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職場の先輩にはいいえと言わないのが賢い

 今回の失踪事件はマスコミでも大いに騒がれた。警察も学校も、もちろん保護者の皆様方も必死に捜索していた。

 当然のように俺のクラスメイトは見つからず、自宅待機を解かれた俺は一年B組に転入した。転入っていうか知らないが、とにかく新しいクラスメイトができた。

 根掘り葉掘り聞いてくる生徒もいたが、何も知らないと適当なことを言っているうちに、他の良識あるクラスメイトからそんな奴らを止めて……。

 まあ、数日もすると皆が忘れたように振る舞い始めていた。

 一年A組がいない、一年B組。それがこれからしばらく続くのだ。それこそ、あと一年は。


 そんなことを考えて居ると、俺はお姫様に召喚された時のように、いつの間にか魔王様のお城に召喚されていた。

 まだ外部から見ていないのでお城と言い切ることはできないが、それでも広いのでお城という他ないだろう。


「ガハハハ! よく来たな新入り!」


 すげえ豪快なおっさんが、頭上から俺に話しかけていた。

 なんというか……すごくわかりやすいおっさんだった。

 牛のように角の生えた大男が、デカいハルバートを担いでいる。

 絵にかいたような、分かりやすすぎるパワーキャラだった。


「ギュウキ=ヘビーストロングス! それが儂の名だ! 普段はギュウキと気さくに呼ぶがいい!」


 人は見かけによらないという。だが大抵の人は見かけ通りだったりする。

 端的に言って、身なりがしっかりしているかいないかで、或いは歩き方や食事の仕方で、その人となりがわかるものだ。

 しかし、俺の人生でここまでわかりやすい御仁は見たことが無い。

 まるで女児向けアニメに出てくる登場人物の様な、あからさまなほどの分かりやすい四天王キャラだ。

 名は体を表すにも、限度があると思われるぞ。


「あ、はい。俺は……都、理といいます」

「聞いている! しかし、礼儀はなっているようだな! そう、名乗られたら名乗り返す物だ!」


 見上げるほどの大男が、豪快に大笑いしている。

 なんだろうか、この……中国とかの武将の様な、絵に描いたように分かりやすい豪傑は。

 結構いい人っぽいぞ。


ギュウキ=ヘビーストロングス

パワー   S+

タフ    S

スピード  A

魔力    E


 相変わらず大雑把ながら、なんとなく彼の力がわかる。

 多分数値化したらとんでもないインフレした数字になるんだろうしな……。


「実はな! ガハハハ! コトワリよ、お前の教育係を仰せつかった! もちろん魔王様からのご命令でな!」

「はい、お願いします」

「そう気にするな! 魔王様から比べれば、我らなど大差あるまい! 等しく魔王様にひれ伏し、奉仕するのが役目と言うわけよ! 先達として教えるように頼まれたのだ、そのご期待に添えねば男ではあるまい!」


 良い人だ……なんか血の臭いがするけど、たぶんいい人なんだろう。

 そうじゃないと困る。


「でだ! 魔王様から賜った九本の尾……既に能力は決めたのか?」

「え?! いいえ、一つもまだ……」

「なにぃ?! あれから数日は猶予があったはず……一つも決めていないのか?!」


 なんというか、考えだしたら止まらなくなってしまって、結局何もできないまま放置してしまったのである。

 だって、考えだしたら止まらない性格であるし、そもそもクラスメイトを殺害する計画を楽しんで構築できないし。

 もしかして、怒らせてしまったのだろうか?


