愚かと賢いの境界
「ねえ、もう行くの?」
「ええ、セラエノ様が私を送り出してくださるようです」
勇者が一定の力を付けるまで、魔王は都の出撃を待たせていた。
その間により一層の力を得た彼は、尻尾の出し入れだけではなく、大きさを調節できるようになっていた。
小さく九本の尾を振りながら、魔王から与えられた『正装』を着ている彼は、魔王の娘と話をしていた。
もうすぐ、出撃である。当然、遅れれば魔王の顔に泥を塗ったとして、相応の罰を受けるだろう。
だとしても、都は彼女と話をしていた。
それが自分に必要なことだと、そう直感していたのだから。
「ねえ……今から本当に、友達を殺しに行くの?」
「ええ、それが魔王様の意思であり、俺の覚悟ですから」
「そっか……じゃあ一つだけ教えて?」
ウイは彼と幾度となく遊んでいた。
それはそれなりに情が移ることであったが、だからこそ不安に思うこともある。
これから彼が成しに行くことが、彼がこれから行う決別が、とても恐ろしい事だったからだ。
「貴方は、友達でも殺すの?」
「ええ」
「じゃあさ……私の事も殺す?」
それが、とても怖かった。
もしも何かの間違いで都がウイを殺さねばならないことになれば、我が身可愛さにためらわず実行するのかもしれないと。
それは、とても嫌で怖い事だった。
「それは……」
「それは、嫌だな」
殺し合わせている魔王の、その娘が言うことではない。
しかし、それは彼女にとっては重要なことだった。
その彼女の手を取って、都は固く握っていた。
不安そうな彼女と違って、都の顔に迷いは一欠けらもない。
「ご安心ください、俺は貴女を裏切りません」
「本当?」
「ええ、私にとって、貴女は特別で、大切な、他とは比べ物にならない友人ですから」
実際、何もかもが異常なこの城で、彼女だけが日常だったのだろう。
苛烈な訓練に耐えることができたのは、家に帰るという使命感と共に、この城にも彼女という友人がいたからかもしれない。
自分に危害を加えず、一緒にたわいもない遊びをしてくれる彼女がいてくれた。
それが、そんなことがとても楽しかった、心強かったのだ。
「じゃあさ……私、忘れてたことがあったと思うの!」
「なんですか?」
「自己紹介! 私と貴方、お互いに名前知ってるから名乗らなかったでしょう?」
握り返しながら、魔王の娘は華やかに笑っていた。
「帰ってきたら、私の名前教えてあげる。だから貴方も……」
「ええ、帰ってきたら私も名前をお教えいたします」
※
「『我が体に刻まれし刻印よ、記されしままに在るべし』」
「『正し、表し、示し、開くべし』」
「『深淵にて闇に照らすは、我が真の威容』」
「『トランス!』」
呪印の封印を解放し、傀儡の尾を解除する。
穴をあけた屋根の上で待機していた俺は、全身の呪印をあらわにしながら八本の尾を展開しつつ、傀儡の尾と同様に穴から大聖堂に降り立つ。
「な!」
自分が撃ち、踏み付け、勝ち誇っていた相手が突如として獣の尾に変わった。それどころか本物らしき相手が異形の姿で降り立てば、流石に鋼も大きく飛びのいていた。
「やれやれ、魔王様から頂いた俺の尻尾を撃つわ踏むわ……鋼、お前酷い奴だな」
九本の尾を戻した俺は、その姿をかつてのクラスメイト達にさらしていた。
「それにしても……罠の準備もしていないとはな。拍子抜けもいいところだぞ。てっきり出待ちして凶悪な布陣でも組んでいると思っていたんだが」
俺の服装は、コスプレ同然だった。
靴は金属性のブーツ、ズボンは魔獣の皮を使ったデニム。そして、上半身は呪印をあらわにした丸裸。
それはもう、見事なコスプレだった。もちろん、目の前の連中も一緒だが。
「お前らの顔を見ればわかる……お前らがこの世界でどれだけ温い時間を過ごしてきたのかがな」
まるで、畏れるに足りなかった。
月並みなセリフではあるが、つい口にしてしまう。
「お前らを殺すために随分と強くなったつもりだが……強くなりすぎちまったみたいだな。お前らの体たらくを見ていると、ここまで自分を苛め抜く必要はなかったと思っちまう」
一切の演技を含まない本音だった。
