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悪い人じゃなかった、善い人だった

 一瞬の静寂があった。誰もが静止し、沈黙していた。

 魔王の下僕である理もさることながら、斬りかかった若竹たちも、見守る体勢になった瀬音たちも。

 誰もが身動きができなくなっていた。


(死んだ、殺せたの?)

(やったのか? やっちまったのか?)

 

 勇者たちにしてみれば、初めての殺人だった。

 もちろん殺さなければ殺されていたのだが、それでも彼らの倫理観には著しく触れている。

 殺人とは悪であり、それに手を染めた自分たちは悪人だった。

 心のどこかで、罪悪感を受けてしまっていた。先ほどまでは生きるか死ぬかだったが、その糸が切れれば素面に戻ってしまう。


(理……)


 思えば、一体何時以来の素面だろうか。

 この戦いが始まる前から、都理を殺すと決めたときから必死だった気もする。

 あるいは理が四人を殺したときから、正常ではなかったのではないだろうか。

 いいや、もっと根本的に、この世界に召喚された時からずっと陶酔に浸っていたのではないだろうか。


 確実に自分たちを殺そうとしていた、殺人鬼を仕留めた。

 何一つ問題は解決していないが、少なくとも当面の命の危機はさった。

 そうなったのではないか、そうなったはずだ、そうであってほしい。


 誰もが混乱しつつ、状況を確かめる勇気を持てずにいた。

 そして、一番最初に静寂を破ったのは、高嶺花だった。


「……英?」


 起き上がった彼女は、自分に駆け寄っていたはずの恋人を探していた。

 こんな見晴らしのいい場所なのに、どこにも見つけられなかったのだ。


「……若竹?」


 次いで、瀬音が奇妙なことに気付いていた。

 理に襲い掛かったのは四人のはずだった、しかしその場に六人の人影がある。

 理の周囲に密集しているので、何もかもを判別できたわけではないが、それでも若竹が二人いることが分かった。


「……ま、まさか!」


 ぐらり、と二人の人影が倒れた。とても悲しいことに、理ではない。

 理に斬りかかったはずの土俵綱と、そこにいないはずの加寸土英がそろって倒れていた。。

 

