相手との実力の差を計ることは賢い
俺がさっきまでいた場所。如何にも神聖という装飾の施された、そんな荘厳な神殿が張りぼてに見えるほど、今いる場所は恐ろしくおぞましかった。
解析能力は物品には作用しないようだが、それでも周囲の物一つ一つにおびえてしまう。
濃い目の赤を基本とする内装の玉座の間には、無数の禍々しい呪いの品々が並んでいた。俺如きが触れてしまえば、そのまま呪い殺されるだろうという物が無造作に置かれている。
それが、文章化して情報として目に入らなくても、自然と分かってしまうのだ。
そして、それ以上に、玉座に妖艶に腰かけている魔王様や、その脇に控えている魔族としか呼びようのない二人が恐ろしかった。
魔王様は当然のことながら、二人とも俺なんぞでは及ばぬ猛者だった。
とはいえ、流石に魔王様と比べると、いいや、比べることが失礼なほど弱かった。
多分、俺のクラスメイト達がそこそこレベルを上げれば、どうにかできなくもない相手だった。
それでも、この俺を殺すには十分すぎたのだけれども。
「さて……この度召喚された『勇者』共の中で、我の慈悲を受け取ったのはお主だけであるな」
魔王様は何とも楽しそうに、禍々しい椅子でくつろいでいる。
その視線は、あっさり降参した俺に向けられていた。
降伏するように言っておいてなんだが、まさかいきなり命乞いするとは思っていなかったのだろう。
まあ俺だって、このチート能力を持っていなかったら、倒せるんじゃないかって勘違いしたかもしれないが。
流石に攻撃力が『宇宙ヤバイ』な御仁と戦う気はない。っていうか、そこまで本格的な『最強』と張り合うほど俺は肝が据わっていないのだ。自分で言うのもどうかと思うが、彼女に挑むことよりも、クラスメイトを皆殺しにすることの方が、まだ現実的に思えたのだ。
そして、そんなに親密なクラスメイトがいたわけでもない。俺はあっさり自分の命惜しさに全員を裏切っていた。
そのことに、欠片も後悔はない。
「案ずるな、我は虚言など吐かぬ。愛で厚遇する故身を縮まらせるな。まあ、その分相応の怯えも可愛らしいがな」
可愛いと言われて喜ぶ年齢ではないが、殺さないと言われて安心しないほど命知らずではない。
俺は平伏して感謝と服従を示していた。多分、足を舐めろと言われたらダッシュして舐める自信がある。
「とはいえ……何故我に忠義を誓った? コトワリよ、我の知る勇者共は大抵、特に根拠もなく尊大に振る舞うと相場が知れておったのだが。中にはな、我をねじ伏せ奴隷にしてやるなどと妄言を吐いたものまでいたのだぞ?」
ああ、いそうだな、そういう勇者も。実際強さを除けば情欲の駆り立てられる女性ではある。彼女を物にしたいと思っても、全く不思議ではないだろう。
肉体は非常にグラマラスで、肉感的。所作に妖艶さがあり、表情は余裕たっぷり。
まあ、そりゃあそんなことを言いたくもなるだろうさ。
というかこの魔王様、やっぱり日本から召喚された勇者を何度か葬っているのか。
そりゃあそうだ、こっちの事情を概ね知っているようだったしな。
「無論、相応の罰をくれてやった。何というかな、あれはあれで面白いのだぞ? 誰もかれもがこう言うのだ。そんな馬鹿な、こんなはずがない、ありえない、嘘だ、とな。くくく、一体何がそこまで人を尊大にさせるのかわからぬ」
勝てると思っていたのだろう。 勝つのが当たり前だと思っていたのだろう。
しかし、彼女からすればそれは不思議なほどありえないことなのだ。
そりゃあ、どの勇者だって宇宙ヤバイ級の敵とは思うまいさ。
「故にな、ああして予め顔を見ておくのも、一種の楽しみであったのだ。ああして顔を見せておけばな、また現れた時に滑稽なことを言う。あの時殺しておけばこんなことにはならなかったのにな、などとな。我の前に立ち、勝利を宣言し……特に見るところもなく手詰まりになっていく。そしてどんどん慌てて行き……なにやらもったいぶったことをして、挙句に呆然とするのだ」
くっくっく、と笑う。うわあ、性格悪い。正に魔王だった。
まあ、その勇者様方も、きっと似たようなご趣味をお持ちなのだろうが。
