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賢くも、愚かでもなく。

 勇者たちの敗北。

 それはある意味では、必要な負けイベントだったのかもしれない。

 自分たちの至らなさを理解し、次に生かすための教訓とする。

 成長の契機となるならば、それは経験となるだろう。

 だが、余りにも一方的な蹂躙を味わった彼らにその気概は無かった。

 端的に言えば、こうだろう。トラウマと。

 ある意味軽々しく使われるその言葉を、彼らは今まさに理解していたのだ。


 魔王の僕に成り下がった裏切り者は、勇者たちと戦った。

 激戦の末、四名の犠牲は出したものの、勇者たちは退けることに成功した。


 正に大本営発表である。

 他になんの言いようもないが、しかし事実は著しく異なっていた。

 全く手も足も出なかった。勇者たちへの教育方針そのものが完全に間違っていたのである。

 よく言えば彼らの個性を尊重し、のびのびと修行させて達成感を得させていた。

 だが、それは間違いだった。

 通常の兵士たちにそうするように、個性など無視して集団での戦闘方法をまず学ばせるべきだったのだ。

 確かに勇者たちの持つ『チート』は強力な、この世界で最も強い力と言っていい。

 しかし、チートはあくまでも一面でしか役に立たない物だ。いかなる状況でも効果を発揮するものではない。


 極端な話、広範囲攻撃をしてしまえばそれだけで『それに対応できるチート保持者』以外は全滅する。その後悠々と他の方法で攻撃するだけで済むのだ。

 とはいえ、それもレベルを上げればその限りではない。だからこそ国王もレベル上げに専念していたのだ。

 だが、勇者たちはようやく、『お話の都合』ではない魔王の意向が分かった。

 魔王から少しばかり力を与えられた、自分達と同じ時間程度しか鍛えていない都一人でさえ、自分達を圧倒して皆殺しにできた。

 つまりは正真正銘、ただの遊びなのだ。

 いつでも攻め込めるし、いつでも殺せるし、やり方だっていくらでもある。

 自分達を全滅させなかったのは、単に長く遊ぶためであって、他の理由など一切ないのだ。


 そもそも、最初に都が裏切った段階で分かるべきだった。

 仮に自分達がレベルを上げることで魔王に対抗する力を得ることができるとして、それは極めて段階的な物であるはずだ。

 要するに、危なくなりそうだと判断すれば、その前段階で殺せばいいだけなのである。

 もっと言えば……仮に魔王が上空から爆撃でもすれば、自分達に何ができるというのだろうか。


 領主たちが慌てて帰ったように、自分達がどれだけ強くなったところで、たったの29人でしかない。

 国も世界も、守り切れるものではない。

 だが、だとしても、彼らは魔王に抗うしかないのだ。あの時、決定的な決裂を迎えたのだから。

 例えそれが、バッドエンドしかなかったとしても。



 魔王様からのご命令をこなした俺は、セラエノ様の魔法によって魔王城に戻った。

 俺の体感で一年以上の時間が過ぎていたからか、久しぶりに会ったクラスメイト達を殺したというのに、自分が嫌になるほど罪悪感がなく……。

 玉座でくつろぐ魔王様に報告するときも、本当にただ、やるべきことをやったとしか思えなかった。

 友を殺した葛藤、というものを魔王様が期待していたのだとしたら、それは期待外れになってしまったかもしれない。

 どちらかと言えば、そっちが怖かったわけで。魔王様の上機嫌そうな顔を見た時安堵したほどだ。


「良し良し、うむ、胸のすく戦いであったな」

「ありがたき幸せ」

「まったく、国王とやらも愚かよなあ。勇者の目減りを恐れてああも時間のかかる方法を選ぶとは。勇者どもも呑気よなあ、我が力を授けると言った男が遠からず目の前に立ちふさがるというのに、安寧の日々を過ごすとは……クックック……〈神〉めには申し訳ないが、やはり勇者を狩るのは面白い」


 誰もかれもが、ゲームやアニメが現実になったと喜んでいた。

 その一方で、誰もがゲームやアニメから逃れていなかった。

 仲間を裏切った男が自分たちの前に現れても、レベルを上げた自分達なら必ず倒せる。そうでなくとも、善戦ぐらいはできる。そう思っていたのだ。

 だが実際には、あいつらはゲームのキャラ以下だ。コマンドを選んで指示すればその通りに動くというわけじゃない。勝手な判断で動くし、少しダメージを受けたら動かなくなる。もしくは、勝手に逃げ出すこともある。

