勝てない相手とは戦わないのが賢い
「こうして、急にお招きして申し訳ありません。私はチェスメイト王国の姫、クインと申します」
「この度、我が国は……いいえ、この世界は、魔王を名乗る者によって脅かされています」
「このままでは、この地上に生きる全ての生物は死に絶えてしまうでしょう……」
「お願いします、遠い世界に生きる方々……どうか、この世界を救ってください!」
正直で誠実なのはいいことだ。それが美人ならなおの事である。
如何にも神聖な場所、というステンドグラスが外部から明かりを取り入れている、やや暗い室内。
とんでもなく高い天井を見上げれば、そこには宗教画が描かれていた。
建物の中心で魔法陣が刻まれた床に、俺達王手高校の一年A組の生徒が雑然と立っていた。
目の前には清楚そうな金髪のお姫様が、手に槍を持った『日本人が想像する中世ヨーロッパ』の兵士たちに守られていた。
状況は明らかだ。
俺達は『クラスごと異世界転移』、いいやこの場合は『クラスごと異世界召喚』されたのだ。
「……」
色々なことを覚悟しているお姫様に対して、誰もが混乱しつつ、しかし興奮と共に歓喜の声を上げていた。
まあ、俺は上げていないのだが。
「やったああ! 異世界転移だ! 異世界チートだ!」
「これで現実とはおさらばだぜ!」
「俺、この世界を救う勇者になるのか!」
とりあえず、全員喜んでいた。
俺自身も少し喜んでいるのだが……。
それでもお姫様もびっくりなぐらい、他の面々が嬉しそうだった。
正直見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
まあ、異世界転移とか異世界召喚と言ってもケースバイケースで、いきなり異世界に前置きなく召喚されてそのままサバイバルやらデスゲームが始まることもある。
いきなり奴隷の烙印を押されて~~ということもある。居丈高な王様にこき使われることもある。
それを思えば、誠心誠意お姫様に頼んでもらえる方が嬉しいだろう。
そしてどうやら、実際にチート能力と呼ぶに値する物は既に全員に配られているようだった。
都 理
『解析』〈ウォードウィスダム〉
(相手のステータスやスキルを把握する能力)
これが俺の名前であり、与えられた能力だった。
一体どこにいる誰が自分にこんな力をくれたのかはわからないが、周囲を見ていくと段々分かってくる。
どうやら、本人の嗜好や志向がある程度反映されているようだった。
「みんな、まずは落ち着こう! クイン王女の話をまずは聞こうじゃないか!」
喜ぶ顔を引き締めて、周囲を落ち着かせようとしているのは『若竹 伸』。一応クラスの委員長で、要するにそういうポジションの奴だった。
俺が解析したところによると、彼の能力は経験値ボーナスに属するものだった。
若竹 伸
『成長』〈スピードラニング〉
(経験値が早く入るようになる)
戦闘で得られる経験値が増えるとか、歩いているだけで経験値が入るとか、そういう能力だろう。要するにレベルアップが早くなるわけだ。
若竹は勉強もスポーツもできる奴で、効率よくトレーニングしていると思われる。
つまりコイツの人間性が、効率よく努力できることを肯定しているのだろう。
何とも前向きな人間性だった。経験値ボーナスはある意味ズルかもしれないが、少なくとも努力そのものは否定していない。
「ねえねえ、どんなスキルだと思う? 私強いのがいいな!」
「ああ、そうだな! こう、無敵って感じだといいな!」
「あ、それ私も!」
「だよな!」
カップルである目次と星が自分の能力に関して話し合っていた。
どうやら似た者同士らしく、そのチートも似通っていた。
その一方で、お互いに穴があることを示唆しているようでもあった。
目次 伽藍
『金剛』〈ノイズキャンセラー〉
(デバフ無効)
星 光
『無敵』〈ダメージシャッター〉
(攻撃を受けない)
なるほど、目次のほうはダメージを受けるが麻痺にも毒にもならない。
星の方はダメージを受けないが麻痺にも毒にもなると。
とはいえどっちもわかりやすく防御型の能力で、確かにゲームだったらイカサマ級だ。特に常時無敵でダメージを受けないとか、完全にアウトである。
俺なんて全く戦闘向けではないし、正直とんでもなく羨ましい。
