チート主人公がいないのが悪い
現状を打破するために城を出た十人の勇者たち。
誰にも強制されずに死地に赴いた理由の一つとして、残ることへの恐怖があった。
十人を送り出した後も、残った十五人の『日常』は続いていく。
その日常の辛さは、想像するまでもないことだ。
生き残った二十五人が全員、それを既に知っている。
十人はそれを抜け出たが、十五人はそこにとどまることになったのだ。
何もできず、ただ恐怖におびえる。
身を震わせ、眠りの中に逃げようとして、悪夢に目を覚ます。
何の解決策も練らず、足を止めて耳と目をふさぐ。
勇気や勇ましさからほど遠い、しかし期待や希望とも程遠い、あまりにも辛すぎる時間。
長いようで短く、苦痛でありながら他のことができない。
本来脅威から身を遠ざけるための本能が、かえって己を死に近づける。
誰かが何とかしてくれるのなら、その誰かが何とかしてくれるのを待つ。
こうなるとわかり切っていながらその判断をしてしまった十五人は、楽観するどころかすぐに混乱してしまっていた。
なにせ赴いた十人が、今この瞬間に死んでいても全く不思議ではないのである。それを想像するだけで、彼らの恐怖は永遠に持続する。
リアルタイムで確認できていれば不安に思うことはなかったが、彼らにそうしたチート持ちは一人もいなかった。
「勇者十名が帰還しました!」
だからこそ帰還の一報を聞いて、十五人の生徒たちはこの国の住人同様に安どしていた。
レベルをあげるとか以前にやつれ切った面々は、対照的に強くなって帰ってきた十人に抱き着かんばかりだった。
「若竹……」
「百葉君!」
「高嶺ちゃん!」
「よかった、瀬音が生きてて……」
双方が驚愕するほどに、明暗は明らかだった。
無理もないだろう。若竹を筆頭とする十人は、憔悴の残っていた出発前とは顔つきが変わっている。
それは勇者だとか英雄だとかではない、一人の戦士として自信と余裕を持っている経験者の顔だった。
現地への往復も含めてだが、二月ほどの間で彼らは甘えの抜けた大人の顔になっている。
二月の間やつれ続けていた十五人とは、同じ年とは思えない差が顔に出ていた。
「よくぞ、よくぞ帰ってきてくださいました」
彼らを迎えるクイン王女は、涙ぐんでいた。
彼女だけではなく、勇者に関わってきた多くの者が彼らを厚く迎えている。
まだ何も成し遂げていないが、それでも凱旋のようだった。
「はい、帰ってきました」
いいや、凱旋だったのだ。
今まで実感していなかったというだけで、危険地帯から強くなって帰ってきたことは、凱旋以外のなにものでもない。
彼らは目的を達成して、帰還した。世界を救うために、最善を尽くしているのだ。一人もかけることなく、実力的にも精神的な成長を遂げて帰還した。
これほど頼もしい話はこの世界のどこにもないだろう。
この後彼らは過酷な冒険の汚れを落とし、礼服に着替え、豪華な料理の並ぶパーティー会場に赴いて……。
世界の命運を背負う勇者としての、輝かしい時間を過ごすのだろう。
※
※
※
十人の勇者たちは歓待を受けたあと、全員一致で休息をとっていた。
ある者は寝て、またある者は風呂に入って寝て、さらにある者はマッサージを受けながら寝て、別の者は食うだけ食ってから寝ていた。
危険地帯付近で、すやすやと眠れるわけもない。
彼らはふかふかのベッドで寝るという最高の贅沢を味わいながら、惰眠をむさぼっていた。
「意外と何とかなったな、俺みたいな役立たずでも」
「意外でもないさ、君の決断した結果だよ」
例外と言えば、加寸土と高嶺だろう。
カップルである二人は、城の中庭で虚脱しきった表情でベンチに座っていた。
まだなにも解決していないが、それでも一つの目標を達成しきっていたことで、他の八人同様それなりに満足していたのである。
これから先のことに確信は持てないが、少なくとも次の目標がある。