 そうしたシステム面の事だけじゃない。あいつらはゲームのキャラクターと違って、信念の為に友を討つ覚悟も、全力で障害を乗り越えようとすることもなかったのだ。

 魔王様のステータスを観る前の、俺のように。


「お前は賢いぞ、あの場でも知性がにじんでおった……良い良い、それでこそ我が下僕である」

「光栄です」

「ただ殺すだけ、ただ勝つだけ、ただ上回るだけでは優美さが足りぬ。己に足りない物を突き付け、何も許さぬこと。それが真の勝利と言えるだろう」

「奴らは……レベルの低さもあって問題外でした。当然の結果です」

 

 誰も、俺の事を殺そうとも許そうとも思っていなかった。俺が強くなって帰ってくることなど考えてもいなかった。

 だからこそ、此処からだ。ここからが本当の勝負だ。


「次は、こうはいかないでしょう」

「さて? そうは思えぬがな」

「……魔王様は、似たようなご経験が?」

「お前が手を下す間もなく、瓦解するやもしれぬ。が……そうではないかもしれぬ。あの若竹とやらを殺さなんだのは褒めて遣わすぞ、アレが化けるか否かで、今後も面白くなる」


 自分だけは絶対に負けない。その確信からか、今後の推移を楽しんでいるようだった。


「ということでだ……しばし休息をやるとしよう。家に帰り、その顔を親に見せてやるが良い」

「ありがとうございます」


 そうだった。まず家に帰ることができた。それで、それだけで、十分俺は嬉しかったのだ。

 九本の尾を露出させていれば、喜びで震わせていたかもしれない。


「ふふふ……良い良い、今後も励むが良い」


 一礼し、俺は謁見の間から出た。

 すると、そこにはギュウキ様とセラエノ様が待っていた。


「その表情を見ればわかるぞ、コトワリよ。どうやら魔王様からはお褒めの言葉を賜ったようだな」

「気取ったような無詠唱魔法に後れを取らなくて何よりです。やはり魔法は正しく詠唱してこそですね」


 俺の勝利を知っていた二人は、暖かく俺のことを褒めてくれていた。

 実際、このお二人からの指導が無ければ、ああも圧倒することはできなかっただろう。

 一年A組の奴らがどれだけ温い修行環境にあったのか知らないが、それでもこの二人の指導が正しいとはっきりわかることができた。


「ご指導ありがとうございました。今後もよろしくお願いします」

「ガハハハ! 今後もビシバシ鍛えてやるからな! 安心しろ!」

「ええ、より詠唱の必要な呪文もお教えしましょう。もちろんすべて憶えていただきます」


 うん、やっぱり感謝したくないな!

