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30/38

無辜の恥知らずたちと、放免の大罪人

 残りの十五人を殺す。それが終わり次第、この世界は滅ぼす。


 今までと変わることなく一方的に、魔王は通達してきた。

 ただ今までと違うのは、文字通りの最後の通告だということ。

 これで十五人の勇者が死ねば、世界は滅ぶだろう。


 そこいらの子供が言ったのなら、一笑に付される。

 仮に大国の王が言ったとしても、なにくそと抵抗する気力がわくだろう。


 だが相手は魔王だった。

 そもそも独力で対抗できないからこそ、勇者たちを召喚したのである。

 その魔王の下僕にすら、勇者たちは勝てなかった。

 ならばどうして、魔王に勝てると思うだろう。


 少なくとも、二度目の戦いに臨む若竹たちは、『立派な勇者』だった。

 それについては、誰も異論をはさまない。魔王も理も、この世界の人々も、残った十五人でさえも。


 だがその彼らでさえも、屈した。魔王の下僕でしかない、都理一人に。


 若竹たちと同じタイミングで召喚された、ステータスを閲覧するだけのチートを持っているだけの彼に、魔王は十人の勇者を討ち取る力を与えたのである。

 それならば、魔王に勝てるわけがない。


 結局、ただの遊びだった。

 魔王にしてみれば、二十九人の勇者も、この世界の全ても、滅ぼそうと思えばいつでも滅ぼせたのだ。

 そして、その滅ぼそうと思う時が、ついに訪れたのである。


 もはや、誰にも抵抗の意思はない。

 だがそれでも、チェスメイトのクイン王女とその近衛たちは、手に武器をとり抵抗の構えを見せていた。


「今まで魔王は、どこかへ来いと命令していました。ですが今回はそれがありません……何を言っても、十五人の方々が来ないと分かっているからでしょう」


 残った十五人の一年A組は、現在城の中で保護されている。

 もちろん世界が滅ぼうとしている今、なんの意味もない保護である。

 彼らは各々に与えられた部屋の中で、がたがたと震えていた。


 はっきりいって、彼らは被害者だった。

 それも魔王の被害者ではなく、チェスメイトという国家の被害者だった。


 だからこそ、せめて、最後ぐらいは抵抗をしよう。

 勝ち負けではなく筋道として、チェスメイトの勇士たちは戦おうとしたのである。


「……彼らが死ぬのは、私たちが死んだ後です」


 全員の心中は一つだった。

 遅い、遅すぎる。


 最初から勇者など召喚せず、自分たちの存亡をかけて、自分達でだけ抵抗すればよかった。

 自分たちが泥船に引き込んだのだ、勇者を……ただの一般人を無理やり呼び出したのは、己たちなのだ。


 魔王などよりも、己たちの方がよほど邪悪だ。

 魔王が遊び半分であっても、自分たちが命がけであっても、結局何が違うのか。

 他所の誰かを呼び出して、無理やり戦わせているのは同じではないか。


 勇者たちへ立派であることを願うより、勇者たちを支えるより、全滅するまで自分たちが戦って、そのまま滅びる方が正しいのではないか。


 遅い。

 余りにも、遅い。

 この世界を守る者たちとして、罪悪感にまみれながらも勇者召喚に踏み切った。

 こうなる可能性は理解していたのに、それでも踏み切ってしまった。


 なんという鬼畜外道。

 自分たちは自分たちの置かれた状況の深刻さを分かりきったうえで、藁にも縋る想いで、道連れを増やしただけなのだ。


 ならばせめて、最後ぐらいは、筋を通そう。


「私たちには、それしかできません」


 無駄とわかっても、罪滅ぼしにならないと分かっても、苦しむだけだとしてもやろう。

 それが彼女たちの決断だった。


 だが彼女たちは想像していなかった。


 同じようなことを、魔王が思っているなど。


『そういうのはいらん』


 魔王という概念を分かりやすく言えば、ゲームという世界の管理者である。

 プレイヤーを通り越した彼女は、当然ながらステージの設定も簡単にいじることができる。


 その彼女からすれば、余計な邪魔者を排除することも、それこそコードを入力する程度で解決できてしまう。

 

