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ゲームをするときに露骨な八百長をしないのは賢い

 俺の全身に刻まれた呪印は、一種のスクロールだという。

 要するに、呪文を唱えながら踊ることによって、俺のMPを魔力源としつつ魔法を発動させるのだ。

 俺の体はCDのように焼き付けられた状態なわけである。

 果たして、ちょっと痛い思いをしただけで魔法を『体得』した俺は、得をしたのだろうか損をしたのだろうか。

 これからずっと、俺はあんな恥ずかしい呪文と『痛い踊り』を踊っていかなければならないのだが。

 まあ死んだら明日なんてないんだけども。


「ガハハ! どうやら魔法を覚えることはできたようだな!」


 豪快に笑うギュウキ様。

 相変わらずの特訓場、中庭には、彼の大笑いが響いている。

 その一方で、やはり特等席でくつろぐ魔王様と、その脇に控えているセラエノ様がいらっしゃった。

 俺の悲鳴を聞いて楽しみたいらしい。そんなに面白くないと思うのだが。


「さてと……では先日からの応用編を始めるか!」

「……もう基本は卒業ですか?」

「無論だ、魔王様も飽きてしまわれるだろう?」


 すげえ台詞だった。

 俺の習得度合いよりも、魔王様が飽きるかどうかが優先されるなんて。

 まあ、この世界を滅ぼそうとしている目的が暇つぶしであることを思えば、仕方ないというか納得するしかない。


「分かりました、お願いします」

「良いぞ! ではまだ尻尾の力は決めていないのだったな?」


 そうだった、俺は未だに九本ある尻尾の、そのスキルを決めていない。

 というか、九本の尾を普通に動かすだけで、十分強いと分かったからだ。

 慌てて能力を決めても、後で後悔すると思ったからなわけだが。

 それに、魔法でできることを態々スキルで追加しても仕方ないし。


「はい、まだです」

「そうか……では教えておくが……魔法とスキルの違いについてだ」


 そういうことはもうちょっと早く教えてほしかったです。


「基本、一度覚えれば魔法は忘れん。そして種類も豊富故に多くの状況に対応できるだろう。だが、専用のチートを持たぬ限り詠唱や集中に時間がかかることもしばしばで、それは大きな隙となる」


 そりゃあそうだ、俺など呪文を唱えて踊らねばならないのだし、どうぞ殺してくださいと言わんばかりである。

 俺が敵だったら、魔法が発動する前に近づいてブッ叩くところだ。


「一方でスキルはそうでもない。コトワリよ、その尾に何かスキルを付けるときは、魔法と重複することなど一切気にするな。即座に発動させねばならない、とっさの時に発動させることで意味がある、と言う能力を付けるのだ」


 なるほど、それはそうかもしれない。

 例えば炎の魔法を俺が憶えているとしても、尻尾の一本に炎へ変わる力をつけても、それは無駄にならないのか。

 ふむふむ、勉強になるなあ。


「それから、一人の使い手が同時に唱えることができる魔法は一つだ。これも専用のチートを持つ者ならどうにか出来ることではある。対してお前の尻尾につけられる能力は同時に九本、全て使用できるだろう。練習次第だがな」


 ふむふむ、それもいいことを聞いた。

 結構ためになることを教えてくれるのだなあ。

 鍛えれば全部解決だとか、そんな脳みそが筋肉でできているようなことを言われるかと思っていたのだが。


「ということで特訓だ。理屈はここまで、後は体で覚えろ!」


 脳みそが筋肉でできているようだった。

 気づけば、四方八方を屈強そうなモンスターに取り囲まれている。

 そして、俺にとってはもっとも恐れるべきことに……全員が石を持っていた。

 これはもう、何をされるのか、火を見るより明らかだった。

 っていうか、なんでこんなクソ不利な戦いを強いられるのだろうか。

 多分、こんな攻撃してくるモンスターがいたら、アクションゲームにならないぞ。


 十体ほどでこちらを囲み、更に石を投げてくる。

 原始人がマンモスを仕留めるような、シンプルにして最強の作戦だった。

 しかも全員ムキムキ、目の前には一番のムキムキもいる。


「では、我らはこれよりお前に石を全力でぶつける! お前はそれを尻尾で弾きながら、呪文を唱えて反撃しろ!」


 なにそれ、死ぬじゃん。

 確かに事前の説明とつながっているけども、それでもこう……ないの?

