よく考えずに命を懸けるのは悪い
起こるべきことが起こっていた。
チェスメイト王国の人々は、勇者たちの敗北やその後の崩れぶりを見ても、失望することさえなかった。
特別なことなど何も起きていないのだから、意外に思うはずもなかったのだ。
勇者だとおだててはいたが、それなりに付き合いがあれば彼らが少々善良というだけの『新兵』だとわかる。
与えられた武器や習得した魔法によって、舞い上がってしまう。連戦連勝で調子にのり、自分は最強無敵なのだと酔いしれる。
そして、集団の規範を乱すのだ。
チート能力云々を抜きにしても、三十人近い兵士が一斉に魔法を使えば、それだけで十分必殺技になりえる。
戦闘補助やら能力強化型とは無関係に、高レベルの兵士が一斉に襲い掛かれば、それだけで大抵の相手は瞬殺できる。
なぜか日本人たちは勘違いしがちなのだが、集団の力とは個性を活かすのではなく個性を否定することにある。
全員が平均水準を超えていればそれでよく、各々が持ち味を生かすとかそんな必要はないのだ。
むしろ逆であり、各々が自分の判断で動き出せばろくなことにならない。
もちろん、五人かそこいらならば、各員の兵科が違うということで扱いも変わるだろう。
だがしかし、三十人近い勇者が合理的に戦うには、兵士としての集団行動が大事になるのだ。
にもかかわらず、勇者たちは好き勝手に個人技だけを磨いていた。
努力をしていなかったわけではないが、好き勝手なことだけをしていたともいえる。
嫌なこと、地味で退屈なことをしていなかった、ともいえるのだ。
つまり、チェスメイト王国の人々は、最初からこうなるとわかりきっているにもかかわらず、あえて個人技の指導だけをしてきたのだ。
まず基本的な理由として、団体行動、集団戦闘の訓練は、とてもではないが面白いものではない。
並んで行進をするとか、陣形を組んで戦うとか、そんな上澄みのことではない。
もっと根本的に、他人からの指示に絶対服従しなければならないのだ。
つまり上官が指示を出し、それに対して忠実に従わなければならない。
つまり軍隊である。命令に違反したり、規則を破った場合は、鉄拳制裁である。
きわめて暴力的な矯正を行うのだ、それも強制的に。
それが必要なのだから仕方がないのだが、それをチェスメイト王国側の人々がやる、というのは無理がある。
理由が二つある。
単純に自分たちよりも強くなってもらわなければならないが、自分たちよりも強くなった場合暴力による抑圧が通じなくなるのだ。
もしも彼らの家族がチェスメイト王国に暮らしていたのなら、家族の名誉や安全の為に我慢するだろう。
だが彼らは自分たちしかいないので、最悪王国に反旗を翻してしまうかもしれない。
それを避けるには、最初から徹底して甘やかすしかなかった。
理由の二つ目なのだが、彼らへの負い目である。
何度も言うが、勇者として戦うのだから、死ぬことは十分にあり得る。
むしろ、魔王を倒すことが成功したとしても、全員が生き残って冒険が終わるなどありえない。
他国の若人を強制的に呼び出して、そんな戦場に送り出すにも関わらず、ぶんなぐって言うことをきかせるなどできるわけもない。
だからこそ、こうなっても仕方がないと思っていた。
チェスメイト王国の人々は、勇者たちの中で犠牲者が出ることを不思議に思わなかった。
最初から効率よく戦っているわけではなかったし、そうだったとしても不意に死ぬことはありえた。
覚悟の出来ている古参兵でも、仲間が死ねば精神的に不安定になる。
ましてや、一切覚悟も苦悩もなく、仲間が四人も死んだ状況で、彼らがどんな行動をしても一切不思議ではない。
非常に今更ではあるが、チェスメイト王国の命運は、最初の時点で三十人の勇者に託されていた。
それは今も変わらない、国家の命運は彼らの自主性や自立心にかけるしかなかった。
今更ではあるが。
そんなことを託された側は、たまったものではないだろう。
安請け合いなど、するべきではない。
※
加寸土英は、自意識過剰で無駄に自尊心が高かった。
