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恥無き者へ罪を明かす時

『先日の連続傷害殺人事件は、いまだに解決のめどが立っていません』

『警察は懸命な捜査を行っていますが、目撃情報さえなく……』

『殺人事件に関しては、病院内部での犯行であるにもかかわらず、防犯カメラにも映っておりません』


『これ以上の犠牲者が出ていないことは幸いですが、被害者の親族や学校関係者は不安な日々を送っています』

『明日からは通常通りの通学、通勤が再開されることになっていますが、不安の声も届いています』


『二年前の集団失踪事件と、なんらかの関係があるのでは、との声もありますが……』


 俺が事件を知ってから、すでに三日が経過していた。それは日本時間のことであり、俺の体感だとその倍ほどである。

 今俺は自宅で両親と一緒にテレビを見ている。報道の内容は、やはり例の事件だ。


 一人の入院患者が殺害され、さらに多くの人が大けがを負わされている。にもかかわらず、なんの証拠も出ていないという。

 多くの最新技術で捜査が可能な現代日本では、そうそう起こらないことである。


「ねえお父さん、犯人が捕まっていないのに出て大丈夫なの……」

「わからないが……いつまでも家にいるわけにもいかないだろう」


 それを聞いても、一般人である俺の両親は「早く捕まってほしい」としか思っていない。

 警察にしても、証拠が出ないことを不審に思っているだけだろう。

 だが疾しいところのある俺は、いよいよ異世界の関与を疑い始めていた。


 しかし、それは俺が疑っているだけのことだ。

 一年A組がまとめて行方不明になったときと同じで、異世界云々が真剣に議論されているわけじゃない。


 犯人が異世界の住人や、その力を持っている転生者やら転移者だったとしても、彼らはこの世界の秩序を乱しているわけではない。

 つまりこの世界の神の機嫌を損ねていない、ということになる。


 そりゃあそうだろう。

 やましいところのある俺だって、一年A組の生徒の関係者が入院していることを知って、それでようやくだった。

 証拠が見つかっていないというだけで、被害自体は異常ではないのだから。


 巨大モンスターが暴れまわったとか、衆目の前で魔法が使われたわけでもない。

 このまま犯人が捕まらなくても、不可解な事件が起きました、で終わるだけだ。

 それこそ、世界にいくらでもある未解決事件の一つになるだろう。

 言っては悪いが、有名すぎる事件に比べれば規模は小さいからだ。


 俺だって自分に被害が及ばないなら、しばらくしたら忘れるだろう。

 でも……あと一人、あるいはあと一家族増えるかもしれない。痛いところのある俺は、それをまだ恐れていた。


「ねえ理……お父さんは仕事があるけど……貴方は、その……まだ家にいたほうがいいんじゃないの?」


 とても普通の親として、とても普通に心配してくれる母さん。

 実際のところ警察だって学校だって、俺が狙われる可能性を考えている。

 俺が学校に行きたくないといえば、俺だけが自宅待機ってことが許されるかもしれない。


 大体……仕事をしないと死んでしまうが、学校に行かなくったって死にはしない。

 母さんの言葉を、父さんも否定していない。


 実際あと数日待っていたら、何事もなく犯人が捕まるかもしれない。

 用意周到で、幸運に恵まれていただけの、普通の犯人が捕まるかもしれない。


「考えすぎだよ、母さん」


 でも俺は、心にもないことを言う。


「今は大事な時期だからさ、できるだけ学校に行きたいんだ。それに……特別扱いされるほうが、辛いからさ」