ここまで情けない奴らだったと思うと、怒りさえ湧いてくる。
「大体な、若竹。お前正気か? 今更魔王様を裏切って、お前に付けって?」
「そ、そうだ!」
「そういう選択肢が用意されているゲームのキャラクターでもあるまいし、そんなあっさりそっちに寝返るとでも思ったか?」
「そ、それは……」
「自分にとって都合よく考えすぎなんだよ、お前は」
俺の小ばかにした態度、呆れかえった表情を見ても、若竹は説得を試みようとしていた。
さっきまでの傀儡の尾を用いた演技よりは話が通じそうと思ったのかもしれない。
だとしたら、コイツの眼はいよいよ節穴だ。
「俺達に争う意味なんてない、そうだろう?」
「あるさ」
魔王様に付いてから、その事が頭をよぎらなかった訳じゃない。
でも、もうおそい。俺はお前らの事なんて心底どうでもいい。
いいや、心にチクリと刺さるものはあるけども。
「俺はこの世界を亡ぼしてでも、成すべきことがある」
「それは、なんだ? 言ってくれ」
「家に帰ることだ」
絶句する若竹。
そうだ、確かにその必要はない。魔王を倒すことでも、この世界から帰ることはできると思っているんだから。
だが、それはできない。魔王様は絶対に倒せないのだから。
「俺は、何が何でも家に帰る。そのためになら、お前らを全員殺すこともいとわない」
「そんな……そんなくだらない事の為に、自分の為だけに、世界を丸々一つ見捨てて、俺達の事も殺すって言うのか?!」
ああ、駄目だ。
コイツはきっと、自分の家族、自分達の家族の事なんてどうでもいいと思っているんだろう。少なくともこの世界を救うことの方が大事だと思っている。
だからこんなことが言える。無神経極まりないことだ、この場に彼らの家族がいればどう思うだろうか?
少なくとも、俺の家族は何としても帰って来いと言っていた。彼の家族だって、同じようなことを考えていたんじゃないだろうか。
「そうだ、他の理由なんて一切ない。そして、その理由があれば十分だ」
帰る先が一つ増えた。
家族だけではなくて、大事な友達もできた。
同じ学校、同じクラス。その程度の繋がりしかない奴らを切り捨てるなど……。
彼らの家族に、少し申し訳なく思うだけだ。
「この世界と心中してくれ、俺だけのために」
「そんな……」
「おい、もういいだろう。今度こそ俺がやる」
岡城 鬼
レベル35
怪力〈パワープレイ〉
〈レベル1/5〉
巨大な戦槌を担いだ岡城が前に出る。
他の皆を押しのけて、俺に対して対峙していた。
その鉄槌に対して、俺のチートは作用しない。その武器の性能など、まるで分からない。
だが、それでも分かることは有る。コイツがどう向かってきたところで、畏れるに足りないということだ。
「よくわかんねえが……お前は俺が殺す」
「お前一人でか?」
「そうだ……俺一人で十分だ。その尻尾ごとぶっ潰してやる」
俺の俯瞰した目が気に入らないのか、大分憤っている岡城。
確かに、体つきから見ても大分鍛錬を積んだんだろう。それは分かる。
おそらく、コイツの人生で一番努力し、没頭し、熱中していたはずだ。
それをコケにされたら、そりゃあ怒る。それは分かるし、当然だ。
だがそれでも、お前の努力はちっとも怖くない。
「一撃だ、一撃でぶっ潰す!」
「そうか」
確かに、その一撃を受ければ俺はそのまま死ぬだろう。それは分かる。それは確かなことだ。
だが、俺は知っていることがある。こいつらが戦っていた巨獣の深森とやらには、巨大な魔物ばかりがいたのだと。
「おらあああああ!」
大上段に振りかぶり、飛び上がって、振り下ろしてくる。
なるほど、当たればただではすむまい。コイツのチートは筋力強化、その一撃は俺の尻尾の単純な力を上回るかも知れない。
「うるさい」
ぐじゃっ
「そんな大振り、当たるわけないだろうが」
俺の尻尾のうち一本が、飛び上がった岡城を空中で横から叩き潰していた。
怪力〈パワープレイ〉はあくまでも筋力を向上させるチート、別に頑丈になるわけじゃない。
散々鍛えた俺の尻尾なら、横薙ぎに一撃をくれてやればそのまま壁へ叩き潰すことはできる。