 もうちょっと、間に練習とか挟まないの?


「ちなみに言っておくが、お前の周りを囲んでいるモンスターたちは、投擲の技術を学んでいる! きちんと防御せねば頭に当たると思え!」


 なんでそんなに難易度が爆上がりしてるの?!

 なんで俺に特訓を課すために万全を尽くしているの?!

 もうちょっと殺意を隠してほしい、これはもういじめと言うか拷問だろう!


「クハハハ……楽しませてもらうぞ、ギュウキよ、コトワリよ」

「っは! お任せあれ」

「頑張ります!」


 尻尾を動かすのは簡単と言えば簡単で、難しいと言えば難しい。

 人類にとって、尻尾とはとっくに淘汰された部位ではあるし、そもそも九本も生えていなかった。

 しかし、手や足と違って『指』がない。これが大きいのだ。

 よって、一本一本を動かすことはそこまでは難しくない。

 ただ、四方八方から投げてくる石を、全て九本の尾で叩き落すとなると話は別である。

 尻尾の一本一本が自分の体より大きいのだから、とぐろを巻いてそのまま耐えればいいと思うかもしれないが、その場合確実に尻尾が折れる。

 例えば盾で石を真っ向から受けたら威力の全てを受け止めることになるが、盾を斜めにすればどうだろうか。その場合、幾分かマシになる。

 投げてくる石に拳をぶつけるのではなく、横から叩いて弾いている物だと思えばいい。


「んぎゃあああ!」

「ほれほれ、どうしたどうした! 呪文を唱えるがいい! なぜ舞い踊らぬか!」


 拷問だった。

 比喩誇張抜きで、拷問だった。

 というか、ただの殺戮だった。

 やはり、どうしようもなく四方八方から投げてくる石には、尻尾をでたらめに動かすしかない。

 いくら何でも、見て避けるのは無理だ。尻尾を含めて死角が多すぎる。そもそも人間には背中に目が無いし。

 しかも俺を囲んでいるマッチョなモンスターの皆さんは、全員両手投げを会得していらっしゃる。右手でも投げられるし、左手でも投げられるのだ。

 その上、狙いが全員異様に正確だった。尻尾をむやみやたらに動かしても、その尻尾の隙間をぬうように石が飛んでくる。

 ぶっちゃけ、一発も跳ね返せていない。


「死ぬ……殺される!」


 このままでは殺される。

 これは只の陣形で、多勢に無勢を地で行っているだけだ。

 クラスメイトに囲まれても、こうも組織だって陣形を組んで、統率された動きで殺しにかかってこないだろう。


「し、ぶふぁああああ!」


 顎に入った。

 っていうか、横から顎に一撃が入った。

 そのまま顎が砕けていた。致命傷かどうかはともかく、俺の顎は粉々で、当分物を噛んで食べることはできそうになかった。

 その激痛で崩れ落ちる俺。


「そらそらそらそら!」


 執拗な攻撃はなおも繰り返される。

 やっぱりコレ処刑だ! 訓練してるの俺じゃなくてモンスターだよ! モンスターに集団の戦闘訓練を仕込む為だよ!

 俺の防御の訓練になってないもん!


「セラエノよ」

「仰せのままに」


 回復魔法で、俺の体は痛みもなく全回復する。

 間違いなく、魔王様に命じられたセラエノ様が俺を治したのだろう。

 おそらく、遠距離でも治せる呪文を唱えたに違いない。


 しかし……有難迷惑だ!

