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仲間ときちんと意思疎通をしないのは愚か

「ついに、勇者の諸君は巨獣の深森を踏破した!」


 オーバー王は、高く祝いの席でそれを宣言していた。

 多くの来賓を招き、巨獣たちから切り出した食材や毛皮で設えられた宴を開き、明るいニュースを国内の有力者に伝えていた。

 なにせ、地球の日本と違って、情報が伝わるには時間を必要とするのが、この中世の世界。

 国内が度重なる魔王の僕による被害で沈んでいるため、それを拭わねばならなかった。

 だからこそ、勇者のもたらした多くの食料を、国内の貴族たちに振る舞うのである。

 保存された多くの食料は、食料の不足に苦しむ領民に施しとして配られるだろう。


「これより更なる戦地として『不毛の荒野』へ赴くこととなった。ここに、勇者召喚は成功した! 遠くない何時か、魔王を討ち取ることは確実と言ってよいだろう!」


 国王は奮起を促すためにあえて大言を吐く。

 しかし、勇者が召喚されてより十月程度。その間で脱落者なく、アベレージ20の魔境で上限に達するなど尋常ではなかった。

 これはもしや行けるのではないか。皆が国王の言葉を信じたかった。だからこそ熱狂し、拍手と共に大声でそれに応えていた。

 そんな王の事を、一歩引いたところから勇者たちは眺めていた。

 壇上で語る王の背を見る彼らは、何とも言えない感情を抱いていた。


「なんていうか、本当に私達『勇者』なんだね」

「そうだな、本当にこの人たちを助けるために戦ってるんだな」


 そう言って、勇者たちは自分たちの立ち位置を改めて理解していた。

 自分たちは只異世界に転移したのではない。異世界の危機によって、一縷の望みとしてこの国の人たちに必要とされているのだ。

 だからこそ、こうして彼らは自分達を迎えている。


「なんかの行事みたいだけど、祝われる側になると結構いいもんだね」

「ああ、校長先生の長い話でもないしな」


 こうした責任者の長い演説も、自分達の苦労を讃え、将来に期待していると思えば苦でもない。

 むしろ、もっと讃えて欲しいと思うぐらいだった。


「ふん……!」


 ひときわ誇らしく思うのは岡城だった。

 巨獣の深森から巨獣の死体を持ち帰ったのは他でもない彼だったからだ。

 言うまでもなく、巨大な獣はそれだけで食料資源である。だが、魔物であることを抜きにしても、単純に大きく重い。

 ただでさえ足場の悪い森の奥から、獣の死体を持ち帰るのはほぼ不可能だった。だが、筋力を大幅に向上させる岡城の『怪力』〈パワープレイ〉によって、巨大な肉の塊を持ち帰ることが可能になっていた。