 彼女のひと手間によって、この世界から一瞬で『勇者』と『魔王の下僕』以外の存在が消えていた。


 彼女は己に対して、己が喜ぶための演出を求めていた。

 王女やその騎士たちと理が遭遇して、何かが生まれる可能性はある。

 しかしそれは、意味の薄れを意味している。


 コトワリ・ナインテイルを、大量虐殺者にしたいわけではない。

 名前も知らぬ誰かを殺させて、その数を、スコアを見たいわけではない。

 そんなもの、とっくの昔に、飽き飽きするほど見ている。


 二心なく魔王に魂を売り渡した、初めての裏切り者。

 彼に殺させるのは、旧友だけ。そうでないと、意味が薄れる。


 人殺しの、価値が薄れる。

 殺人の感覚を、麻痺させたくなかった。

 異常者になったから大丈夫、イカれているから平気、なんてがっかりだ。


 その演出を、この世界に四度訪れた理は感じていた。

 決して善意ではない、嗜虐と加虐に満ちたゲームデザイン。

 それに対して感謝しつつ、彼は颯爽と無人の世界を歩き出した。


「残り十五人……全員殺す」


 そして歩き出して気付くのだ。

 魔王の配慮した通り、十五人を殺すことに比べれば、この世界の住人がどれだけ死んでも意味を感じないと。



 残った十五人の一年A組の生徒たち。

 彼らのほとんどは、己に与えられた部屋の中で、がたがたと震えるばかりだった。

 特別に親しいものと一緒に怯えている生徒もいたが、ほとんどが一人で引きこもっていた。


 そんな中でただ一人、門の影に隠れて武器を手にしている男が居た。

 糸杉(いとすぎ)不芳(ふほう)。与えられたチートは、『致死』〈クリティカルヒット〉。

 攻撃に即死判定の発生する、戦闘補助型のチート能力である。


「……」


 彼は体の震えを抑えながら、ボウガンを両手でつかみ、不意打ちの準備をしていた。

 狙う相手は、当然理である。この城に入ってくるであろう理へ、奇襲を仕掛けようとしていたのである。


(おちつけ……チャンスは一度だ……外したら勝機はなくなるぞ……!)


 彼のチートは、あくまでも即死判定が発生するだけのこと。

 攻撃が必ず当たるチートなど持っていないし、相手を必ず殺すチートでもない。

 撃った矢が当たる保証はなく、即死判定は運任せである。


 そして当人も自覚しているが、チャンスは一度切り。

 期待するには、余りにも儚い。


(俺のチートの即死判定は、確率としてそんなに高くない。体感だと、2パーセントぐらい……)

 

 彼自身も最初の一年はレベル上げをしていた。

 その時点ですでに、彼は自分のチートの特性を理解していた。


(上等だ、万が一よりずっと高い! 百が一どころか、百が二だ!)


 その上で、奇襲を仕掛けることにしていた。

 成功率が2パーセントだったとしても、そこまでありえない確率ではない。

 万馬券が当たる確率、宝くじを一枚買って当たる確率。それらに比べれば、ずっとずっと高い。


 勝ち目はある。

 その事実が、彼を動かしていた。


 実際、その可能性はあった。

 戦闘補助型の中でも、最も危険性の高い彼のチートは、大いにレベル差の開いた理にさえ通じうる。


(あいつは、俺達を見下している! 俺達を見くびってる! だから成功するはずだ、この奇襲は!)


 どれだけ儚い可能性でも、現実的に可能な範囲だ。


「千里の目とは、下僕の目。我が耳目よ、怨敵を探れ」


 だがだからこそ、彼は警戒されていた。

 他の十四人はともかく、不芳についてだけは理も警戒していた。


「インセクトアイ」


 極限まで集中し、己の震えを抑えていた不芳。

 彼はボウガンを手に、その機を待っていた。

 だがだからこそ、彼は気づかなかった。

 自分の直ぐ近くに、ハエほどの小さな『目』が浮かんでいることに。


(あいつのチートは、ステータス閲覧……レーダーの類じゃない、隠れていれば見つからない!)