 今の俺はダウンしているので、そのまま追撃をもらい続けるだけである。

 俺は、囲まれて転ばされて、そのまま攻撃を受け続けることが、どれだけ致命的なのかを身をもって学ぶことになったのだった。



「ガハハハ! すまんすまん」


 謝れば許してもらえる、とは流石に思っていないだろう。

 思っていないといいなあ。

 俺を敵に見立てた戦術指導は、魔王様が飽きた段階で切り上げられた。

 流石にこんな無茶なスケジュールで上手くいくとも思っていなかったのか、ギュウキ様は俺を自分の部屋に運んでくれていた。

 ケガは既にセラエノ様が全部治してくれているけども、心は既にばっきばきである。


「うう……」

「そう怯えるな。魔王様の下で働くなら、こうした無茶ぶりにも慣れねばならん」

「やっぱり無茶ぶりだったのか……」

「無駄ではないがな。最終的にはあれができねば、学友二十九人には及ぶまい」


 確かにそうだった。およそ十人ほどで、周囲を囲まれて、石を投げてくる。ただそれだけで、俺は大ピンチだった。

 チート能力とか魔法とか一切関係なく、囲まれて石を投げられるだけで大ピンチ……。

 これでは、チート能力を持ったクラスメイトに対抗できるわけもない。


「……少々酷なことを言えばだ、効率的にクラスメイトを殺す方法はある。それは何だかわかるな?」

「ひとりひとり寝込みを襲う、ですね?」

「そうだ、それが簡単だからな。まあ何度もやっていれば相手も対策は練るだろうが、それでも一番手っ取り早いのは暗殺だ。それがわかっているようで何よりだ」


 おそらく、目の前のギュウキ様はそういう暗殺的な手段は好まれない方だろう。

 大体、鍛えた筋肉をどう使うというのか。

 そもそも、一般の人間の一軒家には収まらないスケールのお人だしな。


「今回お前が痛感したように、集団を相手取るにあたって囲まれるというのは最悪の状態だ。無論、儂ほどの剛の者ともなれば、少々の痛手をこうむることは有っても、まず負けぬがな」


 つまり、痛い目を見てわからせたと。

 でもそれは口で言っていただければわかることですし。


「これは魔王様の配下の物ならば真っ先に憶えねばならぬことだ。よいか、何をするにもまずは『魔王様を不快にさせない』ことを念頭に計画を立てるのだ」


 なんて権力に弱い豪傑なんだ……!

 だが、あの魔王様には到底及ぶべくもない。正しい考えという他ないな。


「よってだ、暗殺だの毒殺だのと言った手段は極力避けろ。それが簡単であればあるほど、魔王様の心証は悪くなるのだからな」


 なんて重い言葉だ……!

 そうか、楽に殺しちゃいけないのか。そりゃあそうだ。

 ということは、魔王様が普段振る舞っているように、敵っぽく振舞って余裕を演出しないといけないのか。


「その上で、如何に相手を倒すのかを考えろ。その上で、尾の力を考えるのだ」

「はい」

「なにせ、この魔王の城の中でも、魔王様の御心に反することが許されているものは、一人しかおらぬからな」


 一人いる、その事実が俺の心を揺さぶっていた。

 そんなことが許される生物が、この城にいると?

 宇宙ヤバイ魔王様に、対抗する勢力がいたなんて!