次に何をすればいいのかわかっていれば、今だけは安心ができるのだ。
「そうか」
「そうさ」
今だけでもいい、二人は寄り添いながらつかの間の休息を満喫していた。
明日が保障されていないからこそ、何もせずに過ごせる日々が尊い。
今まさに、二人は幸福だった。
「高嶺……俺はさ」
「英、暗い話ならよしてくれ」
「悪い」
喉につかえていたものが出そうになるが、それも今は野暮だった。
どうせ明るい未来などないのだから、今だけは何も考えたくなかった。
酒の席ならともかく、まどろんでいるのなら尚のことに。
「大丈夫」
「そうだな」
なんの根拠もない、きっと何とかなるという前向きさ。
それがうつろであっても、それが休日には必要だった。
「あ~~」
「う~~」
特になんの意味もない、腑抜けきった声を喉の底から出してみる。
思った以上に間抜けで、しかし通じあるものがあって……。
「あ、いた!」
そう思っていたら、唐突に平穏が乱された。
切羽詰まった形相の生徒、残ることを選んだ十五人のうち一人離島来人が二人にかけよってきた。
「どっか行ってくれないか? 僕たちは今、つかの間の休日を楽しんでいるんだ」
「本当にどっかいってくれ」
「そんなこと言わないでくれよ!」
途中で挫折したとはいえ、35レベル故に一般人をはるかに超えた力を持っているのだが、そうとは思えない平凡ぶりを発揮している離島。
そんな彼を、二人の勇者は心底から嫌がっていた。
「野暮の極みだぞ、本当にどっかいけ。せっかくの余暇が台無しだ」
あたたかな日差しの中で、庭師が整えている穏やかな中庭。
植物が青々と茂り、ゴミ一つなく調和のとれた空間を作っている。
その中で贅沢な時間を過ごしていたのに、離島一人のせいで何もかもが台無しだった。
ひたすら不愉快そうに、高嶺は手でどっかに行けと指示をする。
「離島、お前ウザイ」
「二人とも、そんなことを言わないで、話だけでも聞いてくれ!」
「聞くわけねえだろ。高嶺、俺の部屋に行こうぜ」
「そうだな、ここよりはいい」
議論をする時間も惜しいとばかりに、二人はベンチから立ち上がって中庭を出る。
しかしそれに対して、離島はなんとか追いすがろうとする。
離島の表情は、まさに必死だった。
「俺も、もう一度戦うよ! だから連れて行ってくれ!」
恐怖ゆえに危険地帯へ赴かなくなった離島は、他の十四人同様に憔悴していた。
何もしないことがここまで辛いのなら、せめて頼れる面々と一緒にいたい。
今更ながら、彼が再起を申し出たのはとても自然なことだった。
「いいぞ」
それに対して、高嶺はそっけなく返していた。
「次の出発は一月後だ、それまでに準備をしておくんだな」
本当に、非常にあっさりと即答していた。
しかし二人とも、離島のことを見ようともしていない。
「用件は終わったか? 僕らは本当に疲れてるんだ、休息の邪魔をしないでくれ」
「いや、邪魔をする気はないんだよ!」
「邪魔になってるんだよ。お前がどう思ってても、僕らの邪魔なんだよ」
「相手をしてくれ!」
「僕らのことを考えるなら、からまないでくれ」
本気で疲れているので、断りの文句も適当である。
そして二人は、疲れを隠そうともしていなかった。
「高嶺、もう面倒だからさっさと終わらせよう」
本当にどうでもよさそうに、離島に向き合う加寸土。
どちらも余裕がなさそうだが、必死になっているのは離島の方だった。
「だから、出発は一月後だって言ってるだろう。何が不満なんだよ」
「一月後って言ったって、それは不毛の荒野じゃなくて悪霊の穴倉だろう!?」
「当たり前だろうが」
不毛の荒野でのレベル上げは終了している。
終了しているからこそ帰ってきたのだから、次は50レベル相当の危険地帯『悪霊の穴倉』だった。
当然ながら、レベル35でしかない離島には酷な場所である。
「今からそんなところに行ったら、すぐに死んじまうよ! だから、不毛の荒野に一緒に行ってくれ! 追いつきたいんだ!」