「……え?」

「な、なんで」

「どういう、こと……だ?」


 土俵以外の三人は、確かに理へ攻撃を当てていた、武器を振りぬいて直撃させていた。

 だからこそ凄惨な死体を見る勇気がなく、しばらくの間己の足元を見ることしかできなかった。

 しかし、何事もなかったかのように理は健在で、土俵が倒れた場所から抜け出ていた。


「はあ……」


 一息遅れて、勇者たちと同じ表情になった理は、安堵の涙を流していた。


「死ぬかと思った……」


土俵綱

状態 死亡


加寸土英

状態 死亡


 そして、ようやく全員が気付く。

 武器も持たずに立っていた『若竹伸』が、一年前に使用された『傀儡の尾』であるということを。

 加寸土が土俵に斬られて死んでおり、その土俵にも同様の切創が刻まれて死んでいることを。


 つまり理は、勇者たちとの近接戦闘になる前。おそらく弾丸の尾による遠距離攻撃をした時に、既に傀儡の尾を切り離し潜ませていたのだ。

 土俵が渾身の一撃を理に叩き込もうとしたその時に、傀儡の尾を使って加寸土を運び、土俵に加寸土を殺させたのだ。

 加寸土が死ねば、土俵も死ぬ。一気に二人の勇者が命を落としていた。


 尾を小さくしていたのは、数を数えにくくさせるため。

 冷静に数える余裕が勇者たちにあるかはわからないが、伸縮を自在にしていれば尾が八本になっていることへの違和感も失われる。

 その危険を冒した結果、確かな勝利につながっていた。


「はぁ……」


 胆力を使い切ったと言わんばかりに、理はへたり込みかけた。

 若竹伸に変化していた傀儡の尾は本来の姿に戻り、主の元へ飛んでいく。


「ああ……」


 勝ち誇る余裕もなく、理は滂沱の涙を流していた。


 本当ならば、その隙を叩くべきだったのかもしれない。

 しかし如何に覚悟を決めていたとはいえ、勝ったはずの状態から二人も殺されてしまえば、さしもの勇者たちも身動きが取れなかった。

 この一年間、必死でやってきた。その二人を突如失った現実を認められず、なんとか否定材料を探そうとしていた。


「……なんで、なの」


 瀬音は理性的にも感情的にも、意味不明さに理解が追い付かなかった。


「なんで、こんなことを……」


 もちろん若竹たちも馬鹿ではない。

 傷つければ自分に返ってくる加寸土を、理がどう処理するのかは想定していた。

 その中には仲間に加寸土を攻撃させて、二人まとめて始末するということも入っていた。


 よって、この状況も決して想定外ではない。

 だがありえない。都理と勇者たちは、確かに戦闘が成立していた。

 今理が実行した手段は、成功こそしたものの著しく困難な方法だった。

 戦力的に優越している相手ならともかく、接戦で狙うなど正気ではない。

 いや、正気ではなかったのかもしれない。だがだとしても、あの状況で行うのは信じられなかった。


「加寸土がここにいるのは、正直驚きだった。だがいつかは殺すんだから、想定していなかったわけでもない」


 理性を取り戻した理は、いつものように論理的な会話を始めていた。

 相変わらず涙を流しているが、それでも先ほどまでのように興奮してはいない。


「お前らはきっと、俺が加寸土を封印するとか拘束するとか、そういう系で攻めてくるとでも思ってたんじゃないか?」 


 その通りだった。

 加寸土は受けたダメージを相手に跳ね返すだけなので、ダメージさえ与えなければ無力化はできる。

 もちろんそれは回復や復帰の余地を残すことになるのだが、それでも今回のような手法よりはよほど安定している。


「俺もそうするつもりだったさ。だが……土俵がいたからな。まとめて始末するのが、一番確実だったんだ」


 若竹と瀬音は思い出す。

 先ほど成金と一緒に土俵が斬りかかったとき、理が一瞬躊躇したことを。

 アレは土俵に攻撃されることを恐れたのではない、土俵の攻撃を加寸土に押し付けられるか判断に迷ったのだ。


「土俵のチートが、二番目に厄介だった。加寸土の場合は自殺覚悟で道連れにされたら絶対に助からないが、土俵の場合は俺を真正面から倒しかねなかったからな」


 成金ではなく、土俵のことを警戒していた。

 終ぞ彼は知らないままに死んだが、理だけは最初の最初から知っていた。

 そのチートがなんなのか、誰も想像できなかった。


「ふっ」


 それを見て、理は泣いたまま苦笑する。

 呆れるほど単純で、笑ってしまうほどありふれていて、聞けば納得してしまうチート能力だったのだから。


「土俵のチートは、『背水』〈ガッツブースト〉。体力が減るほどステータスが上がるという、すげーよくある能力だよ」


 防具を脱ぎ捨てている佐鳥の『野生』〈ネイチャースタイル〉と同種のチートだった。

 リスクと引き換えに、劇的な力を発揮する能力向上型のチート。

 確かにそれならば、精神的に成長している今ならば、今の理にも勝ち目があった。


「うかつに瀕死の重傷でも負わせようものなら、殺し損ねようものなら、一気に俺が追い詰められていた。加寸土を殺させて、確実に死なせるしかなかったんだよ」

「そ、そんな……!」


 ある事実に思い至った若竹は、体を震わせていた。


「俺が安全な作戦を立てたことが……土俵に自分のチートを自覚させなかったって言うのか……?」


 危険な冒険をしていたのだ、大けがを負うこともあり得た。

 もしも土俵がそうなっていたのなら、自分のチートに気付いていた可能性がないともいえない。

 そう、考えてみれば、土俵は元々そういうところがあった。

 石橋をたたいて渡るような、時間をかけて堅実に攻略することよりも、危険を承知で速攻での撃破を好んでいた。

 一年以上前は、若竹の指示を積極的に破っていた。

 土壇場での自分を信じる、そういう兆候が確かにあったのだ。


「それなら、ここに来る前に死んでたかもな」


 自責している若竹を、理は慰めていた。


「俺は達成できないような試練を課されていた、ずっと失敗ばっかりだった。アクションゲームやシューティングゲームのコマみたいに、死んでは生き返らされを繰り返していた」