「魔王様の御息女だ。とはいっても血のつながりはなく、野に捨てられていた赤子を、お戯れによって育てられているのだがな」


 つまりは、ペットと言うことだろう。娘っていうか、愛玩動物的な。

 とはいえ、ペットを家族感覚で扱う人もいるし……本当に愛しているという可能性も……。


「お前とも年齢が近い故な、余裕があれば会って話すことも良かろう」



「ほっほっほ!」


 今俺は、自分にあてがわれた部屋でお手玉をしていた。

 というか、尻尾でお手玉をしていた。

 九本ある尻尾を使って、ジャグリングのまねごとをしているのである。

 部屋はかなり広く、天井も高いので、デカくなった尻尾も自在に動かすことができていた。


「ほっほっほ……当たり前だけどクソ難しいな」


 かけ声こそ軽快に言っているが、全く上手くいっていない。

 二本の手で三つのお手玉をするだけでも難しいのに、九本の尻尾で小さいお手玉を一個一個投げてつかんで、というのは辛かった。

 そもそも尻尾の毛の量が凄いので、中々お手玉が見えないのである。


「でもまあ、命かかってるしなあ……」


 ハードでもいいので修行を付けてください、とは絶対に言えない。

 それはついさっきまで味わっていたので、ノーサンキューだ。

 今俺に必要なのは、このたわいもない尻尾遊びの練習である。

 どっちかと言うとリフティングに近いかもしれないが、とにかく練習は大事だ。

 ありていに言って、魔王様から『よし、行ってこい』と何時言われるのかわからないし、聴いたらその場で命じられそうなのだ。

 暇を持て余した強大な力を持つ御仁は、何もかもがいい加減で困る。

 まあ、あの人から見れば俺達なんてミジンコやミドリムシみたいなもんだろうしな……。


「はあ、やれやれ……」


「貴方も大変ね、新しい玩具さん」


 弱っている俺を、扉をわずかに開けたお嬢さんが馬鹿にしたように笑いながら、それでも同情していた。

 茶化すようではあるのだが、嘘は言っていない。言葉に満ちた諦念が、明らかに見て取れる。

 まあ、見て取れるというほど姿が見えるわけではないのだが。


「……貴女はもしや、魔王様の御息女様で?」

「ええ、その通りよ。聞いての通り、ペット。ちょっとかわいがられているペット」

「……」


 彼女の声は、確かに俺と年齢が変わらないように思える。

 しかし、姿が見えない以上、彼女の情報を読み取ることはできなかった。


「聞いたわよ、貴方は見た相手を解析する能力を持っているそうね」

「ええ、それが私のチートですから」

「ふ~~ん……お友達全員をあっさり裏切る男に、ふさわしい下世話な力ね」


 何とも反論しにくいことを言う、魔王様の御息女。

 自覚があるだけに、情けなくも心中では肯定してしまう。

 実際、不義理極まりない話だからなあ。

 百歩譲って、助けを求めていたこの世界の方々を裏切るのは、向こうも理解しているだろうけども、クラスメイトを敵に回すのはどう考えてもおかしかった。

 一切クラスメイトに説明せず、全力で見捨てたのもアウトと言えばアウトだし。

 クラスメイトを助ける努力を一切しなかった。俺は、まあ最低なわけで。


「いやはや、魔王様のお慈悲に縋る下種な男でして、ええ」

「……こざかしいわね、貴方、むかつくわ」


 露骨に不快そうだった。

 彼女が何を考えているのか、俺には概ねわかる。

 人は自分の事を理解してほしいと思う一方で、自分の事を理解してほしくないと思っているのだ。


「そうやって、私の事なんでもわかってますって、そんな風に振る舞うのやめてくれる?」

「は、はい……」

「私は貴方に言いたい事、聞きたいことがあってきたの! なんで貴方から観察されないといけないの!」


 ぷりぷり怒っている。そりゃあそうであろう。

 思春期の乙女が、クラスメイトを全員裏切った男に、なんか察されて気を使われているんだから。


「いや、本当にすみません」


 盗撮透視、読唇読心。

 それらは便利ではあるだろうが、知られると色々な信頼を失う。

 別に俺は彼女のステータスを見たわけではない。しかし、彼女は俺の性格や能力を知っている。

 だからこそ、つい攻撃的になってしまうのだろう。

 深淵を覗く者は、深淵からも見られているのだ。


「何もかもお見通しってわけね? いいわ、じゃあ聞きたい事だけ聞くけど……貴方、友達を見捨てて自分だけ助かるって、どういう気分なの?」


 ああ、この子友達いないんだな、と俺は思った。

 この質問をすること自体が、一種友情という物に対して憧れを感じていると、自白しているようなものである。

 自分に友達はいないが、どうやら友達という物は凄く貴いらしい。

 そんな噂話程度でしか、友情を計れないのだろう。


「そうですね……ぶっちゃけ、友達じゃなかったのかもしれません」


 それなりに罪悪感を抱いているのは本当だ。多少後悔もしている。

 ただ、現状美味しい思いが一切できていないので、罪悪感も後悔も、こんなところに来るんじゃなかった程度の軽いものだ。

 つまりは、単純に我が身可愛さである。

 こんなに辛い思いをするぐらいなら、あのままみんなと一緒に戦って死ねばよかったのか、と思わないでもない。

 此処での特訓って、一回死ぬどころの騒ぎじゃないしなあ……。


「友達ではない……?」

「おっしゃりたいことは分かりますし、まあそうだなあとも思います。でもまあ……よくよく考えてみれば、あいつらと一緒に遊んだこともないし、あいつらの家だって知らないんですよねえ……」


