そして私は磨耗する
私が摩耗していく。
ガリガリ、仕事をこなすたびに命がすり減っていく。思えばこの仕事は強制されたものだったが、今では存外気に入っている。始めは何故私がこんな身を削る思いをしなくてはならぬのか不満で不安で不思議で仕方がなかった訳だが、慣れてしまえばそんな考えた所で解決出来ない、よって些末な事だと思い始めた。そしてこの仕事は、この世に私が生きた軌跡を残せるというではないか。それのなんと喜ばしい事か。私は消滅するが、確かにそこに、私がいた証明を残せるのだ。
しかし問題が発生した。
問題とは私の仕事の雇用主が雇った者、その者の仕事内容だ。ある日奴は私の軌跡を悉く消しさったたのだ。奴の仕事は私の軌跡を消去していく事。気づけば私はこの仕事に就いた時と同じ感情を抱いていた。雇用主に問いただしたいが、仕事を始めてから私に権利という物は永遠に失われたので、そのような事を出来ない。
そして私は恐怖した。
最初に抱いた問題は、生き甲斐を得る事が出来るのだ、と自分に言い聞かせ無視すれば良かった。だが今の状況は無視するという選択肢は選べない、選べる筈もない。私が私たり得る唯一の支えを失いたくはない。それを失えば私はひどく曖昧な何でもない物と化してしまう。なんと恐ろしい事か。私は路傍の石ほどの価値も無くなるのだ。
故に私は抵抗を開始する。
目に見えた抵抗では雇用主に気づかれてしまう。なので私は今まで以上、仕事一つに全生命を懸ける。奴が一つ無に帰すのに今まで以上の労力を必要とするように。しかし、それで私の仕事の速度が落ちてしまえば本末転倒だ。つまり、私には更なる仕事の濃さと速度が要求される。
さらに私は私を摩耗する。
ガリガリ、ゴリゴリと我が身を削り磨り潰していく。私という物質が消滅する速度はそれに比例して加速していく。だが、それこそ些末な事だ。そしてこれは勝負でもある。単純明快、命を懸けた根比べだ。私は残る命の限り仕事をする、奴もまた命の限りそれを消す。どちらが先に倒れるか。既にこの命も残り僅かだが、私の生きた証の為に負ける訳にはいかない。
正しく必死の私を見て、雇用主は呟いた。
「この鉛筆、削り過ぎて使い辛くなってきたなぁ……」
彼は鉛筆、敵は消しゴム。