「やれやれ……チート能力なんていらないんだけどね……どうせ僕の場合、そんな物が無くてもなんでもできるんだから」
高嶺 花
『天恵』〈スタートダッシュ〉
(最初から基本スペックが高い)
僕ッ子である高嶺は何ともふざけたことを言っていたが、それにあったチート能力を持っていた。
普段から天才風を吹かせていて、一切勉強らしい勉強もしていないのに、それでも成績が上位の彼女らしい自己肯定だろう。
ゲームだったら後半微妙になるところだが、これが現実ならこれはこれで羨ましい。
そんな彼女は、にこにこ笑って加寸土に話しかけていた。
いつも彼女が勉強を教えたりスポーツで面倒を見ていたりする、今一パッとしないやつである。
その彼は、なにやら陰気に笑っているようだった。
「遠慮することはないよ、スグル。この世界に来たって、僕を頼ってくれていいんだ」
「……ははっ」
加寸土 英
『報復』〈ジャスティスペナルティ〉
(受けた力を相手に返す)
見てはいけない物を見た気になった。
目次や星と同じ受け身の能力だが、自分の身を守るのではなくカウンター的な能力だった。
いや、そういうとカッコいいけど、何というか……自分は普段から攻撃されています、という被害妄想をこじらせているような、そんな能力に思えてしまう。
一応言うが、このクラスにいじめはない。
少なくとも、俺はそんなことは把握していない。
だが、彼が陰湿ないじめを受けている可能性が無いとは言い切れず、何よりも彼がそう感じている可能性は濃厚だった。
なんというか、凄い迷惑な愛憎劇が発生しそうなので、少し距離をとっておこう。
「ねえねえ、私どっか~~んって、吹っ飛ばす魔法が使えるようになりたい!」
甲賀 累
『蓄積』〈ダメージジャンキー〉
(チャージスキルが高倍率で発動)
「俺はスマートにブスッとやるのがいいな!」
糸杉 不芳
『致死』〈クリティカルヒット〉
(攻撃に即死効果)
彼らから目を離した結果、攻撃系のチートを確認した。なるほど、高ダメージ補正と即死判定持ちか。確かにどっちもすげえ強そうである。
甲賀はこう、物凄くチャージして敵をぶっ飛ばす的な能力で、糸杉は当たったら死ぬ系の能力。
高ダメージの方はともかく、即死は目次や星の能力にはどう影響するのだろうか。あと加寸土の能力との兼ね合いも気になる所。
まあお互いに殺し合うことはないだろうし、そうなったらいよいよ末期だが。
というか物騒だ。この二人の傍にもいかない方がいいな。
広範囲攻撃持ちの女子高生と、即死判定持ちの男子高校生とかおっかなすぎる。
とはいえ、やはりみんな自分がどんな能力を与えられたのか把握していないらしい。
俺の場合は周囲に誰かいればそれだけで発動する能力であり、自分自身にも発動しているからか、状況がまるわかりだった。
どうやら、どのクラスメイトもある程度節度を知った能力値の様で、コイツさえいればオッケーという能力持ちはいないようだ。
あと、メタ的な能力もない。こう、敵のスキルを盗むとかコピーするとか、そういうなんでもアリな能力はなかった。まあ、二名確認できないやつがいたので、そいつらがそれである可能性もあるが、多分俺と逆で自分のスペックを隠す能力とかを持っているんだろう。
「みんな、本当に静かにしないか!」
若竹が相変わらず抑えようとしている。しかし俺以外のほとんど全員が、大声で騒ぎ合って会話にならない。
なんというか……そりゃあ高校生だからな。
アニメやマンガで見た異世界召喚からの英雄譚だ、そりゃあテンションも上がるだろう。
お姫様も困っている。そりゃあ勇者を団体で召喚したら、この始末だしな。
怒って暴れ出さないだけましだが、ただのしつけのなってないガキだし。
そう言って大人ぶってる俺も、今後の冒険を思うと胸に躍るものがあって……。
「いい加減にしろ!」
若竹が本気で怒り始めたところで、ようやく全員が黙っていた。
話すネタが尽きたのか、それともお姫様の話を聞きたくなったのか。
とにかく全員が魔法陣の上に立ったまま、静聴の構えをとった。
「すみません……騒がしいクラスで」
「いいえ、非礼を承知で一方的にお招きしたのは私達ですから……」
クイン王女、とてもいい人である。
まあ、単純に自分たちの状況が切羽詰まっていて、目の前の俺達がチートを使いたがっている高校生だからなのかもしれない。