 そして忘れていた。都理の強さはチートだけではなく、特殊な能力を持った九つの尾と、この世界ともまた違う魔法であると。

 そう、結局、彼は見くびっていた。


 何千何万も殺したいわけではなく、二十九人を殺すと真剣に考えていた。

 そんな都理と……。


「猛毒の尾、同期の尾。出力200パーセント……ドリームウィンド」


 己自身の持つ、チート能力。その危険性を見くびっていた。

 門の柱に隠れていた彼に、そよ風が届いた。

 それは無味無臭の毒ガスであり、ほんの一息で人の意識を奪うものだった。


「……俺が毒の尾をもっていることは知っていたんだから、毒耐性のアイテムはつけて来るべきだったな」


 小さくした九本の尾を振りながら、理は門をくぐった。

 その表情に軽蔑はなく、憎悪はなく、真剣そのものだった。


「俺のチート能力は、あくまでもステータス閲覧。どれだけ成長しても、遠くに隠れた奴を見つけるなんてことはできない。だが索敵ぐらいは、チートなんかなくてもどうにでもなる。まあ用心したってことだ……お前だけはな」


 倒れている不芳を見れば、理はその能力を視認できる。

 だからこそ、声の色は優しかった。


「成長したな、不芳」


糸杉 不芳

状態 失神 瀕死 猛毒

『致死』〈クリティカルヒット〉レベル3/3。

レベル1 通常攻撃に即死判定

レベル2 連続攻撃、散弾の一発一発に即死判定

レベル3  バリアや防具に当たっても即死判定


 精神的に追い込まれ、そこから立ち上がった者は、チート能力を格段に成長させる。

 極限まで追い込まれた不芳は、自ら奮い立ち、かすかな勝機を信じて自ら動いた。


 だからこそ、彼は成長していた。


「お前だけは、クズじゃなかったよ」


 思わず、目が緩んだ。

 容赦なく叩き潰した身ではあるが、油断や慢心が過ぎれば、彼の夢想した物語は現実になりえた。


 コトワリ・ナインテイルという裏切り者に勝利し、レベル差故の膨大な経験値によって一気に強くなり、最大強化したチートも合わさって勇者としても成長する。

 そんな未来が、十分にあり得たのだ。


 殺意しかない尾、猛毒の尾。

 理はそれを柔らかく使って、不芳を包み込んだ。


「お前だけは……優しく殺してやる」


 糸杉 不芳 死亡。



 これでもう、万が一はない。

 そう思うと、理の胸に憎悪が燃えていた。


 不真面目な輩に対する、真面目な者の抱く憎悪。

 それを燃やす彼は、猛然と城の中を歩いていた。


「ぶっ殺してやる……」


 走ってはいなかった、だが早歩きだった。

 その顔には焦燥があり、一刻も早く怨敵を殺してやりたいという思いを隠せていなかった。


 頭の中の冷静な部分は、もっと警戒するべきだと叫んでいる。

 まだもう一人、警戒に値するチートを持っている者がいる。


 だが冷静ではなくなっている部分が、彼を駆り立てる。


 殺して楽になりたいわけではない、一刻も早くぶっ殺したい。

 憎悪で人を殺そうとしている彼は、人気のない城を歩き続けた。


 そして、一つの部屋にたどり着く。

 乱暴に蹴破ると、中で震えていた二人の男女が叫んでいた。


「う、うわああああ!」

「きゃああああ!」


 目次(めつぎ)伽藍(がらん)と、(ほし)(ひかる)