 決して、自分の修行法が唯一絶対だったとは思っていない。

 安全な作戦を選んだ若竹を、むしろ称賛しているようだった。


「だがな、それは失敗の価値を落とすものだ。自分で言うのもどうかと思うが、途中から雑になって惰性になりかけることもあったよ。失敗しても死んでも、生き返るだけだったしな」


 自分一人で、この一年間の試練を超えられたとは思っていない。

 もしかしたら、学校で起こったささやかないじめさえも、自分の心を強くさせていたのかもしれない。


「お前たちは失敗が許されなかった。だから安全に、慎重に、緊張感を持っていたんだろう。だから連携も完ぺきだった」


 この一年、若竹たちは目立った失敗をしなかった。

 それは決して、大局的な失敗につながるものではない。

 敗因と直結しているわけではない、そんな話ではないのだ。


「俺が確実に勝つには、さっきの分の悪い賭けに手を出すしかなかった。有利だったのは、間違いなくお前らだよ。本当に成長したな……俺を後悔させかけるほどに、お前らは立派な勇者だった」


 もしかしたら、一撃で殺せるかもしれない。

 もしかしたら、チートで強化されても理に及ばないかもしれない。

 もしかしたら、体力が減っていた関係ですぐに死ぬかもしれない。

 そんな『希望』に縋るには、理は失敗を重ね過ぎていた。

 どれだけハイになっていても、悪い方にしか考えられなかった。


「だったら……だったら、演技だったとでもいうのか、お前があれだけ必死で防御していたのは!」

「ん?」

「なんでお前に、俺達の攻撃が効かなかったんだ!」


 百葉が絶叫する。

 確かに土俵と加寸土を殺し合わせる策は理解できた。

 だが丁半の投擲や百葉と成金、若竹の近接攻撃は確実に当たっていた。

 にも関わらず、理は全くダメージを受けていない。

 それこそ、加寸土のチートによる負傷だけであった。


「攻撃が効かないのに、必死で防御していた理由はなんだ?!」

「お前らがバフをかけまくったみたいに、俺は俺で補助魔法を使っていただけだ」


 必死で防御していたことは嘘ではないし、攻撃が効かないことも嘘ではない。


「ポイントハート、回数制限付きの無敵だ。相手の攻撃を、五回まで無効化できる。渾身の一撃だろうが、牽制の一撃だろうが、五回までなら、な」


 皮肉にも、ゲームバランスのとられた魔法だった。

 絶対無敵とは程遠く、事前の知識や準備がなかったとしても、幸運や奇跡がなかったとしても、戦っていればそのうち攻略できたであろう魔法だった。

 必死で直撃を受けないように立ち回っていたことも、容易に理解できてしまう。所詮は回数制限付きの保険でしかなく、土俵と加寸土を殺し合わせることを想えば温存するしかなかった。