 学校の中で、誰がどんな話を聞いていたのか。それはよく憶えている。


若竹が百葉と遠藤に勉強を教えていたことを。

目次と星が仲良くしていたことを。

甲賀と糸杉が些細なことで言い争っていたことを。

瀬音が万と一緒に英単語を黙々と暗記していたことを。

 高嶺が楽し気に話す一方で、加寸土はどこか陰湿なものを抱えていたところを。

勝飛と鶯が早口言葉で競争していたところを。

 丁半と土俵がゲームのプレイに関して口論していたことを。

 恩業が皆に隠れてラノベを読んでいるところを。

鋼と岡城が最強議論というか、剣と銃どっちがカッコいいのかで語り合っている所を。

 無情がレトロゲーでひたすらシューティングしてるところを。

成金が持ち込み禁止の携帯ゲームでずっとレベル上げしてるところを。

 生酢が日野と部活の事で熱心に話しているところを。

 離島と黄泉がループものの考察をしているところを。

 佐鳥がスマホで自撮りしているところを、出羽が恨みがましく見ているところを。

 天宮と風呂敷と草冠がイラストの事で話し合っているところを。


 俺は、全部知っている。

 知っているし見てきたし、そう言うのが好きだったけども……。

 彼ら全員を見捨てても、あんまり気にならなかったことは本当だ。


「友達じゃないから……見捨てても平気なの?」

「……俺が薄情なんだと思います」

「サイッテーー」


 ぐうの音も出ねえ。

 確かに、クラスメイト全員ぶっ殺すとか、最低以外の何物でもない。


「友達って、大事なもんじゃないの? 困ってたら助けてあげるもんじゃないの?」

「いや、だから……友達じゃなかったんじゃないかなって……」

「同じ釜の飯を食ったら友達じゃないの? 一緒に一度遊んだら友達じゃないの? 何年たっても友達じゃないの? 友達のためになら、なんでもできるんじゃないの?」


 それは夢を見すぎだと思います。

 いくら何でも、そんなの無理だと思います。

 そりゃあまあ、そんな奴らばっかりだったら世界は平和だとは思うけども。

 人間関係なんて人それぞれだし。


「お姫様……友達ってそんなもんじゃないですぜ」

「じゃあどういう感じなのよ!」

「そりゃあまあ……一緒に部活を頑張ったり、野球したりサッカーしたり、好きなアニメやマンガ、ライトノベルを読んで批評したり……後は学校の愚痴を言ったり……」


 状況にもよるとは思うのだが、少なくとも命をかけて互いを救うとか、そこまでガッチガチな友人関係と言うのは稀ではないだろうか。

 手術で血が足りないから、献血よろしくとかならまだしも。

 少なくとも俺は、命を賭して級友を救いたいとは思わなかった。


「ファーストフード店に行ってなんか食ったり……」

「……」

「映画行ったり文句言ったり……スマホで連絡とりあったり……」

「た、楽しいのかしら?」

「楽しいらしいですよ。俺も偶に混ざってましたけど、結構楽しかったりします」


 おそらく、この魔王の城にはスマホもテレビもコンピューターゲームもないのだろう。

 友達がいないとか以前に、単純に暇なのではないだろうか。


「そう……ところで貴方、暇かしら?」


 俺は知っている。こういう時に暇かどうかを聞いてくる相手は、相手の都合など聞く気が無いのだと。


「ええ、暇ですね」


 少なくとも、魔王様から何かを命令されてはいない。

 そういう意味では暇だった。


「それなら……その、アレよ。貴方は私の遊び相手をしなさい!」

「あ、はい」


 そう言って、彼女は扉の向こうから姿を見せた。

 母親である魔王様には当然似ていないが、それでも輝くような金色の髪が腰まである、美しいお姫様だった。


ウイ

魔王の娘

やや不信感 友達募集中

好感度 10パーセント

期待値 30パーセント


 我ながら、知りたいことはばっちり教えてくれる観測機能だった。



「さあ、遊ぶわよ!」


 ひょっとして魔王様は彼女と遊んであげていないのだろうか。

 俺の血で汚れている中庭に出た俺は、運動用らしき服に着替えているウイ姫様をみてそう思っていた。

 なんというか、確かに俺と同年代か少し年下ぐらいであるし、軽い反抗期なのかもしれない。

 確かに俺だって、親からずっと弄り回されていたら嫌だしなあ……。


「さあ、中庭で何をするのかしら!」


 俺への拷問や俺を的にした遊び以外なら何でもいいんだが……。

 とはいえ、俺も遊びの専門家とは言い難いし、そもそも遊び道具など一切持っていない。

 なので、俺はとりあえず俺の血が付いていない、小さい石を探すことにした。


「姫様……的当てをしましょう」

「的当て? 鎖でつないだ勇者に石や槍をぶつけるの? 貴方が的?」

「止めて?!」


 不思議そうに聞いてくるが、一切冗談に聞こえない。

 多分実際にやっているのだろう。

 実際された身であるし、トラウマが蘇りそうだった。


「お母さまそういう遊びを良くするのよ。勇者がモンスターによくやったことを、逆にやるの。状態異常をかけまくってじわじわ殺す勇者とか、翼や角、腕や足を切り取っていく勇者とか」