「然るに、お主が初めてなのだ。我の寝首をかこうというのではなく、本心からひれ伏した者はな。ああ、疑っているわけではない。それは自然なことだ。我に従うのは当然の事ゆえにな。だが……だからこそ解せぬ。なぜ勇者でもあるお主が、我に平伏したのだ?」
興味深そうに聞いてくる。
なるほど、確かに彼女は自分に対して弱者が平伏するのは当たり前だったが、勇者の中では俺一人だった。
そりゃあ疑問にも思うし興味も持つだろう。
もしかしたら、厚遇するっていうのもとりあえず言ってみただけなのかもしれない。
本当に降服したので、驚いたかもしれない。
「恐れながら……チート能力に関してはご存知でしょうか?」
「無論知っている。お主たち勇者共の持つ、固有の能力であろう? まあ我には何の意味も持たぬがな」
そうでしょうね、解析結果も完全にバグってました。
なんだろう、攻撃力が『宇宙ヤバイ』って。
数値で評価せずに、単語とか文章で説明されてたぞ。
「私の能力は……解析〈ウォードウィスダム〉というものです。相手の力を計る能力なのですが……とてもではありませんが、計り切れず……太刀打ちできぬと分かったのです」
「ははぁ……そういうことか」
嬉しそう、というか納得したようだった。
自分の力を知るだけに、自分の力を認識した相手がそう振る舞うのは当たり前だと理解しているのだろう。極めて正しい認識である。
どう考えても、宇宙をぶっ飛ばす御仁と戦えるわけがない。
「そういう事であれば、なるほど……二心なく平伏するのも道理という物だ。運が良い奴よ、我がああも良き言葉を言った時に、ああして平伏する機会を得たのだからな」
ころころと笑う魔王様。
やっぱり人間素直が一番である。
どうやら俺は、この『娯楽作品最強決定戦』でも上位に組み込まれそうなお方と戦わずに済みそうだった。
「遊興には道化が必要だ、それも全力で向かってくる道化がな」
間違いなく、この魔王様は遊んでいる。
そもそも宇宙ヤバイな御仁が、勇者召喚に対して危機感を覚えるとか以前に、『この世界』を本気で滅ぼしたいと思っているわけがない。
やろうと思えば、勇者召喚もへったくれもなく星ごと砕いて終わりだ。
つまり、彼女は遊びで世界を滅ぼそうとしているのだろう。地球人がコンピューターゲームの中で核兵器ぶっ放して遊んでいるように、実際の世界で遊んでいるのだ。
「とはいえ……我が遊べばそれこそ遊びにもならぬ。そこでだ、コトワリよ……此度の遊びにおいて、いくつかお前に課題をくれてやる。お前と一緒に召喚された勇者共を、私が指示した時に殺して回れ」
「承りました」
「良い、その恐れを良しとする。我が命に従わぬのなら、それは叛意とみなすべきであるしな」
見知った友人を、学友を殺す。平気なわけがない。
しかし、相手は地球を砕く隕石の様な『魔王』だ。
彼らの死はもう決定しているし、あの時皆を説得しなかった時点で、どのみち見捨てている。
覚悟を決めよう。
俺は自分が生き残るためだけに、学友を殺すのだ。
「友人の助命嘆願はせぬのか?」
「その気があるのなら、先ほどしておりました」
「よいよい、それで良い。お前は実に賢いな」
彼らの敗北とその先にある死は確定している。だが、俺の生存はまだ確約されていない。
クラスメイト全員を殺して彼女に気に入られた時、初めて俺は一定の生存が許されるのだ。
どれだけ軽蔑されようとも、俺は生き残らなければならないのだ。
そのために、倫理も何もかも放り出して縋り付いたのだから。
「ではコトワリよ……お前に力をやろう。これもこの魔王が確約したこと故にな」
そう言って、彼女は指を振るった。
すると、調度品の中の一つである毛皮らしきものが浮かび上がり、こちらに向かってきた。
尻尾の毛皮、というべきなのだろう。尻尾だけの毛皮だった。
「九尾の狐……そちらの世界にもあるのだろう、そうした逸話は。その毛皮はな、それの力を宿している。分かりやすく言えば……その九つの尾はお前の願いに応じて形を変えるのだ」
「それは……チートの様な物ですか?」