「そうかそうか……いやあその臆病さ、実に良いぞ! まさか一つも決めていないとまでは思わなんだがな!」

「いいんですか?!」

「ここだけの話なのだがな、魔王様が今までこうして力を与えた者は、大抵自滅しておったのだ」


ああ、うん。そうだね、やっぱりね……。

 その手の話は確かに多いし、多分そういう事なんだろうと察しは付いていたのだ。


「と言うのもだ……その尾にしても、何やら勘違いするものが多くてな。その尾は確かに力を与えるが、その変化はあくまでもささやかなものなのだ」

「どういうことでしょうか……」

「例えば、己を鉄の様に替えたいと願い、尾に能力を与えたとする。その場合、確かに鉄となるのだが……それは尾の一本だけなのだ」


 ……何だろう、その微妙な能力は。


「炎を出したい、水を出したいと思ったところでだ、戦いなれた者であれば尾ごとに力が違うと理解できる故にな。あっさりと見切られてしまうのだ」

「そ、そうだったんですか……」


 なるほど。確かにそれは、アクションゲームだとありがちな設定だ。

 プレイヤーが攻略するための、攻略して気持ちよくなるための設定だ。


「ああ、勘違いするなよ? 魔王様は決して、お前を含めて軽く扱うつもりは無いのだ……だが、力のなかったものが力を得ると、そのなんだ……大抵あっさり自滅するのだ……」

「わかります……」

「うむ……うん、まあそれは良いことだぞ! この儂がその辺りをひっくるめて指導してやろうではないか!」


 安心したように笑う豪傑、ギュウキ。

 その彼はやっぱりいい人の様で……なんか死亡フラグが見えるようだった。

 この人、その内俺のクラスメイトに殺されたりしないだろうか……。


「まずは尾そのものを鍛えねばな!」

「え? 鍛えたら強くなるんですか?」

「無論であろう、仮に炎を出す程度の単純な力であってもだ、鍛えれば強くなるのは道理だ。能力を付与する前であっても、鍛えれば大きく硬く、強くなる。当たり前のことだ!」


 そうだったのか……。

 そんな基本的な事さえ解析できないとは、所詮五段階評価の二でしかないという事か……。

 よし、じゃあギュウキの指示に従って強化しよう!

 どうやれば強くなれるのだろうか?


「ガハハハ! そうと決まれば話は早い! では早速……特訓と洒落込もうではないか!」


 始まった特訓は……思った以上に単純で、思った以上に前時代的だった。


「さあ、どんどんいくぞぉお!」

「ぎゃあああああ!」


 おそらく、客観視するに奴隷をいびっているのと変わらないのではないだろうか。

 俺は手枷足枷をされたうえで、中庭で地面に埋め込まれている杭に鎖でつながれていた。

 それが逃亡防止であることは確実なのだが、ギュウキは俺に向かって大きめの石を投げてきたのである。

 それはもう、見事なフォームで投げてくるのだ。それを、俺は尻尾の一本で弾いている。

 感覚がつながっているのでそれなりに動かせるのだが、疲れるしすげえ痛い。しかも、尻尾が一本を除いて拘束されている。なので、俺は痛いのを我慢して、一本の尾を酷使しないといけないのだ。


「案ずるな! 体に当たっても死にはせん! 当たり所さえ良ければな! 死ねばその程度の男と言うことだ! 魔王様に忠義を誓った男なら、この程度に音を上げるなよ!」


 図式としては、野球の打撃練習に近いのかもしれない。

 俺に向かって投げてくる石を、俺の尻尾で打っているのだから。

 ピッチングマシーンの投げるボールを打っている、程度の認識で良いのかもしれない。

 まあ、手枷と足枷、鎖の時点でお察しだが。


「ひぃいいいい!」

「無様を晒すな! 気合を入れろ!」


 これ完全に可愛がりだろ!

 ファンタジーだけに人権もないし、止めてくれるお人もいない!

 というか、仮に投げ出した場合どうなるかなんて、考えたくもない!


「フハハハ! 良いぞ、ギュウキよ……そうして鍛えてやるが良い」

「お任せあれ、魔王様!」


 というか、魔王様見てた! 中庭が見えるベランダで、三階ぐらいの高さから俺を見下ろしていらっしゃった!

 ソファーで横になって、おくつろぎになってる!

 その傍らに、執事っぽい人を控えさせてる!

 つまみを食べながら、お酒飲んでる!


「それそれ! よそ見をするな!」

「ぎゃああああ!」

「よいよい……精が出ておるのう……」


 俺の叫びが娯楽になってる?!

 微笑ましい光景扱いになってる?!