「……瀬音、一年前にお前が見抜いたように、俺のチートはステータスを閲覧する能力だ。解析〈ウォードウィスダム〉っていうんだよ」


 そして、そんな補助魔法があるとは、勇者たちは誰も想像しなかった。

 無理もない。理は戦闘が始まってから、ずっと負傷していたのだから。


「だけどな、この一年はずっと、そのチートの無力さをかみしめていた。お前らならわかるだろ、ゲーム内での説明なんて当てにならないってな」


 加寸土のチート『報復』〈ジャスティスペナルティ〉は、理のポイントハートを素通りしてダメージを与えていた。

 そう、素通りである。ポイントハートの回数を消費することはなく、ポイントハートそのものを破壊するわけでもなかった。

 尾を使って攻撃しても、尾そのものに傷はなく、あくまでも理本人にだけ傷を押し付けていた。

 イージスアガートラムで防御をすれば、あるいは尾で受ければ、やはりポイントハートは消費されない。

 土壇場の土壇場まで、ポイントハートは温存されていたのだ。


「実際に試してみないと、その性能や性質、運用方法なんてものはわからない。このポイントハートが、加寸土のチートにどう作用するのかもな」

「加寸土のチートは、あらゆる防御を無効化してダメージを負わせる……それを逆手にとって、回数制限付きの無敵を悟らせなかったっていうの……」

「おかげで、本当にぎりぎり間に合った。丁半の攻撃で一回、若竹と成金と百葉で三回……」


 そして、もう残数はない。

 自分が痛い想いをしないためにではなく、あくまでも勝つために。

 その補助魔法を使い切っていた。


「土俵の攻撃は加寸土を貫通して俺にもあたっていた、それで一回。全部で五回、もう俺はポイントハートが残っていない」


 各々が全力で攻撃してくれたからこそ、一回の攻撃にすべてをかけてくれたからこその、薄氷の勝利だった。


「死ぬかと思った……」


 勝ち誇るどころではない、虚脱しきり、安堵して、涙を流すことしかできなかった。


「助かった……」

「何を……ふざけているんだ、お前は……!」


 二人死んでいる、二人殺された。

 土俵と加寸土が、理によって殺された。


「お前を、殺してやる……!」


 喪失の悲しみ、それは正しく激怒に変わる。

 高嶺花は、涙を流しつつも怒り狂っていた。


「そうだよ、私たちはまだ戦える……そうだよね、らり!」

「マナ……」

「え?」


 まだ戦えるにも関わらず、瀬音は戦意喪失していた。

 その表情は絶望に染まり、何もかもを諦めていた。


「な、なんで諦めちゃうの?!」


 おそらく、理に嘘はない。

 もうすでに、回数制限の無敵は失われている。

 だとすれば、残った八人で奮戦すれば勝ち目もある筈だった。

 少なくとも、戦闘を放棄するには早すぎる。


「もう、おしまいよ……」


 この戦場は詰んだ。瀬音はそれを理解していた。

 詰んだ盤面で戦意を保てるほど、瀬音は強くなかった。

 理に嘘がないということは、勝利を達成した顔にも嘘がないということなのだから。


「ああ、おしまいだ」


 理の尻尾が、九本すべて最大の状態に戻る。


「加寸土と土俵がいない以上、もう遠慮せずに最大威力で攻撃できるからな」


 一本が縮んでいく。


「今の俺にできる最大威力の攻撃で、全員まとめてぶっ殺させてもらう」


 それと対照的に、一本だけが更に大きさを増していく。


「尻尾の大きさを調節できるようになった時に、できるようになった技だ」


 また別の尾が縮み、大きくなっていた尾が更に肥大化する。


「九本の尾の力を、すべて一本だけに注ぎ込む……! 隙は大きいし、注ぎ込まれた尾はしばらく使いものにならなくなる……が、威力は十分だ」


