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勝利こそ善、敗北こそ悪

「最近中途で凄いのが入ってきてね、大学を卒業した後何度か職を転々としていた若い兄ちゃんだったんだけどさ。その兄ちゃん、新人だから雑用を任されてたんだけと、言ってもやらなくて、それどころか無断欠勤してね。試採用期間中だったから本採用はなしにしたんだけど、そしたら母親がその兄ちゃんを連れて抗議しに来てね……俺も実家の母親を呼ぼうかと思ったよ」


「そんなことしないでくださいよ、いい歳して恥ずかしい」


「向こうの兄ちゃんだって二十歳過ぎだろ、たいして違わないさ。ただ向こうのお母さんは凄くてねえ、『うちの息子に雑用をさせるとは何事か、そんなことをさせるために会社に入社させたわけじゃない、もっとふさわしい仕事をさせろ』ってね……まさか本当にそんなことを言うなんて思ってもいなかった」


「ひどいお母さんねえ……」


「あげく俺に子供がいることを知ると、『お宅の息子さんが同じ目に合ったらどう思うのか、よく考えていってみろ、私の息子を自分の息子だと思ったら同じことができるのか』とも言われたよ」


「……そう考えると、少しかわいそうですね」


「何言ってるんだ」


「ええ? 理が雑用を押し付けられてると思ったら、って話じゃないんですか?」


「そんなわけないだろう……」


「私も理が会社でいじめられていると思ったら、陰鬱になりますよ……抗議しに行ったお母さんの気持ちもわかるわ……」


「……私は向こうのお母さんに『失礼ですがお仕事をなさっていますか』と聞いてみたよ。そしたら、『していないですけども、私に仕事の経験が無かったら何だっていうんですか』と怒り出してね。少し言わせて静かになったら、こういったんだよ」


「なんて言ったんですか?」


「お宅の息子さんの結婚した相手が、料理は作っても後片付けをしなくて、買い物には行くけどゴミ捨てをしなくて、洗濯物は干すけどたたまなくて、それを注意したら実家に帰ったあげく、一度も家事をしたことがない父親を連れてきて『そんな雑用をさせるために娘を嫁にやったわけじゃない、やりたくないことは他の誰かにやらせればいい、私が家事をしたことがないからってバカにしているのか』と言い出したらどう思うのか聞いてみたよ」


「……」


「まさに、お前と同じ顔をしていたよ」


「想像するだけで嫌になります……もしも理がそんなお嫁さんと結婚したらどうしましょう」


「向こうのお母さんは、顔を赤くさせたまま黙ってね……こっちの気分がわかってもらえたよ。私たちだって同じような気分だったからね。何言ってるんだコイツ、って奴だよ」


「お父さんも大変なんですねえ」


「お母さんが黙ったら、兄ちゃんも黙ってね。もうしゃべることがないなら帰ってくださいと言ったら、二人して帰ってくれたよ。向こうこそこっちの気持ちを想像すれば、すぐわかることだっただろうに」


「私も想像力がなかったわ……」


「それもこれも、仕事に夢を持ちすぎているからだよ。幼稚園の女の子が、なんとなくケーキ屋さんになりたいと思っているのと同じさ」


「私にもそういう時期があったわねえ、他にもお花屋さんとかあったわ……」


「その子がケーキ屋さんになって、幸せになれると思うかい? ケーキを食べるのが好きなのと作るのは全然違うし、ケーキを朝から晩まで毎日大量に作るのと趣味で時々作るのも話が違うし、クリスマスシーズンなんて忙しくて定時どころの騒ぎじゃない。素人の俺でもそれぐらいは想像できるんだから、実際にはもっと大変なんだろう」


「夢のない話ですね……」


「だからそれも専業主婦と同じだよ。さっきも言ったけど、『やりがいのある仕事』を『自分が幸せになる仕事』だと勘違いしているからだ。野球の練習はしたくないけど野球選手にはなりたいし、マンガの週刊連載はしたくないけど週刊少年誌の連載漫画家になりたいのと一緒さ」


「本当に夢がありませんね……」


「コンビニのバイトをしている学生の方が、あの兄ちゃんよりもよっぽどプロ意識があるよ。仕事に期待をせず、嫌々でも給料相応に頑張っていれば、客も雇っている人も文句を言わないのに」


「そりゃあ愚痴も言いたくなりますね」


「その点、理は偉い。特に行きたい進路もないのに、この一年ずっと勉強しているんだから。母さんや俺が言ってるわけでもないのに、自主的に頑張るなんてなかなかできることじゃない。そりゃあ俺だって褒めるさ」