 思わず笑ってしまった。

 これが自嘲なのか、それとも強がりなのか。

 俺だってわからないし、父さんも母さんもわからないだろう。


「そう……でもこわかったら、家にいていいのよ?」

「……うん」


 何時だったか、母さんが言ってくれたことを思い出す。

 ほかの生徒が大変な目にあっているとしても、自分の息子が無事なら嬉しいと。

 公言できない、してはいけない言葉を思い出す。


 胸が痛む。

 だがそれでも俺は……迫る悪意を感じて、せめて自分から身を餌にすると決めたのだった。



 俺の家……というかマンションの一室の中は、それこそ異様な雰囲気だった。

 だが一歩でも家を出れば、なんてことのない日常が待っている。


 もしかしたら殺人鬼が潜んでいるかもしれない、というのに世間は普通だった。

 町中がパニックになっているなんてことはなく、パトカーがそこいらを走り回っているってこともない。


 まあ無理もない。学校の関係者が狙われているということは、逆に言えばそれ以外の人には無関係ってことだ。

 関係者や警察からすれば、たくさんいる学校関係者の中で、なぜ彼らが狙われたのかと悩んでいるだろうがそれだけだ。

 学校に全く関係ない人たちにとっては、対岸の火事なのである。


 さびしい気もするが、俺が文句を言うのも筋違いだろう。

 母さんが言っていたように、他人がかわいそうな目にあっていても、自分たちが安全ならそこまでは気にしないものだ。


 大きな声では言えない、言うべきではない本音というやつだ。


 しかし……今更だが、ウイ様の疑念を思い出す。

 まず犯人が誰なのかを調べるべきだ、という考えだ。


 確かに誰が犯人なのか、都合を知っている俺でさえわからない。

 特に、全威がわからない。あいつが殺されていなければ、もう少し絞り込めたはずなのに。


 今回の事件の犯人は、なぜか全威だけはしっかり殺している。

 他に狙った被害者たちには、重傷を負わせた上で放置している。


 はたしてこの世に、全威を殺して、校長や教頭先生、俺の元クラスメイトの家族を痛めつける。そんな考えの人間がいるだろうか。

 いっそ別件かとも思ったが、どうにもそうではない様子で……。


 というか、まず全威が殺される理由がわからなかった。

 あいつは恨まれるような振る舞いをしていたし、実際に恨まれて襲撃されていた。

 だから入院したのだし、後遺症が残るとも聞いていた。


 だがだからこそ、あいつはもう狙われることがないはずだ。

 あいつの無神経な言動によって誰かが傷ついたとしても、現在のあいつを知れば溜飲を下げるだろう。

 私刑を受けたことによって、あいつは許されたのだ。許されたというか……ざまあみろと笑われているのだろうが。


 そんなあいつを、わざわざ殺すだろうか?

 私刑の最中にうっかり殺してしまうのならまだしも、入院してしばらくたっているあいつを殺しに行くだろうか。


 そのうえで、校長や教頭先生を襲撃したのもわからない。

 少なくともあの二人の履歴に、強烈に恨まれるほどの罪はなかった。

 他人のステータスをいちいち覚えていたりしないが、目立った経歴があればさすがに気づいていたはずだ。


 あとは一年A組の生徒の兄弟だが……あいつらは直接見ていないから、何とも言えない。

 傀儡の尾を介してだと、俺のチートは働かないのだ。かといって、自分で忍び込むのも違う気がする。

 そこまでやったら、俺が犯罪者だ。それも連続殺人とは違って、日本国内なので普通に有罪だろう。


 結論としては……やはり推理するのは無謀だろう、ということだ。

 