 元の世界に居た時から付き合っていた、仲のいい男女だった。


「相変わらず仲良しだな。目次、星」


 互いに抱き合い、寄り添い合う二人。

 まさに命が尽きるという時でも、二人は一緒にいる。

 まあ美しいのかもしれない、文章だけ見れば。


 だが実際に怯えている姿は、醜悪の極みだった。


「……仲が良くて結構だ。この世界に来たからお互いに乗り換えて、もっといい相手を……なんてことはなかったんだな」


 伽藍と光は、理が何を言っているのか聞こえなかった。

 恐怖と混乱のあまり、言葉が頭に入ってこない。


「羨ましいよ、正直な……」


 だがそれは、理も同じだった。


 自分の口から、自分の言葉で、自分の感想を述べている。

 にもかかわらず、自分が何を言っているのか理解できなかった。


「……あ、もういいや、殺す」


 そして口から出た言葉は、余りにも粗雑だった。

 だが心の底からの素直な言葉だった。


 大事なことを伝えたいときは、単純な方がいいのだろう。

 一々詩的に、飾り立てないほうがいいこともある。


「猛毒の尾……バジリスクロール」


「あ、あぎゃあああ!」

「お、おぐ……!」


 理はあえて激痛を伴う猛毒を用いて、二人をまとめて締め上げた。

 共に自己保存型のチート能力を持っている二人だが、まったく己を守れていない。


星 光 

状態 猛毒 瀕死

『無敵』〈ダメージシャッター〉レベル1/3

レベル1 自身への攻撃を無効化する

レベル2 自身の武器防具への攻撃を無効化する ロック

レベル3 自身の防御魔法への攻撃を無効化する ロック


目次 伽藍

状態 圧迫 瀕死

『金剛』〈ノイズキャンセラー〉1/3

レベル1 自身への状態異常を無効化する

レベル2 自身の防具への状態異常を無効化する ロック

レベル3 自身の防御魔法への状態異常を無効化する ロック


「似た者カップルだな、お前たちは」


 自己保存型のチートは、どれも有用性が高く最初から強い。

 この二人の場合は特に顕著でわかりやすく、最初から判明していた。


 順当に成長していれば、一年A組の主戦力となっていただろう。

 だが今の二人は、まとめて締め上げられていた。

 もちろん二人のチートは正常に作用している。光には締め付けによる物理的なダメージはなく、伽藍には猛毒のダメージがない。

 だがそれだけのことであり、二人は互いの能力の穴を突かれて死んでいく。


「どっちも……クズだ」


 思い出すのは勇者の二人、高嶺と加寸土のカップルだった。

 あの二人こそが、本当の意味で、辛いときも苦しい時も、それを分かち合った二人だった。


 それに比べて、この二人は醜かった。


 なぜこの醜い二人が、今生きているのか。

 それが理には、まったくわからない。

 わかりたくない。


「お前らなんか……死んじまえよ」


 理の目から涙が流れた。

 なんでこの二人が今日まで生きていたのだろう、さっさと死ねば良かったのに。


 はっきり言えば……もっと早く殺してやりたかった。

 あの十人の勇者を殺した時、その足ですぐさま息の根を止めたいぐらいだった。


 悔しかった。

 この二人が、二年も生きていたことが憎かった。


 ぐちゃりと。

 自分を守ることを望んでいた二人は、苦痛にまみれた醜い死体となって果てた。


星 光 死亡

目次 伽藍 死亡



 無人の城に絶叫が響いた。

 それは必然的に、魔王の下僕が殺戮を始めたことを伝えていた。


 それを聞いて、より震える者がいる。

 だがとにかく逃げ出そう、という者もいた。


 這う這うの体で、自分の部屋を飛び出す者もいた。


「あ、ああ……うう……」


 勝飛(かつとび)(かける)は、その一人だった。

 久方ぶりに自室を出た彼は、飛び出したその場で、直ぐに進退窮していた。


 自分の部屋を出たはいいが、どこに行けばいいのかわからない。

 混乱している彼は、右に行けばいいのか左に行けばいいのかわからない。

 そして、とにかく何処かへ行くべきだと分かっていても、正解以外に怯えていた。


(どっちに逃げればいいんだ!)


 ずれた話である。

 まるでまだ正解が存在していて、それを選べば助かるかのような、おかしな悩みだった。

 

