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陥った最悪、手繰り寄せる最善

 加寸土が察していたように、理は壊れ切ってはいなかった。

 確かに挙動は明らかにおかしいが、戦術そのものは事前に決めたとおりになっている。


(一番厄介なのは、やはり加寸土だったか)


 理は今のところ、勇者からの直撃を受けていない。

 よって、五回だけ攻撃を無効化できるポイントハートは、一回も消費していない。


(思った通り、加寸土のチートはポイントハートを素通りする。そう都合よく勝てないか)


 にも関わらず、加寸土のチートによって傷を負っていた。

 あらゆる防御手段を突破してダメージを負わせる、まさにチート能力。


(だが、それを過信していない。あくまでも真っ当に勝つ気だ、きっちり戦術を練ってここに来ている。嬉しくて嬉しくて、本当に感動の涙が止まらないぜ……)


 極論を言えば、加寸土一人が犠牲になれば、理を道連れに出来る。

 だがその気はない。もしもそうなら、加寸土に防御が上がる補助魔法をつける意味がない。

 仮に加寸土へ防御魔法をかけていなければ、先ほどの無差別攻撃で二人同時に死んでいたことさえ考えられる。

 もちろん、理のチートがステータス閲覧である以上、そんなことをしていれば文字通り見破れるのだが。


(一番最悪だった、加寸土を使い捨てる戦術はないな。だとすれば……)

(やっぱり俺を最初にどうにかしようとする! コイツ、壊れてない!)


 加寸土の発言とそれに沿った理の行動によって、勇者たちは冷静さを取り戻していた。

 理の壊れぶりに動揺していたが、なんとか事前の予定通りに動こうとする。


「みんな、このまま三組に分かれ続けるんだ! 予定に変更はない、三方向から攻め立てる!」


 練習通りに戦うということは、今まで積み上げた戦術の肯定。事前の準備通りに、堅実に勝ちに行く。

 勇者たちは、練習通りに理へ攻撃を再開する。


(まあそう来るだろうな)


 理は九本の尾を使って防御態勢を作る。

 肥大化している九本の尾を防御に専念させれば、十人が相手でも本人を守ることはたやすい。

 だが尻尾そのものへダメージが蓄積されていく。攻めに転じられない以上、理は追いつめられつつあった。


(十人が一塊になれば、一網打尽にされかねない。かといって十人を完全に分散させれば、カバーが間に合わず各個撃破される。三組に分かれて俺を囲むってのは、安定をとった堅実な策だな)


 遠距離攻撃で一方的に攻め立てている十人の勇者たちは、じわじわと傷を負っていく理に対して不気味な恐怖を感じていた。

 以前のような、圧倒的な恐怖ではない。削っているが、力が及んでいないゆえの不安さだった。


「若竹! 思った以上に硬いぞ! このままだと、魔力や武器が尽きる!」

 

