モノクロ
黒の男と白の女の話。
『脱走警報!被検体仇号脱走!現在第二実験棟ヲ逃走中!第一種警戒態勢!』
五月蠅い。けたたましいサイレンが、わざとらしい人工音声が僕の脳を揺らす。
「止まれ!」「動くな!」「こちらに発砲の用意あり!」「近付くと撃つぞ!」
前方に立ちはだかるのは、此処の機動部隊だ。全員一丁前に戦闘服を着込んで、アサルトライフルなんかをこちらに向けている。…しかしまぁ、何と言うのか。
雑魚の台詞を選りすぐってみました、みたいな。
僕は勿論警告を無視し、一歩踏み出す。
すると、僕の体を無数の弾丸が貫く。
下顎から足先まで、僕の体は穴だらけになる。その穴からは赤い液体が流れ出し、床に滴り落ちる。生暖かい液体が僕の体を伝って、重力に従って落ちる。僕の血が、僕の体表を這う。
絶望的に気持ちが悪い。
だが、気持ちが悪いだけ。痛くない。痒くない。痛まない。
更に一歩踏み出す。
右足、左足、右足、左足。
あんよがじょーず、あんよがじょーず。
僕が一歩進む度に機動部隊は僕に向けて発砲するが、僕はそんな事興味ない。
歩かなきゃ。進まなきゃ。
「まったくさぁ、全裸の男を好き勝手弄繰り回して」
歩いて歩いて、歩きながら喋って、丁度この一歩で…レンジに入る。
僕は髪を動かす。髪の束を機動部隊の人数分作り、あの馬鹿共に向けて勢いよく伸ばす。
僕の髪は伸び、蠢き、尖り、機動部隊全員の体を貫いた。
「…被検体の成長に興味も持たない」
心臓を一突き。【人間】なら、割と早く死ぬ。
「はい、機動班壱班、陸班、捌班連合部隊…機動部隊いろはかな?全滅っと」
何十人もの人間の体を貫いたままの髪を、元に戻す。僕の髪…いや、それはもう触手に近かった。僕の髪を元に戻し、いつもの髪へ。
「成程。僕の意思に従って、髪の毛はおのずと寄り合いおのずと巻き付き触手を作る…か。こればっかりはアイツラに感謝かな。痛みにも慣れたし、現にこうして出血多量状態でも僕は死んでいない」
僕は、床に倒れている機動部隊…の死体から戦闘服を引き剥ぎ、腰に巻く。
やれやれ。やっと服を着る事が出来た。…いや、ただ敵のボロ布でダイジなトコロを隠しただけなのだが。…全く。実験中に逃げ出すという事を思いついたは良いが、もう少し計画を練っても良かったと思う。そのせいで、全裸で機動部隊と戦う事になった。…反省だ。
なんて、僕がのんきに反省している途中にも増援がやってくる。
「止まれー!」「動くな!」「撃つぞ!」
どいつもこいつも同じ事しか言えんのだろうか。
当然ガン無視して僕は歩みを進める。走ろうかとも思ったが、自分の血のせいで床が思ったより滑りやすくなっている。…それに、こういうのはゆっくり迫ってくる方が迫力があるというものだ。
撃たれても僕は歩みを止めない。体にどれだけ穴が空こうとも歩みを止めない。穴から大量の血が噴き出しても歩みを止めない。
増援に近付いて近付いて歩いて歩いて、機動部隊の増援は僕の射程内に入る。
貫く。
そう思っただけで、僕の髪は幾本もの触手となり、前方の阿保共の心臓を貫く。
戻れと念じると、伸びた触手は元の長さに戻り、ただの髪に戻った。触ってみても、ただの髪だ。
髪をいじりながら、僕は進む。行くべき場所へと。
救うべき人を探して。殺すべき人を殺しながら。
両方を天秤にかけながら。
途中にあった治療室からベッドシーツを拝借し、腰に巻き付ける。…流石に【あの子】は、ミニスカ全裸な男に救出されたくないだろう。…長い布を腰に巻き付ける事により、僕に武人的雰囲気が備わる。きっとあの子は泣いて喜ぶ事だろう。
喜んでくれるだろうか。
喜んでくれるといいなぁ。
なんて事を考えながら、もう被検体収容棟。
数ある牢屋と、その中にいる可哀想な子供達を無視して、目的地に急ぐ。