もちろん、ちっとも珍しくない。彼は自分が特別で異質な存在だと思っていたが、それは『他人』と比べた時に劣っているのではなく、違うのだ、と思いたかったからに他ならない。
彼は同じように考えている多くの若者同様に、何かのきっかけを求めていた。
彼が求めていたきっかけは、復讐だった。
多くの若者が求める大義の中で、彼は復讐という大義を欲していた。
大義があれば正当性を得ることができる。大義さえあれば何をしても許される。大義一つで悪行が正義に代わる。彼はそんなことを本気で信じていた。もちろん、これもよくあることである。
とはいえ、もはや良くいる高校生、とは言えまい。
なにせ彼は、実際に復讐する機会を得てしまったのだ。
それも彼自身が望む、最も自分へ痛みが少ない苦痛への復讐だ。
いくら英がそれなりにひねくれているとしても、まさか実際に大切な家族や恋人の死を望むわけがない。
それどころか、さらわれたり大けがをするだけでも、嫌な気分になるだろう。
そんな状況になることを、この世界にやってきた彼が求めていたわけがない。
「くそ……!」
はっきり言うが、彼は友達がいない。
少なくとも彼はそう思っていたし、実際に死んだ四人に対して特に思い入れはなかった。
「こんなはずじゃなかった……!」
それでもクラスメイトが殺されたのである。
この世界を守るために戦っていたクラスメイトが、自己保身の為に裏切ったクラスメイトに殺されたのだ。
しかも裏切者は、この後も殺していくつもりなのだ。他でもない自分や、その恋人である高嶺花まで。
彼の人生で初めて現れた、非の打ちどころのない大悪党である。
都にはなにをしても許されるだろう。悪逆の限りを尽くしたとしても、どんな非道を行ったとしても、勝ちさえすればすべてが肯定されるだろう。
今まで英のことを軽く見ていた連中も、殺人という悪を行ったはずの英をほめたたえるだろう。
仮にその行いを咎めるものがいたとしても、ほかの生徒たちが逆に非難するはずだ。
復讐という正義は、この場合確実なものになる。
彼は復讐を遂げて、非のない英雄になれるのだ。
「畜生! 畜生!」
まるで絵にかいたような、素晴らしい復讐の好機だった。
にもかかわらず、英はまったくもって何もできなかった。
お化けにおびえる子供のように、毛布にくるまって震えていた。
そんなことが恥ずかしいと思う。
きっかけさえあれば自分は化けるはずだった、きっかけが訪れたのだから自分は変われるはずだった。
確かに変わった、とんでもなく情けない方向に。
非凡であり異常なはずの自分は、凡庸で低俗な反応をしている。
彼の理想とする自分は、この状況でこそ輝くはずだった。
クラスメイトが四人死んだだけでは欠片も動じることはなく、平然として周囲を驚かせなければならない。
むしろ周囲を叱咤激励し、生き残った面々を奮い立たせなければならない。
この苦境の中でこそ輝き、復讐に向けて全員を動かさなければならない。
率先して、勇者のようにふるまわねばならない。
にもかかわらず、彼はこれっぽっちも異常性を発揮できなかった。
なにか特別な理由があればよかったのだが、彼は本当に、ただ怖いので何もできなかった。
「鋼……鋼!」
英は鋼烽火のことを思い出していた。
一番最初に死んだ、死ぬとは思っていなかった岡城鬼ではなく。
二番目に死んだ、よく見えないところで死んだ恩業ではなく。
三番目に死んだ、魔法で吹き飛ばされて死体も残らなかった鶯でもない。
自分たちの目の前で、念入りに痛めつけて殺された鋼烽火のことが焼き付いていた。
これは彼に限ったことではない、ほかの全員が鋼の死にざまを見てしまっていた。
『鋼、ようやく命乞いをしたな。約束通り、苦しめて殺してやる』
アレは、ある意味では英の望んだものだった。
夢に描いていた、あこがれの光景だった。
だがしかし、実際に目の当たりにすれば恐怖しかない。
月並みだが、ありふれているが、ちっとも珍しくないが。
あの時の都理は、殺意しかなかった。
その殺意によって、ほかの誰もが心を折られていた。