流石大聖堂、俺の尻尾を叩きつけても貫通することはなかった。
だがそれは、俺の尻尾と壁面に岡城が潰されることを意味している。
「まず、一人か」
尻尾越しに、骨が砕ける感覚を味わう。
おそらく一番頑丈で肝心な部分も、ものの見事に粉砕されているだろう。
そして、この世界に蘇生魔法は存在しない。蘇生のチートがあるだけで、この場の誰もがそれを持っていなかった。
クラスメイトを一人殺した。そのことで、びっくりするほど罪悪感を感じなかった。
そりゃあそうだ、俺は別に、コイツの事を友達だと思っていなかったのだから。
「え?」
「いや、え?!」
「きゃあああああ!」
「見えなかったけど、潰した?」
「あいつ、本当にやりやがった?!」
「殺した、本当に、岡城を?!」
動揺が広がっていく一年A組の皆。
彼らは分かっているのだろうか、その無様がどれだけの情報を俺にくれるのか。
「岡城を……お前、岡城を殺したのか?!」
「ああそうだ、ところで若竹。お前、俺の事を説得しようと思ったのは何時だ?」
全く、無様な話だ。全く、バカにされたもんだ。
まったくもって、こいつらは俺の事をとことん軽く見ていたらしい。
これだけ人数がいるのに、態々一人で殺そうとしてきて、しかも誰もがそれをあっさりと許すなんて。
「俺は、お前に! みんなを殺してほしくないって、そう思ってたんだ!」
「それは何時からだ?」
「そ、それは……!」
「クラスの皆、を見ればわかるぞ。お前、昨日魔王様に言われて、それでようやく俺の事を思い出したんじゃないか? それで、そのまま『思いつき』でついさっきにでも皆にそう言ったんじゃないか?」
呆れる話だ。
こっちはこの十カ月以上、ずっとそのことで悩んでいたというのに。
あいつらにとって、俺の事なんてどうでもいいことだった。
それまで、俺の事をどうするか、クラスで話し合いもしていなかった。
だから、こうやって醜態をさらすんだ。
「みんなにそう言っただけで、勝手に決めただけで、多数決も話し合いもしなかったんじゃないか? だからああやって、鋼や岡城が俺を一人で殺そうとしたんじゃないか?」
「それは……それは……」
「お前は正しいよ、若竹。クラスメイトにクラスメイトを殺させたくないって考えるのは正しいよ、若竹。でもなあ……そういうことはもっとちゃんと相談しておけよ」
「だって……」
「みんな困ってるじゃないか、こうなるってのはずっと前から分かってたっていうのに。お前ら今まで俺の事なんて忘れて楽しくやってたんだろう? むかつくことだ、あの日から今日まで、お前達を殺すことしか考えていなかった俺への侮辱だ」
俺を問答無用で殺すにせよ、俺を懐柔して仲間にするにせよ、その折衷案を考えるにしても、こいつらは全く話し合いをしていなかった。
だから、こうやって俺に誰かが殺されて、それでパニックなんて起こしているんだ。
俺に殺されるなんて、考えてもいなかったんだ。
「それでどうするんだ、教えてくれよ若竹。俺はクラスメイトを殺したわけだが、この後どうするんだ」
「ひ、人殺し! こんなことして、許されるとでも思ってるのか?!」
「警察にでも通報するのか? 圏外だし、そもそもここ日本じゃないぞ」
俺が若竹と話し合っている間も、一年A組の生徒たちは対応がバラバラだった。
逃げようとする生徒、俺の尻尾につぶされたままの岡城に回復魔法をかけようとする生徒、俺に攻撃しようとする一方で機をうかがっている生徒、みごとにばらばらだった。
「警察がいなかったら、許されるとでも思ってるのか?! あいつは、この世界を守るために戦ってたんだぞ?! クラスの仲間なんだぞ?!」
「じゃあ誰が許さなくて、許さないから何をするんだ? 俺はそれを聞いているんだが」
馬鹿馬鹿しい気分になってきた。
俺は必死で考えて、死に物狂いで特訓して、それでようやく戦おうとしていたのに。
こいつらは、俺と戦う気さえなかったんだ。
「若竹……お前は正しい事しか言わないな。全く馬鹿馬鹿しい」
「正しい事の、何が悪い!」
「お前、このクラスのリーダー気取りなんだろう? それで、なんでみんながお前の指示に従わないんだ? お前が正しい事しか言わないからだ。正しいことを言うだけだからだ」