 もし無理やりでも正解をこじつけるのだとしたら、この城から逃げ出すことだったのではないだろうか。

 そうしていれば、城の全員が死ぬまでは永らえたかもしれない。


「どうした、そんなに慌てて」


 そして、進退窮している間に、本当に殺人鬼が現れた。

 まだ部屋の中で怯えていたほうが、マシだったかもしれなかった。

 いや、そんなことはないだろう。


 大差ない。


「あ、あ……こ、ことわり……!」


 下手の考え休むに似たり。

 二年と言う長い時間を無為に過ごしてきた男は、今更のように慌てていた。


 もっともっと早い段階で、二年前の段階で慌てるべきだったのに。


「……まったく、行動回数を増やすチート持ちが、どうしていいのか迷った挙句、棒立ちとはな」


 嫌悪が隠せない。

 逃げるにしたって、逃げようがあるだろうに。

 呆れてものも言えないとは、まさにこのことだった。


「あ……う……」


勝飛 駆 

状態 恐怖 混乱

『倍速』〈フラッシュフラッシュ〉レベル1/3

レベル1 相手が一度行動する間に二回行動できる

レベル2 相手が一度行動する間に四回行動できる ロック

レベル3 相手が一度行動する間に八回行動できる ロック


「……」


 理は、しばらく黙った。

 このチート持ちが、何をするのか眺めることにした。


 だが何も動かない相手を見て、納得した。

 この男に、何か期待するのは止めようと思ったのだ。


「斥力の尾、スロープレッシャー」

「あ、あぐぅ?!」


 逆に何かの間違いを、このまま見逃してくれることを期待してしまっていた勝飛は、その不意打ちに耐えられなかった。

 突如として体に襲い掛かる重圧。壁に押し付けられた彼は、身動きが取れなくなっていた。


「あ、ああ、おおお……」


 頭を踏まれた蛇のように、体が動かせない。

 チートどうこうではない単純な力の差によって、勝飛は体を封じられていた。

 それは当然、途方もない痛みを伴うものである。


「出力、15パーセント」


 より強く、強く、壁へ押し付けられていく。

 それは痛いとかどうとかではなく、体の骨を粉砕していくほどの圧力だった。


「出力20パーセント」


 メリメリと壁にめり込んでいく。

 やがて壁の方が負けて吹き飛び、城の中の別の壁にぶち当たる。

 だがそれでも、圧力は弱まることを知らない。


「出力25パーセント」


 確実に、ゆっくりと、加重が増していく。

 それは緩慢な、多大な苦痛を経た、逃れようのない死を確信させるものだった。


 この行動には、ただ殺意があるだけではない。

 確実に殺すために、確実に弱らせていく、という意図はない。


 もっと単純に、逃れえぬ死をくれてやるという、無慈悲だけがあった。


(嫌だ、死にたくない!)


 抵抗の余地がない状況の中で、勝飛は救いを求めていた。

 だがしかし、その願いは届かない。


「出力30パーセント」


 ぐちゃりと、彼の体は崩壊した。

 まるで虫のように、つぶれて壁のしみになっていた。


「……良し」


 びっくりするほど、罪悪感が湧かなかった。

 ただ死んだことを確認すると、理は次の獲物を求めてさまよう。


勝飛 駆

状態 死亡



 逃げ出したのは、勝飛だけではなかった。

 他にも恐怖から部屋を出て、逃げ惑う生徒がいた。


 無情(むじょう)(あい)も、その一人である。

 非日常に憧れていたうちの一人である彼女は、息を切らしながら非日常を満喫していた。

 もちろん、満喫する余裕が、彼女にあったとは思えない。


 殺人鬼に追われて、逃げて、誰にも助けを乞えない。

 日本でも味わいうる、ただの非常事態である。

 退屈で死にそうだった日々は終わり、殺されて死にそうな終着に至りかけている。


「嫌だよ……死にたくないよ……!」


 ある人の曰く、幸せな人は大体同じだが、不幸な人は人それぞれだという。

 だが実際には、不幸な人も大体同じではないだろうか。


 どこにでもいる日本の女子高校生だった無情愛は、どこにでもいる日本の女子高生のまま、どこにでもいる誰かのように助けを求めて逃げていた。


「だ、誰でもいいから……誰でもいいから!」


 廊下を走ってはいけない、押さない駆けないしゃべらないという基本を忘れて、彼女はただ逃げ惑う。


 そうして、彼女の前に、他の生徒が現れた。

 遠藤(えんどう)(あたる)

 当然ながら、戦わずに若竹を見送った生徒の一人であり、しかもさほど強くないチートの保持者だった。


 だがそれでも、助けを乞いたかった。

 如何に相手が自分と大差なく、ただ逃げているだけであっても、まさに藁にもすがる思いで手を伸ばしたのだ。


「遠藤君……!」


「テイルスピア」


 一瞬で、その藁は吹き飛んだ。

 藁の家だって、もう少し持ちこたえるだろうに。


遠藤 当

状態 死亡

『延長』〈コードレス〉1/3

レベル1 攻撃の射程が伸びる

レベル2 視認できる範囲なら攻撃できる ロック

レベル3 捕捉した場所へ攻撃できる ロック

 