「その勇者の人格にも問題があるな……」


 今時問題の、ゲームと現実の区別のついていない勇者たちだな。

 はっきり言って、それを実際にやって楽しいのだろうか?

 逆に現実味がないと思うのだが。


「せっかくですし、簡単で公平なルールで行きましょう。十回石を投げて、何回当てられるのかを競うってのは単純で良いと思います」

「そうね、もちろん私が勝つけどね!」


 今の俺は、当然ながら全ての尻尾をしまっている。

 地面に石でひっかくように線を描いて、適当な的になりそうな人形を持ってくる。

 流石に相手が女子であるし、そもそも勝つことが目的ではないので、三メートルほどの距離に置くことにした。


「ふん、こんな近いところに置いて、舐めてるのかしら?!」

「いやまあ、最初ですから」


 実際、練習だからね! と言って投げ始めたウイ姫様も、数度投げているうちに全部当たるようになっていた。

 俺も同様である。人間大の的に石をぶつけるだけなら、そんなに難しいわけがない。

 とはいえ、難易度調整が容易なのもいいところだ。目測で五メートルほどにしてみる。


「……ちょっと待ちなさい。これは競争じゃなくて練習よ、練習」

「ええ、どうぞ」


 余り物を投げる習慣が無いのだろう。ウイ姫様は技術的にも筋力的にも、結構ぎりぎりの様だった。

 十回投げて、五回ぐらいしか当たらなかった。


「……貴方、投げてみなさい。ちょっと見てあげるわ!」

「はい」


 流石に、キャッチボールでも少し近い距離である。投げていると普通に当たった。

 百発百中とはいかないが、十回投げて九回当たった。


「……こうしましょう!」


 人形をそのまま固定して、ウイ姫様は線を後方に一本引いた。つまり、ハンディキャップである。


「貴方はこっちから投げなさい!」

「分かりました、そのように」

「なによ、『まあそういうもんだよな』みたいな目は! もうちょっと悔しそうにしなさいよ!」


 少しは悔しそうに振る舞ってほしかったのだろう。気持ちはわかる。

 ちょっと横柄なことをしたのに、それをそのまま受け入れられると立つ瀬がない。

 でもまあ、とんでもなく遠くから投げるように指示されたわけでもないので、実際いい勝負になりそうな距離だった。

 小学生がやるように、的が見えないぐらい遠くから攻撃されたら、流石にその限りではなかったと思う。


「じゃあ十回ずつ、交互に投げましょうか」

「そうね……これが勝負、本番よ!」


 厳正なルールの下、ハンディキャップを設けた戦いが始まった。

 結果は……。


「……負けたわ」

「勝ちました」


 手抜きをすると怒りそうなので、ほどほどにやったところ、ウイ姫様は十回中四回当たった。

 そして俺は十回中五回当たった。何気に伯仲の勝負で、ウイ姫様は最後の一投が外れた時は心底残念そうだった。


「もう一回よ!」


 結局、こういう遊びは『十回投げて十回当る』のが当然の距離だと面白くないのだろう。

 そりゃあそうだ。手が届く距離で石をぶつけても面白くもなんともない。

 逆に俺とのハンデもいい感じだったのだろう。

 素人の男女が遊びをする分には、ウイ姫様が設定したハンデぐらいがちょうどいいのだろう。


「次は負けないわ!」

「はい、お願いしますね」


 結局、この程度のゲームでも競争相手がいるなら楽しいわけで。

 これで絶対に命中するボールとか持ってきても、却って興ざめなのだろう。

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[良い点] 急にチョロめのギャルゲー始まって笑った [一言] 友達じゃないとか言いながら偶にしっかり遊んでたんじゃん!!
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