学習能力のない奴だ。
コイツはこの世界に来てから、ずっとみんなの先頭に立っていたのだろう。
だが、先頭に立っているだけだったのだろう。先頭で正しいことを言っていただけなのだろう。
みんなに意見を聞いてもらうための努力なんてせずに、なんで正しい自分の言うことを聞かないのかと怒っているだけだったのだろう。
「お前が正しいなら、とっとと正しいことをすればいい。早くクラスの皆に指示してやったらどうだ? 何をすればいいんだ?」
「それは……!」
周囲を見渡す若竹。ああ、コイツは駄目だ。
本当に、説得に失敗したらどうしようとか、微塵も考えてなかったんだ。
自分に都合のいいことしか考えてなかったんだ。自分のせいで仲間が死ぬとか、考えてなかったんだ。
「あれ……?!」
若竹もどうやらようやく気付いたらしい。
そう、俺の前にいるのは28人ではなく、27人だということを。
一人いない。とはいっても、魔王様の指示通りに、ちゃんとこの大聖堂にいるのだ。
「そうか……!」
「……」
俺は、ずっと気付いていた。この大聖堂に降り立ってから、ちゃんと注意していた。
俺がステータスを見分けることができなかった、あの二人を探していた。
そして、その片方は未だにステータスを見ることができないものの、視界の中に立っていた。
であれば、もう一人が何をしようとしているのかなど、想像するまでもない。
「ぐ、ぎゃあああああ!」
「恩業?!」
俺の後方で声が聞こえた。
おそらく、迷彩の類の魔法を使って隠れていた恩業が、俺の仕掛けていた罠に引っかかったのだろう。
「二人目か」
「な、なんで……!」
「なあ恩業。探すスキルがあるなら隠れるスキルもあるだろう。だが、見つけられない相手に対するスキルもあるとは思わないか?」
やはり、恩業は探査や情報収集に属するものを無効化するチート保持者だったのだろう。
だから俺の解析が通用しなかったのだ。だから、俺はコイツの能力を見ることができなかったのだ。
「お、お前は、俺に気付かないはずだ。気付けないはずだ、なのに……」
「俺の尻尾の能力だ、一本一本に好きな能力を付与することができる」
第一尾 斥力の尾
一定範囲に斥力の力場を発生させる。
第三尾 猛毒の尾
一定範囲に猛毒の範囲攻撃を行い続ける。
俺は振り返らずに、恩業に応えていた。視界は今でも27人に向けている。
そのまま、背後で血を吐いて倒れている彼に話しかけていた。
「俺の周囲に、少し広い無色透明の猛毒を散布してた。そしてそれとは別に、相手を弾き飛ばす斥力の力場も、猛毒の散布の範囲よりも狭く作っていた。つまり、俺が気付こうが気付くまいが、俺に近づいた奴は毒に侵され、更に近づけば大きく吹き飛ばされるというわけだ」
俺は彼の能力をわからなかった。だが、おそらく身を隠すことが好きな奴がいるとは思った。そして、その為に能力を作った。
身を隠す能力を持った奴がいるということは、そいつはその能力以外は大したことがないということだ。
「そ、そんな……なんで……」
「お前が死ぬのは、お前が馬鹿だからだ」
身を隠す能力者ならまず考えるべきは、見つからなかったとしても脅威となりうることに対処する準備だ。
コイツの安易な所は、相手に見つからなければそれで自分は無敵だ、と思ったところだろう。だからこそそんなチートを手に入れたのだろうが、それに甘んじてしまった。
状態異常なんて、最も警戒するべきことであろうに。
「お前、攻撃力はそこまででもないから、背後から奇襲しようとしたな? 尻尾の隙間から剣で斬ろうとしたのか、魔法で攻撃しようとしたのか、まあどっちでもいいか。チートで不意打ちして背中から攻撃して勝って、それで誇ろうなんて浅ましいんだよ」
「そ……ぐ……」
毒を治す魔法を使えば、もしかしたら治ったかもしれない恩業は、そのまま地面に倒れていた。
そのまま、その内冷たくなっていくだろう。
「やっぱり……」
瀬音 らり
レベル35
『万能』〈コンプリートブック〉
〈全てのスキル、魔法に対して習得補正アリ〉