 数日に一度突入し、その都度巨大な肉を持ち帰る彼は、王国に直接的な利益を多大にもたらしていた。


「にしても、俺なんてまだチート能力がわかってねえよ。こういうのって、後半になるほど強いのって相場は決まってるけど、このままだと不安になるよな」


 男子生徒離島はそんなことを言う。

 そう、ほぼすべての生徒が己のチート能力を理解しつつあり、その有用性を実感しつつあるのだが……。

 しかしまだ数名、自分のチートを理解できずにただレベルを上げるばかりだった。

 とはいえ、それは逆説的に言って、それだけ凄いチート能力があるのではないか、と期待してしまうものだったのだが。


「くそっ……」


 その一方で、発覚しているのに自分の力に満足していないのが鋼だった。

 未だに彼の手元には拳銃があるだけ。これでは魔法で強化してもさほどの威力にならない。と言うよりも、頭打ちになりつつあった。

 彼のチートはあくまでも武器の作成であって、魔法の威力や自分の筋力を底上げするものではない。

 彼の攻撃力は武器に依存し固定されているので、武器がこのままでは足手まといにしかならない。

 早く成長しなければならない。そう分かっているのに、未だにどうすれば成長するのかわからない。

 まだまだこれからだ、とは思うのだが、それでもやはり不安は隠せなくなってきていた。


「みんな騒がしいな……」

「ねえ若竹」


 流石に大声で皆に怒鳴りつけるわけにはいかない若竹に、瀬音が静かに語り掛けていた。

 その顔は極めて真面目で、一種の諦念さえ見て取れる、達観に近い顔だった。


「貴方に聞きたいのだけど、なんで魔王はこの世界を滅ぼそうとしていると思う?」

「そんなことは分からない。だが、この世界の人たちに非は無い。それは確認できたことだろう?」

「そうね、それは魔王の言葉からもわかること」


 この世界の魔王が、なぜこの世界を滅ぼそうとしているのか。

 召喚された時、彼らは魔王に会った。魔王は語った、ただ遊興の為に滅ぼそうとするのだと。

 そうならば理解はできる。あの場で、自分のチート能力さえ把握していない自分達に攻撃のそぶりも見せなかった。

 つまり、まともに戦う気など最初からなかったのだ。

 そうでもなければ、自分達を今でも放置している理由がわからない。

 なにせ、今の彼らに魔王の僕を大量に送り込めば、高確率で半数以上が死ぬのだから。


「魔王は突如として現れ、世界を滅ぼすと一方的に宣言してきた。そして、強大な魔物を送り込んできている。遊興……お遊びが理由だ!」

「そうね、正直あの後結構後悔したわ」


 遊びで世界を滅ぼそうとする魔王。

 なるほど、他のいかなる理由よりも邪悪と断ずるに値する。

 必要もなく、利益もない。ただ本を読むように、ただ劇を観るように、実際に世界を亡ぼして遊ぶ。

 それは余りにも無体で、でたらめだった。


「なんだと?」

「貴方、このままレベルを上げて行けば魔王に勝てると思う?」


 なるほど、確かに誰もが必死に生きている世界を、遊び半分で壊そうとしている相手は凶悪だ。倒さなければならないだろう。

 だが、それは可能か不可能かを抜きにしている。

 限界までレベルを上げたとして、それでも力が及ばないという可能性を排除している。


「何を馬鹿なことを……諦めるって言うのか?」


 瀬音は怒っている若竹を冷ややかに見ていた。

 彼は『頑張る』が好きで『頑張らない』が嫌いなのだ。

 レベル上げ、ではなく努力と言い換えてもいい。彼は努力が報われないことを嫌っているのだ。


 おそらく、成長補正型は皆そうなのだ。自分もそうだから、余計にわかるのだ。

 若竹が一番レベルを上げていくのは、レベルアップ補正があるからだけではない。自分から積極的に魔物を倒しに行っているからだ。

 努力することを良しとするからこそ、そうしたチートを与えられた。そして、だからこそ相乗して強くなっていくのだ。

 それは自分も同じである。『万能』〈コンプリートブック〉というチートは、レベルではなく魔法の習得や武器の熟練度の習得など、つまり『全ての技術を習得する』ためのチートだった。