 百葉がおなじ組にいる若竹へ、その不安をぶつける。

 九本の尾を全部つぶしたとしても、それが終わったときに力尽きていては意味がない。


「大丈夫だ! 今はあいつが受けに徹しているから、攻撃が通っていないだけ! そうだろう、理!」

「その……通りだ!」


 巨大な尾の嵐が、突如として消失する。

 若竹たちが戦ってきた多くの巨大なモンスターと変わりない巨大な的が、いきなり消え失せていた。

 狙っていた相手の消失に、勇者たちの攻撃が一瞬止まる。


「よくもさんざんなぶってくれたな、ここからは暴れさせてもらう!」


 消えたのではなかった、理は相変わらずそこにいる。

 九本の尾も、消えたのではなく縮んでいるだけだった。

 小さくなった九本の尾をなびかせて、理は……。


「ああ……!」


 身を震わせていた。

 本当に意味不明なほど、喜びに震えていた。


「う、ううううおおおおおおおおおおお!」


 コトワリ=ナインテイルは、大笑いしながら走り出していた。

 身構える勇者たち三組のどれをも目指さず、ただ無作為に走り出していた。


「あははははは!」


 呆然とする勇者たちを置き去りにして、まるで雪の日の犬のように駆け回っている。

 何がそんなに面白いのか、誰にも分らないだろう。


「はははははははは!」


 走りながら、理の尾のうち二本が起動する。


「第一尾、斥力の尾!」


 後方へ斥力を放出し、推進力に変える。

 ただでさえ一年走り続けた理の走る速さが、爆発的に向上する。


「第六尾 同期の尾!」


 そして、六番目の尾が同じように斥力を放出する。

 同期の尾の能力は、他の尾と同じ機能を発揮すること。

 弾丸の尾と同期すれば弾丸を発射し、猛毒の尾と同期すれば猛毒を噴霧できる。

 すなわち、威力を二倍に上げることができるということ。


「出力200パーセント! ロケットダッシュ!」


 さながら、二本の尾をもつ箒星。

 大地を高速で駆け抜けるロケットと化した理は、呆然としている勇者たちのもとへ向かっていく。


「万! 瀬音! 伏せろ!」


 とっさに、武器を放り捨てた加寸土が二人に抱き着き、そのまま地面へ押し倒す。


「丁半! 当てろ!」

「分かってる、百葉!」


 百葉が手にした武器は、巨大な鎖でつながっている棘つき鉄球。

 頭上で振り回して回転させたそれを、高速で向かってくる理へ投擲した。


 丁半が使用したのは、武器ではなく魔法。

 精度が低く速度も遅い代わりに、威力が非常に高い攻撃魔法。


 どちらも高速移動をしている相手には到底当たるはずもない、大技も大技だった。

 しかし百葉は武器の技量によって、丁半は幸運によって、命中する軌道に乗せていた。

 だがそれを無防備に受ける理ではない。


「膨張全開! テイルスピア!」


 縮めていた尾を拡大させ、槍の穂先のように伸ばす。

 鉄球と攻撃魔法を迎撃しつつ、他の勇者たちへ攻撃していた。


「ぐう!」

「きゃあ!」


 通りすがりざまの、牽制のような一撃。

 どれもが狙いすまされたように全員へ命中し、勇者たちを吹き飛ばしていく。


「くは!」


 理は笑う。

 走りながら、歓喜の声を上げる。


「あはははは!」


 嘲笑ではない、腹の底から笑っている。

 勇者たちを見下していない、あるいは見てさえいない。

 彼は今、自分に夢中だった。


「ははははは!」


 悲しい歓喜を隠さない、隠せない。

 泣きながら笑っている彼に対して、勇者たちは体勢を必死に立て直す。


「まず自分を治すんだ! 治せていないやつは、その後でいい! 瀬音と万は自分以外治すな!」

「節約しろって言うんでしょ! 分かってるわよ!」

「加寸土が守ってくれたから、けがはないけど……! 加寸土は?」


 補助魔法は使っている人間が死ぬと、効果を失う。

 万と瀬音が死ねば、全員が一気に弱体化する。

 それを防ぐために、加寸土は二人と同じ班になっている。

 二人をかばったことも、とっさではなく作戦通りだった。


「大丈夫だ……あいつ、俺を狙わなかった……!」


 外れたわけではないし、自分たちに気づかなかったわけでもない。

 起き上がる加寸土は、自分たち以外が大きく傷を負っていることに戦慄していた。


「あいつ、選びやがった……! 俺だけを狙わずに、他の奴らだけに当てた!」

「もともとでしょ……あいつは最初から、馬鹿じゃなかった……思い付きでこんなことをするような奴じゃない……練習してるに決まってる」


 瀬音は驚かない。理が強いなんて、わかり切っている。

 理が奇行をしていることには驚くが、高速移動をしながら攻撃をしてくることは驚かない。

 それぐらいしてくるだろうとも、相手はこちらを殺すために一年かけてきたのだから。


「そんなことよりも、あいつはどこだ!」


 百葉が周囲を見渡す。

 今追撃されれば、体勢を整えることができず、ほとんどの者が殺されてしまう。

 しかし九本の尾を縮めた今の理は、先ほどと違ってとても小さかった。

 その姿は、簡単には見つけられない。


「また遠くに行ったか……また突撃を?」