今の俺は彼女たちのスペックを見るだけで理解できるのだが、現在のステータスはともかくポテンシャルと言うか伸びしろが段違いだった。
なるほど、これなら俺達に頼るのも無理はない、と言うところだ。
「先ほども申し上げた通り、私達は今魔王に侵略され、滅亡の危機に瀕しています」
とても真面目な話が始まった。クラスの三十人も、全員が耳を傾けていた。
人間同士の戦争で優勢に立つために呼ばれた、と言うわけではないらしい。
相手がモンスターとその親玉なら、遺憾なくチートで無双できるという物だ。
「この世界にはスキルや魔法があるのですが、この世界の方ではない貴方達にはそれよりもさらに強力なチートと呼ばれる能力が与えられるのです。その力を、どうかこの世界に生きるあまねく人々のために使っていただけないでしょうか?」
ここでふざけんな、と怒り出す輩がいるかもしれない。
実際、王女様が懸念していたように、急に呼びだされて戦えと言われて、それではい、そうですかとはいかないだろう。
そう懸念した俺ではあるが、どうやら杞憂だったらしい。少なくとも、表立って反対する輩はいなかった。
こうも気品と礼節のあるお嬢さんから、下手に頼まれては断り様もないということだ。
「みんなの心は一つな様です……どうか、安心してください! 俺達が魔王を討ち取り、貴女の国を、この世界を守って見せます!」
若竹がそう宣言していた。
その意気に多くが賛同し……少なくない面々が若竹に反感を感じていた。
なんでお前が仕切るんだよ、という想いはそれなりに理解できる。
これではまるで、彼が全員の代表の様であり、主人公の様ではないか。
まあ、それでも止めていないのは、こう、主人公っぽくないことだからだろう。
別に全般を知るわけではないが、こういう複数の『勇者』が召喚される場合、こうやってみんなのまとめ役をやっている奴は主人公ではないからだ。
大抵の場合、とんでもなくインチキな能力を持っている奴が主人公だったり、逆にとんでもなく弱そうなチート能力を持っている奴が実は……。とかそういうのだ。
なので迂闊な発言は死に直結する。
なにせ、こういうクラス単位での召喚だと結構死ぬ奴多いからな。大体の場合調子に乗ってうかつなことを言う奴が殺されるのだ。
というか、その理屈だと加寸土が怖い。
あいつ絶対恨みに思ってる生徒が何人かいるな。
「ありがとうございます、皆さん……この戦いが終わるまで皆様を元の世界に戻すことはできませんが、その間皆様には不自由のない生活を提供させていただきます……」
深く礼をしてくる王女様……。
周囲の兵達も身を震わせながら感謝を示してきた。
そこまで状況が一方的で、絶望的で、覆しがたいものだったのだろう。
そんな彼女たちに協力できるのだと、感謝されるのだと思うと使命感も沸くという物だ。
実際、俺の能力は後方から支援するのに向いている。
こう、敵を見つけたら弱点とか傾向とかを伝えることができるからだ。
どう考えても主人公向けではないが、安全は確保されるだろう。
それなりに重用されて、どっかの誰かといい雰囲気にしてもらえたり……。
やっぱり異世界転移でチート能力をもらうのは最高だな!
「それでは、父に会ってください。歓迎の席を設けてあります」
この異世界転移、異世界召喚は当たりだと思っていた。
だが、それを覆すものが突如として現れていた。
『ふふ、フハハハハハ!』
女性の声だった。
お姫様の様な少女のそれではなく、年齢を重ねた女性の声だった。
同時に、凄まじいほどの威圧感を放つ声だった。
「ま、まさか、この地にまで?!」
「なんだ?! 一体なんだ?!」
「おいまさかこれって?!」
「おいおい、なんだよ?!」
「いきなりイベントか?!」
荘厳なステンドグラスが全て割れていく。
足元の魔法陣が煙と共に消えていく。
天井を見上げると、煙というレベルではない黒雲が視界を覆っていた。
それが何を意味するのか、俺達は全員理解していた。
兵士たちがお姫様を囲み、背後に回らせる。
だが、それが何の気休めにもならないことを誰もが悟っていた。
声から感じられる圧力が、尋常の域を超えていた。
『この魔王を討ち取ると? 知らぬとは恐ろしいものよな、どれほどの相手に挑んでいるのか、想像もせぬとは』