 それによって、今の彼女は魔法に限らず多くの武器を使いこなすようになっていた。

 多くの状況に対応できるオールラウンダー。それが瀬音らりという女生徒だった。


「ここで俺達が諦めたら、今この世界で生きている人たちはどうなるんだ!」

「そうね……でも、私は思うのよ。私達は自分たちにとって都合よく物事を考えすぎじゃないかって」

「都合よく?」

「この世界は現実で、ゲームじゃないわ」

「ああそうだ、だから実際に人が死んでいる」

「じゃあなんで頑張れば勝てるって言い切れるの?」


 そもそも、元をただせばこの世界の住人こそが一番死に物狂いだったはずだ。

 自分の世界を守るために、自分の国を守るために、自分の家族を守るために、自分の命を守るために戦っていたはずだった。

 だが力及ばず、異世界から勇者を呼び招いたのだ。

 頑張ってもどうにもならないことは有る。自分たちが此処にいることこそが、他でもないその証拠だ。

 そして、その自分達が頑張っても勝てるという保証は、どこにもない。


「なんで勝てないって言い切れるんだ!」

「貴方、それを第二次大戦前の日本にタイムスリップしても、同じこと言えるの?」


 やや言葉を荒げる若竹に、冷や水を浴びせる瀬音。

 そうだった、第二次大戦前の日本は、正に今の若竹の様な人が多かったのだろう。


「そ、それは……」

「やっぱりね……貴方もこの世界の事を『アニメ』や『ゲーム』か『ラノベ』か、『フィクション』だと思っていたのね」


 どんなに難しいゲームでも、どんなに強い敵だったとしても、倒すシナリオがあるのなら倒せるだろう。

 若竹の理屈も同じだ。頑張ればどうにかなるというが、それは頑張ってどうにかなることが前提の理屈である。


「ダンジョンで道がふさがっていても突破する方法がある。敵の牢屋に閉ざされても必ず抜け出せる。敵が不死身でも弱点が用意されている。そんなうまい話が、当時の日本に有ったのかしら?」

「それは……」

「それに、私達は本当に努力しているのかしら」


 瀬音には懸念があった。

 このまま前に進んでいっても、レベルを上げていっても、魔王以前に彼に勝てないのではないかと言う懸念だった。


「私は思うのよ。もしも今、この場に都君が現れたら……確実に、なすすべもなく全滅するだろうって」


 強くなってはいる。レベルは上がっている。チートの使い方も理解してきた。

 だが、だから何だというのだろうか。一番肝心なものが全く活かせていない。


「故に、これは前祝いである! これより我らは魔王を打倒すであろう勇者を讃えて、乾杯を行う!」


『ほほう、寝てもいないのに空想にふけるとは、若くして耄碌していると見えるな』


 国王が乾杯をしようとしたところで、空から底冷えがするような声が聞こえてきていた。

 それは、勇者たちも聞いたことのある、畏れるべき魔王の声だった。


「な、魔王!」


『こうして我に丸見えであるにもかかわらず、滑稽な催しをするとは……いよいよ道化が板についてきたな。見ていて面白いぞ、その無知さはな』


 レベルを上げていた、それでも遠く及ばないと理解できるだけの力の差が、未だに勇者と魔王の間に隔たりとして存在していた。


『とはいえ、このまま放置しては我への恐怖が薄れよう。国王よ、我から一つ催しを提案するぞ』

「なんだと?」

『この十カ月、我と汝は共に掌中で勇者を育てていた。そろそろ、互いの信じる者のどちらが強いのか比べてみようではないか』

「……裏切ったという、彼か」

『然り、健気に励んでおるぞ。我の見立てでは、そうさな……29人全員を相手にしても恐れることは有るまい。よもやこれだけの時間がありながら、この程度の強さしか得られず、しかもそれを誇るとは……我が滅ぼさずとも、放っておくだけで滅びたやも知れぬな』


 魔王の声があたりに響いていく。

 国王の育てた勇者たちが、自分の育てた勇者一人に遠く及ばないと大笑いしていた。

 傲慢不遜なる魔王は、オーバー王に遊びを提案する。


『大聖堂とか言ったか、勇者を召喚した場所は。であれば……そこで今一度戦おうではないか』

「あそこは我が国の歴史ある神殿だ! そこで戦うなど……」

『では、今この場で始めても良いぞ? どれだけ死ぬか見物であるな、それに勇者共も装備も無く、心もとないのではないか?』


 究極的には、魔王は何時でもどこにでも戦力を送り込める。

 戦場を選ぶ権利は彼女だけのものであって、国王と言えども指定することはできない。

 それはまさに、次元の違いを分かりやすく来賓たちに示していた。


『無論、そこの勇者共が怖気づくならそれも良し。その時はこの宴に呼ばれた者たちの領地の悉くを焼き払うまで』


「そんなこと、させるものか!」


 若竹が義憤に燃えて叫ぶ。この宴に呼ばれた者たちがどんな地位にいるのか、それは分からない。だが、その地でどれだけの民が生きているのか、それは想像するまでもない事だった。