「分からないわ。でもあいつがまともなら……何度も同じことをしないはず。もしも私なら……遠距離攻撃をするわね。もうすでに、私達はそれを見ている……!」


 瀬音は焦った顔で、冷静に状況を分析していた。

 遠距離から攻撃してくるという、まともで単純すぎる策に息を呑んだ。


 そして彼らは、はるか遠くで二本の尾がそそり立つのを見た。

 二本だけ伸びた、巨大な尾。それは稲穂が垂れるように、勇者たちにその先を向けていた。


「第四尾、弾丸の尾! 第六尾、同期の尾! 出力200パーセント!」


 はるか彼方から、とても単純な弾丸の雨が発射される。


「マシンガンカーペット!」


 先ほどとは違い、超遠距離からの攻撃である。

 しかし全力で放っていることもあって、先ほどと同じ威力が全員を襲っていた。

 体に無数の弾丸が着弾し、少しずつだが削られていく。自動回復を上回る攻撃は勇者の肉体を、反撃の余地がない状況が勇者の精神を。

 とてもわかりやすく、一方的だった。


「……大丈夫、すぐ死ぬような状況じゃない。みんな、落ち着きましょう。せいぜいゲリラ豪雨程度よ」


 だがそれでも、瀬音だけは冷静だった。

 彼女は苦悶の表情をしているが、それでも全員へ一旦集まるように促す。


「あいつは、私達を一方的に殺せるほど強くない! 私たちもあいつも、魔王のゲームのコマなんだから……!」


 これがゲームである以上、かならずゲームバランスというものがある。

 何をやっても絶対に勝てないものも、何をやっても絶対に負けないものも、ゲームとしては死んでいる。

 勝つ余地、負ける余地が無ければ、ゲームとして成立しない。


 そして彼女の言った通り、攻撃は収まっていた。

 雨が止むように、無数の弾丸が止んでいた。

 自分の正しさが証明されたにも関わらず、彼女はひたすら苛立たしげである。


「あいつにも限界はある。同じ尾を連続して使い続けることはできないのよ」

「そうみたいだが、まだ余力はあるだろう。ここからどう戦うんだ?」


 疑問を提起した加寸土を、誰もが見る。

 他の面々同様に傷だらけの彼は、つまり理の受けた傷をそのまま表している。

 いや、それ以上だろう。加寸土はゆっくりとでも傷が治っているが、理はそうではない。

 ひたすら傷が蓄積し、苦痛や怪我が重なり続けている。

 理解しがたいことに、知らずにやっているのではなく、知った上でやっているということだ。


「それは」

「こっちも突っ込むしかねえだろう」


 案を言おうとした若竹を遮るように、土俵がそう言っていた。

 全員が、土俵を見る。再起した日から、若竹が意見を言っている間に、誰かが勝手なことを言うことはなかったからだ。

 だがしかし、土俵はとても冷静だった。それが証拠に、まくしたてるように自分の意見を続けることが無かった。


「……続けてくれ」


 若竹が促して、ようやく彼は言葉を続ける。


「補助魔法の効果はまだまだ持つだろう、だがもう半分は過ぎたはずだ。もう一度かけなおす暇があると思うか?」


 如何にスキルで補助魔法の有効時間が伸びているとはいえ、それでも限界はある。

 もちろんそれは事前に確認しているが、だからこそ焦れつつある。


「効果時間の半分を使って、俺たちは何ができた。このままアイツの自滅を待つのか? 若竹が言ったように、今の理は攻勢に転じている。今叩かないで、何時叩く? 距離を取っているんなら、詰めるしかない」

「接近戦をするつもりか、全員で。高速で走る理と並走しながら」

「その練習もしただろ、あんまり上手くいかなかったってだけでな」


 動いている相手に、止まったまま攻撃を当てるのは難しい。だが止まっている相手に対して、動きながら攻撃を当てることはもっと難しい。

 なぜなら走ることと攻撃することを、同時にしなければならないからだ。だが都理は、いともあっさりそれを成功させた。それは彼の練習をうかがわせるものである。

 そしてそれよりもさらに難しいのは、動きながら動く相手に攻撃を当てることだ。そうなれば、遠距離攻撃ではなく接近戦しかない。

 だが最初から、こうするしかなかった。全員で本人を叩かなければ、理は殺せないのだから。


「死人が出るかもしれない……やろう」


 若竹の決断に、誰もが頷いた。


「じゃ、覚悟を決めましょうか」


 佐鳥忍は、着込んでいた装備を脱ぎ始めた。

 彼女のチートは『野生』〈ネイチャースタイル〉、防具をぬぐ毎に能力値へボーナスが発生する。

 もちろん防御は貧弱になるが、そんなことを言っている場合ではない。


「もちろん私は死ぬ気はないわよ。殺して生き残る、絶対にね」


 不毛の荒野で、水着同然の格好になった彼女は、凛とした立ち姿をしていた。

 色気はないが美しく、凛とした気高さがあった。


「行きましょ」


 そこからは、全員が無言だった。

 一人一人が余計な武器をその場において、高速戦闘に備えていく。

 そのさなかも、瀬音は憎しみの顔を変えなかった。


(許せない)


 この場にいない魔王に、その怒りを燃やしていた。


(よくも理を、あんな風に……!)