あの子の牢屋へと。
弐拾壱号、弐拾弐号、弐拾参号、弐拾肆号、弐拾伍号、弐拾陸号…此処だ。
弐拾陸号の牢屋の中には、彼女がいた。
翡翠色の長髪が特徴的な、背の低い女。腕も足も細い。…こんなので、僕より年上だという。
「…やぁ、久しぶり」
「…んぁ?」
随分とやつれた様なザマの彼女は、不機嫌そうに僕を睨む。
…いけない。もう少しキザっぽい台詞で助けに来るつもりだったのに、なんだか緊張してしまって当たり障りない挨拶になってしまった。情けないな、僕。
「お前誰…あちょっと待って。もう少しで思い出しそう。……思い出した、仇号か」
「思い出してもらえて何よりだよ、弐拾陸号」
どうやら僕は忘れられていたらしい。…寂しい話だ。僕は、ひと時も彼女の事を忘れた事は無いというのに。
「で?何の用?」
鬱陶し気に彼女は言う。…何だろう、寝起きなのだろうか。随分と機嫌が悪いじゃないか。いつもの彼女は、いつもの彼女は………そういえばいつもの彼女を知らない。
「さっきから鳴ってる警報…貴方のせい?うるさくて寝られやしないわ」
気だるげに欠伸をしながら彼女は言うが、そもそもそんな時間だっただろうか。僕らには、時間の概念なんて意味を成さない。いつでも実験に引っ張り出されるから。だから何も無い時は大抵寝て…ってああ、そういう事か。
まあ、とりあえず彼女の問いに答える事としよう。
「ああ、僕のせいだ」
「ふぅん。…そういえば、髪伸びた?」
「うん。今日の為に伸ばした」
「そう。で、何の用?」
「君を助けに来た」
僕は僕の目的を言う。
僕は彼女を助け出す為だけに、こんな騒ぎを起こした。
「私、助けてなんて言ってないわ」
だが彼女は、僕の望みとは違う返事をする。
「そもそも、そんな事するなら事前に伝えときなさいよ。急に助けるなんて言われても反応に困るわ。私にも心の準備とか頂戴よ。…それに、私は別に嫌じゃないし、此処から出たくも無いわ。むしろよく分からない外の世界の方が恐ろしい」
僕が最も望まない言葉を、彼女は口にする。…じゃあ、仕方ないか。
「ふぅん。まぁ、君が望まないなら仕方ない。君の為に起こした騒ぎだけど、仕方ないね。僕だけ此処を出るとしよう。こんな異世界と血と臓物にまみれた施設、僕だけが脱出するとしよう。…そして君は此処でずっと生き続ける。いや、死に続けるのかな?君はどうやら【優等生】らしいからね。そんなだと、傷で死ぬ事も出血で死ぬ事も出来ないんだろう。君はこれからずっと、好奇心の化物共に体を弄繰り回され続ける。麻酔無しで切られて取られて剥がれて擦られて刺されて縫われて潰され続けるんだ。そして、優等生じゃなくなったらゴミ箱に捨てられるんだ。…そんな未来が確定したような君を、僕は助けないよ。僕は君を見捨てよう。今後、君がどんなに叫んでも助けを求めても、誰も来ないよ。…それでいいね?」
「……………………いいよ」
彼女のか細い返事。弱々しくて警報の音に掻き消されそうだ。
だが、僕は聞き逃さない。彼女の声を、聞き逃す事なんてできない。
「そもそも、こんな所に連れてこられた時点で人生詰んでるでしょ。そんな私が、まして貴方がこの先普通に生きていける筈ない。貴方はきっとこの先、苦しむ事になるわ。戸籍が無いから学校にも行けず、行けたとしても勉強なんかできっこない。そのまま大人になって就職も出来ずにふらふら浮浪者になって苦しむ。それで飢え死にする時になって思うのよ。嗚呼、あそこにいればよかったって。此処は、少なくとも生きられる。少ないけど食事を与えてくれる。痛いけれど生きられる。…それでいいじゃない」
彼女は、警報に負けないように言う。僕に向けて演説をする。わざとらしい演技をしながら。
まるで、僕の怒りを煽るように。
「そうか。…じゃあさようなら。僕は出ていくよ」