「ん……お前か、無情」


 その向こうから、殺人鬼が現れた。

 遭遇すれば死ぬしかない、絶対的強者。

 その彼が、余裕を崩さずに歩いてきている。


「あ……都、君……」

「……お前も部屋から出ていたんだな。遠藤を追いかけていたら見つけるなんて、俺も運がいいな」


 微塵も慈悲の無い、心の無い怪物がそこにいた。

 これが己のクラスメイトの成れの果てとは、彼女も信じたくないだろう。

 だがこれが真実だった。

 いや、どうでもよかったのかもしれない。

 つまりは、魔王の下僕が、魔王の敵対者の前に現れただけだった。


「あ……!」


 無情は腰を抜かしていた。

 もう逃げるどころではない、絶望で失神しそうだった。


 そんな彼女を見て、都は呆れている。

 やはり憎しみが、にじみ出ていた。


「……なあ無情、教えてほしいことがあるんだが」


 そんな彼女へ、理は質問をしていた。


「な、なに……?」


 どんな質問でも、要求でも、答えてしまっただろう。

 そう思うほどに、彼女の心は折れていた。


 俺の質問に答えれば助けてやる、という常套句さえなくとも、無条件に応えてしまっていた。


「……お前のチート、なんていうんだ?」

「え?」

「恩業と同じでな、お前のことも俺は見れなかったんだ」


 恩業(おんぎょう)角氏(かくし)。最初の衝突で散った男子生徒の一人で、『隠蔽』〈ファイヤーウォール〉という、索敵や追尾などを無効化するチート能力を持っていた。


 その彼に対しては、理の『解析』〈ウォードウィズダム〉も通らず、そのステータスを閲覧することは叶わなかった。


 よって理は、『正体を隠すタイプのチート持ちがいるな』と推測することしかできなかった。

 とはいえ実際にそれは正解で、範囲攻撃によって打ち倒すことに成功していた。


 その彼と同じように、無情についてもチートは通用しなかった。

 果たしてどんな能力なのか? そんなこと、考えるまでもない。


「お前のチート……多分だがチートそのものを無効化するタイプじゃないか?」

「!!」

「光にもダメージを通すことができて、伽藍を状態異常にすることができるとか、そういうタイプの……ありがちなチートだ。そうなんだろう?」


 理の想像は当たっていた。

 確かに無情のチート能力は、そうしたタイプである。

 だが言い当てられたことは、彼女の心をより揺さぶるものだった。


 この男は、本当に何でもお見通しなのだと。

 ただでさえ心を折る状況で、絶望が重なっていく。


「いいチートじゃないか、まるで主人公みたいだ」

「あ、ああ……」

「モンスター相手に意味はなくて、俺みたいな他のチート持ちと戦うための力じゃないか」

「うう……」

「いやあ……本当に格好いいよ」

 

 嘲りの限りを込めて、侮辱した。


「格好いいチートだなあ、おい」


 無情愛、彼女という人の価値を問う。


「その格好のいいチート能力……名前を教えてくれ」

「お、教えたら……」


 一縷の望みをかけて、彼女は問う。


「教えたら、殺さないでくれる?」


 ありえないとは、彼女もわかっている。

 だがそれでも、問わずにいられなかった。


「いや、じゃあいいや」

「え……」


 ぶぅん、と尻尾がうなった。

 ただ一撃で、彼女は死んだ。


 無情愛。特殊能力型チート、『無駄』〈シンプルモード〉保持者。

 彼女は主人公になることなく、命を散らしていた。



 都理は、その後も殺して殺して、殺して殺した。

 残っていた女子たちはまとまっていたので、比較的簡単に殺すことができていた。


甲賀(こうが) (かさね) 

状態 死亡

『蓄積』〈ダメージジャンキー〉レベル1/5

〈チャージスキルが高倍率で発動〉


生酢(きず) 菜緒(なお) 

状態 死亡

『代謝』〈オートヒール〉レベル1/3

〈状態異常やダメージが勝手に治る〉


日野(ひの) のぼり

状態 死亡

『無尽』〈エンドレス〉レベル1/3

〈スタミナ、魔力の回復が早い〉


黄泉(よみ) (くだり)

状態 死亡

『生還』〈ライフセイブ〉レベル1/3

〈即死攻撃無効〉


出羽(でばね) (ふう)

状態 死亡

『弱体』〈ダウンコード〉レベル1/5

〈攻撃に相手のスペックの弱体化が加わる〉


天宮(あまみや) まもり

状態 死亡

『建城』〈セーフティエリア〉レベル1/10

〈建造物を生み出せる〉


風呂敷(ふろしき) つつみ

状態 死亡

『底無』〈ビックボックス〉レベル1/10

〈アイテムボックスを生産できる〉


草冠(くさかんむり) (らく)