『ではどうする? 竹槍でも投げてみるか?』


 嘲る声は、どこまで愉快そうで余裕だった。

 心底どうでもよさそうに、若竹の反応をうかがっているようだった。


「たけ、やり?!」

『世界を救うとは……大言壮語とはまさにこのこと、いやいや、良い反応であるな』


 嘲りは余りにもわかりやすかった。

 それこそ、日本の事を良く知っていなければ、出て来ない言葉だっただろう。

 そして、それは真実だった。比喩としてはこの上ないほどに、彼我の実力差を示していた。


『とはいえ、お前達の奮戦しだいではこの場にそろった者たちを救うことはできる。我が忠実なる僕と戦え、さすれば一時は安寧を得られよう』

「俺達にクラスメイトと戦えというのか、お前は!」

『その通りだ。それが我に忠義を誓ったアヤツの選択であり……我に従わなかったお前達の判断であろう。どうしても学友と戦いたく無くば、全員が我に忠義を誓うべきであったな』


 もう既に、道を選ぶことはできないと決まり切っている。

 あの時別れた道は、もう交わることが無いと分かり切っている。


『男子三日会わざれば刮目してみよ、と言ったが……アヤツは大分変った。我が下僕としてよく仕えておる。良きかな良きかな』

「あいつに何をした! 俺達のクラスメイトに何をした!」

『約束通り、力をくれてやっただけの事。もはやアヤツは、お前達の知るアヤツではない』

「非道な……この世界を亡ぼすだけじゃあ飽き足らないのか!」

『何を言う、我が遊び場に首を突っ込んできたのはそちらであろう……生かすも殺すも我が匙加減次第……お前達も知っているであろう? 己の指でつまんだ駒が、面白いように動き果てるその愉悦をな』

「この世界はこの世界の人たちの物だ! お前の遊びに付き合わされる謂れは無い!」

『違うな。この宇宙の全てが、我が遊びの庭だ。いやはや、我が言葉は常に真理であり真実であるというのに、お前達勇者は何時もそうやって我を己の対処できる存在だと思い込みたがる』


 その言葉を聞いて勇者も、この世界の住人達も戦慄を隠せなかった。


「どういうことだ、お前はこの世界に以前も訪れたことがあるのか?!」

『否、他の世界、他の星でもこうして我が滅ぼさんとした世界では、遠き世界より勇者を招き対抗したものが多くいた。そ奴らは殊更に面白い、お前達のように彼我の実力差も理解せずに、道化を全力で演じるのだからな』

「お前は……お前は! そうやっていくつもの世界を亡ぼしたというのか! 単なる遊びで!」

『お前達の世界にもそうした『遊び』はあるのであろう? 救った優越感を得るために、滅びかけた世界を生み出す。我の場合はそのまま滅ぼすのが好みであるがな、それだけのことよ』

「お前は、神にでもなったつもりか!」

『そうだと言っている』


 話が通じなかった。

 こうもわかりやすく邪悪で、絶対に倒さなければならない相手など、彼の知る物語にもそう多くは存在しない。

 ただ害をなす存在であると、それが如何に優れているのかと、誇示してはばからない。


「魔王……!」

『さて、では改めて語るとしよう。明日の正午、我が忠実なる下僕であるコトワリが……コトワリ=ナインテイルが、お前達の言う大聖堂に現れる。そして……その場に我に弓引く勇者共が揃っていなかった場合、先ほども言ったようにこの場の者どもの領地を焼き払う。勝っても何もやらぬが、負けても何もせぬ。この世界に赴いてより同じ年月を経た者として……その差を理解し、震え上がるが良かろう』