「そうね、さよなら」
僕は、彼女の牢の前から去る。後ろを向いて、収容棟入り口に戻る。
彼女が望まないのなら、僕が何かすべきではない。
残念だが、そういう事だ。
悲しいが、そういう事。
「………………………………………って」
かすかに聞こえる、声。警報に掻き消されそうな声。
扉は目の前に迫っている。僕が一歩踏み出せば、外。
外に出れば、もう声は聞こえなくなるだろう。
「まって。待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って!いかないで!行かないで!行かないでよ!お願いだから!お願いだから私を助けてよぉ!こんな所嫌だ!こんな所にいたくない!もう痛いのは嫌だ!嫌なの!痛いのも怖いのも嫌!こんなところで死にたくない!自由になりたい!ごめんなさい。さっきは嘘ついてごめんなさい!お願い!私を助けて!一人は嫌だ!私を一人にしないでよ!もっと色んな事したい!もっと貴方と話したい!もっと、ずっと貴方と一緒にいたいよぉ…!」
「…」
慟哭の声。彼女の本心が、ダラダラと垂れ流されている。
僕は歩みを止める。
さっきの彼女は、消えていた。
世界に絶望し生きる事のみを是とした彼女は、そういう風に偽った彼女は何処にもいない。
だからあの声は、この声は、ただの聞き苦しい子供の泣き言。
「お願い……私と一緒にいてよ」
「…」
「…私を此処から連れ出してよ」
僕は走って彼女の牢の前へと駆け戻る。
そして再び、彼女と向き合う。
牢の中の彼女は、涙と鼻水をダラダラと流しながら僕を見る。
綺麗な顔が台無しだが、そんな事より彼女の言葉が嬉しかった。
「オーケー…」
僕は髪、いや触手を操り、鉄格子を破壊する。
僕の触手の先端を尖らせ薙げば、斬鉄くらいは造作もない。
「これでいい?弐拾陸号」
とか僕が言う暇も無く、彼女は牢を飛び出し僕に抱き着いてきた。
そのまま彼女は泣きだした。泣き叫びだした。
よく分からん事を言いながら、見ていられないくらいに彼女は泣く。けたたましい警報に負けないくらいに、吐き出すように彼女は泣いた。
「…まったく。丸分かりなんだよお前の事なんて」
彼女の言葉に混ざっていた影、僕は気付いていた。
彼女の表情の陰なんか、丸分かりだった。
言葉にしないだけで、彼女がずっと助けを求めていた事なんて初めから分かっていた。
ただ、お前の本心を聞きたかった。
ただそれだけの意地悪だった。
なんて思いつつ、僕は彼女の頭を撫でる。
どれくらいそうしていただろう。
機動部隊が銃を構える音で我に返る。どうやら収容棟に入り込まれたらしい。
弐拾陸号も我に返ったのか、急に僕から離れて、両手で顔を覆っている。
照れているのだろうか。
可愛いなぁ。
いや、そんなラブコメしている場合ではない。
「下がってて、弐拾陸号」
彼女を僕の後ろに隠れさせ、僕は触手を展開する。
そして、意味の無い警告をしてくる機動部隊達の心臓を貫く。
邪魔者がいなくなったところで、先に進む。
しばらく歩いて収容棟の出口に差し掛かったところで、彼女からストップがかかる。
「どうした?」
「…あのさ、他の子も助けられない?」
目線を僕からずらしつつ、彼女は言う。…その顔はいかにも気まずそうだ。
彼女が言うところの他の子とは…つまり、僕ら以外の被検体達の事だ。
まぁ、彼女が言う事も分からないでもない。
だが、人間には出来る事と出来ない事がある。
「残念だけど無理だよ。二十人以上の子供を守りながら此処を脱出する事なんて無理だ」
「…そうだよね」
どことなく悲しそうに彼女が言う。…何がそんなに悲しいんだか。
でもまぁ、このままだと彼女が何かいたたまれないので
「まぁチャンスくらいは与えてやろう」
僕は触手で、収容棟の牢の鉄格子を全て破壊する。