 都理が嬉々としていれば、むしろ本人を呪えただろう。だが彼は壊れたように泣き笑っていた。自分たち同様に、極限まで追い詰められていた。

 この世界の人々の苦しみも、彼という男も、自分たちも、等しく魔王によって苦しめられている。


(私の友達を……よくも!)


 死んだ四人も、理も、決して悪人ではなかった。

 殺されるいわれはなかったし、人殺しになる必要もなかった。

 すべての元凶を、呪わずにはいられなかった。


「らり」


 その彼女へ、盾も鎧も脱いだ万が強がりの笑みを見せる。


「ありがとう」


 あまりにも時間が無く、あまりにも大きい感情があった。

 だから短く、感謝を返す。それで十分、思いは伝わっていた。


「……ここで勝ち切る。誰が倒れても、俺が倒れても、あいつをこのまま殺し切る」

 

 今のところ、理は遠くからこちらをうかがっている。

 この上なく露骨に誘っているが、どの道こちらはほかに道が無い。

 殺さなければ、生き残れないのだから。


「行こう!」


 ただのゴーサインだけで、誰もが走り出せるのは、既に覚悟を終えているから。

 各々の心中はともかく、行動は全員が一致していた。

 それを見て笑うのは、やはり理だった。


「ははは」


 本当に、かみしめるように喜んでいる。


「しつこいくらい笑える……」


 人が変わったように、悪役だった。


「……ありがとう、一年A組」


 感謝も本当で、殺意も本当。理は一切容赦なく、自分からも走り出していた。

 どんどん詰まっていく間合いの中で、双方はわずかな時間見つめあっていた。


「ははは!」

「おおおお!」


 理の笑みはさらに壊れ、勇者たちの決意はさらに固まっている。


「第一尾、斥力の尾! パワーバーニア!」


 それを確認して、理の背後で小さく斥力が噴射される。

 理の小さい体が浮き上がり、跳躍を補佐するだけでなく姿勢が制御された。


「無限ソバット!」


 空中にいたまま猛烈な回転とともに、先頭を走る若竹へ後ろ回し蹴りを放つ。


(武器を持っている相手に蹴り?!)


 本来なら、唯一の武装となった大剣で迎え撃つべきだったのかもしれない。

 しかし想定を超えすぎた超接近戦に対して、とっさの防御しかできなかった。


「防ぐのか、これを! 初見で!」

「何を考えて……」

「まだまだあ!」


 無限ソバットの名は伊達でないとばかりに、連続して後ろ回し蹴りが叩き込まれていく。

 走っていたため踏ん張りが効かない若竹は、どんどん押されてつんのめっていく。


 いったん足を止めて、若竹を援護しようとするほかの面々。

 しかし双方の距離が近すぎて、攻撃を躊躇してしまう。


「だあああああ!」


 思い切りが一番よかったのは、百葉でも丁半でもなかった。

 既に防具を脱ぎ捨てていた佐鳥が、武器さえ放り捨てて飛び蹴りを放つ。


「おっと」


 回転しながら周囲を見ていたとでもいうのだろうか。

 若竹の大剣を踏みつけて足場にし、片腕のイージスアガートラームで受け止める。


「ははは……なんて格好だ、佐鳥」

「アンタに言われたくないっての!」

「そりゃそうだ!」


 理は自分の右腕にけりこんでいる佐鳥と、長々話をしてから悠々と飛びのいた。

 口にしている言葉も、態度も、なにもかもふざけ切っていた。

 そのまま再び走り出し、勇者たちから離れていく。

 もちろん全員がそれを追跡する。特に足が速い佐鳥と若竹が先行し進路をふさごうとするが、それも悠々と跳躍して飛び越える。

 もちろん空中へ追撃しようとするが、斥力の尾によって空中を自在に、不規則に動く理をみて攻撃する気も失せていた。


(なんて奴だ!)