「お父さん……」


「俺が理ぐらいのときは、親に勉強しろって言われてもしなかったからな」


「お父さん……」


「俺も正直勉強してなかったことを後悔しているけど、勉強しなかったことを後悔していない奴のほうがずっとヤバい。後悔していないってことは、それが原因だと気づいてないってことだからな。失敗する前から勉強したほうがいいと思っている理は、社会に出ても大丈夫だよ」


「失敗ですか……」


「どうした?」


「あの子、まだ二年前のことを気にしてるんじゃないかしら」


「……クラスメイトが失踪したことか? アレはあんまり触れないほうがいいだろう」


「そうだけど、あの高校にまだ一年通う気なのよ? 今からでも別の学校に転校したり、引っ越したりしたほうが」


「気持ちはわかる。だけどな、あの高校に通いたいって言ってるならそれでいいじゃないか」


「でもお父さん、理が思い詰めたらと考えたら不安で不安で……」


「母さん、気持ちはわかる。だけど今のご時世じゃあ転校して引っ越しても、理があの失踪事件に関わっていることがばれても不思議じゃない。それなら真剣に守ってくれる今の高校に通っていた方が安心だろう? 他の学校に移った後でいじめられたら、対応が遅れそうじゃないか」


「そうかもしれませんけど……」


「マメにそのことを聞いて、いつでも逃げていいと言ってあげるのはいい。でもしつこくすると、却って理も忘れられなくなるじゃないか」


「……そうかもしれませんね」


「……」


「……」


「それにしても、本当に何があったんだろうな。クラスメイトが理以外全員いなくなるなんて、ありえないことだ。あの当時は俺たちもいろいろ言われたが、誰も何もわからないまま。まさか本当に、このご時世で神隠しなんてものがあるとは……」


「他の親御さんのことを想うと、本当に今でも涙が出ますよ。なんでいきなり、自分の子供がどっかにいかなくちゃいけないのか……! 私だって理がああなっていたら、どうしていたか……。こんなことを言えませんけど、もしも他の子が残っていたら、何をしていたかわかりません」


「ああ、本当にな……。さっきは兄ちゃんの親に向かって偉そうなことを言ったが……親にとっては子供はいつまでも子供だからな……」


「高校生なんて、まだ全然子供ですよ! きっとどこかの悪い大人に騙されたんです!」


「確かにな……警察もその線を疑っていた。高校生なら本人たちがその気になれば、大人の協力で証拠も残さず失踪することもできる。だから理にも色々と聞いていたが、理は何も話さなかった……。正直、何か知っているのかもしれないが……」


「知っているわけがないじゃないですか、あの子が嘘を言っているっていうんですか?」


「すまん……お母さん、あの子が悪いと思っているわけじゃないんだ」


「本当ですか?」


「さっきの話とは矛盾しているかもしれないが……親は子供のことを心配するべきなんだ。そのうえで、子供のために何ができるのかをちゃんと考えて、子供が立派な大人になれるように頑張らないといけない。だが子供がいなくなったら、親はどうしていいのかわからなくなる。この上なく子供が心配なのに、何をやっても何にもならない。……どこの家庭でも起こりえることだが、想像するだけでも胸が痛くなるよ」