〈レベル2/5〉
俺の対応を見ていて、瀬音は何かを悟ったようだった。おそらく、俺のチートの事を理解したのだろう。
別に構わない。どうせばれたところで、俺にとってはどうでもいいことだからだ。
「貴方の能力は、ステータスの閲覧ね」
「ああ、その通りだ。気付くならお前だと思ってたよ」
「どういうことだ、瀬音?!」
「どうもこうもないわよ、若竹。まだわからないの? コイツは岡城に迷わず攻撃したし、恩業にも事前の準備で対応したのよ?! そりゃあ、魔王がこいつに教えていたのかもしれないけど……多分それがコイツのチートなのよ!」
正解だ。流石優等生の瀬音、実に正しい。
「こいつは多分、この世界に召喚されたその時すでに、私達全員のステータスを、チート能力を見ていたの! だから、今対処できているの!」
「なんだと?!」
瀬音の説明を聞いて、あの時啖呵を切っていた加寸土が異常に反応していた。
無理もあるまい、コイツのチートはカウンター型で、知られていたら殆ど無力だからな。
「じゃあお前は、俺達全員のチート能力を魔王に教えたのか、俺達の事を売ったのか?!」
「馬鹿は黙ってて」
ずれたことで怒る加寸土を、瀬音は冷たくあしらった。
そう、そんなことはどうでもいいのだ。そんなことよりも重要なことに、瀬音は気づいている。
「こいつは……都理は、私達のチートを全員分把握して、その上で魔王のステータスも確認したのよ! その上で私達を裏切ったの! 絶対に勝てないと分かったから!」
そうだ、非常に今更だが、その通りだ。
「……本当なのか、都」
「そうだ、俺はお前ら全員のチートを把握した。その上で、魔王様には絶対に勝てないと分かったんだ。だから、お前ら全員を裏切った」
自分のチート能力に対して絶対の自信を持っている『勇者』たちは、ようやく俺の裏切った理由を把握して絶句していた。
そりゃあそうだ、根拠があって裏切るのと、根拠もなく裏切るのでは話が違いすぎる。
今まで深く考えていた奴もいなかった奴も、等しく絶望していた。
「その上でな……魔王様から注文があったんだ。実はお前らを皆殺しにするつもりはない。今日殺すのは、後二人だ。一気に殺したら、魔王様からお叱りをいただくだろう」
絶望に対して、危機感が伴う。
そう、今目の前にいる俺は、後二人をこの場で殺すつもりなのだから。
「さて、殺すなと言われている奴もいるが……後二人は誰を殺すか」
「ふざけんな!」
鶯 丈
レベル35
『速唱』〈マシンガントーク〉
〈レベル1/3〉
「お前が死ねええええ!」
無防備に見える俺に向かって、無数の炎の針を飛ばしてくる。
魔法の連続使用がコイツの能力だったが、その一発一発は普通の魔法だ。
斥力の尾の力場にぶつかって、そのまま無様にかき消されていく。
「いいや、死ぬのはお前だ」
俺は呪文で対抗することにした。
そちらの方が、意趣返しになると判断したからだ。
「『我が体に刻まれし刻印よ、記されしままに在るべし』」
斥力の結界の中で、俺は舞い踊り始めた。
それが何を意味するのか、ほとんど全員が理解していた。
「みんな、逃げろ!」
「いいえ、このままにはできないわ!」
佐鳥 忍
レベル35
『野生』〈ネイチャースタイル〉
〈レベル1/1〉
「まったくだ、この場で倒す!」
高嶺 花
レベル35
『天恵』〈スタートダッシュ〉
〈レベル1/1〉
「俺だって! このままやらせるか!」
勝飛 駆
レベル35
『倍速』〈フラッシュフラッシュ〉
〈レベル1/3〉
若竹の指示に従わず、三人が飛び出してきた。
勝飛はともかく、他の二人はレベル不相応の力を発揮してくる。
そして、その攻撃力なら俺の斥力の力場を突破しかねない。
であれば俺は他の尻尾で撃ち落とす必要があった。それも、殺さずに。
何故なら既に二人殺しており、このまま三人を殺せば魔法を披露するまでもなく予定人数を超過してしまうからだ。
であれば、殺さないように尻尾で叩き落しつつ、呪文の詠唱と舞をこなさなければならない。
だが、それはできる。なんの問題もない。なぜなら俺は、既にその練習をして此処にいるのだから!