 難しいことなんて、考える必要がない。

 目の前に現れてくれれば、あとは俺のチートでお見通しだ。


「俺って警察に向いているのかもな……」


 思わず声に出してしまったが、笑ってしまう現実だ。

 日常で役に立つチート能力というものがあるが、俺のチートを職業的に活用するのなら、警察はなかなか向いている。

 とはいえ、チートで犯人が分かっても、それを根拠に逮捕なんてできない。

 何よりも、大昔の漫画でもあるまいに、連続殺人鬼が警察官になるなんてありえない。


 その一方で、こうも考える。

 俺の持っているチート能力を、警察はほしがるだろうと。


 刑事ドラマで名物刑事が、周囲から疎んじられつつも頼りにされるように。

 解決しなければならないが手に負えない事件を、誰でもいいから解決してほしいのだ。


 俺だって、そうだった。若竹達だって、離島たちだって、同じように考えただろう。

 そもそも俺たちを召喚した、あの世界の人たちだって同じだったはずだ。


 他人に頼るのはよくない、ズルをするのもよくない。

 だがそれでも、切羽詰まった時には……。

 誰でもいいから、どんな手段でもいいから、何とかしてほしいのだ。

 頭だって下げるし、へりくだる。それはきっと、普通のことで、誰でもやってしまうことだ。


「警察は大変だな……」


 だが現実は、そもそも頼る相手がいない。

 誰か何とかしてくれって思っても、自分がやるしかない。


 努力だって仕事だって勉強だって……。

 自分のためのことだって、誰かのためのことだって。

 都合のいい誰かが、何とかしてくれるなんてことはない。


 どれだけ嫌でも、周囲から何を言われても、頑張って仕事をしている。


「本当に、大変だな……」


 思い出すのは、頑張らなかった十五人。

 チートがあるのに、頑張らなかった十五人。


 大変な仕事を頑張っている人は、本当に尊敬できる。

 世界は、尊敬できる人でいっぱいだ。


 尊敬できる人がたくさんいる世界に帰ってきた。

 それを思い直しながら、俺は学校へ歩いていた。


 誰かが舗装した道を、仕事をしに行く人と一緒に歩く。

 誰かが整備している信号機が赤になって、ほかの人と一緒に止まる。


 俺の目の前を、たくさんの車が横切っていく。

 その中にはトラックもあった、流通を担う運転手の人たちががんばっているのだ。


 そんな、ことを、考えていた。


「え?」


 まったく無警戒だった。

 自分でもびっくりするほど簡単に、背中を押されて、車道に転ばされた。


「きゃあああああ!」


 悲鳴が聞こえた。

 うつぶせに車道のアスファルトへ倒れた俺は、顔を上げる。

 それこそ一般人と同じように、無防備に周囲を見ようとして。


 けたたましい、トラックのクラクションが耳に入ってきた。


 俺は近づいてくるトラックを見ても、恐怖はなかった。

 怖くないとかそういうのではなく、むしろ驚いていた。


 は、これで終わりなのか?


 二十九人も殺して勝ち取った日常なのに、それを守るためにまたつらい目にあったのに。

 こんな雑な殺し方をされるのか?