声だけですくみ上る、誰もがその棒立ちのまま、身動きが取れなくなる。
兵士たちも攻撃もできずに立っているのがやっとだった。
「ま、魔王か?!」
若竹がかろうじて声を出す。
それに対して、魔王は笑いながら答えていた。
『如何にもだ、遠き世界よりの客人よ』
そして、その姿を現した。
寒色のグラデーションとウェーブのかかった長い髪。
お姫様とは対極的な青白い肌に、露出が多く隠れている部分が少ない格好。
もはやギャルゲーだとかソシャゲーだとか、そういうキャラにしか見えないのだが、それでもその圧力が強すぎる。
そして、姿を見せたことで俺は彼女のステータスを読み取っていた。
体が絶望に震えていた、こんなもん、勝てるわけがない。
「お前が……この世界を脅かす魔王か!」
『そうだと言っている。お前達が討ち取らねばならぬ魔王よ……しかしだ、ふふふ』
若竹が何とか奮い立っている。
彼女と会話できているだけでもすごいと思う。
だが、俺にはそれが自殺にしか思えなかった。
「なんだ、何がおかしい!」
『こう言っては何だが……呆れかえるほど矮小よな……我が力を読み取れぬとは言え、よくも我に刃向かうなどとほざけたもの……』
そうだろう、現に俺は体が震えて仕方がない。
彼女の目から見れば、俺達はさぞ滑稽でみじめなのだろう。
俺達は所詮普通科の高校生で、今しがた特別な力を与えられただけの高校生でしかない。
だが、そういう問題じゃない、これはそんな低次元の相手ではない。
「……確かに俺達はちっぽけかもしれない。だが、それでもお前に勝って、この世界を守って見せる!」
『ふむ……その意気や見事、よくもこの魔王に向かって啖呵を切ったな。しかし……うむ、哀れな話ではある』
若竹に感心しつつ、頭上の魔王はお姫様を見下ろしていた。
兵に守られて、そのまま震えている彼女を見下ろしている。
『この世界に招かれて、突如戦場に駆り出される……身なりを見れば、そこそこ育ちも良いであろうに……初めて訪れた国のために命を賭すか……決して勝てぬ相手に、無謀な戦いを挑まされるとは……』
怒りでも憎しみでも、戦意でもない。
強いて言えば、本気で嘲笑しているようだった。
まあ確かにそうだろうけども。
『我は寛大である。この魔王に挑むとそこな若造はほざいたが……それは無知ゆえの蛮勇と笑って許そう。沈黙によって肯定した者たちよ、ただ一度の慈悲を示そうではないか』
彼女は弄ぶように手招きをしていた。
妖艶な動きで、細く艶めかしい指を動かしていた。
「慈悲? この世界を滅ぼそうとしているお前が?!」
『そうだ、我が戯れているのは『この世界』でしかない。貴様らの生まれた世界には何の関係もない……今、貴様らは我に刃向かうつもりであろうが……今ならば、それを許そうではないか』
お姫様が息を呑んでいた。
何を言おうとしているのか、概ねを察してしまったのだろう。
そして、それは確かに言われたのだ。
『平穏なる異界より、愚かな姫に招かれた勇者たちよ。我に忠誠を誓うがいい、さすれば重用し、更なる力をくれてやろう……何よりも……元の世界に帰してやろうではないか』
「ふざけるな! 人間を脅かしているお前の何を信じろっていうんだ!」
『異なことを言う、人間の最大の敵は人間であろう? 異界で安寧の中にいた貴様らを、了承無く手前勝手に呼びだしたその女の何を信用するというのだ?』
「彼女は国を守ろうと必死なだけで、お前はこの世界を滅ぼそうとしているからだ! どっちに付くのが正しいのかなんて、分かり切っていることだろう!」
『勇猛であるな……勇者よ。しかし、皆がそういうかどうか? そも、貴様に問うたのではなく他の者に問うたのだが?』
俺は、汗をだらだらと流しながら、彼女を凝視する。
彼女と目が合った。
そして、ここで動かねばどうなるのかを察した俺は、右手をぴんと伸ばして、挙手していた。
人生で一番勇気の必要な、必死の挙手だった。
『コココ、賢明な者もいたようであるな』
「な、都?!」
『よい表情、よい挙手であるな……では、忠誠の言葉を聞かせてもらおうか?』
クラスメイトの視線が全員俺に集まる。クラス全員を豪快に裏切ろうとしている俺を、全員が注目していた。
だが、俺は迷わず叫んでいた。こんな奴がボスとか、冗談じゃない! こんなの相手に勝てるか!