「『焼き、焦がし、燃やし、呪うべし』」
俺が踊りを見ながら、三人は隙を伺い始めた。確かに振り付け上、どうしても死角が生まれてしまう。
だが、それはすでに把握している死角だ。三人は俺の踊りを見るのは初めてだが、俺は踊っている最中に攻撃されることには慣れ切っている!
「『呼び招くは罪を焼く炎、魂を清める裁きの黒炎なり』」
死角が生まれるタイミングで、その方向へ尾を動かす。
既に神殿の柱と見まごうまでの大きさになっている俺の尻尾の薙ぎ払いは、その死角を補って余りある。
「そんな、こんな長々呪文を唱えているのに、近づけない?!」
「僕が攻撃することもできないなんて?!」
「ち、畜生?! 攻撃できるなら、あんな奴!」
「『現世に出でて愚者を捕えよ、永劫の監獄につなぐべし』」
「もう駄目ね、逃げて!」
「クソ……仕方がない!」
「鶯、お前も……」
「しねええええええええええええええ!」
混乱しているのか、俺に向かって攻撃し続けている鶯。
そいつに向かって、俺は躊躇わず魔法を放っていた。
「『ヘルフレイム』」
セラエノ様から教えていただいた、俺の魔法が解き放たれた。
地獄の炎を召喚し、前方の敵を焼き払う、この星には存在しない魔法。
それが、未だに攻撃を続けていた、自棄になっていた鶯に命中する。
彼一人燃やす、そんなチンケな炎ではない。
既に大聖堂の外へ避難していた他の生徒たちが見えるほどに、俺の前方に存在していた大聖堂の壁面や天井が『焼失』していた。
直撃した鶯は、もはや燃えカスさえなく、俺の魔法の射線上に存在していた構造物もまた焼き払われていた。
地獄の炎は全てを蒸発させ、周辺を溶解させ、更にその周辺を余熱で焼いていたというべきなのだろう。
「三人目か……全員避難訓練位はしていたようだな」
俺にとっても好都合なことに、彼らにとっても幸運なことに、死んだのは鶯だけだった。
俺の破壊で呆然としている一年A組の生徒たちは、ダメージを受けているものもいるが26人が生き残っていた。
「な、なんでこんなことに……なんでこんなに、お前は強い?」
「お前達は安全に育ててもらったんだろうな。その振る舞いで分かるよ」
若竹の質問に、尻尾をうねらせながら近づきつつ、俺は答える。
勇者は貴重な戦力だ、間違っても死んでは困る。だから安全に育てられていた。それがこの体たらくのそもそもの原因だ。
こいつらのチートは強力すぎて、皆で協力して倒さなければならない相手と遭遇しなかったのだ。
だからこいつらには、集団戦闘の心得が一切なかったのだ。
こいつらは、レベルやチートでごり押せる相手にしか勝てないのだ。
「29人いたが、その中の誰が俺を殺す気だった? お前ら全員が一斉にかかっていれば、何人かは死んでも俺を倒せただろうに……自分以外の誰かが倒してくれるだろうと、そう期待していたんだろう? どうせ俺なんて、魔王の所で雑に使いつぶされていると思っていたんだろう? 新しい力を得ても、レベルを上げた自分達なら倒せると思い込んでいたんだろう?」
孤立した男を囲んで、石を投げる。特訓で受けたあの陣形が、俺にとって致命的だった。
チート能力もへったくれもない、それでも有効で致命的な戦い方だった。ここのこいつらにその程度の集団戦闘技術があれば、こんな醜態は晒さなかっただろうに。
「スタンドプレーに走るばかり、チームワークの欠如で壊滅するとは、まったく、大した勇者様だな」
少なくとも、今生き残っているこいつらに、俺と戦う気概は無かった。
もう少し時間を置けば闘志を取り戻すかもしれないが、今は無理だ。実力の差を思い知りすぎている。