 あまりにもふざけて居る理の動きを見て、土俵綱は感服していた。

 その気になればずっと飛ぶことができ、普通に走るだけでも全員を置き去りに出来る。そもそも遠距離でずっと叩き続けることもできる。

 それだけの実力差があるのだが、あえて全員を追いつかせて、わざわざ戦っている。


(こいつは一体、どれだけぎりぎりの戦いを強いられていたんだ?)


 わざわざ戦ったうえで、悠々とくつろいでさえいる。

 圧倒的な力で圧倒するのではなく、攻防に付き合ったうえであしらっている。


 全身が血まみれになっていて、確実に痛みが蓄積しているのに、それでもなんとも思っていない。

 この状況が、苦境だとも思っていない。


(四方八方からの攻撃をさばいているってことは、日常的に四方八方から攻撃されていたってことだ! 走りながらそれができるってのは、一体どんな修業だったんだ?!)

 

 必死で戦闘技術を磨いてきた今だからこそ、土俵に限らず全員が理の強さを理解している。

 例えるならアクションゲームやシューティングゲーム的な上手さだった。走りながら四方八方からの攻撃をマニュアルで防御し回避し、一度も被弾していない。


(理は尻尾の大きさを調整できて、今は小さくしている。被弾面積が小さくなる代わりに、本体を晒しているが……俺たちは人間と同じ大きさの相手と戦うつもりじゃなかった……)


 理は最初からこの戦い方をするつもりで、勇者たちはもう少し違った戦い方を考えていた。

 それゆえに連携も万全とは言えず、包囲して並走しているが畳みかけられずにいる。


(窮地……上等だ!)


 自分たちが追い込まれていることを把握して、土俵は笑った。

 それでもここから勝ってみせると、負けまいと笑っていた。


「おい、歩!」


 隣を走っている成金歩へ声をかける。

 自分同様に、未だに自分のチートを知らない勇者だった。


「なんだよ」

「俺たち、まだ何にもできてないよな」

「……そうだな」

「自分のチートを知らないのを言い訳にして、このまま他の奴が倒すのを期待するのか?」

「そんなわけないだろうが……!」


 チートを知らないうえで、あえて立ち上がった二人だった。

 二人が信じているのは、未だに明かされていない未知のチートではない。

 どうせ理だけが知っているので、偶然に期待するだけ無駄だと思っていた。

 二人が信じているのは、自分自身の可能性だった。


「よし、じゃあ行くぞ! タイミングを合わせろよ!」

「分かってる!」


 二人は息を揃えて、同時にスキルを使用する。


「チャージ!」


 一瞬だけ発動する自己強化、それによって二人は大きく踏み込んで背後から切りかかる。


「……!」


 その時、理の表情が変わった。

 背後からの攻撃を察して振り向いたほんの一瞬、余裕がなくなり迷いが生まれていた。


(なんだ?!)

(対応を迷った?!)


 加寸土を相手にしてさえ他と変わらぬ攻撃を仕掛けた理が、チートがわからない二人に対して警戒をしていた。

 それを見たのは、若竹と瀬音だけ。


「思い切りがいいな!」


 称賛しつつ振り向いて、両手の盾で受け止める。

 それだけではなく、宙に浮かんでいる何かを踏んで、空中のまま跳躍し距離を取ろうとする。

 勇者たちにはわからないことだったが、防御の為に浮かべているブレイクポイントを足場にしたのである。


(どっちか、あるいは二人とも戦闘補助型……ちがう、今までは特にそんなことなかったのに!)

(考えるだけ無駄だ! 今は大きく隙が出来てる!)


 だがそんなことよりも、二人は理が間合いを取ったことを把握していた。

 今までとは違い、何かがある。それだけを頼りに、二人とも同時に切りかかる。


「斥力の尾! フィールドウェーブ!」」


 それを理は、斥力の波で押し飛ばす。

 空中で踏ん張りの効かない二人は、斥力に抗いきれず弾かれる。


(瀬音と若竹が同時に仕掛けた? 何かある!)


 だが二人の動きに呼応して、百葉が攻撃を畳みかける。

 鎖付きの鉄球を振りまわし、斥力の波に負けない勢いで放つ。


(偶然から合わせてきた?! どれだけ連携慣れしているんだ?!)