誰もが都と自分の実力差を思い知り、彼の悪逆を止めることができなかった。
むしろ、あのときに限って言えば、誰もが鋼の死を望んでいた。
自分以外が死んで終わるのなら、それでいいと思っていた。
つまりは、英は。
他人と比べて優れているわけではなく、他人と比べて異常でもなく、ごく平凡な男であり。
むしろ、劣っている男だった。
英自身が嫌悪し軽蔑し、馬鹿にしていたどうしようもない男だった。
機会さえあればと吹聴しているだけの、なんのとりえもない男だった。
認めがたいそれを、彼はほかでもない自分の行動によって、証明し続けてしまっている。
彼が自分の優秀さや異常性を証明するには、今立ち上がればいい。奇行や異常な言動ではなく、普通に立って日常通りの行動をすればいい。
それだけで、周囲からは一目置かれる存在になるだろう。
だがそれはできなかった。なぜなら彼は、異常でも優秀でもないのだから。
彼は自己評価を改めるしかなかった。
自分は勇者でも異常者でも優等生でも主人公でもないのだと。
そして悲しいことに、彼が今更どれだけ自分を正しく認識したところで、彼の決断は取り返しがつかなかった。
「あいつが来る……あいつが来る……!」
そして、自らの異常性と優秀さを証明した理が依然として敵のままだ。
英がなりたかった存在になった理が、英は恐ろしかった。
彼は復讐者ではなく、ただの悪人だ。その認識は誰もが維持しているが、その普通の悪が恐ろしい。
正当性もへったくれもなく、周囲から批難されることをいっさい気にせず、殺人を行う悪人が恐ろしい。
そう、英は今更のように思い出していた。
「人殺しが……来る! 俺を殺しに……来る!」
悪とは、敗北する側ではなく、脅かしてくる側のこと。
悪人とは、痛めつけられる者ではなく、痛めつけてくる者のこと。
邪悪とは、最悪とは、凶悪とは、自分や大切なものを奪われるということ。
自分が異常者でも最強でも無敵でも優秀でもないという真実を認めた時、何もかもがひっくり返った。
彼の認識は修正され、正しい方向に向かっていく。殺されるかもしれないから、怖い。そんな平凡な結論に達していた。
とても悲しいことだが、彼はそれに立ち向かうことができずにいた。
※
クラスメイトの死を前に、誰もが落ち込んでいた。しかし落ち込み続けるわけにもいかない。
やがて一人二人と立ち上がり、今後の為に話をしようとする。
何とかしなければならない。その危機感と焦燥感が先走る形で、一年A組の生徒たちは集まっていた。
「みんな……話を聞いてほしい」
城の中の一室で、大きな長机を囲む形で、会議が始まろうとしていた。
仲間を失ったばかりの二十五人の生徒たちは、今までにないほど暗く重い表情をして、なんとか椅子に座っていた。
とても普通なことに、誰もが青い顔をしていた。
誰かが異常性を発揮することなく、優秀性を発揮することもなかった。
それは普段通りに統率を行おうとしている若竹も同じことだった。
「まずは、戦死した四人に祈りをささげよう……」
戦死したという直球の表現によって、女子生徒が泣き出していた。
泣いている女子よりも、泣いていない女子の方がずっと少なかった。
泣いていない女子も、泣くのをこらえているだけだった。
男子生徒も同様である。
頭を抱えるか震えるばかりで、死者の冥福を祈るどころではない。
若竹も形式的に祈ろうといっただけで、他人へ気配りする余裕など一切ない。
「それで……今後の方針なんだが……」
これも形式だった。いつもなら、この後にするすると話ができた。
どこそこのモンスターを倒しに行くとか、そのためにどんな魔法を習得しなければならないとか、そんな話ができていた。
だが今は、誰も何も言わない。私語が無く、発言もなかった。
「何か、意見があれば、挙手してくれ……」
若竹も、どうすればいいのかまるで分らなかった。
誰かに何かを言ってほしい、そう思うばかりで具体例など思いつかなかった。
いや、それ以前である。誰もが恐怖に震え、裏切者に対してどう戦うかなど考えることもできなかった。