魔王様の気持ちも少し分かる。溜飲は下がっていたし、なによりもこんな奴ら殺す価値もない。
浅はかな増上慢が打ち砕かれて、腰を抜かして武器を取り落としている連中など、相手にする価値もない。
「くだらないな、俺達に当てられたチート能力なんてもんは所詮一発芸でしかない。そんなもんは、一度知られてしまえば対策をとられて当然だ。お前らには相手の立場に立って考えるという視点が欠けていた。一切援護なく大振りで攻撃してきたこともそうだし、不用意に相手の背後に回り込むこともそうだし、自棄になって魔法攻撃を連発し続けることもそうだ。お前らは自分にとって都合のいいことしか考えていない」
チート能力で活躍している自分の事しか考えていない。自分たちにとって世界は都合よく回ると考えている奴に、警戒心など培われるわけもない。
そんな奴らが何十人といたところで、明確な覚悟を持って殺しに来た男に勝てるわけがない。
魔王様のおっしゃる通り、この国の国王に育てられたこいつらは、ただレベルを上げていただけなのだ。全く成長などしていない。
俺は、魔法の余波でケガを負っている鋼を見つけていた。その上で尻尾を軽く振り上げていた。
「おい鋼」
「……な、なんだ!」
「『若竹、お前バカか? 目の前で態々パワーアップしようとしている奴を、そのまま放置するか普通』とか言ってたな」
もはや、拳銃を取り出す気力もないと見える。
なんとか恐怖を隠そうとしているが、何もかもが無駄だった。
コイツは、逃げる力も残されていないだけだ。
「『それに、バカはお前もだ。都、お前そんな隙だらけの踊りを俺達の前で披露するとか、間抜けにもほどがあるだろうが。なんだその呪文と振り付けは、カッコいいとでも思っているのか?』とも言っていたな?」
俺はコイツの言っていたことを、傀儡の尾を通して聴いていたことを復唱してやる。
「『急所に当てた。このままだと苦しんで死ぬだろうな。だが自業自得だ。お前は俺を殺すつもりだったんだろう? だったら殺されても文句なんて言えないだろうさ。後悔しているのか? 俺を敵に回したことを。だが遅いぞ、もう遅い。お前は俺を殺そうとした。それはどうあがいても、もうとっくに手遅れだ』」
なんともカッコいい言葉だった。
「『お前はもう殺す。真の力とやらは、そのまま発揮できずにな』だったか」
できることなら、もう一度言ってほしいところである。
「さて、お前が何処の誰を真似して、俺の尻尾に銃弾をくれて、踏みつけたのかは聞かん。だがな、まさかとは思うが真似しただけで最後までやり遂げる気がないとは言わないだろうな」
おそらく、コイツは何かのマンガやアニメ、ゲームかライトノベルのキャラクターの真似をしたのだろう。
気持ちはわかる。だが、この場でごっこ遊びをしていただけ、とは通らない。言葉には責任を取ってもらうとしよう。
「さて、俺も同じことを言うとしよう」
「ま、待て!」
「俺がお前を見逃すと思うか? 今まさに好機じゃないか」
ハードボイルドを気取っているのか、それとも大人ぶりたいだけなのか。
「俺の尻尾に対してのあの振る舞いは、間抜けにもほどがあるだろう。いきなり銃をぶっ放すのがカッコいいとでも思っているのか?」
そんなことはどうでもいい。
だが、魔王様はこれを望んでいるのだろう。
「俺はお前を苦しめて殺すだろう、だがそれはお前の自業自得だ。お前は俺を殺すつもりだったんだろう? だったら殺されても文句なんて言えないだろうさ。後悔しているのか? 俺を敵に回したことを。だが遅いぞ、もう遅い。お前は俺を殺そうとした。それはどうあがいても、もうとっくに手遅れだ」