「……」


「今すぐ帰ってきてほしいが、そうでなくても生きていて欲しい。生きてさえいれば、生きてさえいれば……それだけで、救いはあるんだから」



 俺は人生で十四人殺した。

 一年前に四人、ほんの少し前に十人殺した。

 あと十五人殺さなければならない。


 そんな俺が、心を保つために何をするべきなのか。

 大学生になるために、現実逃避のために、社会だとか歴史だとかを勉強していた俺は、よく知っている。


 葬式をする。

 死んだ人間の魂を慰める、という名目で自分の心を慰める。

 自分で殺して自分で弔って、まったくもって最低な話だ。


「日本の海だ」


 俺は適当に電車にのって、適当に海にきて、適当に磯にいた。

 適当な花屋で花束を買って、適当に海へ投げた。


「葬式にはなにもかも足りないだろうが、まあそこは勘弁してくれ」


 とてもではないが、緻密に葬式の段取りなど考えられなかった。

 自分が殺したことの重さだけじゃない。

 自分が可愛くて他人を殺しているのに、自分のことがそんなに好きじゃないことがつらい。

 優先順位があるとしても、そんなに差が無い。

 越えられない壁がない。強烈な理由が、執着する根拠がない。


「……勘弁してくれ」


 別に俺が死んだって、この世界は滅ばない。

 母さんと父さんだって、俺をほめることはないだろう。


「みんないい奴らだった。立派に勇者になってた……俺の努力は報われた。これがゲームだったりスポーツだったら、どれだけいいか」


 敵が強くて嬉しかった。

 まるで悪役のような心持だった。


 いや、あの時は敵だとさえ思っていなかった。

 十人と戦った時、分かり合えたとさえ思えた。


 チート能力でステータスを見るまでもなく、彼らと戦うことでその戦績が分かった。

 失敗が許されない緊張感の中で、集団戦闘を磨きに磨いていた。

 俺がどう動いても、全員で連携をしていた。俺が勝てたのはそれこそ、細やかな運の重なりだろう。


「お前らも頑張ってたんだよなあ……」


 人なんて、殺すもんじゃない。

 人生を感じてしまうと、価値を感じてしまう。

 自分が辛い目にあったからこそ、相手がどんな日々を送ったのかわかってしまう。


 それを、俺は。

 自分の手で、自分の意志で、自分の為に。

 叩き潰して、ぶち殺して……。


「悪かった」


 涙がこぼれる。


「ごめん」


 あふれて、止まらない。


「俺が殺したんだ」


 もうどんな奇跡が起こっても、この世界に勇者たちは帰ってこれない。

 あの世界は救われないし、この世界にいる家族たちも救われない。

 わかった上で、誤解なく、俺は人を殺した。


「みんな、まだ生きたかったよな。やりたいことがたくさんあったよな、他人からすればどうでもいいことが心残りだったよな」


 俺と同じ理由も持っている、どこにでもいる普通の高校生たち。

 彼らを俺は、魔王様が恐ろしいという動機で、裏切って殺した。


「死にたくなかったよな」


 仲間が死んでも、逃げようとはしなかった。

 雑兵の覚悟をもった、勇者たち。

 本当に、強いやつらだった。


 俺は彼らになら、負けてもよかった。


「お前たちに殺されたかったのかな、俺は」


 これが遊びなら、戯れなら、試合ならよかった。

 負けたとしても悔しくて悲しいだけで、勝ったら嬉しくて喜んで、勝っても負けても分かり合えていた。


 だがきっと……。

 それはぜいたくな話なんだろう。


「単純じゃない、なんにでも順位はある。俺はお前らに殺されてもいいと思っていたけどけど、それよりもお前らを殺したかったんだろう」


 なんでもかなうわけではなく、なんでもできるわけじゃない。

 それも大人ってことだろう。それもすべては、大事な何かを守るために。

 俺は結婚するかどうかわからないけど、父さんと母さんの子供だけど。

 でも、二人の生活を守りたかった。

 俺がいなくなったら、どうなるのか。今の俺は痛いほど知っている。


「……なあお前ら。俺を呪うか? 地獄に落ちろって思ってるか?」


 地獄や天国があって欲しいと思っている。

 あの十人には、幸せな死後があって欲しいと願っている。

 殺しておいて、弔っている。


 彼らの死後が幸せなら、今を生きている俺も救われる。

 でもまあ……ないだろう、たぶん。

 あったとしたら、魔王様が手を出していると思うし。

 ない方がきっと幸せだな、うん。


「安心してくれ、俺はきっと幸せになれない。もし幸せになるとしたら、相当な悪人になったときだ」


 きっとそれでいいのだ。

 俺は勇者ではなく魔王様の下僕、命惜しさに忠義を誓った者。

 幸せになることなんかよりも、泥をすすってでも生きていくと決めたのだ。

 初志貫徹、いまさら後悔しても遅い。


「……お前らの家族は」


 誰もがきっと、彼らのことを待っている。

 帰ってこないとあきらめることがあっても、心のどこかで期待しているんだろう。

 それもまた、あいつらが守りたかったものだ。


「諦めろ。きっとそういうもんなんだ」


 ※


 非常に今更だが、俺のチート能力は成長している。

 それは相手の能力をより詳しくみられるようになっているということであり、同時に今まで測れなかった強大さを測れるようになったということだった。


ギュウキ=ヘビーストロングス

レベル1200(第一形態)

状態 手加減 封印 配慮 上機嫌


「見事な戦いだったぞ、コトワリよ」


セラエノ=レコードブック

レベル1000(第一形態)

