって、この世界で最強の人間は、レベルとして60が限度なのだ。
そして、魔王のもたらした最強の魔物たちのレベルは、概ねの概算として下限で70ほどではないかと想像されている。
レベル60が上限の軍隊が、レベル70が下限の軍隊とまともに戦って勝てるわけもない。
だが、何事にも例外は存在する。チートを持つ勇者の軍勢ならば、10レベル差をあっさりと埋めるだろう。
そして、そのままレベルを上げて行って魔王を打倒しうる。
それがこの世界の人間の最後の希望だった。
なので、チェスメイト王国の国王はまず全ての勇者のレベルを60まで上げるために、入念な計画を練っていた。
少なくとも、強くできるだけ強くしておくに越したことはない。
推定アベレージ10
練兵の平原
魔王の使役する以外の一般な魔物は『魔境』と呼ばれる場所に生息している。
時折彷徨いでる魔物もいないではないのだが、基本的に魔境から出ることはない。
そして、この練兵の平原と呼ばれる土地は様々な意味で初期レベルを上げるには、とても向いている場所だった。
まず森の中ではなく背の低い草が生えているだけの土地なので、視界が開けており不意打ちをされることがまずない。
加えて平均レベルが10と最も低く、最初に経験を積むには最も向いていた。
当然、王国の兵士たちもこの場所で鍛錬を積んでおり、もしもの時にはすぐにでも救援に向かうことが可能だった。
「おおお!」
そして、そんな心配を拭うように勇者たちは整えてもらった装備によって奮戦していた。
当然と言えば当然、簡素な武装しか持っていない一般的な兵士たちですら、ほぼ死人無く全員帰ってくる草原へ、完全武装のチート保持者が十分な訓練を経てから入り込んだのだ。怪我をすることさえあり得なかった。
「ふぅうううう」
勇者の中で抜きんでていたのは『成長』〈スピードラニング〉という経験値習得に対して補正のある若竹だった。
既にこの地の魔物を殺してもレベルが上がらなくなるほど上がり切っていた彼は、棍棒を持っていたゴブリンに切りかかる。
手にした巨大な剣は、以前の勇者が使っていたという大剣だった。
その大上段の一撃で、ゴブリンは一瞬にして切断され、血を流しながら別れて倒れていく。
「でりゃあああ!」
大剣を振り回しながら、自分を囲んでくるゴブリンを一掃していく。
戦闘補助型でもなく能力強化型でもないとはいえ、単純にレベルが高いというのは彼に大きな恩恵を与えていた。
少なくとも今の彼は、この場では抜きんでた力を発揮していた。
「おいおい! あんまりもってくなよ!」
所詮、見たままの敵。
手にした粗末な棍棒で殴りかかってくる、人間よりも少しばかり小さいゴブリン。
それを一掃するなど、勇者たちに難しく思えるわけもない。
「俺達が、倒せないだろうが!」
勝飛が軽い二本の短剣を手に、二刀流でゴブリンたちに切り込んでいく。
皮は断てても骨は断てぬ、そんな小ぶりな短剣を構えた彼は、交差するように目の前のゴブリンに二撃切り込んだ。
それだけならば、如何にゴブリンとはいえ即死どころか致命傷に至らなかっただろう。
だが、反撃をしようとしたゴブリンに異変が起きる。頭に走ったただ二つの傷が、あっというまに増殖していく。
全身を切り刻まれたゴブリンは、悲鳴を上げながら地面に倒れた。
そして、それを勝飛は幾度となく他のゴブリンたちにこなしていく。
『倍速』〈フラッシュフラッシュ〉。全ての武器攻撃に連続ヒットの補正が発生する、戦闘補助型のチート能力。
相手に引っかき傷でもつければ、それが全身を埋め尽くしていく。
それゆえに彼は何を恐れることもなく敵を切り刻んでいった。
「ハハハ! どうだどうだ! 若竹には負けてねえぞ!」
既に何度かこの練兵の平原に訪れているからか、多くの勇者が獅子奮迅の働きをしていた。
その一方で、既にこの最弱の魔境に飽き始めている勇者たちも多くいた。
余裕を通り越して、もはやこの草原で得るものは何もない、というところだろうか。
「はぁ……ここじゃあレベルの上がらねえ奴らばっかり殺してるぞ」
岡城は武器さえも持たずに、棍棒で殴りかかってくるゴブリンを素手で放り投げていた。
『怪力』〈パワープレイ〉による単純を極めた戦闘は、ただ掴んで遠くへ放り投げるだけであっさりと殺すことができていた。
そして、彼のチート能力の都合上、脆い敵を大量に打つには、余りにも手応えが欠けていた。
もう少し固い敵と戦いたい。それが彼の偽らざる願いだった。
「お前らもさっさとレベル上げろよ」
「お、おう……」
「うん……」
当然と言えば当然なのだが、能力が防御寄りである自己保存型チート所持者たちは、目の前の光景に圧倒されていた。
防御能力以外は平凡な彼らは、正にチートで無双されているこの状況にしり込みしていた。
仮に自分達が頑張っても、目の前の彼らには到底及ばない。その事実が二の足三の足を踏ませていた。
とはいえ、国王の方針として全員のレベルが上がり切るまでは、次の魔境へは向かわせないという物だった。
二十九人の勇者を、全員最高レベルにしなければ意味はない。
何故なら、各々のレベルアップのペースに合わせていた場合修行場所が分散する。護衛の負担が増加するうえに、そもそもそれでは成長補正型ばかりが台頭するのだ。
それでは意味がない。なにせ成長補正型は『強くなるのが早い』と言うだけで、最終的な強さはこの世界の者とさほど変わりが無いからだ。
とにかく魔王に対抗するには裏切った一名を除く全員を強者にしなければならない。
だからこそ、成長の限界に達した者も参加し、戦いに臨ませている。
それに、戦闘補助型にしても成長補正型にしても、今現在彼らが台頭しているのは、単に敵が弱いだけだ。
ここから先、厄介な敵が現れれば如何に優れたチートを持つ勇者たちと言えども、単独でどうにかできるものではない。
そして、そうした強敵と対峙する時こそ……自己保存型の防御能力が際立って必要になるのだから。
「うっし……行くか!」
「そうね……どうせ私は怪我しないし……」
「ああやだやだ、死にたくないってのに!」
このまま棒立ちしていても、レベルなど上がるわけがない。
このまま待っていても、先行して強くなっているメンバーに蔑まれるだけだ。
何よりも、自分が弱ければそのまま死ぬ。その程度には危機感があったこともあり、足踏みしていた勇者たちも参加していった。