 くしくも、あるいは必然か。

 若竹が最初の最初に予定していた流れになっていた。

 ステータスを閲覧しただけではわからない、全体の連携での畳みかけ。

 理が見せた一瞬の隙を、全員で突き込んで広げていく。


「同期の尾! パワースイング!」


 それを理解している理は、なんとか立て直そうとする。

 尾を一本だけ肥大化させて鉄球を弾き飛ばし、そのままさらに姿勢を整えようとする。


(遊び過ぎた! 楽しすぎた!)


 それでも、表情は壊れたように笑ったままだった。

 それは虚勢ではなく、相変わらず本性そのままだった。


(だが好機でもある! このまま俺を追いつめろ!)


 臀部から生えているすべての尾をいったん小さくして、減速しつつ着地する。


「もう走らせちゃ駄目だよ!」


 そこを叩くのは、一番防御が薄くなっている佐鳥だった。

 拾いなおしていた武器で攻撃し、理を抑え込もうとする。


(本当に、本当に追いつめてくる……! 予定通りだが、だが、だが!)


 一本だけ尻尾を大きくして、それを受け止める。


(こいつらを相手に、予定通りなんとかできるのか?! 作戦が甘かったんじゃないのか?! こいつらが強いことを期待していた一方で、どうせ前と大差ないと侮ってたんじゃないか?! 期待するだけ無駄だと思ってたんじゃないのか?!)


 しかし、それを一瞬で引っ込める。

 巨大な尾は攻防に優れるが、視界をふさぐという弱点がある。

 接近戦では、必ずしも有利とはいえない。


(ここに加寸土がいると思っていたか? それを嬉しく思う一方で、立てていた作戦が無茶だったと思いなおすべきだったんじゃないか?!)

「逃さない!」


 剣を掲げた高嶺が、裂ぱくの気迫で理に切り込んでくる。


「第五尾、透過の尾! 出力100パーセント!」


 奥の手、非常手段、初見殺しの尾を使う。


「クリアウォール!」


 光を透過し、透明になれる尾を最大化させ、自分の周囲を守る。

 切り込んできた高嶺の一撃を受け止め、阻み、さらに佐鳥ごと吹き飛ばす。


「高嶺ぇ!」


 その彼女をかばおうとして、加寸土が走る。

 まぎれもなく、この場で一番厄介なチート持ちを理は目で追ってしまう。


「チャージ!」


 巨大な尾を透明にするということは、視界をふさがないということである。

 それは尻尾の主である理の視界を良好にすることを意味しているが、同時に他の面々から理が見えやすいということである。


「火属性魔法付与!」


 足を止めることができていた万は、全力で攻撃する体制になっていた丁半の『槍』へ魔法を付与する。


「伸るか反るか」


 理が今何をしたのか、あるいはどんな防御手段を持っているのか、丁半にはわからない。

 ただ今できることを、全力でやるだけだった。


「吉と出るか凶と出るか、」


 唯一の武器であるその槍を、彼女は渾身の力で投擲する。


「一か八か……!」


 届け、当たれ。

 今まで加寸土のチート以外ではダメージを与えられていない理へ、今できる最大の攻撃を放つ。


「いけええええ!」


 それは事前に練習した攻撃だった。

 そして理が肥大化させている尾は一本であり、攻撃に転じた後であり、よって全方位を守っているわけではなかった。

 仮に丁半が幸運に特化したチート持ちでなかったとしても、命中を期待できる状況だった。


(しま……!)


 最善を尽くしたが故の必然が、今まで触れることもできなかった理の頭部に直撃する。


「今だああああ!」


 若竹が。


「ここしかない!」


 百葉が。


「行くぞぉお!」


 成金が。


「ここで仕留めろおお!」


 そして土俵が。


「理ぃいいい!」


 大きく吹き飛ばされた高嶺と瀬音、そして佐鳥。槍を投げたばかりの丁半、高嶺をカバーしようとする加寸土、丁半へ援護したばかりの万。

 攻撃に参加できない六人を除いた全員が、四方から理へ襲い掛かる。

 膝から崩れた理は、そこから動けずにいた。


 傀儡の尾ではなく魔王の下僕本人が、勇者たちの直撃を受けようとしていた。

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[一言] 主人公の狂気……アニメで見てえ……!最っ高にゾクゾクする。
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