 勇者たちは仲間を失った悲しみさえ忘れて、空を仰いだ。

 九本の尾の力がすべて結集した、九倍の大きさになった一本の尾を見上げてしまった。



「第一尾、斥力の尾!」


「出力900パーセント!」



 巨大な尾が、白く光り輝く。

 膨大過ぎる斥力が、あらゆる存在を弾き飛ばそうとしている。

 すべてを飲み込むブラックホールとは真逆の、ホワイトホールにも似た大爆発。

 それが、振り回された。



だいちをくだくもの(クレーターメイカー)!」


しろいりゅう(リヴァイアサン)!」



 それは抵抗の余地を一切残さないものだった。

 何かの冗談のように、理を中心にして大地がえぐられていく。

 荒野に埋まっていたであろうモンスターの骨が、あるいは巨大な岩が、土が、わずかな草が。

 それらの一切合切が掘り起こされて吹き飛んでいく。


 自己保存型のチート能力者以外では、持ちこたえることなどありえない一撃。

 それは不毛の荒野の半分近くを吹き飛ばし、消し飛ばし、地形を歪めていた。


 なにも残さず、なにも惜しまない。

 過剰なる破壊が、何もかもを消し去っていた。



「九倍の威力だもんな、そりゃあ死ぬよな」


瀬音らり

状態 死亡


「本当はまっとうに戦ってもよかったんだが、流石にもう疲れててさ」


万マナ

状態 死亡


「これ以上戦う気が起きなくて、雑にやらせてもらった」


百葉 武

状態 死亡


「だけどこれ以外だと痛めつけることになるし、そっちの方が残酷だろう?」


高嶺 花

状態 死亡


「……正直に言えば、ちゃんと殺す度胸がなかったのかもな」


丁半 白磁

状態 死亡


「察してくれよ、俺だって辛いんだ。お前だって俺を殺したかもしれないってとき、結構きつかっただろ?」


佐鳥 忍

状態 死亡


「……本当は誰も殺したくなかった、この世界だって滅ぼしたいわけじゃない。本当だ、本当に……お前だけでも助けてやりたい」


成金 歩

状態 死亡


「ふざけるな……!」


若竹 伸

状態 瀕死 致命傷 戦闘不能


「そうだよな、ふざけてるよな」


 ただ一人生き残った若竹という勇者へ、理は親し気に話しかけていた。

 巨大なクレーターが構築された大地で、この世の終わりのような光景で、二人は話をしていた。

 倒れている若竹を、理は穏やかに見下ろしている。


「殺されるってときに優しくされても、どうしようもないよな」

「お前は、人殺しだ……! なんで、この世界の人のために戦わなかったんだ……!」

「若竹」

「異世界の人間なら死んでもいいっていうのか!」


 この期に及んで、勇者と魔王の下僕の会話だった。

 決別した級友同士の、悲しいひと時だった。


「お前は悪人だ、この人殺しめ! お前は……お前は、沢山の人を傷つけた、怖がらせた、殺そうとしているんだ!」


 それでも、理はすこしだけ嬉しそうに聞いていた。


「そうだな」

「何が嬉しい」

「叱られると、気が楽になる」

「叱られる、だと……お前は、俺が、お前を……叱っているだと!」


 あまりにも、侮辱した言葉だった。

 呪詛の言葉を、叱咤と捉えるなど。


「俺は、お前の為に叱っているわけじゃない!」

「そうだな。でもな、若竹……悪いことをしているのに、お前は悪くないって言われるのは、結構きついんだよ」


 誰も理を咎めることはできない。

 この世界の人々は理を罰するだけの力が無く、地球には彼を咎める法的な根拠がない。

 であれば、理は誰からも罰されることが無い。


「見当違いなやつが俺をいじめることはあるんだ。でもな、なんの関係もないやつから何を言われても、ただむかつくだけだろう? でもお前は違う、俺を罵倒する権利がある……罰されると、救われるんだ」


