2-1 新入部員
米原加恋(2)――サッカー部マネージャー
内山浪漫(1)――サッカー部新人部員
藤田(2)――サッカー部レギュラー
近藤(3)――サッカー部エース
井野(1)――サッカー部新人部員
赤川結子(2)――サッカー部マネージャー、手芸部員
中沢充(1)――サッカー部新マネージャー、英語部員
室戸監督――サッカー部新監督
入部から数日経ち、新聞部を三度目に訪れた木曜日であった。ホームルームが終わってすぐに部室に来たから、まだ部長とふたりきりだ。外はよく晴れていて、窓からも体育館の屋根のほかは真っ青に見える。
「星宮アリスから返信はあったか?」
部長は操作していたタブレット端末から顔を上げ、からかい交じりの口調でそう問うてきた。
おれは首を振る。この様子だとどれだけ待っても返信はないだろう。これがアリスという人物だからと予想はしていたが、案外がっかりした気分になるものだ。メールだけがアリスを突き止める手段ではないと割り切って、気長にやっていくほかない。
部室棟がだんだんと賑わいはじめた。そろそろほとんどのクラスがホームルームを終えたころだろう。もうすぐ運動部の声が聞こえはじめるはずだ。部活の活発なこの学校では、放課後こそ学校生活の中心だと豪語する生徒もいるくらいで、それは部室棟が六階建てと教室棟の四階に比べて高いことからもわかる。一、二年生の部活加入率はもはや百パーセントを超えている――つまり兼部している生徒も多い――と学校案内や昨年の文化祭のパンフレットにも書かれていた。進学と並んで大きなストロングスポイントとなっているのだ。
そのとき、何の前触れもなくドアが開かれた。びくりとして振り返ると、安斉先輩だ。
「三倉と岩出は早いな。新人ふたりも来たよ」
その背後から、おれのほかにふたりいる新聞部の新入部員、髪の長く快活な印象の女子生徒、水橋と、背が高くておれと同じく眼鏡をかけた男子生徒、田崎が顔をのぞかせている。まだ親しいわけではないが、すでに一、二度会って話している。
ほかのふたりは兼部も考えているようで、文芸部員でもある安斉先輩と同様に新聞部に毎日来るつもりではないらしい。もっとも、新聞部は各号の発行に合わせて活動するためかなり不定期だ。
そんな新聞部が一堂に会すのは、まさしくきょうから新聞の製作を開始するからだ。今年度の二号め、新聞部の新人には初陣となる「新入部員特別号」である。
この号は、アリスの小説が掲載される裏面を除いて全面が部活の特集で埋まるらしい。といってもこの学校は部活動があまりにも多いので、各部長に連絡を取って、新入部員を迎えた新年度の意気込みなどを小さなカードに書いてもらうというのが主となる。
そういった説明が終わると、三倉部長は空のティッシュ箱をおれのほうに差し出してきた。何かと思って中を覗き見ると、小さなカードが二つ折りにされて大量に入れられている。
「抽籤箱だ。新聞部員の新人にはそれぞれひとつ部活を取材してもらう。一ページとは言わないが、半分から三分の二ページくらいを担当するのが伝統だ。締め切りは……来週木曜日には印刷までしたいから、余裕をもって次の火曜日かな」
つまり、各部のコメントのほかに特集記事を載せるということだ。新入部員特別号という名にふさわしく、新聞部の新人がほかの部活の期待の新人について取材する。
抽籤は毎号の部活特集と同じものを使うのだという。一度選ばれた部活の籤は二年間箱から出され、その間ホワイトボードに磁石で張り付けられる。
水橋、田崎とともに籤を引く。開いてみると、おれのものには男子サッカー部、水橋のものには女子ソフトテニス部、そして田崎のものには手芸部と記されていた。
「それで、取材する部活は決まりましたけど、どうやって取材すればいいんですか?」
水橋が安斉先輩に尋ねる。
それなら、とまずホワイトボードに張られた大きな表を示す。そこにはすべての部活動が一覧にされていて、各部の活動日と活動場所、さらには部長、顧問、マネージャーすら記せるように欄がつくられている。新年度であるせいか一部埋まっていないものの、それをもとに取材のアポイントを取るのだという。
もちろんそのアポイントの取り方がわからないから新入生は困る。重ねてそう問われた安斉先輩はううん、とひとつ唸ってからそれぞれに方法を伝える。
「手芸部は活動日ならいつ行っても平気だね、あそこはいろいろと緩いから。ソフトテニスは……まあ、あとで一緒に顧問の先生に会いに行こうか」
はい、と水橋と田崎が返事する。
「それで、サッカー部は?」
安斉先輩はもうひとつ考えて、
「あそこは監督が替わってどうなったのかな? でも、あそこはマネージャーがあの米原加恋だったね。じゃあ大丈夫だよ。私が『大丈夫だ』と言っていた、とでも言えば、どうにかなるから。きょうにも行ってみな」
と、ほかのふたりに比べて心配な方法を伝えてくる。部長に目配せすると、口元だけが笑っている。
困惑しているおれを待ってはくれず、手芸部が木曜日も活動日なので田崎はさっそく出かけていき、安斉先輩も水橋を連れて部屋を出て行ってしまった。部長にも手を振られたので、渋々サッカー部が練習している第二グラウンドへ向かった。
グラウンドには用具が出ているだけで、そこではまだ練習がはじまっていないようだった。ランニングに出かけているらしい。
その周辺で、米原加恋というマネージャーを探す。いつもヘアバンドをしているから目立つと言われている。いくらか探してみると、水道で大量のボトルを並べドリンクをつくるジャージ姿の女子生徒がいた。それは米原加恋に違いない。ヘアバンドと聞いてスポーツ選手がよく使っている細いものを想像していたが、幅広でリボンのついたおしゃれなものを付けているから、確かによく目につく。
「あの、すみません。米原先輩ですか?」
声をかけると、いったん手を止めて振り返った。
「何? 体験入部……だったら着替えて来るくらい当然よね」
低い声。おれを不真面目な入部希望者だと思っているようだ。
茶髪にも見えるウェーブのかかったボブカットは、ヘアバンドと合わせてチャームポイントとしてかなり気を使っているらしいことがうかがえる。「サッカー部」と書かれ学校名が刺繍されたジャージとは、明らかに不釣り合いだ。
「体験入部じゃなくて、おれは取材に……」
「ああ、だったら止してくれる? 今年監督が替わってから、怪我人は多いし倉庫は散らかるしで忙しくて、正直付き合ってられないの。帰った、帰った」
これはあんまりだ。
「ええと、安斉先輩が――」
「安斉?」
マネージャーの顔色と声色が急変した。
「安斉って、安斉直巳?」
「まあ、そうですけど」
「そう……ええと、ごめんね、帰そうとして。きょうは急だったから。明日改めて来てくれれば、準備もするから。新聞部でしょ? どういう取材?」
米原先輩が突然親切になった。これって安斉先輩のおかげ? 名前だけで?
とにかく対応してくれるなら都合がいいので、こうこうこういう取材をする、と伝えておいた。それならぴったりの新入部員がいる、と米原先輩は笑顔で応じてくれた。明日待ってるね、とまで付け足す。
ランニングに出ていた部員たちが戻ってくると、彼女は忙しそうにそちらへ駆けていき、おれはひとり取り残される。
とても恐ろしいものを見た気分で、その日は撤退した。