「嫌だ、俺たちが置いて行かれる」
とても単純な話だが、不毛の荒野は王都の近くにあるわけではない。
一日で往復できるような距離ではないし、そもそもレベルを上げ終わっている二人が赴いても時間を無駄にするだけである。
離島のためにそんなことをするほど、二人は暇ではなかった。
「あのな、離島。俺たちはお前にかまっている暇がないんだ。追い付きたいなら、まずお前が何とかしろ」
「俺一人でどうしろってんだよ!」
「お前一人でどうにかしろ」
薄情極まりない言葉に、離島は絶叫していた。
「なんでだよ! まさか俺があの時、若竹に言ったことを今でも根に持ってるのかよ!」
「根に持つ?」
「俺だけじゃないはずだろ! 酷いことを言ったのは、お前だってそうだったんだろ!」
「何をわけのわからないことを」
「復讐のつもりか?! 一旦逃げた俺のことを、バカにしてるのか?!」
復讐。
その言葉を聞いて、加寸土は自嘲の笑みを浮かべた。
確かにひどいことを言った友人を、陥れたり助けを無視するというのは、とてもよくある話だ。
そういう意味では、彼は復讐されてもおかしくない状態である。
だがしかし、そんな『甘い話』が成立する状況ではない。
「バカにしてるんじゃない、相手にしていないだけだ」
「同じだろ、いじめだぞ!」
出遅れた生徒を、進んでいる生徒が見捨てる。
それもまた、いじめだとか差別だとか言うし、お世辞にも推奨されることではない。
少なくとも、彼らの通っている学校ではそうだった。
遅れている生徒に手を差し伸べることが、美徳とされていた。
「お前だけじゃない! 他の八人も俺に会ってさえくれなかった! これが無視でシカトで、いじめでなくてなんて言うんだ?!」
一度は挫折したけれども、もう一度頑張りたい。
そう思っている友人には、協力をするべきだ。
それが倫理であり常識であり道徳のはずだった。
「みんな疲れてるんだよ」
疲れているから寝ているのに、それをいじめだとか無視だとか言われても、困る。
自嘲している加寸土は、ひたすら酷なことばかりを言う。
「俺達が疲れてないとでも思ってるのか? 寝たり休んだりするのが、そんなに駄目なのか?」
「ち、違うけど……」
「じゃあいいだろ。俺たちも疲れてるんだ」
「俺だって辛いし、疲れてるんだよ! 差別しないでくれ!」
引きこもっているのが楽だったとか、疲れないとか、そんなことはない。
自分こそ心の安らぎを求めているのだと、必死で訴えていた。
「なあ離島、俺達がそんなに余裕そうに見えるか?」
ふと思うのは、丁半の言葉だった。
彼女は運動部のガチ勢とエンジョイ勢を分けていたが、それと同じである。
ガチ勢に向かってエンジョイ勢が合わせてくれといって来たら、邪魔するなと言いたくなるだろう。
確かにガチ勢の方がエンジョイ勢よりは上手だろう。
何かの理由でエンジョイ勢も頑張らなければならなくなった時、ガチ勢に教えを乞う方が効率は良いのかもしれない。
しかしそれは、ガチ勢の都合をあまりにも無視している。いつでも死ぬ思いで頑張っていること自体をガチというのだから、エンジョイ勢に手を貸す余裕はないと言っていい。
「お前を助ける余裕が、有ると思うか?」
「お、俺は困ってるんだよ!」
「俺達が困ってないと思うか?」
「こま、こま……困ったときはお互い様だろ!」
「なんとでもいうな、お前」
自分の命がかかっているのだから、何を言われても引き下がらないだろう。
だがしかし、それは加寸土も同じことだった。
「あのな、離島。簡単にいじめとか差別とか言うけどな、そういうのは、暇じゃないとできないんだよ。俺たちは自分のことで精いっぱいで、他のことに気を回せないだけだ。俺たちを悪者にするなよ」
復讐をするということは、相手が悪者だということである。