状態 死亡

『製薬』〈ハイポーション〉レベル1/10

〈効果の高い薬品を生み出せる〉


 切ないほどに、都理は自分(・・)を哀れんだ。

 まったくもって、自分がかわいそうだった。

 人を殺しているのに、心が痛まない。

 そんな自分がかわいそうだった。


 だが殺した連中に対しては、哀れだとは思わなかった。

 むしろ殺していくたびに、心が晴れやかになっていくと感じていた。


 戦いから逃げた、かわいそうな人たち。

 決して悪人ではない、無力な生徒。

 それを殺しているのに、まったく罪深く思わない。


 彼らの家族がどれだけ必死なのか、直接見知ったうえでなお……。


「まったく……親の心、子知らずか……全然違うな、ははは……」


 あっさりとしたものだった。


 もう詰んでいる盤面で、検証のために最後まで手を進めている、そんな印象があった。


 だが詰みの盤面へ至るために、どれだけ頑張ったことか。

 理はただ、己や若竹たちの努力に思いをはせた。


 自分たちはあんなに苦しい思いをしたのに、こいつらはそれを味わわなかった。

 そんな怒りが、彼の中にあったのだ。


「さて」


 最後に誰を殺すのか、それを彼は最初から決めていた。

 合理的にも、非合理にも、最後に殺すべき誰かは決まっていたのだ。


「久しぶりだな、離島」

「……」


 部屋の中で怯えていた離島。彼の前で椅子に座った理は、今までにないことを始めた。

 腰を下ろして、話を始めたのである。


「ついに……一年A組は俺とお前だけになっちまったな」

「……」


 意味が分からなかった。離島は自分の顔が、引きつっていくことを感じた。


「お、お……お前が殺したんだろうが……!」


 絞り出すような苦情だった。

 自分で二十八人も殺しておいて、まるで他人事である。

 哀愁にふけるにしても図々しすぎた。


「そうだな」


 しんみりとしながら、都はそれを受け入れた。


「まあ正直に言えば……俺にとって重い殺人は、若竹たちと……加寸土だけだったな」

「……?」


 またしても、意味が分からなかった。

 若竹と加寸土は、一緒に死んだのである。

 なぜわざわざ、区別するのかわからない。


「あいつは……立派だった。同じタイプのチート能力者として、感じ入ったよ」


 加寸土は、『報復』〈ジャスティスペナルティ〉という特殊能力型のチート能力者だった。

 傷を受けた時、同じ傷を相手に与える能力だったが、それの何が良かったのか。

 陰気の極みみたいな能力を得た男の、何を褒めているのだろうか。


「若竹たちは最初から立派だった……でもアイツは、立派になった(・・・)んだよ」


 冷ややかな目で、理は離島を見る。

 離島はまだ気づいていないが、彼の持つチートもまた、特殊能力型に分類されるからだ。


「アイツだけさ……社会の歯車になる覚悟が、大人になる覚悟ができた……特殊能力を欲しがる子供から抜け出たのはな」


 思わず、涙がこぼれた。

 本当に、離島には意味が分からないことだった。


(こいつ……おかしくなったのか?)


 油断しているのではないか、今なら殺せるのではないか。

 離島がそう思ってしまったのも、不思議ではない。


「なあ離島」


 だがしかし、理の目に射すくめられた。

 余りにもまっすぐににらんでくる彼に、何もできなくなっていた。


「俺の尻尾の能力は、自分で決めたものだ。だが俺達のチートは……願望そのものだ」


 彼の目は、何時か離島に死を促した時と同じだった。


「だがなあ、離島。結局願望が実現したって、大したことはなかったんだ。どんなに凄いチートをもらったって、頑張れば成果を出せる環境にいたって、その成果を褒めてくれる人がいたって……頑張るのは自分なんだ」


 そして、心に刺さる言葉だった。


 やり直したい、手遅れだった、もうだめだ、やり直したい。


 そう思う離島は、失意に浸っていた。


「若竹たちは立派だった、会ったこともない人のために頑張ったんだからな。俺はそれには劣るさ、自分と……せいぜい家族のために戦っているだけだ。でも……それなりには立派だったと思う」