 自分の人生があっけなく終わる、そんな喪失感に呆然としていた。


 もしもこれでトラックに轢かれて異世界転生したとして、俺は能天気に第二の人生を楽しめるだろうか。


 そんなわけがない。


「きゃああああ!」


 そこまで思考が動いたところで、俺の目の前でトラックが止まった。

 本当にあと少しのところで、俺はトラックに轢かれるところだった。


 周囲では悲鳴が上がっている。

 俺が轢かれたと思って、悲鳴が上がった。


 手のひらを擦りむいただけの俺は、あわてて起き上がる。

 起き上がって、さっきまで俺が立っていたところを見る。


 そこには、誰かがいた。そして俺に影だけ見せて、逃げるように去って行った。


「……ふざけんな!」


 本当に、ふざけるな、だった。

 俺の頭は一瞬で沸騰した。


 こんな雑な殺され方、受け入れるわけがない。

 こんなことをするやつを、許せるわけがない。


 逃げる影を、俺は追いかけた。

 騒いでいる人をかき分けて、同じように人と人の合間を縫って走る奴を追った。


 この時の俺が本当の姿をさらさなかったのは、本当の姿を出したらまずいと思っていたからじゃない。

 冷静じゃなさ過ぎて、本来の姿になっていないことを忘れていたからだ。


「待て! ふざけんな!」


 この時の俺の語彙力は、本当に壊滅的だった。

 仮にも魔王様の下僕なのに、ただのチンピラ同然だった。


 だがこんなもんだった。


 俺という人間の素は、この程度だった。


 だがそれでもいい、こんな風に殺されかけて、取り繕う人間になんかならなくていい。


 もうぶっ殺すつもりだった。相手がただの人間でも、どんな動機があっても殺すつもりだった。


 幸い俺の手元には、セラエノ様から授かった魔法の道具がある。

 それを使えば一瞬で相手と自分を別空間へ隔離させる事ができる。


 それを準備するということは、そのまま殺す準備だった。

 追跡している俺は、警察に突き出すつもりなんかさらさらなかった。


「絶対逃がさねえぞ!」


 逃げるつもりだから当然だが、俺の背中を押した奴は路地裏へ走った。

 もちろん俺も追いかける。正直に言って、誘導されている気もしていた。

 だがそれでも俺は……。


 あろうことか俺をトラックに轢かせようとした奴を、許す気はなかった。


「人を車道に押し出しておいて、殺す気はなかったとか言わねえよな!」


 その路地で、俺は追いつめた。

 あと少し近づけば、ステータスを確認できる。


 無駄にレベルが上がっているから、内容を完全に把握するにも時間がかかる。

 しかし肝心な部分だけ読めばいい、というか読む必要だってない。

 ぶっ殺すだけ、そう思った時だった。


「……は?」


 俺は、怒りを忘れて呆然とした。


 膨大なステータスの中で、ある一文だけが俺の頭に入ってきた。


「おいおい理、ずいぶん荒っぽい話し方をするじゃねえか」


 俺のほうを向いて不気味に笑うそいつは、俺のことをよく知っているようだった。

 いや、俺も、そいつのことは知っていた。

 知っているが、知っているうえで、おかしなことだった。


「俺が何を言ってもお高く留まっていたくせにな」


 俺のチートは、目の前の不審人物の情報を開示してくれる。

 だが肝心の俺は、その情報を処理しきれなかった。


 それこそ、どこにでもいる一般的な男子生徒のように、目の前の男を見て驚くことしかできなかった。


 その男は、身長は百三十と低め、体格も痩せている。

 髪は自然な金色で、目の色は左右で異なるオッドアイ。

 顔立ち自体は整っているが、その表情は極めて卑しい。


「俺が誰だかわからないか? まあ無理もない、ずいぶん変わっちまったからな」


名前 ボール・マックス

年齢 12歳


レベル 80


チート能力 無償〈リスクレス〉

自己保存型 1/1

呪われた道具の代償を支払わなくて済む


「二十九人も殺したくせに、恥知らずにも天下の往来を歩いている厚かましい殺人鬼様なら、俺が元のままでも覚えてないかもな」


経歴 世界救済達成者

結婚歴 20人


「だが、俺は覚えているぜ。ああ、お前が忘れても、他の誰が忘れても、俺は覚えている!」


特徴 転生者

前世 円木 全威


「正しい俺が忘れたら、お前が殺した奴らが報われないからなあ!」


 その直後だった。

 俺と円木を置き去りにして、周囲の風景が切り替わっていく。

 これは俺が使うはずだった魔法の道具と同じ効果を持つであろう、なにがしかのアイテムによる結界構築だった。




 周囲の景色が、殺風景な岩場に変わる。

 動物が見当たらないだけではなく、草木も生えていない不毛の岩場だった。

 空はどういうわけか、やや黄色い。これが地球ではないことは明らかで、ここでどう暴れても地球の秩序を乱すことはあるまい。


 だがそんなことよりも、円木の生まれ変わりだという子供から目を離せなかった。


「何が起きたのかわからないって顔だな? だがわからなくても、話は進めさせてもらうぞ。俺はお前の調子に合わせる気はないからな」


 そしてその子供は、俺の理解も待たずに説明を始めた。

 俺に理解をさせることよりも、俺を前にして説明をすること自体が目的になっているんだろう。


「俺がお前の罪を告発した後が、すべての始まりだった。話を聞かない教師たちのせいで学校から追い出され、そのうえよりにもよってお前が殺した奴らの兄弟が俺を襲撃しやがった」