誰も悪くないのに、クラスの内側で復讐するというのはとんちんかんだ。
「お前の力になれないのは悪いと思うけど、それだけだ。俺たちも必死だ」
「俺の方が必死だ!」
「悪霊の穴倉では、俺も死ぬかもしれない」
加寸土は自分のチートを自覚したとき、最強の能力だと思ってしまった。
自分が怪我をすれば、相手も怪我をする。そうすれば、相手は自分に攻撃できなくなる。
しかしよくよく考えればそれは、自分に死の覚悟がない裏返しだった。
死ぬのは嫌で怪我をするのも嫌なんだから、自分は無敵だ。そんな、底の浅い理屈だった。
「俺は弱い」
悔しそうでも、自嘲でも、誇らしくもなく。
加寸土は自分のことをそう評価していた。
「俺より強いみんなだってそうさ。ちょっと強かったり便利なチートを持っているぐらいじゃあ、何にもならないってわかってる。死ぬときは死ぬさ、そうならないように頑張ってるんだ」
誰かの傍にいれば安心だ、自分を守ってくれる。
そう思っている奴を、誰も助けてくれない。
それは差別でもいじめでもなく、単に力不足なだけだ。
一年A組の誰もが、他の誰かを助けるだけの力を持っていない。
「なあ離島。異世界にクラスごと転生とか転移とか召喚された時、大抵一人は図抜けてチートな奴が出るだろう?」
たくさんの勇者の中で、本物の主人公がいて、その主人公だけが活躍する。そういう物語はたくさんあった。
「そいつがものすごく調子に乗ったり、そいつが好き放題にしたり、他の連中の努力を台無しにしたりするだろう? そいつに突っかかる生徒をぶっ殺したりするだろう?」
ひょっとしたら、どの生徒も自分が主人公だと思っていたのかもしれない。
それだけ、自分の可能性を信じていたのかもしれない。
「ぶっちゃけ、居たら嫌な奴だろう?」
それが、遠い夢だった。
「今は、いてほしいよ」
本当に、遠い夢だった。夢のままならよかったのだ。
「都をぶっ殺して魔王をぶっ殺して、この世界を救ってハーレムでもなんでも作って欲しいよ。俺のことをぶんなぐってもいいし、いじめてもいいし、はあはあやれやれ仕方がないとか言ってもいいよ」
現実なんて、ろくなもんじゃない。
「助けてほしいし、何とかしてほしいよ」
惨めな思いをしてもいいから、バカにされてもいいから、今までの努力が台無しになってもいいから。
そんなことどうでもいいから、死なずに済ませてほしい。
「俺は、そう思ってるよ。頼られても、困る」
弱音を吐き出す加寸土からは、清々しささえ感じられる。
「離島」
その凛としている雰囲気に、離島は何も言えなくなっていた。
「差別だとかいじめだとかがものすごく悪いことで、どこかの生徒でも誰かを助けることができて、悪い奴の証拠を出せば正義の裁きが下る。そんな日本が懐かしいな」
この世界では、いじめだとか差別だとかが、なんの意味も持たない。弱いものの不遇に対して、誰かが余裕をもって接することができない。この世界にいる強者たちも、自分のことで精いっぱいだった。
少なくとも前線で命を賭けている加寸土や高嶺に対して、離島が何を言っても諦めろとしか言ってくれないだろう。
「日本に帰りたいよ、本当に」
「ああ、そうだな。二人で帰ろう、日本に」
加寸土と高嶺は寄り添い合って、そのまま去っていった。
それに対して、離島はもはや何も言えず……。
ただ見送るだけだった。
※
以前も含めて、勇者たちは危険地帯と城を往復することで強くなる。
危険地帯ではレベル上げと実戦経験を積み、城では休息やスキル及び魔法の習得を行っている。
レベルを上げても魔法やスキルを習得できるわけではないし、危険地帯の宝箱から武器防具が入手できるというわけではない。
逆に言って、レベルを上げてもスキルポイントや魔法の解放条件などが満たされるわけではないので、城に籠って魔法やスキルを覚え続けるのも可能ではある。