「似ているが違うな。お主の解析も含めて、チートとは無意識に求める物を反映するらしい。しかし、それはお主が自分で考えて決めることができるのだ」
なるほど、それはとても心強い。
解析も悪い能力ではなかったが、やっぱり自分がなんとなく思っていた能力が生み出されるよりも、自分でよく考えて作った能力の方が幅が広そうである。
九の尾
スキル追加アイテム
〈新しくスキルを九つ得ることができる〉
解析能力によって、俺はその尾の力を改めて観測した。
なるほど、ざっとではあるが分かりやすいな。
他の連中が一つしか持てない特異な力を、俺は十個持てるのか。
なるほど、これならどうにかできそうだ。
「さて……本来であれば、このまま余の配下としての心得を、この場の三人にでも教えさせるところであるが……未だ幼い、あの他人任せな姫に呼び出されて間もない、巻き込まれたばかりのお前を、このままにすることは忍びない。もう一つの約束……忘れてはいまい?」
『平穏なる異界より、愚かな姫に招かれた勇者たちよ。我に忠誠を誓うがいい、さすれば重用し、更なる力をくれてやろう……何よりも……元の世界に帰してやろうではないか』
部下にしてもらえることが重用であり、九の尾が更なる力であるのならば……元の世界に帰してもらえることもまた、約束の一環なのだろう。
それにしても、自分で言うように本当に寛大な御仁である。てっきり、クラスメイトを皆殺しにするまでは、家に帰してもらえないと思っていたのだが。
「寛大なお心に感謝を……本当にありがとうございます。ですが、よろしいのですか?」
「よい……世界をまたぐ移動の場合、時間の流れもまた切り取られる。お主が向こうの世界でどう過ごしたとしても、こちらの好きな時間に呼びだせば問題はない」
「そうですか……ではお言葉に甘えさせていただきます」
「っふ……親の顔でも見てくるがいい。いつもと違って見えるはずだぞ?」
こうして俺は、自分の家に帰ることができたのだった。
※
気づけば俺は、学生服を着たまま、普段の通学路を夕焼け空の下歩いていた。
周りを見れば、そこには多くの同じ学校の生徒もいる。
ふと思って、周囲に自分のクラスの生徒を探すが、しかし誰もいなかった。
というか、前後の記憶があいまいだった。
俺は、俺達はいったいどのタイミングで異世界に召喚されたのだろうか。まるで記憶がない。
分かっているのは、今の時間帯が下校時刻と言うだけの事だ。
「……帰るか」
果たして俺は、さっきまで学校指定のカバンを持っていたのだろうか。
そんなことさえ解らないまま、俺は家路に付いた。
とにかく帰って、そのまま眠りたかったのだ。
何もかもが夢だったのだろうか。そんなことを思いつつ、俺は家に帰る。
そして、その道中否定されたのは、自分の解析が実際に機能しているということだった。
「お帰り、まっすぐ帰ってきたわね」
都 彩子
スキル無し
物理的にわかるものではなく、感覚的に母親のステータスが分かった。
これだけなら妄想とか心の病気でもわかるところである。
まあ、だといいな程度の、それこそ妄想なのだが。
「ただいま」
普通のマンションに家があり、俺はそこで母さんに帰ってきたと挨拶をする。
魔王様のおっしゃる通りで、美人でもなんでもない俺の母親も、今は慈母のように見える。
なんかこう、こみあげてくるものがあった。
生還したな、と感動してしまったのだ。
まだ何も達成してないけども、俺は確かな喜びを感じていた。
あのお姫様に召喚されなかったら、感じなかったことだけれども。
「お父さん、今日は遅くなるっていうから、もう食べちゃいなさい」
「うん、分かった」
今朝見たばかりの顔なのに、涙腺にこみあげてくるものがある。
なんというか、帰ってきた感が凄いのだ。
普通の机に並んでいるのは、異世界で内政チートしないと手に入らない、普通の日本の食卓だった。
いいなあ、態々チート能力を使ったりしなくても、日本の料理が一般家庭でも食えるなんて。当たり前だが、実に貴い。やっぱチートなんかよりも日本で生活できる方がいいな!