 感情の籠った語りだった。

 そしてそれを聞いている俺は、久しぶりの感覚を味わう。

 言っていることだけは正しい、思い込みだけで突っ走った男への奇妙な罪悪感だ。


「そのあとの人生が、どれだけ屈辱的だったか、お前には想像もできまい……ただでさえ後遺症が残った体で過ごすことになったのに、周囲からさげすまれる日々がどれだけつらかったか……それが一年や二年じゃなく、十年以上も続いたんだ」


 時系列のかみ合わない話だった。

 円木が入院したのは、せいぜい一年前のはず。十年以上もつらい目にあうわけがない。

 だが時系列がおかしいだけなら、理解は及ぶ。


 時間を遡る能力を持っていた離島は俺と再会することはなかったが、この男はどういう原理か未来から戻ってきたのだ。


 雑に言って、十年以上後の世界で異世界転生したのだ。

 十年以上鬱屈した心のままで異世界に転生し、そこから主人公になったのだ。


 こいつはチートを授かって、異世界で活躍して……主人公になったのだ。


「何度も何度も、死にたいと思っていたんだ! ずっとずっと、理不尽に耐えていたんだ! 辛くて辛くて……」


 チートを介するまでもない、切実な叫びだった。

 俺へ難癖をつけていた時とは違う、心の底から吐き出す嗚咽だった。


「俺が正しいのに! 俺が、俺が……なんで俺があんなめにあわないといけなかったんだ!」


 想像できる地獄だった。

 俺が知っているはずの、想定できたはずの地獄だった。


 子供の姿で、子供にあるまじき顔をしている円木だった。


「ふとしたことで死んで……生まれ変わった後は、まあ恵まれた人生だったよ。だがどれだけもてはやされても、どれだけ実績を積んでも……どれだけの女を抱いても、まったくこれっぽっちも! このもやは晴れなかった!」