自分がこれだけ弱っているのだから、みんなが何とかしてくれると思っていた。
自分以外の誰かが打開策を練って、自分以外で話を進めて、自分が参加することなく理をどうにかしてほしかった。
理に関わりたくない、無関係なままでいたい。安全圏で過ごして、嵐が過ぎ去るのを待ちたかった。
しかし、誰もがそれを待っていたがゆえに、何も起こらないまま時間だけが過ぎていく。
誰も何とかしてくれないことが、だんだん怖くなっていく。
これが物語であれば、誰かが発言をしてくれるはずなのに。
主人公が、勇者が、リーダーが、自分たちを安心させてくれるはずなのに。
普通の高校生が二十五人いても、何も起こらなかった。
誰もが自分のことだけを祈っている、自分さえよければそれでいいと願っている。
焦れて、焦って、慌てていく。
まさか、このままなのか。
何も決まらないまま無駄に時間が過ぎて、あの魔王が現れるのか。
そして再びあの『人殺し』が自分たちを脅かすのか。
今度は五人殺すのか、それとも全員殺すのか。親しい友達が殺されるのか、自分も殺されるのか。
混乱が極まる中で、起こるべきことが起こった。
「若竹ぇ!」
ある男子生徒が、椅子から立ち上がった。
恐怖と混乱からくる怒りが、仕切っていた若竹へ向かっていた。
「な、なんだ……?」
「お前が悪いだろうが! なにしたり顔してるんだ! ああ!?」
きわめて正しい発言だった。
少なくとも、生徒たちはそれを認めつつあった。
「な、なんでだ……」
「もとはお前が言い出したことだろうが! 忘れたとは言わせねえぞ!」
若竹は常に一年A組をまとめようとしていた。
誰かへ命令するという欲求を満たしたかったからではなく、ひとえに皆のためだった。
だからこそ、目立ってしまっていた。
「お前が都のことを説得するって言いだしたのが、そもそもの原因だろうが!」
裏切者である都を説得したい。
襲撃の当日にそれを言い出した若竹に対して、一部の生徒は難色を示した。
多くのクラスメイトは殺人を忌避したため説得が採用されたが、その結果が四人の死である。
その責任が、若竹に無いとは言い切れない。あるとも言い切れなかったが、それでも言い出したのは若竹だった。
「お前いつも偉そうなことを言ってたくせに、何の役にも立たなかったじゃねえか!」
「そ、それは……」
「責任取れよ!」
打開策を考えるよりも『悪者』を作って怒鳴りつける方がよほど簡単である。
そして当人が負い目を感じていれば、なおのことに容易である。
若竹自身、そう考えていなかったわけでもない。
もしも自分がもっとしっかりしていれば、最初から都を殺そうとしていれば。
彼が自分たちに襲い掛かる前にもっとちゃんと話し合っていれば、あの四人が殺されることはなかったのかもしれない。
「そうだ!」
「責任取れ、責任!」
部屋の中の圧力は、この上なく高まっていた。
逃げ場を求めていた集団心理は、弱い場所へ向かって突き進んでいく。
もはや誰もが会議などの体裁を忘れて、一人の責任者へ怒鳴りつけていた。
「なんとかしてよお!」
「そうだよ、若竹が何とかしてよ! 私ぜったいもう戦わない!」
「男子がこんなにいるんだから、女子はもういいじゃん!」
誰もが若竹を攻撃する。
攻撃された若竹は、涙ぐみながらも何もできない。
まさに糾弾というほかない状況だが、それに始末をつける者は現れなかった。
この場に先生でもいれば話は多少はましだったかもしれないが、命の危険を前に狂乱している少年少女をまとめるなど不可能だろう。
「若竹!」
「若竹!」
「若竹!」
誰かを攻撃している間は、勝者になれる。
誰かを悪者にしている間は、正義になれる。
みんなと一緒に行動しているときは、安心をすることができる。
「う、ううう……!」
生贄に選ばれた者を犠牲にすれば、共同体は安定する。
それは決して異常なことではなく、とても普通でありふれていることだ。
逃避行動、という普通のことだった。
「責任を取れよ!」
「そうだ、責任を取れ!」
「お前が何とかしろ!」
若竹を犠牲にして、若竹を糾弾して、とりあえずみんな幸せになる。