 そう言って、理は腰を落とした。

 尻を地面につけていた。


「……救われたいとでもいうのか、お前は、お前が」

「救われたい。でもそれは、例えばチート主人公が現れて、なにもかもを全部何とかしてくれるとかじゃない。罰を受けたい……でも、死にたくない」

「虫のいい話だ……お前は、他の人をたくさん殺してまで、死にたくないとほざくのか」

「そうだ、まあ都合のいい話さ。悪人だからな」


 理は悲し気で寂しげで、偽りない気持ちを吐露していた。


「沢山の人を不幸にして、俺自身さえ不幸にしても……それでも、俺は生きていたい」


 夢を語るように、最低のことを語っていた。


「ふざけるな……! お前と同じことを考えている人が、いったいどれだけいると思っている!」

「やめろよ、もう動けないだろう?」

「俺が、俺たちがやらないといけないんだ……!」

「お前が勇者なのはわかるが、こういうときに言うべきは違うんじゃないか?」


 もう完全に戦いは終わっていた。


「俺はそっちの事情をよくわかってないが、あと十五人残ってるだろう」


 若竹たち十人は全力を尽くしていたが、これ以上は不可能だった。


「お前たちもわかってると思うが、戦況を変えるほどのチート持ちは加寸土だけだった。能力向上型と成長補正型は、確かに強いが格上に通じるもんじゃない。自己保存型や戦闘補助型、生産型や特殊能力型の異常さが必要だった」


 であれば、残った十五人に託すべきだった。


「よくあるだろ、そういう展開が。実はチートだったとか、実は最強だったとかな。実際ありえるだろう、あいつら十五人が勝つ可能性がな」

「ふざけるな」


 自分が折れても、他の誰かが立ち上がる。

 本来の勇者なら、そういうべきなのかもしれない。

 しかし若竹は、自分が世界最後の希望だという信念を持っていた。


「あいつらが、そんなことできるわけないだろうが……!」

「そうだな」


 少し呆れたように、理はこの場にいない十五人を憐れんでいた。


「離島が最たる例だが、あいつらに何かを期待するのは酷だろう。ここにいないってことは、そういうことなんだからな」

「ここにいない十五人が、これからこの世界の人に何をするのか……俺は味わった!」


 世界を背負う勇者は、最後まで抵抗の意思を隠さなかった。


「俺が受けた痛みを、この世界の人たちに味わわせたくない……!」

「立派だな、若竹」

「だから、やるんだ……!」


 ある意味では、他人を見下しているのかもしれない。

 ある意味では、この世界を自分だけで守るつもりなのかもしれない。

 傲慢かもしれないが、それは大罪ではなく美徳に見える。

 

「自分が幸せになるため、自分が報われるために、自分が利益を得るために、頑張ることは悪いことじゃない。だがそれしかできないってのは、子供の発想だ。お前は誰かの為に戦える、立派な勇者だよ」

