表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アリスをめぐるミステリー  作者: 大和麻也
文化祭特別号(文化祭当日編)
54/58

8-2 前進

 アリスに関して間違いないといえることは増えてきた。

 ひとつは、アリスの演者が複数であること。

 Alice Memoによるマニュアル化された人格からすでに示唆されていることではあったが、彼女の発言の矛盾から一層明らかなものになった。具体的には、夏休みにチャットでやり取りをする前にメールで話したことからわかる。

 彼女は当初、「小説を改変するつもりはない」旨を話し、天文部の件に関与するつもりはないと言ってきた。ところが翌日になると態度を一変させ、真相解明に一役買ったのみならず、『手紙を開くとき』の最終話を犯人が具体的に示されない形――Alice Memoに書かれたプロットから外れたもの――に改変した。おれの個人のメールに応じる「違反」を行う点では共通したが、融通を利かせる「違反」をしたのは後者のアリスだけだ。マニュアルになっているからこそ起こりうる不一致であり、アリスの人格の解釈が異なっているのだから、解釈者がふたり以上いたといえる。

 ふたつ目に、アリスの複数いる演者のうち、誰かしらが新聞部員であること。

 これは新聞部の書式を完全に理解しているということからわかる。また、人格設定が新聞部を前提にしている時点で疑いようがない。ただし、以前からの考えとは違う点として、小説を執筆し投稿する作業をしている人物が新聞部員である可能性は低い。あくまでサポート役、橋渡し役なのではないか。

 新聞部員がアリスの演者であり執筆担当であったなら、『手紙を開くとき』の改変は行われなかったと考えられる。合宿所にいた人物なら事の真相を知りうる立場にいたのだから、わざわざおれとインターネット上で協力しなくとも、自分で真相に辿り着いて改変の必要があるか否か見極めてしまえばいい。ひょっとすると、おれの頼みを断ったアリスが新聞部員で、力を貸してくれたアリスが執筆者だったのかもしれない。合宿所にいない執筆担当は、自分の原稿が天文部の事件と重なって誰かを傷つけるものになってしまわないか、いち早く知りたかったはずだ。

 もうひとつはこれから各部の部誌を調べることで関連を確かめる必要があるのだが、アリスは長期的な計画に基づいているのではないか、ということ。

 マニュアル化された人格、徹底された秘密、小説の連載――これらが複数の演者という要素と絡まると、アリスは演者を代々見つけていきさえすれば永久に続く存在となりうる。ひとりの人物が四年も五年も、果ては十年も二〇年も、同じ学校の同じ紙面で小説を連載するシステムを生み出せる。この連鎖を生み出すことこそがアリスを生み出した目的であり、目標なのではないか。

 第三の説に説得力を持たせるには、「前例」があったほうがよい。その前例を見つけた人物たちがそれを模倣しようと考えたのでなければ、マニュアル化するような具体的なシステムを構築するとは思えない。単純にリレー小説を複数年度にまたがって行えばいいし、新聞部を巻き込む必要だってない。

 さっそく三倉部長に新聞部を託し、文芸部を訪れた。この時間に安斉先輩が文芸部にいないことは、シフト表作成のときに把握している。あれを作らせてもらったことで様々なことがおれにとって好都合だった。

 文芸部にアリスの前例があると考えるのはごく簡単なことだ。とはいえ、この学校の多数の文化部、そして部活ではなくとも同好会や有志での出展を合計すると、小説を掲載する部誌は文芸部に限られない。おそらく五、六団体は調べることになろう。そもそも、兼部の都合まで考慮に入れると、前例が大きな手掛かりになるわけではない。

「やらないよりはマシ、としか言いようがないんだよなあ」

 文芸部員たちに聞こえないよう、口の中で独言を呟く。

 積み置きされている最新版を小脇に抱え、それを開くこともせずに一番古いものを手に取る。おれがいま前例を発見したとしても、アリスを見つけるためのキーとしてはさほどの意味を持たないだろう。知ることができるのは、むしろ、アリスのルーツである。



 正午が近づいてきた。おれは調査を中断し、新聞部の受付に座っている。

 新聞部は校外からの来客が多い。外部と積極的に接触する部活であるため、まさに「高校生らしい」からと注目を集めるようだ。以前取材させてもらった人の家族や関係者なども時折訪れてくれて、校外取材にもっと行けばよかったと今更に後悔する。水橋にからかわれたのももっともだったか。

 最新にして特大の「第二のパンフレット」を自称する文化祭特別号はもちろん、その他の既刊五号もまた順調に減っていく。文化部が乱立するこの学校において、学外からの需要がある団体は必ずといっていいほど繁盛する。

 ひとりで受付をしていてもあまり役目はない。掲示で案内は概ね済ませているし、軽く挨拶をする程度だ。昨年おれが来たときに歓待された記憶があるから、年下の来客とのやり取りなど期待してしまうが、中学生にとって新聞部が面白いということもあまりないのだろう。

 客足が途切れた。アリスのことを調べたい思いと退屈さが交わり、落ち着いて座れなくなる。

 と、そこに明らかにうちの制服とは違う、セーラー服の少女がやって来た。

「お、礼奈」

 白い襟に鮮やかな青いリボンが映えるその制服は、おれも通った公立中学のものだ。

「お昼ごはん食べに来た」

 礼奈は言い訳をするように小さな声でそう言い、ひらひらとこの文化祭で使える五〇〇円ぶんの金券を見せてきた。うちの両親は休みの日にも忙しく家を出てしまうことが多いから、礼奈は昼食をこの文化祭の出店で食べるよう言われたのだろう。昨日おれが金券を多めに買わされたのはこのためか。

「ふうん、ちゃんと新聞部やってんじゃん。兄貴がいるときには来たくなかったけど」

 おれとは目を合わせず、並べられた新聞を全種類一部ずつ取って肩にかけた鞄に入れていく。そして、何も言葉を残すことなく教室を立ち去ろうとする。

「そうだ、料理部が模擬店でシュウマイを出しているぞ」

 妹は昔からシュウマイが好物だったと思い出しての言葉だったが、止したほうがよかったかとまずい気持ちになる。いつまでも子どもじゃないんだから、と機嫌を損ねる妹が思い浮かぶ。

 しかし、妹のリアクションは少々意外なものだった。

「…………うん」

 おれの前で立ち止まり、消え入る声でそれだけ。そそくさと去っていった。

 そういえば彼女は、この学校のパンフレットなどが入った手提げを持っていた。進学相談会に出席したのだろう、だから制服を着ていたのか。もう中学二年生の二学期、進路を気にしてもいいころだ。

 しょっちゅう機嫌を悪くしている気難しい女子中学生だと勝手に思い込み、観察対象のように見てしまっていたが、そうした視点が彼女の気分を損ねていたのだと思い知らされる。

「もう妹とも思っていられないな」

 礼奈は礼奈になろうとしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