「……あら、電話?」
残った家事をしていた母さんは、家の電話が鳴ったことでそれを慌てて取りに行った。
俺は、嫌な予感を禁じ得なかった。
なんというか……極めて社会的に、俺の先ほどまでの体験が現実だと知らしめて来るようで。
「はい、都です……はい、はい、帰ってますが……え、はい……」
がちゃんと、極めて短い電話が終わった。
相手は誰だったのだろうか、考えたくないところだった。
「今学校から、あんたが帰ってるか確認の電話があったけど……あんたなんかしたの?」
「なんかしてたら、そのまま電話切られてないって……」
「それもそうね……学校で何かあったのかもね」
平静で応えたつもりだが、それでも何とも言えない震えで、箸がちゃんと持てなかった。
おそらく、今学校側ではそれなりのトラブルが起きているはずだ。
だからこう、俺が帰っていないのか確認の電話があったのだろう。
今のご時世、高校生なら電話位誰でも持っているだろうが……今、俺のクラスメイトは全員圏外にいるはずだから。
※
結局、俺は翌日自宅待機になった。
今学校や警察は、集団失踪と集団誘拐の両方で調査を進めているらしい。
さぞや混乱しているだろう。クラスメイトと知っても全員が仲良しなお友達と言うわけもない。誰一人として書置きを残さず、それらしい予兆も見せず、親しい友人にも何も言わず、部活も塾も放り出して突然消えた。
俺以外。
誘拐にしても変な話だ。集団下校している小学生ならまだしも、帰る手段さえ違う高校生の一クラスを、態々選んで二十九人もさらうなんて面倒すぎる。
そう、失踪したのは一クラスだけで、他の誰も行方不明になっていないのだ。
下校途中に、態々あのクラスの生徒を俺以外だけ選んでさらう。そんな理由なんて誰にも思いつかないだろう。
集団で自主的に失踪した、の方がまだありえなくもない。
そして、実際みんなそんな感じだったのだ。あの時は皆、誰一人家に帰してくれなんて言わなかったしな……。
「さてと……」
そんな彼らを殺す、それが俺の使命だ。
宇宙ヤバイな魔王様のご機嫌を損ねないように、自分に新しく与えられた能力を確認しよう。
俺は尻のあたり、尾てい骨に力を入れてみた。
すると、ぼふんと、ズボンやパンツを破ることなく尻尾が九本生えてきた。
焼きたてのパンの様な、小麦色の尻尾が俺の背後に浮かんでいる。
その尻尾を上手く使って、いい能力を考えて、クラスメイトを殺すのだ。
九の尾
スキル追加アイテム
〈新しくスキルを九つ得ることができる〉
一本一本が俺の身長ほどもあるふかふかの尻尾を撫でてみる。何というか、一本一本に俺の感覚がつながっていた。一応、それなりに器用に動かせるようだった。
自室でベッドの上で座っていた俺は、それの根元を確認してみた。すると、九本の尻尾は体とつながっておらず、微妙に浮かんでいる状態だった。
なるほど、体と一体化しているわけではないのか。
そうして観察していると、何やら解析結果が変わり始めた。
それが何を意味するのか、なんとなく分かってくる。
九の尾
スキル追加アイテム
〈新しくスキルを九つ得ることができる〉
〈一本一本が独立しており、スキルを追加するごとに尻尾がその変化をする〉
説明文が追加されていた。なるほど、こういうこともあるのか。
俺は改めて自分の能力を確認する。そしてその力をより深く読み取ろうとした。
解析〈ウォードウィスダム〉
〈相手のステータスやスキルを把握する能力〉
〈レベル2/5〉
なるほど、成長の余地がある能力だったのか……。
チートと言ってもそれは既に完成された力ではなく、発展の余地があると……。
おそらく、使えば使うほど強化されていくのだろう。まあ、強化されたところで魔王様に太刀打ちできるような能力でもないが。
ということは、あの時見えたクラスメイトの能力も、成長の余地がある能力だったのかもしれない。
とりあえず整理する必要があるだろう。俺は勉強机に向かい、憶えている限りのクラスメイトのチートを書き出していった。