「魔王様の御前だぞ、無様を晒すなよ!」

「ひぃいいいい!」



 そうして、俺の特訓は続いた。尻尾を一本一本鍛えていく、地道な日々だった。多分筋トレとか、そんな感じだったのだろう。

 実際、尻尾の一本一本が伸びて大きくなり、俺の体よりも大きくなっていった。

 動きも早くなり力も強くなり、そのまま一本一本を手足程度には動かせるようになっていったのである。

 まあ、その間ずっと石を投げられまくっていたのだが。顔っていうか頭に三回ぐらいぶつかって、そのまま何度か回復魔法をかけてもらうことになった。

 なんか、致命傷だったらしい。


「おかしい……死にたくない一心で魔王様に忠誠を誓ったはずなのに……」


 体のいい玩具、というのは覚悟していたが、これはあんまりだと思う。

 俺は魔王様にあてがわれた部屋で、出し入れも自在になった尻尾をフリフリと揺らしていた。

 自分の尻尾ではあるが、その毛並みは実にいい。触っていると心が癒されるようだ。気のせいだけど。


「とはいえ数日で劇的に強くなったのも事実か……」


 単純に、俺は自分の姿を隠せるようになっていた。これで、俺は尻尾で自分の身を守れるようになったのである。

 こう、攻撃されても尻尾で体を覆うことができるようになったのだ。


「失礼します」


 扉をノックして入ってきたのは、小学生ぐらいに見える子供だった。

 というか、男の子ぐらいに見えるモンスターだった。

 俺が怪我をして生死の境をさまよっていたときに、回復魔法をかけてくれた人だった。


「魔王様からのご命令により、この城やこの世界で起きていることをご説明しに伺いました」

セラエノ=レコードブック

種族 呪いの本(付喪神)

習得スキル 記録

職業 魔王の執事


 解析スキルによって、彼の素性が大体わかった。

 おそらく、彼の能力を全て読み取ろうとすれば、それこそ百科事典を大量に詰め込まれることになるだろう。


 本の付喪神、それは図書館のように大量の蔵書を蓄えているに違いない。

 魔法に関しても、それはもう膨大なものを習得しているのだろう。回復魔法もその一つでしかないはずだ。


「なんでも聞いていいんですか?」

「それが私の役割ですので」


 確かに、何が何だかわからないけど戦え、よりはありがたい。

 それに、無知すぎると魔王様も説明が面倒だろうしな……。


「じゃあ魔王様はどうしてこの世界を滅ぼそうとしているんですか?」

「暇つぶしです」


 ド直球だった。

 そりゃあまあ、嘘つく人だとは思ってなかったけども、まさか本当に暇つぶしだとは。


「魔王様は強大な力をお持ちです、それ故に退屈をもてあましておいでなのです。その退屈を慰めるための余興として、世界を滅ぼそうとしているのです」

「……どういう基準でこの世界を選んだんだ?」


 もし気まぐれを起こして、俺達の世界に攻め込んできたらどうしよう。


「魔王様はその強大なお力によって、宇宙を生み出すことが可能なのです。その力によって、いくつもの星に種をまき、時間を操ることによって滅ぼすべき世界を探しているのです」

「……本当にゲーム感覚なんだな」


 思い出してしまうのは、PCで遊ぶタイプの本格戦略ゲームの類だ。

 星一つを舞台にしたゲームの場合、地形そのものや資源の配置までランダムに生成される。

 プレイヤーによっては、リセットして都合のいいマップが出るまでやり直すこともあるだろう。


「ですのでご安心ください、貴方の住まう世界は魔王様が滅ぼそうとする対象になりえないのです。もちろん、そちらの星の方が魔王様に宣戦布告すればその限りではありませんが」


 魔王っていうか創造神である。

 ゲームの中の住人からすればどっちも同じもんだろうけども。


「じゃあこっちの世界の住人はどう思っているんだ?」

「元々この星にはモンスターが存在し、魔王様が戯れで配置されたダンジョンが存在し、貴方の世界に存在しない魔法もありました。人間たちはモンスターを野生動物同然に討ち果たし、資源として利用しつつ繁栄をしていました。そこへ、魔王様が宇宙を駆ける城、この魔王城に乗り込み攻め込んできた、というのが彼らの解釈であり、事実です。彼らは異なる世界からやってきた魔王が放つ自生とは異なる強大なモンスターに圧倒されつつあり、根源である魔王を討ち果たそうとしているのです」