 そう言い残して、一方的に通達して、絶対の魔王は声を消していた。

 そして、その場に残ったのはすがるような目をしている有力者たちと、絶望の中で勇者たちに希望を見出している国王だった。


「やはり、戦うしかないのか」


 いずれその時が来るとはわかっていた。

 しかし、袂を分かった者と戦うのは必然だった。

 少なくとも、この場の面々がどう思ったところで、彼は必ず現れるのだろう。

 この場にいる、一年A組の生徒を皆殺しにするために。



「若竹様……」

「クイン王女」


 宴は早々に終わった。

 来賓の方々は土産物を配下に押し付けると、そのまま急ぎ足で自分の領地にとんぼ返りをしていた。

 そして、異世界の暗く長い夜が始まる。

 どの警備兵も、あわただしく多くの事をこなしていた。

 具体的には、大聖堂から貴重品の持ち出しである。避けねばならないことではあるが、魔王の侵入を防げた試しは一度もないのだ。大聖堂が戦場となる以上、大聖堂とその周辺から可能な限り貴重な品々を移動させる必要があった。

 松明に照らされるその作業を見守りながら、若竹はクイン王女と話をしていた。


「申し訳ありません、全ては私達の責任です。この世界と無関係な貴方に、過酷な運命を背負わせてしまった、私達の責任です。こうして学友と戦うことになったのも、私達が貴方達を召喚し、魔王の侵入を許したからこそ……」

「それは違います……悪いのは魔王であり、都の奴です。我が身可愛さにあんな奴の仲間になるあいつも、都を誘惑してけしかけてくる魔王も……どっちも最悪だ」


 確かに巻き込んだのはクイン王女であり、この世界の人々だ。

 だが、悪いのは誰か、悪は誰か。それは迷わずに今でも言い切れる。

 それは今回のやり取りでもはっきりしていたことだ。


「……そうですか。貴方にそう言っていただけると、少し気が楽になります」

「ええ……」


 瀬音とのやり取りを、若竹は思い出していた。はっきり言って、勝ち目はあるのだろうか。

 瀬音はかなり優秀な生徒で、自分と同じ成長補正型の……つまりは向上心の旺盛なタイプだ。

 その彼女が、さも既に敗北を悟っているかのような言葉をしていたことで、弱気になっているだけだ。

 そう自分に言い聞かせる。


「俺達の世界の物語には、こうやって異世界に学生が召喚されて、世界を救うために戦う話が沢山あるんです」


 それは所詮お話だ。所謂二次元の出来事でしかない。

 どれほど強大な敵がいたとしても、どれほど強い勇者がいたとしても、どんなに苦境に立たされた世界があったとしても、それは架空の出来事だ。

 所詮は誰かが書いた文章であり、誰かが絵に描いただけの、脳の中にしかない物語なのだろう。

 だが、だとしても譲れないことは確かにある。


「クイン王女、俺たちの戦いはお話じゃあありません。ですが、だとしても通さなければならないことは有るんです」


 確かに、お話ではなく現実なのだとしたら、自分達に勝ち目があると思うのは驕りなのかもしれない。

 しかし、現実だとしても、現実だからこそ譲れないこともある。


「クラスメイトが間違った道に進もうとしたら、それは止めないといけないんです。俺はあいつのことをよく知りません。でも、クラスメイトを嬉々として殺すような、そんなおかしい奴じゃない」