『さあ、誓え。今一度を逃せば、後は無いぞ?』
「私、都理は! 魔王様に一生の忠義を誓います!」
『ミヤコ・コトワリ……善き名であるな』
常識で考えれば、これがゲームやマンガなら、俺は凄惨な結果を迎えるだろう。
少なくとも主人公のとる行動じゃない。だが、そういう問題じゃない。
こんなのに立ち向かうとか、おっかなさすぎる。
魔王様は俺に何かの魔法を使っていた。
そして、俺を黒いオーラで覆っていた。
自然に浮き上がり、そのまま彼女の前に連れていかれる。
眼下を見れば困惑している他のクラスメイトも見えた。
だが、彼らに構う余裕など俺にはない。
はっきり言って、たかがクラスメイトでしかない連中や、初めて出会ったばかりのお姫様のために、こんな化け物と戦うなんて冗談じゃない。
「こ、殺さないでください!」
『善い……我は一度口にしたことは守る故にな』
そう言って、俺を動かして小脇に抱えた。
この魔王、結構大きくて二メートルぐらいあるぞ。
平均身長の俺を抱えても、全く違和感がない。
「都?! お前何を考えてるんだ?!」
「悪い若竹……俺はこっちに付く……」
「魔王に付くってことは……俺達の敵になるってことだぞ?!」
「……そうなるな。お前らを殺しに来るかもな」
「ならなんで?!」
「命が惜しいからだ」
俺は全員を見捨てていた。
多分皆、突如現れた魔王におびえているのは、今の自分たちがレベル1だからとか、そんな甘い考えなんだろう。
レベルを上げれば、勝てない相手じゃない。
今はラスボスっぽく上から見下ろしているだけで、何時か対抗できるだけの力を得ることができるとでも思っているんだろう。
だが、そういう問題じゃない。これには勝てる気がしない。少なくとも俺には無理だった。
「お前らを殺すことになってでも……俺は死にたくない」
「……おい」
底冷えするような声が聞こえてきた。何をしてもいい相手を見つけた、そんな声が聞こえてきた。
案の定加寸土だった。薄く、残酷に笑う奴は、俺に挑発的な目を向けていた。
「お前は、俺の敵だな? 俺を殺すんだもんな?」
「……ああ、そうなるな」
「じゃあ、俺も遠慮はしないぞ。お前はもう敵だ、雑魚モンスター同様に無感情に殺す」
「……」
「じゃあな、俺に殺されるまで、精々魔王の下で尻尾を振ってろ」
加寸土が何を考えているのかはわかる。コイツはそういう奴だ。
チート能力からして、まさにそういう奴だからな。
だが……。
「おい、魔王」
魔王様からの圧力にも慣れてしまったのか、無謀なことに加寸土は魔王様にも挑発していた。
まるで自分こそが主人公であると、自分こそが正義であると確信しているようだった。
「俺達、いいや俺をこの場で殺さなかったことを後悔させてやる」
『ほう……くくく……よしよし、ではもはや残る皆が我の敵と言うわけだ』
ラスボスっぽく嘲笑する魔王様は、本気でこの場の全員に危害を加えるつもりはないらしい。
戦意を燃やす若竹も、挑発的な加寸土も、どっちも見逃してやるようだ。
普通なら、この場で殺すように進言するところだが、俺はそんなことを言うつもりもなかった。
強いて言えば、クラスメイト全員を見下ろしながら、そのチート能力を把握しようとしていたぐらいだろう。
『では喜ぶがいい、我の敵たちよ……この魔王か、その手勢に屠られることを。我を喜ばせる遊戯に参加できることをな……』
「遊戯?」
黙っていたお姫様が、召喚されて早々に裏切った俺の事を忘れたかのように、魔王様へ叫んでいた。
まあ、確かにそう思っても仕方が無いだろう。
「では魔王よ、お前はこの世界を、戯れで滅ぼそうというのですか!」
『そうだ、他の理由が何処にある?』
紛れもない悪が、そこにいた。
俺を抱えた魔王は、一切の誠意もなく笑いながら高度を上げて、黒い雲の中に消えていく。
普通なら、こっちに付いたことを後悔するかもしれない。しかし、今の俺は後悔するどころか安堵していた。
『貴様らのもがき、あがき、苦しむ姿を肴に酒をあおる……たまらぬ遊興だぞ?』
彼女には、この女性には、それが許されるだけの力がある。
厳然たる根拠があって、こちらを見下している。万物を下に見ているのだ。
『期待しているぞ、我に突き立てる牙を研ぎ澄ませる……正に無為であると知らずに、徒労を重ね……その全てを悟ったときの貴様らの、その絶望の顔をな』
俺は抱えられたまま、黒い雲に包まれる。
そして、そのまま何も見えなくなった。
それはつまりは……彼らへ向けた悲哀だった。
魔王様のおっしゃる通り、努力の無意味さを悟るか、その前に死ぬであろう彼らへの同情だった。
魔王(名前は人間には発音できない)
ステータス
体力 測定不能
魔力 ∞/∞
攻撃力 宇宙ヤバイ
防御力 傷つかない
敏捷 光速より上
弱点 なにそれ
倒す方法 無いです