ただ時間が有限であり、習得が困難な魔法やスキルは成長補正型以外には現実的でもない。であればレベル上げをして実戦経験を得つつ、自分たちに必要なスキルや魔法を覚えることになっていた。
これに対してゲームみたいだ、と思っていた生徒は多い。実際魔王にとってはゲームなのだろう。
時間制限の中で、自由度の高いスキルや魔法の習得を行い、定期的に送られてくる中ボスと戦うのだから。
自分が死ぬかもしれないという点だけが、彼らのよく知るゲームとかけ離れている。
「補助魔法の効果持続スキル、もう習得できたわ。今度は補助魔法の効果増幅スキルを取るわね」
「は、早くない?」
帰還から一週間ほどが経過して、休息を終えた瀬音と万は補助魔法を強化するスキルを覚えようとしていた。
補助魔法を強化するスキルは『補助効果延長』と『補助効果増幅』の二種類があるのだが、話し合いの結果『効果延長』を優先して覚えることになっていた。
理が自分たちよりも格上であることを考えれば、短期決戦向けの『補助効果増幅』が望ましいことは明らかである。
しかし不毛の荒野で実践を積んだところ、素のままでは補助魔法の効果が短いと分かった。
もちろん事前に使って確認はしていたのだが、格上との実戦がどの程度続くのかがわからなかったのである。
加えて、補助魔法がどの程度意味を持つのかもわからなかったため、事前に全部を習得しておくことはできなかった。
「マナだって魔法の習得は私よりもずっと早いじゃないの」
「それは、そうだけど……」
「違うチートなんだから、気にしても仕方ないでしょう?」
瀬音らりは魔法とスキルの習得が早まる『万能』〈コンプリートブック〉をもち、万マナは魔法の習得だけが早い『賢人』〈エンシェントスラッド〉を持っている。
チートそのものの成長によって習得速度はさらに向上しているが、マナがスキルの習得に必要な時間は全く変わっていない。つまり、普通のままである。
「私もそっちが良かったな……」
「それはお互い様じゃない。私が魔法を一つ覚える間に、三つも四つも覚えるくせに」
「でも私がスキルを一つ覚える間に、らりは十個はスキルを覚えるじゃない!」
「だから、お互い様よ」
軽口をたたきあう程度には、二人に余裕があった。
こうして直で文句を言えるのだから、嫉妬というにはあまりにものどかである。
少なくとも、二人は習得の手を止めることはなかった。
「たっぷり休んだんだし、みっちり頑張りましょ」
「うう~~」
以前と変わることなく、努めて平常に戻ろうとしている。
そんな彼女たちを、離島は遠くから眺めていた。
「ちくしょう……」
成長補正型であるがゆえに、目に見えて強くなっている二人。
いまだに己のチートを知らぬ彼は、敗北感すら超えた劣等感に沈んでいた。
「こんなの、冒険じゃねえよ……」
離島も馬鹿ではない、地に足を付けた現状の打開策はある。
単純に、残った十五人をまとめて不毛の荒野に向かえばいいだけだ。
十五人全員とは言わずとも、自分同様に苦しんでいる者だけでも再起する。
今すぐとは言わず一月後に、準備を終えてから向かえばいい。
何もせずにうずくまっていることが辛いのだから、同じ思考の持ち主を集めて立ち向かうことはできる。
誰も邪魔をしないし、誰もが称賛するし、誰もが離島を許すだろう。
一歩遅れたことを口に出すほど、彼らも野暮ではないはずだ。
「日本に帰れなかったら、ただの自殺じゃないか!」
だが、それはできなかった。なぜなら、死ぬかもしれないから。
不毛の荒野に赴くことがまず危険であり、仮に生還しても若竹たちに交じって理と戦うことになりかねない。
かりに一年A組の生徒が勝ったとしても、それで自分が死んでは意味がない。このまま怯えて怖がっていることは嫌だが、死ぬかもしれない相手と戦うことはもっと嫌だった。
さらに言えば、自分を含めて残っている十五人が駄目だった。
もしもこれがよくある物語なら、役に立つチート能力者が役に立たないチート能力者を排除したというところだろう。