「謝れよ! 俺たち全員に謝れよ!」
「死ね! お前のせいであいつらは死んだんだ!」
みんなこの一瞬しか考えられない。
先のことを考えると、どうしても不安になるから、今の幸せだけを考えていた。
そうして、誰もが声がかれるほどに若竹を攻めて、責めて、咎めて、罵って。
無駄に、時間が過ぎていた。
「で?」
誰かを攻撃するのは楽しいが、とても疲れることだ。
さんざん馬鹿にした後で、虚脱感さえ漂っていた。
そんな中で、涙をこらえながら発言をしたのは瀬音らりだった。
「で、どうするの」
皆が疲れるのを待っていた彼女は、なんとか話を振り出しに戻そうとしていた。
「若竹に責任を取れとか言っているけど、死ねとか言ってたけど、若竹を殺すの?」
具体的な話をすると、誰もが黙ってしまう。
死ねとは言ったが、それはあくまでも罵りの一種だ。
実際に死なれたら、それこそたまらないだろう。
「誰が殺すの?」
もしもこのまま罵っていれば、そのまま若竹は自殺するかもしれない。
それさえつらいのに、実際に誰かが殺すかとなれば、目を背けることしかできなかった。
「別にいいわよ、私が若竹を殺しても」
誰もが現実から目を背けたがっている中で、現実的な処置を問う。
処置を問われれば、誰も答えられない。処置とは行動であり、判断が伴う。
そんな勇敢さは、誰にも残っていなかった。
「その代わり、殺せって言ったやつが何とかしなさい!」
それは瀬音も同じことだった。
「なんとかできるやつがいるんなら、ハーレムでもなんでもなってやるわよ!」
若竹を救った彼女さえ、打開策など一切思いついていなかったのだから。
「あ、ありがとう、瀬音……」
彼女のおかげで、最初の状態に戻った。
涙を流しながら感謝している若竹は、すがるように御礼を言った。
「君のおかげで、俺は……」
「勘違いしないで」
しかしその依存を、瀬音は断ち切る。
その表情は、先ほどまで狂乱していた、他の生徒たちと変わるものではない。
「アンタのためにやったんじゃないんだからね」
おそらく、誰よりも明確に、若竹への殺意を燃やしていた。
「若竹、私はアンタを殺すわ。必要ならね」
全員を冷静にするために、若竹への断罪を自ら買って出たというわけではない。
もちろん冷静になってほしかったのだろうが、それでも若竹を殺したいという気持ちは偽りがなかった。
「瀬音……」
「死に物狂いで考えなさいよ、全員で!」
誰かを怒鳴りつけている場合ではないが、誰かなんとかしてくれることを期待している場合ではない。
この場の勇者全員がどうにかできないということは、この国の誰もが裏切り者一人をどうにもできないということだ。
「他人事だって言ってたら、全員死ぬんだからね! 私は嫌よ、絶対に死にたくない!」
泣こうがわめこうが、誰も何もしてくれない。
この場にいる『普通の高校生』で何とかするしかないのだ。
※
「あああ……」
自室に戻った若竹は、頭を抱えていた。
その姿には一切の余裕がなく、知性も品性も理性もなかった。
未来を考えるどころではない、過去を悔いることしかできなかった。
今はそんなことをしている場合ではないのに、後悔がやむことがない。
「どうしてこんなことになってしまったんだ……」
一つ言えることがあるとすれば、若竹は一応指揮をしようとしていた。
事前に作戦を練り、それを皆に伝えて、誰かが失敗をしたり勝手なことをすれば、きちんと注意して怒っていた。
その時の彼は自分勝手な行動に対して、腹を立てていただけだった。
端的に言って、倫理観として注意をしていただけで、危機感をもって指摘をしていたわけではないのだ。
とても青臭いセリフに聞こえるが、きちんと死の危険性を伝えるべきだったのだ。
『なぜ作戦通りに動かなかった?』
『俺たちは強いんだ、一人でもやれるさ!』
『そうだ、実際うまくいっただろう?』
『作戦にこだわって、好機を逃したら駄目じゃん』
『お前たち……今回は幸運だったが、次も助かるとは限らないぞ』
『下らねえなあ、レベルを上げてるんだから、大丈夫だって!』