状態 待機 非戦闘 機能停止


「見事な魔法運用、戦術判断でした」


 見なきゃよかった。

 そうだった、魔王様の側近が弱いわけない。


「おほめに預かり恐縮です」

「そう委縮するな、お前は魔王様を大いに喜ばせたのだぞ? それを自慢に思うがいい!」


 剛毅に笑いながら、俺の肩を叩くギュウキ様。

 改めて計測して、その強さに笑いさえ漏れそうだった。


 あの勇者たちが二年大真面目にレベル上げをして、65だった。

 いったい何十年かかるんだろう、第一形態を倒すのに。


「俺も鼻が高い! 本当に、本当によくやった!」


 ほめてもらってるのに、嬉しくない。

 虎がカブトムシをほめているようなものだろうか?

 心底から褒めてもらっているのに、素直に受け止められなかった。


「善い戦いだった」

「そ、そうですか」

「あの勇者共も、天晴だったな」


 しかし、その言葉は嬉しかった。


「はい。敵ながら、尊敬できる相手でした」

「うむ。ああいう相手と戦えることは、人生にとって意味がある」


 ギュウキ様があいつらをほめてくれた、友達をたたえてくれた。

 それは嬉しいことだった。


「無意味な殺戮とは違い、殺し合いを通じて人生を想う……稀有な体験だ。殺しあった相手に敬意を抱けるのは、お前が立派な戦士になった証拠。誇るがいい、お前はもう一人前だ」

「あ、ありがとうございます」


 にっこりと笑うギュウキ様は、本当にうれしそうで、俺はそれを素直に受け止められていた。


「魔王様は、本当にお喜びだ。お前をほめたくて仕方がないのだぞ? さあ謁見するがよい」

「わ、わかりました!」


 そうだった。

 俺は魔王様に褒めてほしかったのだ。

 安心するためにも、苦労をねぎらってもらうためにも。


「ギュウキ殿、よくやってくださいました。私では彼の機嫌を取れませんので」

「なんのことだか、セラエノ殿。私は彼を誉めたかっただけですぞ?」


 謁見の間へ向かう俺の背後で、二人が談笑しているのが聞こえた。


「彼は訓練に耐えるだけではなく、己で解を見出し、応用し、実行し、達成した。ははは! 実技の指導者としてはこの上ない生徒です! 褒めずにいられますか!」

「そうですね」

「ええ、ええ! 魔法を教えた貴方も、性質を深く理解し、検証を怠らずに戦った彼を誉めたでしょう?」

「その通りです」


 そうか、これが達成感か。

 俺は罪悪感を忘れ、陶酔に浸っていた。

 今だけは、楽園にいるような心地だった。


 そうだ、俺はやっぱり、親だけに褒めてもらうだけでは足りなかった。

 優先順位が低かったとしても、俺が勝ちたかった理由の中には、褒めてほしいという思いがあったんだ。

 魔王様やギュウキ様、セラエノ様から褒めてほしかった。

 人を殺したことをじゃない、修行の成果を出せたことをだ。

 あの日々が無意味ではなかったと、ねぎらってほしかった。


 俺は魔王様の城の、謁見の間へ向かう。

 その足取りは心なしか軽く、今までになく明るかった。


「あ、ああ……」


 安心している。

 安堵している。

 殺したくないやつを殺してでも欲しかったもの、生存の保証が待っている。

 俺は、安心したかった、安堵したかった、死の危険から遠ざかりたかった。

 お前を殺す気はないと、言ってほしかった。

 それが、地獄に耐えてでも、人を殺してでも欲しかったのだ。


「ああ……」


 俺の足は、謁見の間の前にたどり着く。

 俺の手は、謁見の間の扉を開ける。

 するとそこには、ソファーやらベッドやらに似たものに、優雅に横になっている魔王様がいらっしゃった。


「魔王様……」

「うむ」


魔王(名前は人間には発音できない)