 魔王様の側近だけあって、いい性格してるよ、本当に。


「勝って兜の緒を締めよだったか? まあそういうことだ、帰っても余り気をゆるめすぎるなよ」

「魔法の練習は怠らないでくださいね」


 魔法の練習……家で魔法の練習。

 ある意味普通の高校生だが、嫌な高校生だな。俺はそんなのと友達になりたくない。


「とはいえだ……帰る前に、分かるな?」

「ええ、ごゆっくり」


 そうだった。待っていた二人のその先に、彼女が待っていた。魔王の娘、ウイ様。

 いいや、俺がまだ名前を知らない女の子だ。

 二人は速やかに魔王様の謁見の間へ向かう。おそらく、魔王様もによによしながらこっちをうかがっているに違いない。

 が、そんなことはどうでもいい。少なくとも今は、誰にどう思われたとしてもしなければならないことがある。


「勝って帰ってきたんだ、クラスメイトを殺して」

「もうクラスメイトでもありませんがね、顔を見ても特に思うところはありませんでした」

「それ、私にも同じようなこと言ったりするの?」


 俺は我が身可愛さに同じクラスで過ごした奴らを全員見捨てた。そして、今回は直接手を下した。

 俺は自分が家に帰るために、帰りを待つ家族のいる彼らを全員見捨てたのだ。

 最後まで自分のことしか考えていなかったあの連中はともかく、あの連中の家族には申し訳なく思う。


「言いませんよ。俺は、貴女のことは裏切りません」

「どうかしらね……正直信用できないわ」

「そうですか……正直返す言葉もありませんけど」

「だったら、今後の付き合いでその疑いを晴らしてちょうだい」


 お姫様は、俺に向かって手を伸ばしていた。そして、俺もその手を取る。

 そう、これは友情の握手だった。


「分かりました、これからもよろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ」

「俺の名前は都理、コトワリ=ナインテイル。お名前をうかがってもよろしいでしょうか」

「ウイよ、よろしくねコトワリ」


 もしかしたら、人生で初めてではないだろうか。こうして、ちゃんと友達になったのは。

 彼女も俺と同じで、俺の帰るべき場所だ。俺が帰ってこないと、とても残念に思う人だ。

 それが、俺にとってこれからも生きていく原動力になる。

 楽しくなくても、楽ではなくても、こうしてここで過ごす理由になる。

 俺にはそれで十分だ。



 都、理。それが俺の名前だ。

 一年ほど前にクラスメイトが全員失踪し、俺以外の全員がそのまま行方不明となってしまった。

 警察や家族の必死の捜索の甲斐もなく、未だに目撃情報の一切がない。

 友人や家族、或いは周辺の誰もが彼らの足跡を知らない。知っているのは俺だけだ。

 そして、別に彼らがいなくなってもこの世界は順調に回っていく。

 たかが高校生が一クラス分いなくなっても、この日本にはわんさかと高校生がいて、大局的には全く影響はない。

 彼らの家族にとってだけ大問題であり、或いは彼らを探している警察関係者にとってだけ解けぬ命題となるのだろう。


「理、今日も寄り道しないで帰って来なさいね」

「うん、分かってるよ。でも大丈夫、俺だってもう高校二年生なんだし」

「そんなこと言って……アンタはまだまだ子供なんだから、親は何時でも心配なんだよ?」


 それは俺も同じだ。多分俺が死んでも世界は滅ばない。

 魔王様の管理する向こうの世界ならまだしも、こっちの世界で俺はただの学生だ。

 その気になれば街の一つぐらい亡ぼせるとしても、そんなことを実際にやれば魔王様に比肩する〈神〉によって粛清される。つまり、できないのと一緒だ。


「うん、分かってる。大丈夫だよ、ちゃんと帰ってくるから」


 尻尾が九本生えていたり、全身に呪印が刻まれていたり、或いはクラスメイトを四人も殺している極悪非道な鬼畜だ。

 それらを隠して、俺は今日もこの家から通学する。


「それじゃあ行ってきます」

「いってらっしゃい」


 この何気ない日常を続けていくために。

 どこにでもある幸福が終わらないために。

 行ってきますを言うために。

 行ってらっしゃいと言われるために。

 俺はなんでもできる。


 俺は懐に隠し持っている、くたびれた人探しのビラを見た。

 並んでいる顔写真には、四人分だけ斜線が引いてある。


岡城 鬼『怪力』〈パワープレイ〉

恩業 角氏『隠蔽』〈ファイヤーウォール〉

鶯 丈『速唱』〈マシンガントーク〉

鋼 烽火『錬成』〈フルメタル〉


「あと、25人……!」


ちょっとした補足


チート能力は当人たちの精神性に大きく影響される。

主人公の能力はどう成長してもあくまでも対人で、例えばゴーレムや魔剣などには適用されない。

対物の解析能力は鑑定〈プライスチェック〉に分類される。


チート能力そのものは極めて単純で、かつ最優先に機能する。

例えば一切ダメージを受けないチートなら、どんな魔法だろうが伝説の剣だろうが、一切ダメージは受けない。

ただし呪われることはあるので、無敵と言うわけではない。


成長の余地があるチートは、チート能力者の精神的な成長によってのみ性能が上がる。

いくらレベルを上げても強くならない。つまり、ゲーム風に言うとイベントをこなさないといけない。


一応、チート能力を打ち消す能力は存在し、その場合は素通しにされる。

ただし、チート能力はあくまでも〈神〉の世界から召喚された者だけが持つ。


とはいえ、〈神〉と同等の力を持つ魔王には何の意味もない。

主人公は計り知れない、と言うことを分かったがその程度で、例えば当たれば致命傷を与えることができるチート所持者が攻撃を当てても、絶対に死なない。

チェスの駒がプレイヤーにケンカを売るようなもので、何の脅威にもなりえない。

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― 新着の感想 ―
ハリポタの大チェス戦を思い出した。
[気になる点] 魔王様あんま信用出来ないなぁ 基本的に色んな事に飽きてそうだし世界を遊び場にして暇つぶししてそうな描写だし、ウイと主人公が仲良くなっていくのも娯楽の布石なんじゃないかっておもっちゃう
[気になる点] 皆にかける言葉で一番ショックを与えるの、ちょいちょい家に帰れてるよ?とか、親が必死に捜索願のビラ配りしてるよ←とかじゃなかろうか? 親が大好きな子もいるだろうから、頭が一気にゲームやラ…
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