「これでいいか?」
「え?ああ、うん」
彼女は戸惑いながら返事をする。…お前の為にやった事なのに。
とにかく彼女が納得したようなので、僕らは収容棟を出る。
そしてそのまま、邪魔をする機動部隊を殺しながら先へと進む。
先へと。
彼女と共に、出口へと。
外へと。
…先とは、いったい何処なのだろう。
「いやぁ、あんな事してたのが十二の頃のレン君だなんて信じられないわ」
「僕だって信じられない。僕の目の前で胡坐かいてビール片手に裂きイカ食ってる女性が、あの時助けた弐拾陸号だなんて信じたくないです」
まぁ、でも彼女には同意する。
…あれは僕が十二歳の頃で、彼女が十七の頃。
僕は、いや、僕達はとある実験施設から脱走した。行く手を阻む機動部隊を殺しながら。
十二歳。殺しに無感情になるには、若すぎる。
だが、あの施設はそれだけの事をやってきたのだ。僕から殺人への抵抗を鈍らせる程度の事を。…痛みは人を成長させる。否応無しに、強制的に。当人の意思とは無関係に。
だから僕達は成長した。成長して自我を得て、親の手を噛み家出した。
そうして、被検体仇号は風巻レンとなり。
被検体弐拾陸号は九重シスイとなった。
あの時の記憶は、今や笑って済ませられる程度の思い出となり果てた。
だが、決して消えない過去として、僕らの体に刻み込まれている。
僕らの全身に残る、乱暴な縫合痕がその証明だ。
あそこから逃げ出して、僕らは【何か】から隠れるようにして暮らしてきた。
そして数カ月の逃亡生活の果て、最終的に居ついたのは、九州地方のとある山地に建っていた古き良き日本家屋である。
…脱走してからというもの、僕らはこの家で過ごしてきた。…ちなみに、当時両者共に未成年だったにも関わらず一軒家を入手できた理由は教えない。
教えないもん。
いや、あえて匂わすなら、実験施設の運営資金なんて非合法な金だ、という事である。
彼女、シスイは現在二十五歳。四捨五入すれば三十歳である。
僕、レンは現在二十歳。ようやく彼女と酒が飲める歳である。
もう八年も前なのか、なんて思った。
まだ八年しか経っていないのか、とか思った。
八年で、僕らは大きく様変わりしてしまった。
僕はどことなく口調が丁寧になってしまい、彼女は…なんと言えばいいのか、随分と可愛げが無くなった。卓袱台を挟んだ向こうで、胡坐かいてビール片手に裂きイカ食ってるのが何よりの証拠だろう。…折角可愛いのに、いろいろ台無しである。
「あのさぁレン君や。ずっと思ってたんだけど、貴方って呼び方やめてくれない?」
「…仕方ないでしょう。僕にだって色々あったんですから」
僕の回想をよそに、彼女は僕に文句を言ってきた。無論、片手のビールは手放さない。
…いや、本当に色々あったのだ。色々と忘れてしまい、色々と思い出してしまったのだ。…思い出してしまったら、僕はもう被検体仇号じゃいられない。…僕は、風巻レンだ。
「あーのーさー、今日やっと二十歳になったみたいなもんなんだから!もっと明るくなりなさいな!」
彼女は突如立ち上がり、台所へと向かったかと思うとすぐに戻ってきた。…その手に酒瓶を持って。彼女は酒瓶を叩きつけるように(割れたらどうするのだろうか)卓袱台に置き、僕の顔を見る。
「おねーさん忙しいのに、わざわざ成人式に出向いてやってさぁ。それでも暗いから、こんな高い酒買ってきてやったってのに。…ったく、おねーさんビール派だっての」
とかブツブツ言いつつ言ってくる彼女を放置しつつ、僕は彼女が持ってきた酒瓶を見てみる。
渋い漢字二文字が描かれている。大方の日本酒にありがちな名…ん?ちょっと待て。
…僕は衝撃的な三文字を発見する。
大吟醸。
大吟醸、と表記されていた。
今日から初めて酒飲みますって奴に飲ませる酒ではないだろう…!