ステータス

体力   意味不明

魔力   理解不能

攻撃力  測定の意義が無い

防御力  次元違い

敏捷   時間軸因果軸超越

弱点   無

倒す方法 エラーエラーエラー


「よいぞ、ちこうよれ」

「光栄です」


 戦うことをあきらめた、この宇宙の絶対支配者。

 このお方が、上機嫌そうに微笑んで、手招きをなさっている。

 俺をほめようとしている。


「うむ、うむ」


 魔王様の手が届くところで、俺は膝をついた。

 どうやらそこがちょうどよかったらしい。

 魔王様は、跪いている俺へ、寝そべったまま手を伸ばす。


「顔を見せよ」


 魔王様の手のひらは、とても柔らかかった。

 俺の顔をつかんで、やさしく上げさせる。


「コトワリ=ナインテイル」

「は」

「大儀であった」


 魔王様は、愉快そうに笑っている。

 俺の顔をみて、笑っていらっしゃる。


「この魔王をよく楽しませた」

「はい」

「魔王の僕として、『勇者』をよく倒したな」

「はい」

「強くなったな」

「はい」

「教えをよく生かし、よくぞやり遂げた」


 このお方は、自分が教育した下僕が、苦難を乗り越えた勇者に勝ったことを喜んでいた。

 それはまさしく、上位者の喜び。


 そして、上位者に愛されることは、下位者にとって至高の安堵だ。

 何があっても死なない、死なずに済む、あるいは守ってさえもらえる。

 俺は魔王様の美しさではなく、魔王様の喜びに歓喜していた。

 魔王様が俺を殺さないでくれる、その一点に感動したのだ。


 俺は死なずに済んだのだ。

 褒めてもらえるとは、そういうことなのだから。


「愛い奴よ」


 俺に十四人も殺させ、さらに十五人殺させようとしているお方は、俺が喜んでいるところを見て喜んでいる。


「今後も尽くすがよいぞ」

「はい、魔王様」


 あまりにも甘い、魔王様の言葉。

 俺は脳がとろけそうになってしまう。


 口説かれたわけでもなんでもなく、ただ現状が維持されるという至福。

 この地獄で苦しみ続けるとしても、それが生存への確かな道ならば。

 それはきっと、苦しむ価値のあることだった。


  

