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世界の終わり(前篇)

十一.

 二日後の水曜日。

 火曜日も、この日も、大樹は会社を欠勤することにした。


 大原が与えた希望により、大樹は何とか調子を戻すことは出来たが、抱えている事情が事情なだけに、顛末(てんまつ)のことばかりを考えている。はっきり言って、仕事が出来るコンディションではない。


 しかし、大原のアドバイスに従い、表面上は普通に生活している(てい)を保っていた。朝、スーツで裏野ハイツを出ていき、電車で数駅離れ、漫画喫茶で時間を潰す。そして、終業時間を見計らって帰宅するのだ。


 火曜日は何事も起こらなかった。早く、決着がついて欲しい。大樹はそう願っていた。


 本当の二〇三号室の入居希望者が、いつやってくるかわからないのだ。大樹はそのことが、気が気で仕方ない。


 夜十九時を過ぎ、大樹は大原達に祈りながら、帰路についた。(もっと)も、警察から大樹に何も連絡がない辺り、今日は望み薄だろうが。


 アパートに帰り着くと、そこはいつもの裏野ハイツだ。


 今日も駄目だったか。

 大樹は肩を落として自室を目指す。


 階段を上りきると、廊下に立っている人物と顔が合った。

 武山である。

 老婆は二〇二号室の前に立っていた。


 まずくないか、これ。大樹はそう直感した。


 だが、ここで警戒する素振りなど見せてはいけない。


「こんばんは」大樹は挨拶し、武山の様子を伺う。

「お帰りなさい」武山はいつものように微笑んでいた。「お仕事、お疲れ様」

「ありがとうございます」


 とりあえずの挨拶を交わした大樹だが、武山がここで突っ立っている理由が、気になって仕方ない。

「ちょっと、緊急で仕事が入っちゃってね」察したように武山が言った。

「そうなんですか」

 悪いことでなければいいが。大樹は胸中で呟く。


「夏元さん。申し訳ないんだけど、ちょっと今からお願いできないかね?」武山は大樹に一歩近づいた。


 急展開だ。大樹はドラムのように鳴る心臓を、どうにかして抑え込む。


 ここで断れば、全てが水泡(すいほう)()してしまうかもしれない。どんなに嫌でも、付き合わなければ。

 大樹は黙って頷いた。


「ああ、良かった」武山は胸を撫で下ろしたようだった。「じゃあ、悪いけどさっそく」

 武山が二〇二号室の扉を開く。


 大樹は二〇二号室の前に鞄を置き、中に入っていった。

 珍しく、リビングの灯りが点けられていた。


 相変わらず、酷い悪臭である。酒井は慣れると言っていたが、こんな臭いに慣れたくなどなかった。

 黙って洋室の前まで行き、いつものように扉を開ける。


 洋室の中には、酒井が立っていた。そして、木製らしきバットを持った、見知らぬ金髪の男も。

 その男の姿を認めた時、大樹は飛び跳ねそうになる。


 明らかにまずい状態だ。

 そして、大樹の中でそれを決定付けたのは、床に転がっている男である。


 うつ伏せで、顔は見えない。だが、その背格好、髪型。

 大樹の知っている人物だ。


 ――大原。


「てめえ」酒井がどすの効いた、低い声を上げる。確実に怒りが込められていた。「騙しやがったな! こら!」


 失敗だ。

 大原は失敗したのだ。


 反射的に、大樹の身体は動いていた。その場から逃げ出すべく、まずは酒井をどけようとする。

 大樹は握り拳を作り、酒井の顔面めがけてストレートを繰り出す。


「ごぶっ」


 呻き声をあげ、床に膝を着いて倒れたのは、大樹の方だった。

 (すん)でのタイミングで、酒井の蹴りが大樹の腹部を捉えたのだ。


「げえっ」大樹は床に手を着いて、吐血する。

 あまりにも強烈な一撃に、吐き気が(こら)えきれない。鳩尾(みぞおち)がいかれ、痛みによる激しい熱と、気持ち悪さによる悪寒を、同時に味わう。


「がはっ……、がはっ」


 脂汗を出しながら喘ぐ大樹の背に、更に蹴りが入れられる。

 大樹は短く叫んで、床を転がった。

 背中から広がる酷い激痛が、大樹の脚をじたばたとバタ足させる。


「なりすましかよ、おい」若い男の声が聞こえる。金髪のものだろう。

「この人はね、内藤(ないとう)さん」ゆとりのある、武山の声。「二〇三号室に住む予定だった、ほんとの人だよ」


 やられた。もう終わりだ。


 大樹は苦しさで身をよじる。そんな大樹の肩に、内藤がバットを叩きつけた。

 自分が何かを叫んだ気がする。だが、大樹は自らの悲鳴を認識できぬまま、意識を手放してしまった。


「今日から、あなたは二〇二ね」そう、武山が言った気がした。

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