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魔王が悪い、その下僕が悪い。

 勇者が四人殺されてから一年が経過した。

 今度は十人殺すと予告され、それでも勇者たちは戦場に赴く。

 魔王の言いなりになるしかない、この現状。それを憂いつつも、しかしそれが最善だと信じて。


「いよいよ今日、俺達は理と戦うために出発する。戦う場所は俺たちがレベル上げをした、不毛の荒野だ」


 改めて、勇者たち全体のリーダーを務めている若竹が、二十五人全員を集めて話をしていた。

 若竹が都と戦う前に話をするというだけで、全員の脳裏に以前の過ちが脳裏をよぎる。

 それでも、誰もなにも言わなかった。この一年、あまりにも後悔を重ね過ぎたがゆえに。


「……今の俺たちは、悪霊の巣窟を超えて、レベル55。集団戦術を練ったうえで、そのための訓練やスキル、魔法を習得している。最善を尽くしたつもりだ」


 誰よりもそれを痛感している若竹は、それでも以前とは違うことを、成長していることを示す。


「都を、殺す。十人の内誰が死んでも、刺し違えてでも殺す」


 できれば説得したいだとか、誰が殺すだとか、あるいは全員が生きて帰るとか。

 そんな甘えがない、確かな強さをもった言葉だった。悲壮な覚悟が、胸に燃えていた。


「そのための、一年だった」


 本当は、二年前からそうするべきだった。都を殺すために、全員に危機感を持たせるべきだった。

 だがそんなこと、できるわけがなかった。だから仕方がないという諦めがある一方で、それでも後悔は胸にこびりついている。

 全員、同じ想いだった。


「……大変申し訳ないが、確実に勝てるとは言えない。もしも俺たちが負けたら、その後のことに俺たちは責任を持てない」


 若竹の言葉だけが、全員に伝わっていった。

 しかしそれは、言葉にするまでもなく、全員が共有している想いだった。

 二十五人全員が、訂正することもなく否定する余地もなかった。


「もしかしたら、運が良ければ……」


 運が良ければ、という言葉を口にする資格を得ている。

 決して運まかせではなく、運によって左右される領域に達していると信じて、運が良ければと口にする。


「都を俺たちが倒して、そのまま他の魔王の部下や魔王を倒して、この世界を救って、みんなで日本に帰れるかもしれない。戦った十人も、戦わなかった十五人も、全員が帰れるかもしれない」


 目指すべき最高の結果を、若竹はしっかりと口にした。

 その中に、理は入っていない。


「昔の俺なら……きっと、戦わない十五人に酷いことを言っていたと思う。そうでなくても、軽蔑しきっていたと思う。何もせずに成果だけを欲しがっている、さぼっている、だらしなくて、浅ましくて、卑怯な奴だと思っていたはずだ」


 静かに、胸の内を開かす。


「今は違う。俺たちは、みんな普通だ」


 ようやくたどり着いた答えだった。


「ここにいる二十五人だけじゃない、この世界にいる誰もが普通で平凡で、異常でも特別でもない」


 昔は違っていた。

 人間には個性や優劣があり、誰一人として同じ人はいないと思っていた。

 そう思うことが、この場の全員にはできなくなっていた。


「死ぬのが嫌で、怖くて逃げだしたくて、誰かに何とかしてほしいと思っているんだ」


 恐怖を克服したとしても、恐怖に負けたままだとしても、恐怖から逃れているわけではない。

 恐怖の対象に立ち向かう者も、恐怖の対象から逃げる者も、同様に恐怖している。


「俺は、戦えない『みんな』を呪えない」


 死の恐怖を経験した後は、同じように恐怖している者へ共感できる。

 自分も傷ついているからこそ、他人の痛みを笑うことができない。


「だから、残ることを気にしないでくれ。俺は、俺達は、『みんな』を守るために戦うんだから」


 この世界に蔓延している、滅亡への恐怖にようやく共感できた。

 みんな死にたくないからこそ、その中の誰かが立ち上がる。

 それを確信した若竹は、自分たちの勝敗に無関係で生き残る十五人へ、最後に残せるものを置いていった。


「全員死んでも、気にしないでくれ」


 前回の四人と今回の十人では、死んだときの意味合いが違い過ぎる。

 それを理解しているからこそ、彼はその言葉を最後に置いていく。


「俺達はみんなのことを見捨てて、十人で戦うことを選んだ。だから残るみんなは、俺達のことを見捨てたなんて思わないでくれ。気休めしかできないけど、本当に、気にしていないよ」