…でもまあ、彼女が彼女なりに僕を元気付けようとした結果がこれなのなら、何というのか微笑ましい。酒は全く微笑ましくないのだが。
「…飲んでもよろしいので?」
「まァ待ちなさい若者。おねーさんがお酌してやる」
とりあえず飲もうとしたが、どうやらシスイおねーさんがお酌してくれるらしい。
…ところで、さっきからシスイは自分の事をやたら【おねーさん】と言うが、現在の彼女の身長は百五十余りである。平均的な中学生女子と同程度の身長である。
そんな奴におねーさんとか言われても、正直僕は戸惑うだけである。…まぁ、彼女の方が年上だし、色々上だから間違ってはいないのだが。だけど、でも、やっぱり、いや、うーん。
まぁ、僕の葛藤とかはどうでもいい。
時折彼女を恋的な目で見てしまう事なんて、本当にどうでもいいのだ。
…どーでもいいもん。
「ほら、レン君の為に買ってやったぐい呑み。…ほれ、注いじゃるから持ちな」
彼女は本当に、僕の都合を無視してくれる。
とりあえずシスイお姉さまが言う通りぐい呑み(黒色の陶器。渋くていい感じだ)を持つ。そして彼女の方に向けると、彼女は酒瓶の蓋を開け酒を注いでくれる。…なんかこのやり取り、オトナっぽくていい雰囲気だと思うのは僕だけだろうか。
「…ありゃ、注ぎ過ぎたかも」
彼女の呟きが聞こえたが、聞かなかった事にした。
…ぐい呑みを確認してみると、確かに少々注ぎ過ぎなような気がする。
彼女の気持ち、だと思っておこう。
「じゃあ、いただきます」
「さぁ、召し上がれ。…つっても、私は買っただけだけどさ」
彼女の了承も得た事だし、早速飲もう。
…しかし、なんとも香りが良い。酒飲み初心者が何言ってんだ、とか言われそうだが本当に香りが良い。…まぁ、とりあえず飲んでみよう。さっさと飲もう。
ごくり、と一口。
…美味い。美味いとしか言葉が出ない。そもそも僕はあまり語彙が豊富ではないし、マトモに酒を飲んだのは今日が初めてだから優劣なんて分からない。でも、ただ、美味いのだ。それも、ぐいぐい飲みたい類の旨味ではなく、ゆっくり飲みたい類の美味味である。
成程、シスイが毎晩缶ビールを飲んでるのも分かる気がする。これが飲めるなら、毎日働けそうだ。…別に僕らは会社勤めという事でもないのだが。
「どうだい?」
シスイのにやけ顔。…何がそんなに嬉しいのだろうか。
「美味しいですよ」
「そうかいそうかい。ようこそオトナの世界へ」
楽し気に嬉し気に、彼女は笑みを浮かべる。
そうだ。
唐突に思い出した。…今更ながら、思い出す。
君には笑顔がよく似合う。大胆不敵で悠々自適で自由奔放な、その笑み。
僕はその笑みに、恋をしたのだった。
…いかんいかん、もうアルコールが脳にまで侵食してきたのだろうか。
僕は案外酒に弱いのかもしれない。
その割に、ぐい呑みの酒が無くなっている。
とりあえず。とりあえず、だ。
素敵な笑顔の彼女に、僕は言う。
「もう一杯」
彼女は笑う。
「おお、飲むねぇ若人」
オッサン臭い台詞だと思う。
中身が外見に伴っていないと思う。
残念な美女だと思う。
でも僕は、そんな彼女に惹かれたのだ。
機動部隊を敵に回す程、僕は彼女に恋い焦がれ。
恋惹かれたのだから。