 世の物語には、異世界から召喚した者を、純粋に労働力として扱うこともある。

 召喚者は異世界の者を奴隷として酷使し、権力を振りかざして戦闘さえ強いる。

 しかし、この世界の人々はそうではなかった。


 彼らはやむを得ず異世界から勇者を召喚し、飲食の世話をし、惜しみなく武器や防具を与え、過去の記録による助言も惜しまなかった。

 何よりも、常に謝っていた。年下で調子に乗っている外国人へ、媚びさえうっていた。

 それによって増長する生徒もいないではなかったが、少なくとも不愉快に感じる生徒はいなかった。


 しかし、こうなれば、もはや不愉快どころの騒ぎではなかった。


「日本に帰してくれ!」

「申し訳ありません、できないのです」

「なんでよ! どうしてよ!」

「この世界を救うために皆様をお呼びしたのです。この世界が救われるまで、皆様をお返しすることはできません」

「ふざけんな! 勝手に呼んでおいて、それはなんだよ!」

「申し訳ありません」


 真摯に謝罪しているとか、隠し事なく謝っているとか、下手にでて反論しないとか。

 そんなことが一切なんの意味も持たなかった。


 高圧的だとか、威嚇してくるとか、暴力を振るってくるとか、そんなお決まりの不快な要素が一切ない。

 にもかかわらず、残された十五人の生徒たちは泣きわめいて抗議していた。


 もはや魔王を倒すとか世界を救うどころではない。

 一年後に都理が殺しに来て、残った十五人全員が殺される。

 もしかしたらだとか、運が良ければだとか、そんな要素は一切残っていない。


「おい、嘘をつくなよ! 本当は何かあるんだろう? そうだろ?」

「いえ、なにも」

「何かないのかよ、とんでもなく強い武器がどっかにあるとか、禁じられた魔法があるとか!」

「何もありません」


 望みは、完全に絶たれていた。


 十人の勇者たちは一人も帰らず、それどころか魔王からの勝利宣言。

 それを受けて、チェスメイトの人々は誰もが勇者へ祈りをささげた。

 そして終焉を受け入れ、残されたわずかな日々を細々と過ごすようになったのだ。


 残った十五人に対して、なんの期待もしていなかった。

 奮起をうながすだとか、誘惑してやる気をださせるとか、懇願してすがるとか、そんな迷惑をかけようともしなかった。

 もしもそれをやる気なら、一年前にやっている。


 そもそも、そもそも、である。

 チートがわかっていないものや、大したチートを持っていない生徒もいる。

 その彼らに向かって『チートがなんですか、貴方はまだ戦えるじゃないですか』などと、この世界の誰が言えるだろうか。


 他の誰でもないこの世界の人々こそが、一番真っ先に自分の力で戦うことを放棄したというのに。

 確かにこの世界を滅ぼそうとしているのは魔王であり、この世界の人々に一切の非はない。

 しかし二十九人の勇者が戦うことになったのは、あるいは都理がクラスメイトを殺すことになったのは、間違いなく勇者を召喚したチェスメイト王国が原因である。

 チェスメイト王国の人々が自力で何とかしようとしていれば、少なくとも一年A組の生徒は危ない目に合うことはなかったのだから。


 巻き込んでしまったので、謝っている。

 謝ってもなんの解決もないので、ひたすら怒鳴りつける。

 怒鳴りつけられても、謝る。

 謝られても、何にもならないので泣きわめく。


 チェスメイトの人々にしてみれば、こうなっても仕方がないと覚悟していたことだった。

 残された一年という時間が、彼らからの一方的な暴行であっても受け入れるつもりだった。

 もちろんそんなことを、残った十五人が覚悟しているわけもなかった。

 本当にただひたすら、迷惑に思っていた。


「あああ……あああ……」


 離島は恐れていた状況に陥って、いよいよ嘆いていた。

 覚悟はできていなかったが、可能性は感じていた。こうなってほしくないとは思っていた、勝って帰ってくることを疑わなかったわけではないのだ。

 そこまで楽天的なら、こうなっていない。


「や、やり直したい……!」


 今から挽回するなど、思いもしていない。

 残った十五人で何とかしようなどとは、離島は思っていなかった。

 過去の過ちを探って、あの時ああしていればと思ってしまう。


 実際のところ、都理が最大に警戒していたのは『離島のチート』であった。だがどうせ来ないだろうと思っていた。

 同じように、加寸土があの場にいたのは都にとって意外だった、嬉しく思う一方で脅威だった。加寸土のチートが厄介でも、加寸土本人は来れないと思っていたのだ。

 離島にもそんな勇気があるとは思っていなかった。離島はそれを裏切らず、勇気のなさを露呈していた。


 離島には、決定的に、今から頑張るという発想がない。

 少しでもケチがつくと投げ出してしまい、最上の結果にならなかったことで拗ねてしまう。

 現実と理想のギャップに負けて、何もかもを投げ出してしまう。


 日本にいたときからそうだったのだ、この世界でも大差がない。

 自分のチートが判明していないこともあって、一年目の時からレベル上げで足を引っ張っていた。

 周囲の圧力を拒否するほどの頑固さはなかったのだが、それでも優秀とは程遠かった。


「やり直したい……! あの時に、もっと前に、戻れるだけ戻って、なかったことにしたい……!」


 世界の為、人々の為、世話になった人の為、戦おうとは思えなかった。

 それどころか、自分のためにさえ戦えなかった。


 誰も自分に戦えと言わないから、一年前に誰かが立ち上がったから、自分以外に十四人もいるから、まだ一年もあるから。

 頭の中に多くの不安要素があるのに、正しくない『優先順位』がすべてを狂わせている。

 本来なら、やるべき理由が一つでもあればやるべきなのだ。だが彼は、やりたくない理由が一つでもあれば放棄してしまう。

 今まではどうにかなっていたが、これからはどうにもならない。わかっていても、変われない、成長できない。

 今までの自分が嫌いなのに、今までの自分のままでいようとする。


「なんで異世界なのに、やり直しがきかないんだよ……! こんなのちっとも、チートじゃない!」


 ある意味普通の学生のまま、成長できずに死のうとしている。

 そしてそれは、彼にとって地獄の入り口にすぎない。


 実のところ、今から頑張れば都理に勝つ可能性はある。

 世界中の人々が仲良くなれば犯罪がなくなるとか、人々の垣根がなくなれば戦争がなくなるとか、人々が納税していれば徴税官はいらないとか。

 そんな、バカみたいな机上の空論ではあるが、理論上不可能ではなかった。


 その一因こそが、離島のチート能力だった。

 加寸土や都と同じ、特殊能力型のチート。

 あまりにもありふれている、よくあるひねりのない能力。


 『再開』〈ドッグイヤー〉、セーブした時間に戻る能力である。

来週で、一旦最終回です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今の時点ではなんとも言えないですね セーブやロードの回数制限や記憶の保持の有無 今までの離島のセーブ状況 使うことのデメリットの有無 主人公の発言考える限り現時点でわかっても多分後悔するだけ…
[気になる点] そもそもセーブの方法が分からないんじゃ使えない能力なのでは...?セーブしてなきゃロードはできないし、つまりセーブをしなきゃいけないけどその方法が分からない。セーブしたい!って思うこと…
[一言] ロードできるのにセーブ、してないのか
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