こいつらには殺意が足りなかった。
いずれ目の前に現れる俺に対して、余りにも考えがなかった。
俺が覚悟を決めていたこの十カ月、こいつらは俺の事を忘れて風化させてしまっていた。
「お前はもう殺す。真の力とやらは、そのまま発揮できずにな」
「や、やめてくれ!」
鋼 烽火
レベル35
『錬成』〈フルメタル〉
〈レベル1/10〉
「だが、お前にチャンスをやろう。お前が俺にチャンスをくれたようにな」
誰もこいつを助けようとしない。
俺がこいつを殺せば帰ると知っているからだ。
少なくとも、今の自分達では俺に勝てないと、理解してしまったのだろう。
だから、少なくとも今は学友を見捨てるしかない。
鋼一人が死ねば、残り全員が助かるのだから。
若竹さえ既に諦めていた。苦渋ではあるのだろうが、それでもこいつは自分の命を差し出すこともなかった。
傍観し、見捨てていたのだ。世界を救う勇者が、聞いて呆れる。
「さっきと同じことを、今俺が言ったことと同じことを言ってみろ。そうすれば楽に殺してやる。だが、もしも命乞いをするのなら、その時は苦しませて殺す」
「お、俺は……」
きょろきょろと、周囲を見る鋼。
しかし、誰もが彼をかばおうとしていなかった。
どんどん、彼の顔が恐怖で引きつって、笑っていく。
「あ、あはははは……」
鋼 烽火
状態
混乱 恐怖 絶望 火傷 呪詛
「あはははは!」
「鋼、どうした?」
「あはははあは!」
「返事がまだだぞ」
「アハハハ! 俺は、俺は凄いんだ!」
「ふむ」
「凄い筈なんだ! だから、皆俺以下で俺を頼って、俺に依存するべきなんだ!」
「そうか」
「俺がピンチになっても、誰かが都合よく助けてくれるはずなんだ!」
「だといいな」
「なんで、なんで、なんでなんで! なんで誰も俺を助けない?! なんで奇跡が起きないんだよ!」
「それは、命乞いだな?」
「違う、違う、違う! 俺は、命乞いなんてしない! 何かが起きるんだ! 都合よく誰かが俺を守ってくれるんだ!」
「助けてほしいんだろう? それなら命乞いだな」
「違う、俺の場合は! 助けを呼ばなくても! 都合よく助けが来るんだ!」
「鋼」
「なあ、助かるんだよ。俺は、俺は助かるんだよ! 俺は助けを求めなくったって! 俺は助かるんだよ! 命乞いなんてみっともないことをしなくたって!」
「俺は、さっきと同じことを言うか、命乞いをしろと言ったんだが?」
「知るかよ、バカが! 俺はな、俺は、こんなところで、拳銃しか出せないまま死ぬなんて……!」
「よし、分かった」
「分かったのか?! 俺を見逃すんだな?!」
「お前が命乞いをするか、さっき言ったセリフを復唱するまで痛めつける」
「待てよ! 話を聞けよ! 俺がお前に復讐するぞ?! 俺の事が好きな女が、今はいないが、お前が俺を痛めつけた後に、生き残った俺に誰かがほれ込んで、それで、一緒に復讐しに行くぞ?!」
「そうか」
「そうかじゃなくて! やめろ、その尻尾を、やめろぉ~~!」
「鋼、ようやく命乞いをしたな。約束通り、苦しめて殺してやる」
「さて、これで残り25人か」
一仕事終えた俺は、その場の面々に背を向けた。
そして、言うべきことを言って俺は去る。
「じゃあな、一年A組。一生が終わるまで、一年生同士で仲良くしてるんだな」
俺は彼らに背を向けて、その上で最後に言い残す。
「離島、お前にはさっさと諦めることを薦めるよ。できれば、今すぐにでも自殺するべきだ」