 離島も、わかっている。

 結局世界が滅ぶとかどうとか置いておいて、自分が殺されるのに、一切頑張らなかったのだ。

 それで助かるわけがない。それが、立派であるわけがない。


「俺のチートは、いい能力だったと思う。でも……他人の顔色を窺おうが、相手の長所や弱点が分かろうが……結局真面目に努力する以上の最善はなかった」


 特殊能力型の持ち主たちは、人と違うことをするのが格好いいと思っていた。

 そういう輩であったはずの理と加寸土は、それから脱却した。

 成長補正型や能力向上型と同じように、辛く苦しい修行に身を置いたのだ。


「それができなかった俺は、劣っているっていうのか……」

「そうだ。劣ったまま死ぬのが、お前だ」

「ふざけるな!」


 自分だって頑張った、自分だって苦しかった。

 一度は脱落したが、途中からでも頑張ろうとした。

 それでも加寸土は、それを振り払った、見捨てた。


「お前に俺の気持ちが分かるかよ!」

「……じゃあ言えよ。自分が頑張らないと死ぬのに、なんで頑張らなかったんだ?」


 理の口から出たとは思えない、無垢な刃だった。


「いろいろ置いておいて……頑張らなくても死なないから頑張らないっていうのは、理解できることさ。でも頑張らないと死ぬのに、頑張らないってどういうことなんだ?」

「……それは」


 魔王だって、こんな酷なことは言わないだろう。

 無垢な言葉だからこそ、己の汚らしさを口にせざるを得なくなる。


「それは……!」


 自分がどうしようもないクズでカスだから頑張らなかったんだ。

 そう言えたら、まだましだったのだろうか。

 それを口にすることもできない彼は、己の中にプライドがあったことを思い知っていた。


「離島。お前は今すぐ自殺しろ、これが好機だと思ったほうがいい」


 まったくの親切心から、理は自殺を推奨した。


「お前に、主人公は、務まらねえよ」


 主人公に相応しい能力の中には、主人公だから使える能力がある。

 主人公以外が持っていれば、無様を晒すだけの能力がある。


「……なんだと?」

「どんな主人公だって、行動がないと駄目だ。何もしないやつには、主人公補正さえ働く余地はねえよ」


 最初に死んでいった四人は、少なからず『自分ならやれる』と思って行動(・・)をした。

 それが失敗したことは悲しいが、行動した以上は主人公補正の及ぶ余地があっただろう。


「どんな主人公補正、ご都合主義をもってしても、何もしてない奴は活躍のさせようがねえんだ」

「だ、だから……!」


 二年間、何もしなかった。

 それは確かに、実証された現実だ。


「俺だって、チートが分かっていれば……! 途中からでもアイツらに助けてもらえれば……!」


 土俵や成金は、チートが分からなくても戦った。

 それを思い出しても、彼は心が止まらない。


「俺だって、やり直したいさ!」

「無駄だ」


 残酷を、理は告げた。



「お前にはまず……何度もやり直すだけの根気がねえよ」



 願望を、己が裏切る。

 自分の可能性を信じるだけで、実証しようとしない生徒を、彼は蔑んだ。


「もう一度言ってやる。お前がどんな能力を持っていても……お前自身がクズだから、何をやっても無駄だ。というか……何もやらないクズのお前は、どんな能力を持っていても無駄だよ」


 そんなことはない、と言おうとした。

 だが何も言えなかった。


「弾丸の尾、サイレントクイック」


 理の尾の一本から、硝煙が上がっていた。

 そして同じように、離島の胴体からも煙が出ていた。


「お前はもう、俺にたどり着くこともできねえ」


 胴体に、腕が通るほどの巨大な穴が開いている。

 それに離島が気付けたのかどうかさえ怪しいが、彼の意識は一瞬で消えていた。


「お前には……可能性なんてねえんだからな」


 そして、世界の滅びは……。


 まだ確定していない。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] これチートの影響を受けない魔王様だけはループの影響を受けないってことなのかな。それだと世界が巻き戻った後の魔王様の居場所とかに不都合が出ないかな?例えば今魔王様が庭にいて、巻き戻った時…
[一言] 何度もやり直すだけの根気がねえよ、はゲームプレイヤーに刺さる言葉
[一言] 魔王様はわかって仲間に引き入れるんだけど、地獄の特訓に耐えられなくて結局死にそう
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