 勝てるとは言い切れない、チート主人公ではないが故の覚悟を示していた。


「見送る君たちが心苦しいのなら、置いていく俺達だって心苦しいんだ」


 赤裸々に語る若竹を見て、共に旅立つ九人は誇らしく思い、残る十五人は期待をしてしまう。

 同じ苦しみの中で、確かではない希望を目指して進める男。

 若竹伸は、本当の勇者になったのだと悟っていた。



 これから出陣のセレモニーが行われる。

 この世界を裏切った男を討伐するために戦地へ赴く十人の勇者を、国民の皆が送り出す。

 どうか勝ってくれと祈り、願い、勇者たちを応援するのだ。


 実際には誰も何もしていない、世界を救うために動いていない、と誰が言えるだろうか。

 二十五人の内十人が立ち上がったように、彼らの中にも立ち上がりたいと思っているものは多いだろう。

 だが彼らは、レベルを上げることさえできない。魔王どうこうではなく、その前段階にさえ達することができない。

 家族を守りたい気持ちは同じなのに、すがることしかできない無力さ。それを嘆きながら、立ち向かう者へせめて声を飛ばすのだ。


「クイン王女、そろそろ出発ですね」

「はい」

「これが最後になるかもしれないので、話を聞いてくださいませんか?」

「……それが貴方の力になるのなら」


 そしてそれは、いままで献身的に若竹を支えてきたクイン王女も同じだった。


「今まで、至らない俺の傍に寄り添ってくださって、本当に感謝しています」

「それは当然のことをしたまでです」


 若竹は、正真正銘最後の時間になるであろうひとときを、クイン王女との会話に当てていた。

 その雰囲気は、床を共にした男女のそれとは思えなかった。

 それは王女と勇者の、共に覚悟を固めている男女のそれだった。


「私は一国の王女、その体は国家のためにあるのです。貴方のために体を差し出すことなど、感謝されるようなことではありません」

「……そうですね」


 自分の倫理観に反する言葉だったが、若竹はそれを受け入れていた。


「本当なら、私は貴女を拒絶するべきなんでしょうね」

「え?」

「いえ、私の故郷の倫理観です」


 勇者になった少年は、昔の自分を静かに語っていた。


「個人の愛ではなく、社会の義務感で女性が体を差し出してきたのなら、男はそれを受け入れるべきではない。そういうのが格好いい男なのだと、そういう風潮があったのです」

「……それは、幸せな世界なのでしょうね」

「ええ」


 クイン王女は、ただ申し訳なさそうにするばかりで、感動や感謝や理解を示すことはなかった。


「本当は、私も貴女が義務感で私に近づいてきたのだと察していました。ですが正直に言って、調子にのってしまって、無責任に受け取ってしまった……恰好が悪い話です」

「そんなことはありません! 貴方はこうして、この世界のために戦っているではありませんか! それのどこが無責任だというのですか!」

「……そうですね」

「どうかご自分を卑下なさらないでください。貴方は私を抱く権利こそあっても、この世界を救うために戦う義務などないのです。貴方はただ義でもって、私たちを助けてくださっている! その貴方が、ご自分を軽く見ないでください!」