 ある日突然やってきた侵略者……それを倒す為に、人間は抵抗している。

 なるほど、確かに事実だ。魔王を倒さなければ、彼らに明日は無い。

 まあ、絶対に倒せない相手なのだが。


「ゲーム感覚なんだな……」

「貴方に理解できる尺度では適切です。自分で水槽を作り、生態系を構築したうえで、勝ち目のない捕食動物を入れる。そうした遊びなのですよ」


 理解できるけど悪趣味だな……。

 心が病んでいると思われても仕方ないぞ。


「じゃああれだ……俺達を、勇者を召喚したのはどういうアレなんだ?」


 今の話が本当なら、魔王様は一応節度を持っている。

 自分で作った世界を、星を壊すことは有っても、他所の世界は滅ぼさない。

 自分ではどんなゲームでも作るし、その中でなんでもするけれども、俺達の世界には何もしない。

 若竹がやったように敵対を宣言されればその限りではないが、そもそもこの世界が魔王様の生み出した世界なら、勇者を召喚した魔法だって魔王様が生み出した物ではないのだろうか?

 なんというか、俺達の世界の勇者を歓迎している風でもあったし。


「魔法文明が発達するということは、世界の成り立ちを知るということでもあります。それは当然、自分達の宇宙の外にも手が届くという事。貴方達の宇宙を生み出した〈神〉は自分の世界にそうした物が蔓延することを良しとしませんが、異界に招かれる場合には慈悲として力を与えるのですよ」

「つまり……魔法がある世界、星なら、俺達の世界から誰かを引っ張ってくることはできる。だけど、それを実際にやったらこの世界の住人を越える力を、俺達の世界の〈神〉がくれる」

「そう、それによって『勇者召喚』と呼ばれるものが生み出されたのです。この世界に限らず、多くの世界でそれはある」


 勇者召喚とは、単純に俺達の世界から一般人をさらってくる魔法だった。

 しかし、実際にやってみたら凄い強い奴が来た。勇者召喚、という魔法になったと。

 なんか、どっちの神様も迷惑な話だな……。どうせ贈り物をくれるぐらいなら、召喚されないようにしていただきたい。

 勝てる相手を倒せばいい世界ならともかく、絶対に勝てない魔王様と戦う世界はマジ勘弁です。


「それじゃあ、こっちの世界の魔法は、俺にも……他の連中にも憶えられるのか?」

「ええ、可能です。ですが貴方には注意事項が。こちらの世界に限らず、多くの世界の、多くの星での魔法を私は記録しています。それを貴方に教えることもできるのですが……」

「ですが?」

「そちらの世界の神は、それを著しく嫌います」


 魔王様がこの世界で好き勝手やっているように、俺達の世界にも〈神〉はいる。

 その神様は、魔法がお嫌いと。


「端的に申し上げて、そちらの世界の成り立ちや社会の形式に関しては、貴方の方がご存知でしょう。それはそちらの〈神〉がそうした物を嫌い、排除しているからなのです。もしも仮に、それを公の場で披露しようものならば、魔王様に匹敵する〈神〉が貴方に対応をするでしょう」


 俺が青ざめた顔をしたのを見て、セラエノは安堵したようだった。

 ネトゲーでアカウントを消されるような、そんなことになる。

 抵抗の余地が一切与えられない制裁が待つのだと、俺は理解してしまっていた。

 それを理解したからこそ、セラエノは安堵したのだ。


「魔王様はこの世界の住人など恐れませんし、我らに対しても同じこと。ですが……対等の存在である貴方の世界の〈神〉に対しては、その限りではありません。貴方の迂闊な行動は、魔王様に不快な思いをさせるどころか、ご迷惑をおかけすることになりかねないのです」