だが実際には、現実には、人間的に優れている者が人間的に劣っている者を切り捨てたのである。
チートがどうとかスキルだとか魔法だとかではなく、挫折してから再起が早かった生徒だけが次に進んだのだ。
これが普通の物語における『普通の高校生』なら、残された十五人はむしろ奮起して、先行した十人を見返そうとするだろう。
十人の方が劣っていて、十五人の方が優れていて、それが明らかになっていくのだろう。
だが今回の場合、まったく適合しない。
他でもない十五人全員が認めているのだ、十人の方が自分たちよりもずっと優れているのだと。自分たち自身が戦うのが嫌なので、切り捨てられるまでもなく残っているのだと。
物語でも散々美化されていた勇気。それを十人は持っていて、自分たちは持っていないのだと。
それが如何に大事で、チートなどよりも価値があるのだと認めざるを得なかった。
「いやだ……こんなの嫌だ……」
今更のように、離島は理解する。
物語の中で不遇扱いされていた、役に立たないとされていたものが切り捨てられる理由が。
自分が死にたくないからで、そのために余計なリスクを負いたくなかったからだ。
現に離島は、自分を含めた居残り組を全く信じていない。
危険な役目を嫌がるし、敵に囲まれたら泣き叫ぶ。助けを乞われても無視して、逆に些細なことで助けを乞うのだろう。
そして、何かあれば他人のせいにして、大きな声で怒鳴りつけるのだ。
なぜなら、自分がそうなのだから。
「やりなおしたい……!」
加寸土のように、あの時勇気を出すべきだった。
そうすれば、頼りがいのある面々と一緒にいられたのだ。
「どうして俺は、あの時選択肢を間違えたんだ……」
もちろん死の危険はあったのだろう、運が悪ければ不毛の荒野で死んでいただろう。だが今から有志を募って不毛の荒野に行くよりはましだった。
それでも行けなかったのは、何もしなくても十人が何とかしてくれるかもしれないと思ってしまったからだ。
「……違う、そうじゃない」
あの十人が、自分たちよりも優れていることは認める。
だがしかし、理を倒して魔王を倒せるかと言えば、その限りではない。
それどころか、不毛の荒野や悪霊の穴倉で死んでもおかしくなかった。
「ちっともチートじゃない……!」
加寸土の言う通りだった。
当初は誰もが、自分こそが突出して反則的な、主人公たりえるチート持ちだと信じていた。
それが幻想になった後も、実は自分が大活躍するのではないかと、秘められた才能が発揮されるのではないかと思っていた。
他人がそんなものになったら、嫉妬をしてしまうだろうと思っていた。
今は違う、自分でなくてもいいからチート主人公がいて欲しかった。
そもそもチート主人公とは、失うものの大きい過酷な物語を痛快にしてしまう、シリアスブレイカーにしてシナリオブレイカーだった。
物語の中での悲劇を防ぎ、悲しみをなくし、笑いと勝利だけで彩るものだった。そういう、舞台装置だった。
この世界の誰もが、それを求めていた。
本来の意味での英雄の神格化とは、英雄本人ではなく民衆によって行われるものだ。
世の中のあらゆる苦難を、きれいさっぱりなんとかしてほしいという、切実な祈りからくるものだ。
離島も、同じことを祈っていた。
「誰か何とかしてくれ」
自分にはまねできない勇気を持った十人。
しかしその彼らが、チート主人公と言えるほどの無体さを持っているとは思えない。
信じ切って期待しきって、依存するにはあまりにも心もとない。
離島は弱かった、他の十四人も弱かった。
圧倒的で絶対的で、何があっても負けることがない『チート主人公』以外には不安しか抱けなかった。
もっと強大で、疑う余地のない英雄を求めて、ただ嘆いていた。
弱さゆえの身勝手さで自傷しながら、それでも前向きな何かをすることはできなかった。