 これがゲームなら、あっさりとシナリオ通りに友人を討つだろう。

 だが、それはできない。これがゲームではないからこそ、彼に対してしなければならないことがある。


「俺は、説得してみるつもりです。もしも何かの呪いに囚われているのだとしたら、それをどうにかするために全力を尽くすつもりです」

「それは……難しいのではないでしょうか」

「そうですね、でも俺はクラスメイトを殺したくないし、クラスメイトに殺されたくもない。この世界に筋書きが無いからこそ……俺は、彼を止めたい」


 若竹はなすべきことを決めていた。

 確かに難しいことかもしれないが、それでもやるべきことだ。

 このままでは、仮に魔王を倒すことができたとしても、心にしこりを残してしまう。


「若竹様……自らに刃を向ける、魔王に魂を売り渡した相手にも、貴方は手を差し伸べるのですね」

「そんなカッコいいもんじゃありません。ただ俺は怖いだけですよ、あいつを殺すのも、あいつに殺されるのも」

「それでも、貴方は高潔な方です」


 若竹は正直弱気になっていた。

 このまま戦い続けることが、本当に正しいのかと。

 だが、魔王の示した戦いが皮肉にも彼に成すべきことを示していた。


 魔王に魂を売ってしまった学友がいる。

 その彼をまず助けなければならない。

 彼がどれだけ変わり果ててしまったとしても、戦う前にできることがまだあるはずだ。


「私は貴方達を呼んだ身でありながら、迷っていました。もしかしたら、あの魔王に勇者様達が全員で挑んだとしても、及ばないのかもしれないと」


 それは、言ってはいけないこと、思ってはいけないことだった。

 呼んでおきながら、呼んだ方が先に諦めるなど。


「ですが、私は信じることにしました。貴方がいる限り……私も諦めません。何もできない身ではありますが、貴方を信じます」

「ありがとう……」


 この世界の人のために戦う。それが、若竹にとって間違っていないと信じていること。

 そして、それはこうして裏付けされた。自分たちの存在は、彼らの希望になっているのだ。


「戦いに備えて、今日はもう寝てくださいな。明日はとても大切なことがあるのですから」

「ああ、戦いにならないといいんだけどな」


 そう言って、二人は別れた。

 成すべきことを改めて認識した若竹は、翌日に疲れを残さないために休もうとしていた。

 その背中を、クイン王女に見送られながら。



 翌朝。皮肉なほどに晴れ渡る空の下、大聖堂の前には完全装備の勇者たちが揃っていた。

 今までの魔境への挑戦と異なり、皆の顔は人それぞれだった。

 少なくとも、大喜びで戦おう、という者はいなかった。当たり前だ、そう思っていたとしても、実際にそうするわけがない。

 少なくとも一般論として、クラスメイトを嬉々として殺すのは日本人の感性と異なっている。

 そんな彼らを前に、若竹は話しかけていた。

 完全武装ではあるが、心構えとして戦うつもりはなかった。


「みんな、聞いてほしい。俺は都をまず説得したい、戦う前に話がしたい」


 そんな彼の言葉は、ほぼすべての生徒に受け入れられていた。

 誰だって、日本人を自分の手で殺したくないのだ。正直一度裏切ったとはいえ、未だに都は誰の前にも現れず、誰にも被害を加えていないのだからなおさらに。


「……甘いんじゃないか?」


 岡城は呆れながらそう言った。

 都は自分達を裏切った。魔王の尖兵としてこちらに攻め込んでくる。

 そんな相手と話し合いなど成立するはずもない。


「もしもあいつが、裏切ったら死ぬとか、そういう呪いをかけられてたらどうするんだ?」

「それは……」

「ノープランじゃねえか。ぶっちゃけ、俺はあいつの事なんて知らねえし、正直顔だってほとんど忘れてる。お前が殺しにくいってんなら……俺がぶっ殺してやるさ」


 そう言って、岡城は人間の腕力で装備することができる領域を大きく超えた巨大な戦槌を軽く揺らして見せた。

 特別な魔法で構築されたその鉄槌は、城門どころか城壁さえも容易く破壊する力を持っている。

 常に筋力が強化され続ける岡城だからこそ装備が可能な、最強の打撃武器だった。