 とても厳しい指摘だった。

 多分、私的に制裁をすることもいとわない、そんな話し方だった。

 確かに、自分の水槽の中の魚がいきなり魔法使い出して、それが蔓延していたら科学万能の世界を作ってた神様は怒るし、それを自分の魚に教えた魔王様に怒るだろう。

 同等の相手に怒られたら、魔王様も困るに違いない。

 逆説的に言って、俺が自爆すれば魔王様にもダメージを与えられるかもしれないが、それは『俺の死』とイコールである。

 正直に言って、魔王様がちょっと困るかもしれない、程度の為に命は捨てられない。


「分かった、分かりました! 絶対に使いません!」

「良い心がけです。では、貴方の今後の予定ですが……」


 俺は魔王様に忠義を誓った。それはつまり、魔王様の部下になったという事。

 要するに、仕事を命じられる側になったということだ。


「貴方にはまず、『勇者』を『四人』殺していただきます」


 分かり切っていたことを、命令されていた。やはり殺人せねばならないらしい。

 ごくり、と生唾を呑む。助命嘆願の時期は既に逸している、生き残れるのは俺だけだ。


「なぜ、四人なのですか?」

「貴方が最善の手を打つならば、間違いなく全員殺そうとし、全員殺してしまうからです」


 そりゃあまあ、そうだ。

 良くネタにされるが、RPGの世界では勇者が死なないように適切なレベルの敵が配置されている。

 魔王全然本気じゃないじゃん、とかまあそういう話だ。

 実際には、そうじゃないとゲームバランスという物が保てないからなのだが。

 俺なら、全員を一撃で殺そうとするし、失敗しても徹底して殺すだろう。


「それでは遊びにならない」


 なるほど、確かにそれは面白くないだろう。


「魔王様は退屈をしており、同時に部下に気品も求めている。分かりますね? 魔王様の部下として恥じぬ戦いをなさってください。そのために、我らも全力を尽くす所存です」

「分かりました……では、その……魔法を教えてくれませんか?」

「ええ、喜んで」


 知識を与えることこそ己が喜び。

 そう笑う少年は……性別不明の本の付喪神は、魔法について語り始めた。


「魔法とは、究極的には物理法則の改竄であり……小宇宙の形成です」

「いきなりわからない」

「魔力と言う物理的に存在しない力を使って、物理的にあり得ないことをするものだと思ってください」


 えらくざっくりとした説明だが、概ねは分かった。

 要するに、そういうことなのだろう。


「私がこの星の魔法を貴方に教えることはできます……しかしそれはあくまでもこの星の住人と同じ土俵に立つだけ。それでは、能力値の強化に長けた勇者や、魔法に特化した勇者には及びません」


 そりゃあそうだろう。

 なにせ魔法の習得や魔法攻撃力に関係する職業の奴はそれなりにいた。

 それになにより、俺は二十九人と戦わないといけないのだ。

 平凡な魔法を覚えて、平凡な魔法使いのまま戦うことはできない。


「幸い、私はいくつもの星の魔法を習得しております。これを貴方にお教えしましょう」

「いくつもの星か……そういえば、順番がおかしくなったけど、ギュウキ様やセラエノ様はこの世界の出身なんですか? 俺の宇宙の住人じゃないでしょう?」

「こことはまた別の世界の住人です。魔王様や貴方の〈神〉以外にも世界を生み出す方は多いですから」


 そうか……まあ二人いるんだから何人いても不思議じゃないか。

 そんなことを考えていると、俺の前に一冊の本が浮かんでいた。

 うぉう?!

 い、いや解析するとセラエノ様だった。

 そうか、本の付喪神なんだからこれが本当の姿か……。


「これを読めば魔法が習得できるんですか?」

「いいえ……貴方の体に焼き付けます」


 ……おい、待て。

 今何と言ったんだショタブック。


「体に……焼き付ける?」

「貴方の肌に呪文を焼き付けます。これによって、容易に習得できるのです」


 それはアレか……よく漫画家が『こんなキャラにするんじゃなかった』とか言ってる、体に細かい呪文が刻まれたキャラクターになるのか!