『そうそう、俺達チート能力者なんだし!』
『魔法も技も、ガンガン覚えてるしな!』
『命令を違反した者には、罰が必要だな……!』
『ひぃ! お、驚かすなよ!』
『わ、悪い、ふざけてた……』
『次からはちゃんとやるよ……』
『ならいい。だが次は、きちんと制裁をするからな』
という、如何にもな三文芝居も、しないよりはましだったのだろう。
実際、若竹は指摘や説教こそしても、罰を下したりすることはなかった。
その結果が、なんの統率もない『調子に乗っていた高校生二十九人』の醜態と、無様な死だったのである。
もちろん、若竹以外の面々にも非はある。
若竹が『日常の延長』として『規則を破った者への注意』をした程度だったように、二十八人も『日常の延長』として『楽しんでいるのに水を差してくる奴』という程度の認識しかしていなかった。
楽しい冒険だったのに、好き勝手ができないのは窮屈だ。
これが世界の命運をかけた、国家が全力を賭しているほどの『練兵』だとは誰も思っていなかったのだ。
若竹だけが悪いわけではない。若竹を糾弾した面々は、誰もがいい加減で適当に、ありえないほど楽観しながら楽しい冒険をしていたのだ。
だが、若竹も悪い。若竹がもっと大真面目に指揮を執っていれば、あんなことにはならなかったのだから。
それが若竹の罪である。
「ううう……ううう……」
彼はそれを分かってしまっていた。
要するに、大真面目に頑張っていた都が、ゲーム感覚で頑張っているつもりになっていた他の生徒を倒しただけなのだ。
真剣さが足りない、根性も気合も足りない。
あまりにも前時代過ぎる精神論だが、本当にそれが敗因そのものだった。
自分の注意が不十分だったから、誰かが死ぬことになるなんて思ってもみなかったのだ。
自分の注意で命が救われるかもしれないとは、今まで考えたことがなかった。
「そんなこと……わかるわけないじゃないか……」
死人が出たときに、指示をしていた自分が怒られるなんて思ってもいなかった。
正しいことをしていたはずなのに、正しくなかった人たちから怒られるなんて思ってもいなかった。
若竹は普通の高校生だった。
そして、今でも普通の高校生のままだった。
「失礼します」
そんな彼の部屋に入ってきたのは、クイン王女だった。
とても沈痛な面持ちをしている彼女は、傷ついている彼を慰め始めた。
「話はお伺いしました」
「俺は……間違っていたんでしょうか」
「いえ、何も間違えていません」
人生で初めて人の死を見た彼に、その責任を追及されている彼に、とてもやさしく寄り添っていた。
「貴方はいつも正しいことを言っていました。皆に規範を持つように訴えて、従わなかった者へ反省を促していたではありませんか」
「そうだった……でも、結局、何もできなかった……」
「長く苦労を共にした、轡を並べ同じ釜の飯を食べた戦友が倒れたのです。指揮を担う者としては、とてもつらいことと聞いています」
彼女はその苦悩を聞いても、決して軽く扱わなかった。
「むしろ、何も思わないほうが心無いでしょう。貴方は良い指揮官だからこそ、心を痛めているのです」
「クイン王女……」
「今は泣いていいのです。どうか、悲しんでください。その心を楽にするためなら、私は体をささげましょう」
若竹は、彼女に抱き着いた。
まるで怖い夢を見た子供が、母親へしがみつくように。
「クイン王女……!」
「今は何もかも忘れて良いのです」
とても暖かい抱擁に、若竹は抗うことができなかった。
しかしその一方で、彼の中の冷静な部分が、無視できないことに気付いていた。
もう戦わなくていい、とは言っていない。
仲間が死んでも、傷ついても、まだ戦ってほしい。
自分たちは何でもするから、貴方達も諦めないで。
嘘を言っていたわけではなく、徹頭徹尾変わらない、一貫している姿勢。
勇者たちに世界を救ってほしいと願っている、チェスメイト王国の人々。
若竹はようやく理解していた。それが世界を救うために、戦うということなのだと。
安請け合いしたことを、後悔していた。