 自分の気持ちを吐き出しているだけの、まさに独白だった。


「だからこの世界に来た……俺を襲ったやつらを! 俺を追い出した奴らを! 全員この手で痛めつけてやった! あいつらの人生を、俺と同じように台無しにしてやった!」


 だが、納得できることもあった。


 こいつが襲った『一年A組生徒の兄弟』は、きっとこいつを痛めつけた奴らだったんだ。

 先生たちを襲ったのも、当たり前すぎた。学校から追い出されたのが、こいつにとってのケチの付き始めだったからだ。


 殺さなかったのは、決して手抜きをしたからじゃない。

 この円木にとって、死とは救いであり……自分と同じように苦しむ日々こそが地獄だったからだ。


 だからこいつは、過去の自分を殺したんだ。

 なんの苦痛も与えることなく、終わらせたんだ。


「最高だったよ」


 晴れがましい笑顔だった。

 残酷で残忍で、歓喜に満ちた笑顔だった。


 俺の人生で、こんないい顔をしたことがあっただろうか。


「ああ……すげえスッキリした」


 二十年以上の呪いを、こいつは解いたんだ。

 いや、まだ解け切れていない。


 こいつは仕上げに来たんだ。


「お前の人生を台無しにして、俺は帰る。俺の正しさをたたえる、俺の生きる世界に帰る」


 笑顔の子供が、俺に近づく。

 手にしているのは、まがまがしい雰囲気の魔剣。


「どうだ、どんな気分だ?」


 そんなこいつは、とんでもなく……。


「なんだよ、その顔は……受けるな」



 恰好が良かった。



「う、ああ……」



 言葉にならない。

 涙で前が見えなくなる。


 俺は、泣いているのか。


 俺は、俺は、涙を流している。


 言葉にできない。


「あ、ああああ……あああ……」


 俺は、感動で泣いていた。


「あああああ!」


 本当に居たんだ。

 チートを授かって、活躍して、世界を救う、チート主人公が。


 どこにもいなかったわけじゃない、最初からなれなかったわけじゃない。


 俺たちの誰もがそれになれなかったというだけで。


 本当になれたんだ、チート主人公に。


「うぅ……」

「気持ち悪いぞ~~、お前。いや、キモイわ」


 泣いている俺に、呪われた刃が迫る。


「この魔剣の呪いは苦痛だ、とにかく痛いんだが……死にはしない。苦しんでも苦しんでも、死ねないんだ……俺のお気に入りだよ」


 恐ろしい魔剣が、躊躇なく俺を斬ろうとする。

 ああ、この男にとって、俺が本当にクラスメイトを殺したかどうかなんて、どうでもいいんだ。

 あのクラスメイト達の気持ちとか、自分の家族の気持ちとか、そんなのどうでもいいんだ。


 だから過去の自分だって殺せるし、俺のことだって無抵抗なまま殺せるんだ。


 こいつは、自分のことだけ考えている。

 こいつは、自分の気持ちだけが大事なんだ。


 ああ、ああ……!!


「お前の人生は、これで台無しだな」



 こんな奴に、もっと早く会いたかった!



「円木……お前は最低な奴だ」


 俺は涙をぬぐって立ち上がる。


「でも……でもな」


 俺を含めた一年A組の生徒が、あるいは俺たちを呼んだ奴らが、こいつのような奴を望んでいた。


 どれだけ性格が悪くてもいいから、自分のことだけ考えている奴でいいから。


 何とかしてほしかったんだ、救ってほしかったんだ!


「お前はそれでも……英雄なんだ」


 遅い英雄の現れに、俺は喜びで迎える。


 だがそれでも、俺は……。


「俺は今まで、若竹や加寸土たちを尊敬していた。ああ、凄く尊敬していた」


 俺も、独白する。

 こいつに通じなくていい、分かり合いたいなんて思ってない。


「でも……お前が一番だ!」


 言葉は、伝えるためにあるんじゃない。

 言葉は、心を出すためにあるんだ。


「お前はすごい奴だ、円木!」


 俺もまた、自分を出す。


「だけど俺は、自分の人生を守る! お前をどれだけ尊敬しても、俺の人生は渡さない!」


 俺もまた、真の姿をさらした。


 上半身の服が脱げ、呪文の刻まれた肌がさらされる。

 体には下半身はダメージジーンズ、靴は金属のとげが生えた靴。

 何より、臀部からは九本の巨大な尾が生えていた。



「俺は魔王様の忠実なる下僕、コトワリ・ナインテイル!」



 俺は、俺を明かした。

 本当はずっと、都理を知っている誰かに、明かしてしまいたかったんだ。

 罰を受けたかったんだ。


 だから俺は、叫ぶ。


「世界を救うために戦った一年A組の生徒を裏切って、皆殺しにした男だ!」


 ただ、出す。




「お前の言う通り! 人殺しだ!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] いやぁ、クリア後レベル80なら普通のRPGでも高い方でしょ バス○ードみたいなレベルインフレしてる方がおかしいって [一言] 水槽から出た魚が出戻りした挙げ句に好き放題してるしかも一匹じゃ…
[一言] これ、ちきう圏の「管理者」にとっては即BAN案件では?() 九尾は一応別鯖の管理者にお伺いしてはいるものの、頭ヒーロー君はいいのかね
[気になる点] これ結局円木くんは本当に理が人を殺したのかどうか分かってなくて、自分の想像だけで言ってるんだよね、今も。同じ異世界行かないと顛末分からないし [一言] 異世界の危険の規模が違いすぎる。…
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