「そこそこに痛みますが、そこは耐えてください」

「ま、麻酔とかは……」

「耐えてください」


 本に刻まれている文字が浮かび上がる。

 そして、それが一切厚みを持たずに俺の体に吸い付いていく。

 流石に、拳大の大きさの石を頭に喰らった時ほどではないが、それでも熱い。

 我慢できないほどではなく、気絶するほどでもない。

 だが、だからこそ苦痛だった。


「な、なんで麻酔をかけてくれないんですか?」

「魔王様の御希望です」

「あ、ああ、なるほど……」


 どうやら俺が悶えてもがいたぐらいでは転写には影響がないらしく、俺は服を着たまま悶えていた。

 服を通り越して地肌を焼く刻印は、俺の腕に刻まれていった。


「と、ところで、今俺はどんな魔法が使えるようになっているんですか?」

「貴方に一番必要な呪文……肉体に刻まれた呪印を隠す変身魔法です」


 うん、その気遣いはありがたいけど、どうせなら他の方法で教えてほしかったかな!



 こうして、俺は全身に呪印を刻まれていた。なんというか、耳なし芳一状態である。

 読めない文字が全身に刻まれているのって、怖いっていうか気持ちが悪い。

 正直、さっそくこの呪印を隠す魔法を使わせてほしいところである。


「あの、セラエノ様……この文様を隠す魔法、どうやったら使えますか?」

「そうですね、では早速お教えいたしましょう」


 人間の姿に戻った、或いは人間の姿に変身したセラエノ様は、俺の前で不思議な踊りを踊り始めた。

 こう、スタイリッシュアクション、的な動作だった。

 姿が子供なのでちょっと拍手を送りたくなるような、そんな感じだったのだが。


「『我が体に刻まれし刻印よ、記されしままに在るべし』」

「『偽り、隠し、覆い、包むべし』」

「『俗世に生きる凡俗に、我が在りようを示さぬために』」

「『トランス!』」


 だ、ダセぇ……。

 なんだろうか、この中学生が適当に考えたような文章と踊りは。

 多分全身に刻まれた呪印そのものよりも恥ずかしいぞ。

 一々そのポーズしてその呪文唱えないと魔法使えないの?

 むしろそんな呪文を刻まれたことが恥ずかしいよ!

 っていうか、その呪文を他人に見られたくないよ!


「ちなみに、この呪文を解除する場合はこう唱えます」


「『我が体に刻まれし刻印よ、記されしままに在るべし』」

「『正し、表し、示し、開くべし』」

「『深淵にて闇に照らすは、我が真の威容』」

「『トランス!』」


「これによって、貴方の呪印は真の姿を取り戻します」


 絶対、一生、その呪文唱えない。

 また変な踊りを踊ってたし……。

 この呪印、刻んでもらって申し訳ないですが、一生隠したまま生きていきます。


「尚、呪印を隠匿している限り、他の呪印は効果を発揮しませんので、悪しからず」


 悪しからずじゃねえよ、悪いよ、最悪だよ!

 こんなんじゃあ銭湯にもプールにも行けねえよ!

 いや、だからこんな呪文を刻んでもらったのは分かるけども!

 おかしい、もう少し、こう……色々とないのだろうか?!


「では、練習いたしましょう」


 やっぱり練習が必要なのかよ!


「『我が体に刻まれし刻印よ、記されしままに在るべし』」

「『我が体に刻まれし刻印よ、記されしままに在るべし』」

「『偽り、隠し、覆い、包むべし』」

「『偽り、隠し、覆い、包むべし』」

「『俗世に生きる凡俗に、我が在りようを示さぬために』」

「『俗世に生きる凡俗に、我が在りようを示さぬために』」

「『トランス!』」

「『トランス!』」


 これが魔王に魂を売り渡し、自分だけ助かろうとした男の、その結末だというのだろうか。

 これがクラスメイトを全員殺してでも生き残ろうとした、裏切りものに待つ末路だというのだろうか。

 だとしたら、俺は……。なんというか、心の中で後悔していた。


「成功しました」

「あ、ありがとうございます」


 成功と失敗があるということは、つまりは失敗した場合成功するまで続けなければならないという事。

 なまじスタイリッシュなだけに、もう絶対に失敗できなかった。

 そして既に俺は多くを悟っていた。全身に刻まれた呪印の数だけ、この呪文と踊りを覚えなければならないということを!

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[気になる点] 九尾の狐の尻尾のスキルで【絶対記憶】とかそういう補助系覚えればいいんじゃね?
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