「岡城……それでも、まずは話がしたいんだ」

「じゃあ交渉が決裂したら俺がぶっ殺す。それでいいだろ、女子は眼を隠してな。なに、すぐ済む」


 岡城は若竹ほど深刻に考えていなかった。

 元々同じ高校に入学して、同じクラスになったというだけの相手。それより前に面識があったわけでもないし、正直名前だってうろ覚えだった。

 その相手が自分達を敵に回しているというのなら、それはもう殺すしかない。そんな考えだった。

 安易と言えばそこまでだが、少なくともそこまで間違ってはいなかった。少なくとも岡城は、都を殺さなければならないと正しく判断していた。


「一応言っとくが、相手がいきなり攻撃して来たらそのまんまぶっ殺すからな」

「ああ、分かってる。でも……話せそうだったら、その時は待ってくれ」


 岡城と若竹の話はそこで終わっていた。

 改めて、一行は正午を前に大聖堂の中に入る。このまま長々と話して、正午に大聖堂に入っていなければ、どんな結果になるかなど考えたくもない。

 中に入った一行は、懐かしい光景に息を呑んでいた。

 目の前の全てが新鮮だった。

 一年近く前になってしまったが、未だにステンドグラスの修理は終わっていない。

 長椅子など、邪魔になる物はすべて持ち出されていた。つまりは、大聖堂と呼ぶには余りにも開散としていた。

 それでも、彼らの物語はここから始まったのだ。

 そして、彼の物語もまたここで分岐したのだ。


「……もうすぐ正午だ。みんな、警戒を怠らないでくれ」


 大聖堂に入った面々は、生唾を呑み込みながら周囲を警戒していた。

 どこから攻撃が来るのかわからないと、自然と円陣になっていった。

 焦燥、不安、期待。それらの入り混じった面々は、その時を待っていた。


「ふは」


「ふははは」


「ふははははは!」


 そして、その時が訪れた。

 大聖堂の高い天井を突き破って、王手高校の学生服を着た都理が現れていた。

 その彼は、自分の壊した天井の穴から差し込む光を受けながら、クラスメイト達を前にその力を誇示するように圧力を発揮していた。


「久しぶりだな、一年A組のクラスメイトの皆……くっくっく……異世界に来てまで、仲良く友達ごっことはな……ああ、傑作だ! この世界では力が全てだって言うのにな!」

「都……お前なのか?」


 確かに強くなっていた。

 今の自分たちは召喚された当時よりも圧倒的に強くなっている。だが、個体としてはその上をいっているように思えた。

 少なくとも彼の放つプレッシャーに、装備を完全に整えている勇者たちは威圧されていた。

 とりあえず、いきなりの戦闘になることはなかった。

 だが、余りにも違いすぎる。その形相も含めて、彼らの記憶に残っている都理とは余りにも異なっていた。


「ああそうだ! お前らのよく知っている、都理だ!」

「……なんで、俺達を裏切った?」

「お前らにはまだわからないようだな……魔王様の偉大さと、その強大さが」


 心酔した顔だった。酔いしれている顔だった。

 自分の仕えている相手を、絶対視してはばからない表情だった。


「あのお方こそ、この宇宙の絶対者! この星も、どの星も! 等しくあのお方の所有物なのだ! そんな素晴らしいお方に刃向かうお前達の方が理解できないな!」

「奴が強大だったとして……それでも、この世界の人々を脅かす権利なんて、誰にもあるものか!」

「あるのさ! あのお方は何をしても許される! お前はそれがわからないだけだ!」


 会話は成立している。言葉は通じている。

 だが、頭が痛くなるほどに話し合いができていなかった。


「あのお方は俺に素晴らしい力をくださった……お前達を皆殺しにするに余りあるだけの力をな!」

「都……お前は、もう戻れないのか?」

「何?」

「俺達と一緒に、魔王と戦うつもりはないのか?」

「はははは! これは傑作だ! なぜ俺が魔王様を裏切らねばならない! お前は俺を笑わせて何がしたいんだ? 魔王様への忠義に、一片の曇りもない! あの方が殺せと命じるのであれば、俺はためらわずお前らを殺す!」