「そうだ……俺が……!」

「でもな、若竹。無理なもんは無理だし、無念のまま負けるのも仕方ないんだ」


 しゅるり、と一本だけ尻尾が伸びた。


「これ以上お前に苦しい思いをさせたくない」

「俺を、殺すのか……!」

「もう殺したようなもんだろう。とどめを刺すだけだ」

「俺が死ねば、それでこの世界は終わりなんだ……!」

「そうだ」


 理はとても残酷な顔をしていた。

 諦めまいとしている男を、絶望したまま殺そうとしている。


「離島がどうあがいたところで、どうにもならない」

「……?」


 その時、若竹の脳裏にある疑問がわいた。


「離島が、なんだっていうんだ?」

「ん? ああ、そうか、あいつのチートをお前らは知らないんだな」


 都理は、以前に離島へ自殺しろと言っていた。

 当時は四人が死んだことの衝撃ゆえになにも考えられなかったが、アレはどういう意味だったのか。


「そりゃそうだな。成金のもそうだが、わかりようのないチートってものはある」


 死にゆく者への情けなどではない、もっと根本的にどうでもいいことだからこそ、あっさりとしたことを口にしていた。


「あいつのは……」


 それを聞いたとき、若竹の顔は驚愕に染まっていた。


「なんだって?」

「ああ、もう意味ないぞ。お前が察したように、俺に勝つことさえできない」


 驚愕は静まり、あきらめに変わっていた。


「あいつは自分の可能性を信じすぎている。だからあんなくだらないチートを得たんだろう」

「そうだな……可能性か……」


 苦しんで苦しみぬいたものへ、尻尾が振り下ろされる。


「お前が見たくなかったものを、魔王様はお望みなんだろう。もう休め、お前は見ない方がいい」


若竹 伸

状態 死亡


「う」


「う」


「うあ、うあああ……あああああ!」


「あと、あと十五人! あと十五人! クズ共め! ゴミめ!」


「あう、うげ、お、おぐぅえ……!」


「クズどもめ」


「あいつら、見捨てやがった!」


「自分達の方がよっぽどチートなのに!」


「こいつらにだけ、俺と戦わせやがった!」


「あと一人いるだけでも、俺は全滅確定の攻撃が出来なかったってのに!」


「なんでだ!」


「ああ、ちくしょう!」


「言い訳で八つ当たりだ!」


「お、俺が、俺が殺したのに!」


「自分の為に殺したのに!」


「怯えてるやつらのせいにしてる、最低だ!」


「でもいいだろ、言い訳ぐらいさせてくれよ。八つ当たりしてないとやってられないんだ」


「俺も、ギリギリなんだよ。もう負けそうなんだ、あと少しだけ頑張らないといけないんだ」


「誰かのせいにして、誰かを悪くしないと、頑張れないんだ」


「だけどな若竹、でもお前らだってそうだっただろう?」


「俺を殺さないといけなかったけど、殺したかったわけじゃないはずだ」


「やりたいことだけやって、自分が報われないのが嫌で、自分のことしか考えなくて」


「自分の、自分の大切な人のことだけ考えて、他はどうでもいいとか、思ってないだろう」


「何いってるんだ俺は」


「違う、優先順位の話だ。お前らは俺のことを殺したくないけど、自分やこの世界の方が大事だから、俺を殺そうとしたんだろ」


「俺もそうだ、優先順位があるだけだ。誰も殺したくない、死なせたくない、それよりは助けたい!」


「でも、だけど、絶対に! 自分が死ぬぐらいなら、見捨てる、殺す! 嫌でも殺すし、嫌でも見捨てる! だって、俺は……俺のことで、俺の家族のことで、精いっぱいなんだ! お前らの家族のことなんて、とてもじゃないが面倒を見られない! 無理だ、なんでそんなことしないといけないんだ! お前らが何とかすればいいじゃないか!」


「お前らは……いい奴らだった。この一年、一生懸命頑張ってた。俺が死んで殺されてる間、必死になって死なないために頑張ってた、殺させないために苦しんでた。いい奴らだ、本当に尊敬できる、凄い奴らだった」


「お前らが死んで、俺が生きてる。胸が痛い、体が痛い、罪深さで気が変になりそうだ……! 叫ばないと、腸がねじれそうだ!」


「俺は、俺は……!」


「……俺はな、お前らを殺しても、この世界を滅ぼしても、どれだけ呪われても、生きていくよ」


「誰かにどうにかしてほしい、忘れたいことをたくさん抱えたまま」


「自分のことを自分でどうにかして、忘れずに生きていくよ」


「俺は自分の可能性を信じてない。俺は、きっと、今ができる限りの最高なんだ」


「じゃあな、みんな。俺の……俺が殺した……『この世界を守るため』に戦った勇者たち」


「残った十五人は、必ず殺す」


「とても勝手なことで、みんなは絶対に喜ばないだろうし、むしろ俺をこそ悪だと思うだろう」


「だが俺は悪人なりに、魔王様の下僕なりに、義憤にかられている」


「自分が弱者であること、自分が無能であること、自分が勇者ではないことを言い訳にして、のうのうと一年永らえた奴らに、俺は見当違いな怒りを抱いている」


「雑兵になることさえ拒否した、みんなを見捨てた奴らを、俺は私情を交えて殺す」


「みんなには関係ない。善い人であるお前らが望んでいないことを、悪い人である俺は勝手にする」


「きっと天国に行く、勇気にあふれた、善い人のみんな……永遠に、さようならだ」

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― 新着の感想 ―
[一言] つれぇよな
[一言] 若竹の言っている事は都からしたら一緒に自殺してくれと言っている様なモノですわ。それを言ってくれる“仲間”が都には必要なんですよね。
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