なんか、高校生っていうか中学生っぽいのだが、まあいいだろう。
「考えてみれば……糸杉の『致死』〈クリティカルヒット〉なんて典型的な成長の余地がある能力だよな」
あいつのスキルは即死判定が発生するという物だった。
おそらく、今の段階では即死耐性もちを殺せなかったり、即死判定の確率が低かったりするのだろう。
レベルを上げるごとに、その確率が上がっていくとしたら……。
確率の上限は分からないが、俺にはとてつもなく脅威と言えるだろう。ありえないが、魔王様だって殺せると勘違いするかもしれない。
「逆に高嶺の『天恵』〈スタートダッシュ〉は成長の余地がないな……『金剛』〈ノイズキャンセラー〉や『無敵』〈ダメージシャッター〉も……」
実際に確認しなければ何とも言えないが、高嶺や目次、星の能力はどれも成長の余地がある、とは逆に考えにくい能力である。
というか、成長の余地があるということは不足があるということだ。
最初のステータスを強化する高嶺や、状態異常を防ぐ目次、ダメージを無効化する星も、既に完成しているはずだった。
逆を言えば、仮に成長の余地が現状存在したとしても、完成した結果の程度が知れるという物だ。
「逆に言うと……若竹は何が何でも殺さなきゃな……一番初めに」
『成長』〈スピードラニング〉。経験値補正の能力は、レベルの上限次第ではどこまでも脅威となるだろう。
仮に成長の上限が百ぐらいで、俺がレベル五十ぐらいなら、尻尾の力を使うことでタイマンでなら勝てるかもしれない。
しかし、魔王様を見る限りレベルに上限があるとは思えなかった。若竹のレベルが一万とかになったら、特別なスキルが無いとしても絶対に勝てないだろう。
若竹の性格は、非常にまじめだ。おそらく率先して強くなろうとする。そして、俺はそんな奴を殺さないといけないわけで……。
「データが足りん……」
俺の気質は、データ厨だ。
ゲームをするにしても事前に攻略本とにらめっこをして、効率的なプレイを模索するタイプである。
強力なボスでも対策をあらかじめ練っておいて、スカッと勝ってカタルシスを味わうタイプだ。
そんな俺が、今パッと思いついたスキルを九本の尾に追加できるわけもない。
俺にできることがあるとすれば、今わかっている限りのクラスメイトのスキルへの対策を練ることと……。
「わからない奴らの能力を推測することぐらいだな……」
俺はあの時、まだ自分のチート能力を把握していないクラスメイト達の事を観察していた。
その中で、二人だけ何も見えない奴らがいた。
そいつらはきっと、既に能力を発動させていたのだ。常時発動型のスキルによって、俺の解析を防いでいたのだ。
「恩業と無情か……」
どんな能力を持っているのかはわからない。
しかし、俺の能力が通用しない相手だということは分かっている。
そしてそれは、そういう方向に特化しているだけで『強い』わけではないのだろう。
「『蓄積』〈ダメージジャンキー〉や『致死』〈クリティカルヒット〉みたいな攻撃に補正ができたり、『天恵』〈スタートダッシュ〉や『成長』〈スピードラニング〉みたいにステータスに恩恵をもたらすタイプじゃないな」
全体的な傾向ではあるが、どうにも魔王様ご自身と違って、俺達に与えられた能力はどれも『絶対無敵で俺つええ』ができる能力ではなさそうと言うことだった。
基本的に個人で完結していて、そこから先が無い。補助しあう能力が無いのだ。
まあ、成長次第で変わるかもしれないけども。
とはいえ、こっちが一方的に相手の事を知っているというアドバンテージがあるとはいえ、如何に好きに調整できる能力があるとしても勝ち目は薄い。
なにせ、二十九人の二十九通りのチートを、十の能力で攻略しなければならないのだから。
「……全員、殺すのか」
その先に何があるのか。
クラスメイトを皆殺しにして、その先にあるものは生存だけだ。
栄光も賞賛も、どこにもありはしないのだろう。
それでも、何とか勝たねばなるまい。俺はもう、そう決めたのだから。