 クイン王女は、社会の常識にとらわれているわけではなかった。

 彼女は自分にできることを必死で考えて、全力で行っているだけなのだ。

 その行為を軽く扱うことなど、誰もしてはいけないことだった。


「……昔の私は、恵まれた社会で生まれたがゆえに、無自覚に傲慢でした。本当の傲慢とは、そういうのを言うのでしょうね」


 恵まれている社会だからこそ許されていた『わがまま』を、恵まれていない社会でも貫こうとした。

 この社会の価値観を察しつつ、その恩恵だけをうけとって、しかし自分たちの価値観の方が正しいと信じていた。

 それどころか、啓蒙しようとさえ考えていた。それが恰好がよく、相手に憧れられるのだと、信じて疑わなかった。

 そんなのは、今まで恵まれていたから言えたことなのに。

 この世界の人々は、常識にとらわれているのではない。もっと単純に、嫌でも我慢するしかないだけなのだ。


「だから思うんです、クイン王女。俺はこの世界が、そんな戯言を、誰でも言えるようになればいいって。魔王を倒すことができれば、それに近づけると思うんです」

「……はい、今この世界には、余裕どころか未来さえありません」

「もしも余裕があったら、勇者になんか縋らないでしょうしね」

「お恥ずかしい限り、情けない限りです」

「いいんですよ」


 助けが期待できない状況、命の危機にある恐怖、手を打てない閉塞感。

 それらを知ったからこそ、優しくなれる。共感できてしまう。

 決して、無視できるものではない。


「俺たちは、世界を救うために戦います。困っている人を、そのままになんてできません」


 何時か言った言葉を、もう一度口にする。

 その重さが違うことは、クイン王女にも伝わってきていた


「ありがとうございます」

「御礼なんて……まだ、何もしていませんから」


 勇者たちは、まだ何の成果もあげていなかった。

 最終的に魔王を倒すとしても、まず最初にやらなければならないことがある。


「俺達は、都理を殺します」


 決意と熱意、そして敵意と憎悪があった。


「申し訳ありません、かつての友人と殺し合わせることになってしまって」

「いいえ、貴女は何も悪くない」


 自分さえよければそれでいい、自分が家に帰れるのであればそれでいい。クラスメイトや別の世界の人間がどうなってもいい。

 そんな勝手さには、共感できないししたくもなかった。こんな恐ろしい目に合わせても平気だなんて、信じられない。


「遊びで世界を滅ぼそうとしている魔王に従うなんて、その命令で人を殺すなんて、絶対に許しちゃいけないんです」


 強大にして有害な存在を悪と言うのなら、それに立ち向かうことを正義と呼ぶ。

 若竹は正義を胸に抱いて、死地に向かおうとしていた。恐怖に怯え、暴虐に怒る、『普通の人々』を代表して。


「勇者様」


 この世界の誰もが期待していた、真の勇者がそこにいた。


「どうか、勝ってください」

「はい、必ず勝ちます」


 この世界の人々に寄り添う、本物がそこにいた。



 この世界の人々の想いを背負うとはいっても、赴いた先は不毛の荒野。人っ子一人いない、ただ荒れ地である。

 畳の上では死ねないと分かっていても、こうして人の目が届かぬ場所で戦うのは少しばかり寂しかった。

 だからこそ、お互いに励まし合う。仲間が十人しかいないのではない、仲間が十人もいるのだ。


「はあ、お前はいいよなあ、若竹。最後の時に、好きな人とみっちり話ができるんだから」

「どうしたの、百葉?」

「それがね、瀬音。こいつ結局草冠ちゃんに告白できなかったのよ」

「え? これが最後かもしれないのに?」

「そうなのよ~~。命を賭けて戦いに行くよりも、好きですって言うのが難しいとか、バカすぎるわよね~~」


 最初は二十九人もいて、三分の一に減ってしまった。

 しかしその分、より親密になれたと思う。

 ただのクラスメイトのなれ合いから、本当の親友になれたと思う。


「『ああ、告白しておけばよかった』って思って死ぬのよ、絶対に! すっごいベタ!」

「忍! お前縁起でもないこと言うな! 本当に死んだらどうしてくれるんだ!」

「だ、か、ら! さっさと言っておけばよかったのに~~」

「絶対勝つ! 絶対生きて帰って、告白する!」

「だって~~! 百葉君は告白するって~~!」

「いじめかよ! これかなり陰湿ないじめだぞ!」


 かけがえのない、命を預け合える、背中を任せられる仲間がいる。


「これから命を賭けて戦うのに、いじめも何もないでしょう?」

「いや、命かけてたらいじめていいのかよ! 俺の純情はどうなるんだ?」

「やれやれ、好きなら好きって言えばいいのにねえ。そうだろう、英」

「そうだな、花」

「見せつけるなよ! よけい惨めになるだろう! 命かけてるのに、いちゃつくんじゃねえよ!」


 だからこそ思うのだ。刺し違えてでも勝たなければならないが、できることなら全員が生きて帰りたいと。


「まあまあ、みんな落ち着いて。そろそろ切り替えましょうよ。こんなくだらないことでケンカして、それが原因で全員死んだら、目も当てられないわ」

「同感」

「くだらなくなんかない! 俺が草冠を好きなことは、下らなくなんかないぞ!」


 きっと全員が、そう思っているに違いない。


「ねえ知ってた? 土俵って、実は草冠と……」

「ああ?! お前、それは……!」

「待て、土俵! お前草冠とどういう関係だ?!」

「大したことじゃない! 気にするな!」

「気になるだろうが!」


 こうやってバカ騒ぎをしていても、それはただ緊張をほぐすためだ。

 心は一つ、皆で生き残ること。


「草冠ちゃんに呼び出されてね……」

「おい、理が来たぞ!」

「呼び出されて何があったんだ?!」

「だから、来たぞ!」

「うるせえ!」


 空に現れた、巨大な尻尾を九本持つ怪物。

 彼に対して、全員が身構えた。


 一年ぶりに、殺し合いが始まる。

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