 その、過激なまでの宣戦布告は、クラスメイトに等しく向けられたものだった。


「もう、俺達は友達に戻れないのか?」

「笑わせるなと言っただろう! お前達は、滅ぶことの決まった世界と心中すればいい! さあ、俺のために死ね!」

「……お前は強くなったかもしれない。だが、俺達だって強くなったんだ!」


 確かに、一対一なら確実に勝てないだろう。

 だが、こちらには29人もいる。戦う訓練を積んだ、と言う意味では目の前の彼とは決して時間が変わるものではない。


「まさか、これが俺の全力だとでも? いいだろう、俺が魔王様から賜った真の力、その一端をお前に見せてやろう」


 圧力を増しながら、都は全員の前で呪文と共に踊り始めていた。

 それは自分たちの知らない、この世界と体系の異なる魔法なのだと理解できた。


「『我が体に刻まれし刻印よ、記されしままに在るべし』」


 それがパワーアップさせるものであることは明白で、勇者たちの多くが警戒する。


「『正し、表し、示し、開くべ……!』


 凶弾の銃声が、数発分轟いていた。

 いつの間にか銃を構えていた鋼が、舞い踊っていた都の胴体に数発の、魔法の力を込めた弾丸を打ち込んでいた。


「がっ……!」

「鋼?!」


 凶弾をまともに受けて、崩れ落ち倒れこむ都。当然呪文も舞い踊ることもできずに、魔法を中断されたまま倒れていた。

 その彼よりも、銃を撃った鋼に対して若竹は驚愕していた。

 事前の会話に一切口を挟んでいなかった、今までの魔境探索でも取り立てて功績を上げていなかった彼が、突如として攻撃をしたのだから当然だ。


「おい、やるのは俺だって話だろ!」

「お前らが勝手に決めただけだろ。それに若竹、お前バカか? 目の前で態々パワーアップしようとしている奴を、そのまま放置するか普通」


 岡城の苦情を取り合わず、冷静に振る舞いながら鋼は前に進む。

 彼は最初からこうするつもりだった。

 口にするつもりこそなかったが、全く迷いはなかった。


 こうした室内の戦闘でこそ、相手が人間だからこそ、拳銃と言う武器は意味を持つ。

 魔物との戦闘では不要な早打ちの練習を欠かさなかった彼は、その練習の成果を皆にさらしていた。

 そう、拳銃と言う武器は、この条件下では如何なる武器や魔法、他のチートよりも強いのだと。


「それに、バカはお前もだ。都、お前そんな隙だらけの踊りを俺達の前で披露するとか、間抜けにもほどがあるだろうが。なんだその呪文と振り付けは、カッコいいとでも思っているのか?」

「がっ……!」


 血に倒れ、悶えている都。

 その彼に向って、油断なく鋼は銃を向けていた。

 仰向けに倒れ伏した彼の、その体を踏みつける。


「急所に当てた。このままだと苦しんで死ぬだろうな」

「ぐ……」

「だが自業自得だ。お前は俺を殺すつもりだったんだろう? だったら殺されても文句なんて言えないだろうさ」

「ち、ちくしょう……」

「後悔しているのか? 俺を敵に回したことを。だが遅いぞ、もう遅い。お前は俺を殺そうとした。それはどうあがいても、もうとっくに手遅れだ」


 リボルバー拳銃の引き金に、既に指はかかっている。

 このまま引けば、すぐに彼の体に新しい穴が開くだろう。


「お前はもう殺す。真の力とやらは、そのまま発揮できずにな。だが……お前が魔王の事を俺に教えるのなら、楽に殺してやる」


 鋼のスタンドプレー、あっけないほどの奇襲の成功。それがクラスメイト達にどんな影響を与えたのか、それは分からない。

 だが、少なからず安堵していた。他でもないクラスメイトを、自分で殺したいとは誰も思っていない。汚れ仕事を進んで受け入れてくれた。その事実だけで、感謝をしているものさえいた。

 もちろん、先を越されたと思う者もいないではなかった。だが、それは当然の事だった。

 この世界に来て早々に裏切ったこともそうだったが、この世界に来る前から親しい相手を作ってこなかった、都の友人関係の問題だった。


「さあ、知っていることを全部言え」

「はがね……」


 息も絶え絶えになりながら、都は言葉を絞り出す。

 焦点があっているのかいないのかもわからない目で、鋼を見上げていた。


「はがね……」

「このまま口が利けなくなれば、苦しんで死ぬだけだぞ」

「なあ……お前ってさ、おれのこと……」

「余計なことを言うな、魔王の事だけ話せばいいんだ」





「なあ鋼、お前俺がそこまで馬鹿だと思ってたのか? だとしたら、流石にショックだな」

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